映像制作における設計図ともいえるプリビズでもカメラは綿密に関わってくる。ここでは、前編に引き続き、プリビズにおいてそのカメラ情報がどのように関わってくるのか、映画『進撃の巨人』日産自動車TVCMの事例を紹介しよう。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 212(2016年4月号)からの転載となります

TEXT_山口 聡(ACW-DEEP代表取締役・PREVIS SOCIETY ASIA代表理事)
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada



<1>映画『進撃の巨人』におけるプリビズ

VFXと実写をマッチさせるヴァーチャルカメラ

昨年公開され、2015年の邦画興行収入ランキング第7位のヒットになった実写版の映画『進撃の巨人』は、日本における映像技術の粋が結集されています。プリビズにおけるヴァーチャルカメラもそのひとつでしょう。
ヴァーチャルカメラとは、CGのカメラをデジタルアーティストが操作するのではなく、モーションキャプチャなどの外部機器を利用してキャメラマンが直接動かすシステムの総称です。プリビズはCGを使って構築する作業なので、監督やキャメラマンなどの現場スタッフは注文や意見を伝えることはあっても、自分で手を出すことはなかなかできません。しかし、ヴァーチャルカメラを使えば現場スタッフがロケハンやアングルチェックをする感覚でプリビズを活用できるのです。

日本の実写映画作品において、プリビズでヴァーチャルカメラが初めて本格使用されたのは樋口真嗣監督の『のぼうの城』です。『のぼうの城』ではロケセットにおけるエキストラの配置やカメラセッティングの確認で使用されましたが、『進撃の巨人』ではミニチュアやオープンセットの構築、背景CGの合成手法の確認といった細部で活用できました。例えば、エレンが拘束され尋問されているところに鎧の巨人が入ってくるシーンでは、エレンの実写素材と鎧の巨人のミニチュア撮影素材の合成に対してVFX作業が追加されています。それらを上手くカメラに収めるために、どのようなアングルが適切かというところをヴァーチャルカメラで検証しました。
また、シキシマ隊長がエレンたちに反逆を誘うシーンでは、オープンセットにおけるシキシマ隊長たちの実写素材、背景のCG素材が合成されています。どういうアングルで撮影すれば、装甲車を含めて背景の時計台のCGを綺麗に入れられるかをヴァーチャルカメラで検証しました。

ヴァーチャルカメラはカメラマンがチェックするため、カメラ設定も実際に使用するカメラと合致していなくてはいけません。また、ヴァーチャルカメラで確認した情報を実写撮影の現場で再現することが重要なので、画面内にそれらの情報を全て表示させて描き込み、そのシーンの画像をプリントして現場へ持っていけば、ムービーを確認せずに情報活用することも可能です。

LESSON _ 02-1
ヴァーチャルカメラシステム


東宝スタジオ内で常設されているヴァーチャルカメラシステム。モーションキャプチャシステムVICONを使用している。撮影所内にあることでスピーディな対応が可能だ

ヴァーチャルカメラのインターフェイス。ズームや録画ボタンなどのような手元操作は一切なく、モニタとカメラ操作マーカーも分離されている。試行錯誤の結果この形に落ち着いた。このスタイルが基本ではあるが、必要に応じて形を変えることもできる

LESSON _ 02-2
参考シーン①


ヴァーチャルカメラによるプリビズ。カメラマンがベストなカメラ設定を探る。左上にレンズ情報、左下にカメラの位置情報、右下にカメラのあおり角がリアルタイムで表示される


エレンが拘束され尋問されているところに鎧の巨人が入ってくるシーンの完成画。エレンの実写素材と鎧の巨人のミニチュア撮影素材の合成に対してVFXが追加されている

LESSON _ 02-3
参考シーン②


シキシマ隊長がエレンたちに反逆を誘うシーン。オープンセットにおけるシキシマ隊長たちの実写素材に背景のCG素材が合成されている


ヴァーチャルカメラによるプリビズ。背景である時計台のCGとエレンたちが最もマッチする見え方をヴァーチャルカメラで探る。カメラから見える画面だけではなく、オープンセットにおけるカメラと俳優たちの位置関係、背景に配置されるCGの時計台との位置関係も同時に確認する


完成画

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    ©2015 映画「進撃の巨人」製作委員会
    ©諫山創/講談社

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<2>TVCMにおけるプリビズ

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<2>TVCMにおけるプリビズ

リアルタイムプリビズで実写撮影をシミュレート

皆さんが毎日目にするCMの制作でも、プリビズは活用されています。CMは映画と同様に低予算・短期間での制作が求められているだけでなく、多忙な有名タレントが出演することも多いため、撮影時の拘束時間を短くする努力が求められます。プリビズはVFXやCGが絡む映像を制作する際だけでなく、実写撮影だけのCM制作でも活用されていますので、ここではその事例をみていきましょう。

