今年、多摩美術大学を卒業し、フリーランスとして活躍している若手アーティストの祭田俊作氏。 今回はつくり込まれた世界観とクオリティで高い評価を得たという卒業制作『Awe』について紹介しよう。


※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 216(2016年8月号)からの転載となります

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

映像作品『Awe』
©2016 Shunsaku Matsurida

ハイクオリティな卒業制作として話題の3DCG作品

このところ自主制作作品によって才能が発掘されるCG映像作家が目立ち始めてきた。会社勤めをしながら、もしくはフリーランスとして働きながら自らの作品をYouTubeやVimeoといった動画サイトにアップして人気を博している作家も多く、映像業界の裾野が広がるという意味でも非常に好ましい傾向だと思う。今回紹介するフルCG作品『Awe』も、作者の祭田俊作氏が大学の卒業制作として作成した作品だ。一般的に卒業制作にスポットがあたることはあまりないと思われるが、ディストピアな世界観と学生の作品とは思えないクオリティで注目を集めている。

  • デジタルアーティスト・祭田俊作氏
    2016年、多摩美術大学卒業。現在はTVアニメ『影鰐-KAGEWANI-』シリーズ(2015~2016)のモンスターデザインほか、デジタルアーティストとして活動中。
    Twitter:floody104 floody104.wix.com/portfolio

祭田氏は今年、多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業し、現在はフリーランスのデジタルアーティストとしてTVアニメ『影鰐-KAGEWANI-』のモンスターデザインなどに携わるなど活躍中だ。在学中に3DCGに興味をもつが、大学には専門的な3DCGの制作環境が思うようには整っていなかったこともあり、デジタルハリウッドにも1年間通い、Mayaなどの3DCGの制作方法を学んだ。デジタルハリウッドに通っていた間、週のほとんどを校舎に泊まり込んでCG制作に没頭していたという。

本作の制作期間は約9ヶ月。在学中からフリーランスとしての仕事もこなしながらの制作だった。「作品の内容を考えるときに、将来的に海外で働きたいという目標があるので、まずは海外でも通用するようなテーマを考えました。最初にひとつのシーンを考えて、そこから膨らませていく感じで1~2分のトレーラーのような映像をつくろうと思っていたんです。怪獣やディストピア的な世界観が好きだったので、それらを上手く表現したかった」と語る祭田氏。多摩美術大学では同級生たちが手描きのアニメーション作品などをつくるなか、祭田氏ひとりが3DCG作品を制作しており、「少し浮いてた」(祭田氏)という。指導教官からは「埋もれるような作品をつくるのであれば、やる意味がない」と激励され努力した結果、業界内でも注目を集めるほどクオリティの高い作品に仕上げられている。未見の人はぜひ作品を観てほしい。

Topic 1 印象的な主人公や怪獣たちの表現

世界観を象徴する印象的なキャラデザイン

本作『Awe』は荒廃した世界の中で、サイボーグの少女エミリーと捕らわれた巨大な怪獣との出会いが描かれている、約2分半のショートムービーだ。祭田氏は本作を作るにあたり、イメージ画やラフなイメージコンテを作成しながらキャラクターや世界観を固め、まずはエミリーと怪獣のモデリングから始めたという。モデリングの作業は、基本的にメカ系のモデリングはMayaを使って行い、怪獣やエミリーの顔などはZBrushでモデリングした後、Mayaでリトポロジー作業を行なって仕上げられている。「生物のモデリングは得意なので、怪獣の モデリングの作業はそれほど大変ではなかったのですが、メカ系のモデリングはほぼ初めてということもあり、エミリーのボディなどメカ部分の作業では時間がかかりました。怪獣のデザインはZBrushでモデリングしながら詰めていった感じです」と祭田氏は話す。

祭田氏は、本作の制作期間中に造形家、片桐裕司氏の彫刻セミナーにも参加しており、キャラクターの骨格構造の理解など非常に参考になったという。怪獣やエミリーの質感は基本的にPhotoshopを使って作成しているが、オーガニックな質感をもつテクスチャはZBrushで作成したり、Mudboxで継ぎ目のシームをなくす作業をしたりしながら作成している。「テクスチャを作ったらレンダリングで確認して、また不具合を修正してレンダリングしてといった試行錯誤の連続でした」と祭田氏。キャラク ターのセットアップは、デジタルハリウッドの先輩たちに教えてもらいながら、IKとFKを同時に付けるような構造を目指し、なるべく自由が利くリグが作成されている。

主人公・エミリーの作成

主人公の少女、エミリーのモデル



  • 3Dモデル(上半身)



