昭和30年代を舞台に、無邪気な小学生のしーちゃんとその家族が「食」をテーマに暮らす日々を温かく描く、たかなししずえのマンガ作品『しーちゃんのごちそう』。株式会社少年画報社がコンビニで展開している雑誌『思い出食堂』で連載されているため、目にしたことがある人も多いはずだ。

この『しーちゃんのごちそう』がフル3DCGアニメ化され、2022年11月末、YouTube『思い出食堂チャンネル』にて第1話が公開。このCG化を手がけたのは、『バイオハザード5』(2009)をきっかけに、数々のゲームや映画でリアル志向のCGアニメーションとレイアウトを手がける株式会社ジャストコーズプロダクション(以下、JC)である。

CGWORLDでは今回、『しーちゃんのごちそう』のCGアニメ化について前後編の2回にわけて、そのプロジェクトを深掘りする。前編はJCの代表・柴田拓也氏と、原作の出版元・少年画報社の村松淳夫氏による「プロデュース編」、後編はジャストコーズプロダクション柴田氏とスタッフによる「プロダクション編」。

記事の目次

    アニメ第1話本編はこちら。
    アニメ『しーちゃんのごちそう』「一品目 お子様ランチ」

    映像化の種は身近なところに落ちていた!コロナ禍の不安が自社案件の企画制作を後押し。

    前編「プロデュース編」では、今回のCGアニメ化を実現したJCの柴田氏と原作版元の村松氏に、どういったアクションと考えで実現に至ったのかを伺った。

    CGWORLD編集部(以下、CGW):まずは自己紹介をお願いします。

    柴田拓也(以下、柴田):ジャストコーズプロダクション代表の柴田です。JCは元々、香港映画の現場で知り合ったアメリカ人俳優のルーベン・ラングダンとふたりで、映画を中心としたオリジナル企画をつくる会社として、2002年にロサンゼルスと日本を拠点にする映像制作会社としてスタートしました。

    香港時代の繋がりでサモ・ハン・キンポーの日本の窓口をしたり、ブルース・リーの『死亡遊戯』をゲーム化する企画を出したこともありました。2009年の『バイオハザード5』のカットシーン制作をきっかけにCG映像の制作に軸足が移りました。そこからゲームのモーションキャプチャや映画のプリビズなどを含め、CGアニメーションを中心に制作しています。

    柴田拓也氏

     ジャストコーズプロダクション 代表取締役

    村松淳夫(以下、村松):少年画報社で『思い出食堂』の編集長をやっています、村松です。入社して10年以上過ぎた時、「自分で何かひとつ企画を立ち上げたいな」ということで2010年に『思い出食堂』を始めました。
    1980年代のグルメブーム以降、最近では『孤独のグルメ』やB級グルメなんかを題材にしたいわゆる『食漫』と呼ばれるマンガジャンルの雑誌です。

    1話読み切りで気楽に読める作品を1冊にギュッとまとめて、コンビニの書籍コーナーを中心に展開しているんですが、コンビニとこうした食べ物のマンガは相性が良いようで、おかげさまで巻数を重ねることができています。読者層は30代以降の男女というところで、70代の方からも感想をいただくことが多いですね。

    村松淳夫氏

    少年画報社 『思い出食堂』編集長

    なぜ、「食漫」に目をつけたのか

    CGW:柴田さんと『思い出食堂』との出会いはいつ頃ですか?

    柴田:まさに創刊当時、コンビニに立ち寄って目にして、ビールとおつまみと一緒に買って読んだのが最初ですね。まだ30代でした。昔食べたおふくろの味などを思い出させる良いドラマが詰まっていて、好きになりました。

    村松:ありがたいです。『思い出食堂』のマンガには、「(料理)対決はしない」、「悪い人は出さない」、「仕事のことは描かない」というルールがありまして。今は少しルールが崩れている部分もありますが、基本的には食べ物の温かさだけで気持ちを満たせるようなマンガ誌をと考えています。

    CGW:そもそもなぜ、『思い出食堂』のYouTubeチャンネルを開設することになったのですか?

    柴田:直接のきっかけはコロナですね。急に出社制限をかけざるを得なくなり、僕だけしか会社にいない日もあったりして。「いつどうなるかわからないな」と切実に考えさせられたんです。それでふと、「あれ? お金つくるために会社つくったんだっけ? 何か好きなことをひとつぐらいやらないとなぁ」と思ったんですよ。

    とはいえ、今から壮大なSF作品をやるのは規模的に難しいので、何か現実的にできるものがないかなと考えを巡らせていて。そのとき、社内の本棚に置いてあった『思い出食堂』が目に入ってきて、ピンと来ました。

    CGW:これをCG化したいと。

    柴田:いえ、その時はCGだけではなくて、実写を含めて映像化したいなと。どの作品も1話完結だし、泣ける話もあって。『思い出食堂』ならコツコツやれば形になりそうだと思いました。『思い出食堂』の気軽に読める媒体としての性質と、気軽に見られるYouTubeという媒体の相性も良いなと思ったんです。それですぐ企画書を書き始めました。