CMの制作では、全ての制作スタッフが集まって撮影内容などを確認するオールスタッフミーティングというものがあります。私はそのミーティングの場で、スタッフ全員の意見を採り入れながら「リアルタイムプリビズ」を行います。監督だけでなく、キャメラマンや照明スタッフ、美術スタッフ、編集スタッフといった各担当の意見をプリビズに組み込んでいくことにより、全てのスタッフが納得できる撮影の方法や段取り、懸念事項の把握が可能となるのです。

昨年から話題になっている、矢沢永吉さんが自動運転の日産リーフに乗っている日産自動車のCMでは、いくつかの制約がある中でクルマが最も魅力的に見えるような撮影ができるポイントをプリビズで探しました。撮影は自動車のテストコースで行われるため、そのコースをCGモデルで作成し、撮影時間を考えながらクルマたちが走るコースを想定して、撮影機材を搭載するカメラカーの走る位置も検討し、本番撮影に臨みました。

このCMは、矢沢さんのアップからカメラを引いていって車種ラインナップの隊列を見せるようにするという演出意図を確実に達成しながら、非常に魅力的な映像に仕上がっていると思います。

さらに続編として、業務用バンであるキャラバンのCMもつくられました。日産リーフに乗っている矢沢さんのカットからラインナップ隊列に移行してキャラバンまでもっていく数種類の隊列を試し、最終的にこのピラミッド隊形の中をカメラが割っていく動きに決まりました。ラインナップの中でキャラバンが最も大きいため、隠すようなクルマの隊列と動きのタイミング、カメラ設定やカメラカーの動きをどうするかというところには気を遣っています。

LESSON _ 03-1
リアルタイムプリビズシステム


CM制作では、ミーティングの場にPCを持ち込み、スタッフ全員の意見を採り入れながらプリビズを構成する。ヴァーチャルカメラは使用しない。現状のシステムは設置に時間がかかるため、CMの作業には適さないからだ

LESSON _ 03-2
日産リーフの例 CM『自動ブレーキ標準化 矢沢篇』


プリビズ画面。内側の枠内がカメラで撮影できる範囲。その周辺の黒い帯部分は撮影はされないが、見えるようにしておくことで枠外にどれくらいの余裕があるのかを確認することができる


同じくプリビズ画面。テストコース内で、撮影されるクルマの隊列とカメラカーの位置関係を確認する。これにより、自動運転の開発技術者やドライバーが撮影する上で問題があるかを事前にチェックすることが可能だ


完成画の1コマ。実際に自動運転の日産リーフや自動ブレーキ装備のラインナップ車両を隊列で走行させ、カメラカーから実写撮影している

TVCM『自動ブレーキ標準化 矢沢篇』

LESSON _ 03-3
キャラバンの例(1)
CM『自動ブレーキ キャラバン 矢沢篇』


業務用バンであるキャラバンのCMの1シーンより、プリビズ画面。右下に使用するレンズの情報を表示させている。いくつかの隊列パターンをプリビズでチェックし、このピラミッド 型隊列に決定した


隊列とカメラとの位置を確認している。この映像制作でもカメラカーを使用し、撮影車両と並走して撮影を行なっている。クルマの走行スピードとカメラカーの動くタイミングもチェックしておく


前作と同様に、自動運転車である日産リーフをはじめ、自動ブレーキ搭載の日産自動車ラインナップが隊列を組んで走行する

LESSON _ 03-4
キャラバンの例(2)
CM『自動ブレーキ キャラバン 矢沢篇』


キャラバンのCMの1シーン。決めのディスプレイカットだ。キャラバンの実用性を兼ね揃えた格好良さを強調するアングルで捉えられている


プリビズ画面。このディスプレイカットを実現するためには、カメラカーがラインナップのクルマたちとキャラバンの間に入り、右側へ回り込むように移動する必要があった。この動きのために各ドライバーがどういう操作をしなければいけないかをプリビズを使って把握し、撮影に臨んでいる


完成画

TVCM『自動ブレーキ キャラバン 矢沢篇』

統括:映像制作におけるカメラ設定の重要性

黒澤 明監督や小津安二郎監督、溝口健二監督といった日本映画監督の演出術は今でも世界の映画人たちのバイブルとなっています。彼ら巨匠たちの映像の素晴らしさはまさに撮影術の妙と言えるのではないでしょうか。黒澤監督が望遠レンズを好んで使われたのは有名ですし、小津監督の好みのレンズは50mmだったそうです。映像制作においてカメラ設定というものはそれだけ重要であり、映像の質を高める要素なのです。それはCG制作においても同じでしょう。モデリングやアニメーションと同様に、カメラ設定が的確になされていることが、制作する映像をより素晴らしいものにするために必要な技術と言えるのではないでしょうか。

ぜひプリビズを活用して、実写でもCGでも、制作する映像に最も適したカメラ設定を探してみてください。そうすることで、日本の映像制作技術の本当の真価を見せることができると私は信じています。

  • 月刊CGWORLD + digital video vol.212(2016年4月号)
    第1特集「カメラの基礎知識」
    第2特集「アニメCGブースト」ほか

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:160
    発売日:2016年3月10日
    ASIN:B01AO0ZESI