「『キングダム』大好き芸人、松山 洋でございます!」。 そんな冒頭の挨拶から会場を湧かせたサイバーコネクトツー代表取締役の松山 洋氏。本稿では、2015年10月17日(土)に開催された「KYUSHU CEDEC 2015」における、『キングダム』作者・原 泰久氏による特別講演「人気連載漫画制作の裏側」の模様をお伝えする。

< 『キングダム』原 泰久-特別講演@KYUSHU CEDEC 2015

▲「KYUSHU CEDEC 2015」特別講演「人気連載漫画制作の裏側」の様子

<1>会社員プログラマーの時代があったから『キングダム』を描けた

原氏による特別講演は、九州大学大橋キャンパスにて開催の「KYUSHU CEDEC 2015」でトリを飾った。松山氏は「KYUSHU CEDEC 2015」の実行委員長として聞き手を務めた。

『キングダム』原 泰久-特別講演@KYUSHU CEDEC 2015

▲松山 洋氏(左)、原 泰久氏(右)

会場は、九州大学 大橋キャンパス(旧・九州芸術工科大学)。原氏の母校でもある。
「もともと映像をやりたくて芸工大に入った。映画監督になりたいと思って。当時、映画監督では食べていけないって知ってどうしようと思ったら、マンガ家は監督、脚本、俳優から全部できるんで、やろうと思った」と、当時の動機を述懐。

「大学3年で就職活動をしなくちゃいけないとなったときに、初めてマンガ家になりたいと思った」と原氏。
「賞(第36回ちばてつや賞ヤング部門の期待賞)を獲って、すんなり(プロの漫画家に)なれるだろうと思ったら、甘かった。大学院に進んで、そこから雑誌には掲載されたけどプロにはなれなかったので就職してプログラマーになった。3年ぐらいやってC言語ぐらいならわかるまでに」。

『キングダム』原 泰久-特別講演@KYUSHU CEDEC 2015

▲会社員・アシスタント時代の経験など、今までの人生で生きている体験は?

会社についても「いつ辞めるかと思って入ったら、もまれて仕事が面白かった。逆にそれがあったから『キングダム』を描けたってのがある」という。「社会人をやっていなかったら『キングダム』は描けなかったと思う。チームでプログラム書いて検索エンジンのシステムを作るんだけど、めちゃくちゃもまれてすごく面白かった。最初は『えー! C言語~?』と思ったけど、それがあっての『キングダム』。オッサンたちを描くときの経験値として役だってます(笑)」。

『キングダム』原 泰久-特別講演@KYUSHU CEDEC 2015

『キングダム』(週刊ヤングジャンプ公式サイト)

また、会社を辞めたのは「忙しすぎてマンガを描けなくなった。時間が本当になくて。ちゃんとやめて消化しないとダメだなぁ」との思いがあったからだという。「サラリーマン時代に途切れてたんで、あんまり相手にされず、担当もいないので自分で12雑誌に持ち込みしたら3作品だけ『いい』って言ってくれた。あとはボロクソ(苦笑)」。

『キングダム』原 泰久-特別講演@KYUSHU CEDEC 2015

▲原氏の年表と『キングダム』の年表

なかでも一番評価してくれたのは『週刊少年マガジン』の担当だったという。ところが「『やりましょう』と言ってくれたけど、描いたマンガをお金に替えたいから『週刊ヤングジャンプ』のコンテストに出したら受賞して、そっちにも担当さんがついてくれた」という状況に。
最終的には「『マガジン』の担当さんが連載を何本か抱えてたのもあって忙しく、『ヤンジャン』の担当さんが『早く描いて!』って熱く言ってくれたんで『キングダム』を描いてる」という結果になった。

連載開始直前には貴重な出会いも。「会社を辞めて貯金で生活して、2年半くらいして『ヤンジャン』から『連載していいよ』って言われて。アシスタント経験しなくていいんだと思ったら、『井上雄彦さんのとこに入れてもらった方がいいんじゃない?』って。連載が決まっていたのに4ヶ月間だけ入れてもらった。作家側からすると何の利益もないのでそんな人は入れないし、全然戦力にはならなかった。当時は『バガボンド』と『リアル』だけど、井上先生と一緒にできたのは未だに稀有な経験」といったエピソードを披露。

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<2>ヒットの実感は『アメトーーク!』?