    『思い出食堂』チャンネルの企画書(抜粋)。実写やCG、ドキュメンタリーなど、様々な映像が集まり、食のドラマが見られるチャンネルという構想

    CGに向いた作品

    CGW:方向性としては実写、アニメ、ドキュメンタリーとありますね。

    柴田:はい、ドラマ性が強かったり、ワンシチュエーションのものなんかは実写に向いています。アニメ化は2Dにしろ3Dにしろ、家族で楽しめる作品や小さな子に見てもらいたいものに特に向いています。ドキュメンタリーは、吉田類さんやなぎら健壱さんの番組で知られていますが、お酒や料理が好きな大人向けの作品にはバッチリですよね。

    CGW:なるほど。企画書は村松さんのところに直接持ち込んだのですか?

    柴田:たまたま会社に『思い出食堂』で描いているマンガ家さんを知っているスタッフがいて、その方を通して編集長の村松さんに企画書をお渡ししたんです。

    村松:最初はビックリしましたね。『シン・ゴジラ』や『バイオハザード』でCG制作に関わっている会社の方からということで。でも企画書を見て、率直に面白いと思いました。なので、割とすぐに柴田さんに「じゃあ、最初に何をやります?」と話を先に進めた感じです。

    柴田:そうですね。すんなり先の話をしてくださったので、そこでやはりうちがCGアニメーションが得意な会社だということもあって、『しーちゃん』はどうですか、という話になりました。『しーちゃん』は僕自身思い入れがあってすごく好きな作品です。

    自分が親世代ということもありますが、とにかくおとうちゃんとおかあちゃんが優しくて、むしろ『しーちゃん』はこの両親のドタバタがメインの作品だと感じます。

    村松:そうですね。昭和を題材にしたマンガでは、無口で厳しいのが典型的な父親像です。『しーちゃん』のような優しい父親を家族像として描いた作品はなかなかありませんでしたから。

    柴田:お話としてもしーちゃん家周辺で箱庭的に展開される日常芝居が中心なので、CGのつくりやすさという意味で、背景やキャラクターの制作コストも少なめになるので、シリーズ化もしやすいなと思いました。それでやってみよう、じゃあテストさせてくださいということになりました。企画書持ち込みから1カ月後ですね、トントン拍子でパイロット版の制作に着手しました。

    『しーちゃん』のアニメ化に方向を定め、パイロット版制作に向けて改めて書き起こした企画書(抜粋)

    たかなし先生からOKが出てパイロット版の制作へ

    村松:まずは制作途中の3DCGのモデルを見せてもらって、たかなし先生にも見ていただきました。先生からは手書きのお手紙もいただきましたよね。

    しーちゃんのデザイン画と初期のモデル

    紙芝居風かリミテッドアニメか、それともフルCGか

    柴田:はい。『しーちゃん』は、たかなし先生ご自身がモデルの、実体験に基づいているマンガですから、イメージと違うということになったらどうしよう、と緊張していましたが、ぬくもりの感じられるお手紙をいただいて、改めて良いものにしようと決意しました。

    CGW:パイロット版は春ごろですよね。

    柴田:2021年の4月ですね。だいたい5ヶ月で完成した感じです。紙芝居風リミテッドアニメフルアニメの3種類をつくりました。

    紙芝居は評判は良かったんですが、1話分だと飽きそうでした。リミテッドのほうは、外連味のあるアクションには合うんですが、『しーちゃん』は日常の細かな芝居で見せるドラマなので、ちょっと合っていなかった。結局はフルアニメが一番で、おとうちゃんが慌てたりする表現とか、感情表現とかをきちんとやるならやっぱりこれということになって、5月から本編の制作を開始しました。

    フルアニメのパイロット版(抜粋)

    当初は調理シーンや食事シーンはオミットする予定だった

    CGW:第1話を「お子様ランチ」にしたのはどういう経緯ですか?

    柴田:かなり悩みました。第1話にふさわしくて、3DCG制作としてもカロリーが低めのものを原作の最初の4巻の中から探そうということにして、「お子様ランチ」が候補になりました。

    登場人物が少なくて、背景も商店と家の中だけで済むので制作コストは抑えられます。お話としても、冒頭から過保護なおとうちゃんおかあちゃんがしーちゃんのために奮闘して、最後にしーちゃんが登場するというのも、第一話には相応しいかなと思ったので。

    村松:「お子様ランチ」は読者からの反響も大きかった、人気の話でしたから、すぐ良いですねとなりました。

    CGW:エピソードが決まってすぐに実制作に取りかかったのですか?