  • 3Dモデル(下半身)

身体などのメカ系などのハードサーフェスはMayaでモデリングしている。身体を動かしたときにパーツが連動して動くなど、サイボーグ化した少女というキャラクターが活きるデザインを心がけたという。質感については錆びた感じや傷ついた感じなど、過酷な環境の中に存在しているキャラクターとして違和感がないように注意したとのこと


ZBrush
顔などの有機的なフォルムをもつパーツは、一度ラフにMayaでモデリングしたものをZBrushで修正やディテール付けを行なっている


完成
質感を設定してレンダリングしたエミリーの画像



  • ディフューズ
    エミリーの顔のテクスチャ・ディフューズ



  • ディスプレイスメント



  • ノーマル



  • スペキュラ

キャラクターのモデリングはほぼ初めてと祭田氏は言うが、このエミリーのモデルを基にした静止画作品はKlab Creative Fes'15(www.klab.com/jp/recruit/kc-fes)で特別賞を受賞している

怪獣の作成

本作に登場する怪獣のモデル。怪獣はZBrushでモデリングを進めながらイメージを固め、最終的にはMayaにコンバートしてリトポロジーして仕上げられている。モンスターキャラクターではあるが、人間的な腕を付けたり、水棲生物的なフォルムを加えることで、作品名である「Awe(畏敬)」という言葉で象徴されるような神的な存在になるようにデザインしたという



  • 3Dモデル
    Mayaでリトポロジーして仕上げたモデル



  • ZBrush
    ZBrushでのスカルプト作業画面


完成
質感設定したレンダリング画像

翼竜の作成

同じく、本作に登場する翼竜のモデル。モデリングの手法は怪獣の場合とほぼ同じだが、翼竜の羽の動きはnClothを使用しているため、翼膜部分は意識して細かいメッシュで制作しているという



  • 3Dモデル
    Mayaで仕上げた翼竜のモデル



  • ZBrush
    ZBrushでのスカルプト作業画面。翼膜はZBrushではなくMayaで追加している


完成
質感を付けて完成した翼竜のレンダリング画像

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Topic 2 背景モデルやマットペイントの作成

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Topic 2 背景モデルやマットペイントの作成

NUKEを使用し効率的に背景をつくる

本作に使われている背景は、ディストピア的な世界観がよく表現された非常にクオリティの高い仕上がりになっているが、Mayaでモデリングした背景とマットペイントで作成した背景素材を上手くミックスすることで、効率良くクオリティを上げる工夫が施されている。背景はMayaで直接レンダリングされている素材もあるが、多くはMayaで作成したメッシュデータをNUKEにコンバートし、NUKE上で2D素材をプロジェクションしてレンダリングされている。

背景のデザインは、デザイン画を描くというよりは、旅行したときに撮影した田舎の寂れた風景や錆びた看板の写真など、撮りためた写真資料を3Dで素材として配置しながら考えていったという。「カメラワークがあって何回も登場するような背景は少ないので、UVを展開してテクスチャをマッピングしているような背景アセットは少ないですね。大きなカメラワークがある背景は3DCGで作成していますが、その他の背景は3DモデルにNUKEとPhotoshopでペイントオーバーしたり、2Dのマットペイントを制作したりしています」と祭田氏。マットペイントを多用しているというが、鎖を揺らすなど、完全に背景が止まって見えないように、必ず何か動く要素を背景に付け加えているという。「キャラクターがいるときは背景が止まっていても気にならないのですが、背景だけになってしまうと静止画だということが目立ってしまうので、特に気を遣いました」とのこと。背景制作には当初After Effects(以下、AE)を使うことを考えていたが、全ての背景素材を個別に制作していては時間が間に合わないことから、効率的に背景を制作する方法を調べていくうちに、NUKEを使った背景制作に行き当たり、メッシュデータをNUKEに読み込んで2D素材をプロジェクションする方法に固まったのだという。

3DCGによる背景の作成

Mayaでモデリングして背景を制作した例。2つのカットとも大きなカメラワークや扉が動くなどのアニメーションの要素が必要なカットとなっている



  • 通路の背景モデル。この背景ではUVを展開し、テクスチャをマッピングして使用している



  • 完成した実際のカット


巨大な建築物の俯瞰カット用の背景モデル。大胆にパイプの間をカメラが抜けていく演出になっているため、Mayaで作成したカメラのアニメーションデータをNUKEに読み込んで、トラッキングしながらテクスチャを プロジェクションするなど、非常に手の込んだカットになっている