『キングダム』原 泰久-特別講演@KYUSHU CEDEC 2015

▲自身が考える『キングダム』ヒットの要因は?

2012年からアニメの放送もあった『キングダム』だが、意外にもヒットを実感したのは、今年5月28日(木)に『アメトーーク!』(テレビ朝日)で放送された時なのだとか(松山氏が冒頭で"大好き芸人"と挨拶した所以)。

原氏は「担当さんと10年ねばって、『良いものを描いてるんだけど、何で売れないのかなぁ?』と2人で言いながら。他の作品でもねばって何かのキッカケで急に売れるってのがあるから、とりあえず良いのを描き続けるしかない。そのねばり腰のご褒美が『アメトーーク!』。少しずつ売れていたけど、やっぱりヒットしたのは『アメトーーク!』に出演したことで、認知度が上がった」と胸をなでおろす。「地道にやるのが良い。ヒットするのは難しい。ねらっていくのはなかなか上手くいかない気がする」と慎重だ。

『キングダム』原 泰久-特別講演@KYUSHU CEDEC 2015

▲福岡で仕事をすること

原氏の出身は福岡に近い佐賀県三養基郡基山町。2013年には「基山町ふるさと大使」に任命された。昨春からは福岡で執筆活動を行なっている。
「去年の1月に思い立って4月に引っ越しました。基本は部屋の中で、紙と鉛筆とペンがあればいいんで、僕のやることはそんなに変わらない」という。

連載には一部デジタルも導入しているものの、「東京から移ってくるときも『できるんじゃないか?』と思ってやってみたら全然ダメで......。網掛けの掠れたような薄い線に長年の全ての技量が詰まっいて、それがデジタルだと潰れてしまう。データのやりとりで劣化していくのがすごく嫌で、編集部に宅急便で送って、それを返してもらって、それを仕上げてまた送る」と、難渋している様子。

アシスタントの採用には、「福岡にもスタッフはいるけど成長待ち。東京には3人いるけど1人は毎週飛行機で福岡に来てもらっている。福岡のスタッフは現地採用で若い人材を採用。1人を採用してベテランが育てるようなところ、いきなり4人も来たのでキツかった(苦笑)。今は技量が上がってきたようでだいぶ落ち着いた。」と、人材育成についても語った。

そのほかにも「松山 洋が選ぶ『キングダム』のここがすごい!」や来場者からの質問で原氏と松山氏の対談は盛り上がった。

<3>南からもエンターテインメント産業を盛り上げていきたい

『キングダム』原 泰久-特別講演@KYUSHU CEDEC 2015

▲先立つ開会式で挨拶する松山氏

「KYUSHU CEDEC 2015」を実行委員長として指揮した松山氏は、開会式にて「果たしてどれだけの人が集まってくれるだろうか。どれだけの人が勉強したいと思ってくれるだろうか。なかなか未知数だった」との不安を明らかにしていたものの、「九州大学という立地もあり、500人を目標に集客で動いてきたけど、結果的に申込者数は800人を超えている。たくさんの人たちが勉強したい、交流したいと思ってるということを、単純に、素直に、誇らしく思う」と感謝していた。

これまで松山氏は横浜の本家CEDECでも運営委員として携わってきている。「ほんの10年前、横浜でも1,000人とか2,000人規模だった。あれから10年立って、6000人を超える人たちが集まって開催されるようになっている。九州は非常に良いスタートが切れたと思っている」と安堵。
「南からエンターテイメント産業を盛り上げていけるように。なかなか地元で顔を合わせて一緒に勉強できる機会はないと思うし、これから定期開催をしていけたらと思う」と、手応えを感じていた。

TEXT & PHOTO_真狩祐志

■関連リンク
KYUSHU CEDEC 2015:http://kyushucedec.jp/