    柴田:いえ、初期の頃はR&Dも兼ねて制作を進めていたのですが、当初は安全牌を狙って、調理シーンや食べてるシーンなどCGでは難しいと言われてるところを端折ったカット割で考えてました。

    それを絵コンテを繋いだVコンで見てみたのですが、当然ですが、これが物凄く物足りない映像になってしまってました。そこで、難易度が上がり時間が掛かったとしても食漫」やこの作品の本質でもある「料理をする」「美味しく食べる」という部分をきちんと表現しようという事にして仕切り直して制作を始めました。

    1話あたりのコストは800~900万。クラウドファンディングに挑戦!

    CGW:11月からクラウドファンディングを開始しましたね。

    柴田:受注案件はきっちりこなしつつ、自社案件として『しーちゃん』をやっていかなくてはならなくて、どうしてもコスト的な限界が見えてきていたんです。実制作のコストを計算したら、第1話で800~900万円ぐらいかかる。そこで、村松さんと相談して、共同でクラウドファンディングをやってみることにしたんです。村松さん、これも本当に大変でしたね。

    村松:ええ。こちらもクラウドファンディングははじめての経験でしたし、いろんなことがあったなと。

    2021年11月末~2022年2月中旬まで実施されたCAMPFIREの『しーちゃんのごちそう』アニメ化プロジェクトページ

    柴田:ページをつくるのも大変でしたし、そもそも人に、応援してください、お金をくださいということを呼びかけるというのが、実感としてけっこう難しいなと感じました。
    でも、少年画報社さんと一緒にやれて本当に助かりました。たかなし先生にも返礼品のご協力をいただいたり、編集部のほうから返礼品の発送業務をしていただいたり。

    村松:出版社にはノベルティの制作ノウハウがあったりしますからね。

    クラウドファンディング返礼品の一部

    2022年11月に第1話「お子様ランチ」公開!第2話の展開は?

    CGW:その年の11月に完成して、第1話公開になったというわけですね。

    柴田:はい、足かけ約1年半で完成です。自主制作みたいな感じですが、20年この業界で仕事をしてきたコネクションという土台があるおかげで、アフレコも経験ある声優さんに参加してもらい放送レベルの高いクオリティで収録できました。満足のいく作品に仕上がったなと思っています。

    第1話の完成をCAMPFIREで報告

    村松:完成した第1話を見て感動しましたね。何より、柴田さんの熱意、収益よりもものづくりにこだわりたいという気持ちです。今回の出会いは、作品としても幸せですよね。潜在的な映像化を待っているコンテンツに光が当たるという、生まれるべくして生まれたもののような感覚を覚えました。

    柴田:ありがとうございます。クオリティについては、好きなものをつくっているからという点が大きいです。

    CGW:第2話以降の展開は?

    柴田:すでに第2話の制作に着手しています。ごちそうは「ホタテの炊き込みごはん」で、夏ぐらいにはアフレコをしたいなとは思っています。第1話でセッティングはできているので、2話、3話と進んでいけば、どんどん制作時間は短くなっていくはずです。

    ものづくりは、動いて、続けること

    CGW:社内では、こうしたチャレンジ案件はどう捉えられていますか?

    柴田:最初の頃、「『しーちゃん』のチームは何をやってるの?」という目はありました。でも、完成して評判が伝わったり、視聴者からのフィードバックが寄せられてくると、「意義のあることをやっていたんだな」と考えてくれるスタッフが増えましたね。

    今では「やったほうが良いよね」という流れに変わっています。今回は僕発信で動き出したプロジェクトですが、誰か社員が別の原作でやってくれても良いと考えています。それがモデルケースにもなるでしょうし。勝負をかけていかないと成功はありません。良いものを残せば誰かの目に留まって、新しい展開が起こると信じて続けています。

    CGW:最後に、自分がつくりたいものを形にするために必要なことは何でしょう?

    柴田:映像・CGプロダクションでものづくりをしている人にとって、自社制作案件は夢のひとつで、やっている人もいます。ただ、人間50歳にもなると臆病になって、20代の時にはできていたことができなくなったりします。

    『しーちゃん』アニメ化が実現したのはコロナがきっかけで、「動かないと」という気持ちになったことが大きいですが、それは間違いじゃなかった。こうなったら良いなという妄想力を膨らませ企画書を書き、動いてみた処から、一つの作品が出来たんですから。

    CGW:それは経営者なら、ということですか?

    柴田:いえ、プロダクションに所属しているデザイナーも、クリエイター全員ですね。とにかく動いて人との繋がりをつくって、続けていくことです。そういうことの積み重ねで、人が助けてくれるし、引っ張ってくれるし、道は開けると思います。

    クリエイターとしては作品が残ることが大事なので、やるかやらないかだけです。『しーちゃん』の制作を通して、お金以外の会社組織としてのメリットやスタッフの成長が見えてきて嬉しい限りです。今の形で続けていきたいと考えています。

    CGW:ありがとうございました。

    TEXT _kagaya(ハリんち
    PHOTO _弘田 充
    INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)