完成した実際のカット。このような3Dのメッシュを活用した背景制作では、3Delightを使ってMayaでレンダリングしたものにNUKEでペイントオーバーを施したものがほとんどだという。3Dlightはライトごとに細かいパスを出力することができるため、後からライトの強弱を調整したり、色合いを変更することも容易で重宝したという

マットペイントの作成

マットペイントを使って制作した背景の例



  • 2Dのマットペイントは祭田氏が折に触れ撮影しておいた写真素材などを使い、Photoshopを使って構築していく



  • ペイントで要素を描き加えたり、3DCGで作成したアセットを配置しながらマットペイントを完成させていく



  • 完成したマットペイントにMayaでレンダリングしたキャラクターの素材を合成



  • さらに煙の実写素材やNUKEのパーティクルで作成した雪の素材などを追加


最後にカラーグレーディングを施して、上下をクロップして完成だ

NUKEによるコンポジットの作業画面。コンポジットはNUKE内の3D空間に素材を配置して、カメラワークによる視差も表現できるように組まれている。このように背景制作やコンポジットではNUKEを中心としたワークフローが組まれているが、祭田氏がNUKEを勉強し始めたのは昨年夏のKLab Creative Fes'15が終わった後くらいからだという。「海外で仕事をしたいので、なるべく海外のプロダクションでよく使われているツールを使っておきたいと思い、勉強しました」

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Topic 3 NUKEによるコンポジット

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Topic 3 NUKEによるコンポジット

ライティングや細かなエフェクトにもこだわる

コンポジットの作業には、背景制作と同様にNUKEがメインツールとして使用されている。コンポジットでは煙っている感じや荒涼とした世界を表現するために、自分で撮影した素材や動画のフッテージ素材サイトのライブラリを何層にも重ねて、説得力のある画が作り上げられた。「コンポジットについては様々な映画を参考にしました。なるべく映画的なライティングになるように、ちょっとしたリムライトの追加や色収差の加工をするなど、一画面の中での明暗のバランスを調整するようにして、作品全体を通して手を加えています」と語る祭田氏。AEであれば別にプラグインを購入しないと実現できないような、最終的なルックを作成するためのエフェクトや機能がNUKEにはデフォルトで搭載されているため、スケジュールやコストが厳しい個人制作でも、非常に力を発揮するツールだという。なお、NUKEでコンポジットした後は、AEでカットを繋げたり、音楽を入れたりといった編集作業が行われている。

祭田氏は、NUKEの技術習得についてはほとんど独学で身につけており、Nukepedia(www.nukepedia.com)などの情報を積極的に参考にしたという。「個人制作では無駄なことができないため、映像の見えているところに注力して制作を進めてきました。個人制作だと何かあったときのリカバーが大変です。今回は周りにアドバイスをくれる方が多かったので、身近な人に助言をもらうことで完成までこぎ着けられました」と祭田氏。今後も作品づくりを続けながら海外を視野に入れて活動していきたいと抱負を語ってくれた。

コンポジットのながれ

大きな構造物を俯瞰で捉えたカットのブレイクダウン。構造物の巨大さを表現するため、フォーカスの調整や煙の濃度による遠近感の調整など、多くのレイヤーで構築されているカットだ



  • Mayaでモデリングされ、テクスチャがマッピングされた構造物のベース素材



  • ベース素材にマットペイントの背景を合成



  • さらに煙の実写素材を合成



  • ライティングなどを調整


カメラに近い部分のパイプをぼかすなど、巨大感や遠近感を強調するような加工を行い完成

NUKEとAfter Effectsの使い分け

本作では各カットのエフェクト制作から背景制作、コンポジットまでをNUKEを使って制作されている。NUKEはMayaなどの3DCGツールで制作したメッシュをそのまま読み込んでフッテージをして使えるところやノードによる映像処理の自由度の高さが、他のコンポジットツールに比べるとアドバンテージがある。3DCGツールによるレンダリングを経ることなく、コンポジットと同時に3DCGのレンダリングも兼ねてしまえる部分は、制作 効率を考えると非常にパフォーマンスが良い。これまでNUKEは大規模なスタジオ案件での使用が目立っていたが、個人制作においても非常に有効なツールであると再認識させられた。逆に通常カットのコンポジットで使用されることの多いAEは、本作ではカット編集からBGM付けといったコンポジットされたカットを1本の作品にまとめるオーサリングツールとして使用されている



  • NUKE作業画面



  • After Effects作業画面


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    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2016年7月9日(土)
    ASIN:B01G5SQRNE