6月9日(水)~12日(土)の4日間に渡って開催されたモーショングラフィックスイベント「モーションモンスター」。日本最大級の映像制作Tipsサイト「Vook(ヴック)」を運営する同社が主催するオンラインイベントで、「デザイン・アニメーション・モーショングラフィックス・CG/VFXの最前線が集まる4日間」と銘打ち、モーショングラフィックスに特化したセッションがラインナップされた。本稿では、6月11日(金)に行われた映像作家・Taka Tachibana氏によるセッション「ここが凄いぞBlender!Vookのビジョン映像でBlenderつかってみた」の様子をレポートする。


TEXT&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE




Blenderの魅力

映像作家で台北(台湾)在住のTaka Tachibana氏によるセッション「ここが凄いぞBlender!Vookのビジョン映像でBlenderつかってみた」では、昨今さらに注目を集める3DCGソフト「Blender」を使って制作されたVookのビジョン映像を基に、Blenderの魅力が語られた。

もともと福岡で実写短編映画の自主制作などをしており、「CG制作のキャリア自体はまだ1年半〜2年弱といったところです」と話すTachibana氏。日本で映像作家としてのキャリアを積んだ後、海外に出て様々な経験を詰んだ末にBlenderに出会ったそうだ。Blenderと出会ってしばらくは、あまりに楽しくて1日17〜18時間ほどPCの前にいたらしく、「Blenderをやりすぎて体調を壊したことがありました。"Blender" "吐いた" で検索するとnoteに記した記事がヒットすると思います」と笑いながらふり返る。

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▲(左から)ダストマン氏、Tachibana氏、白戸裕也氏

さて、本セッションのメインテーマである「Blenderの魅力」についてTachibana氏がまず実感したのが、「起動が非常に速い」という点だった。モデレーターを務めるダストマン氏と白戸裕也氏の両氏が「いくら起動が速いとはいえ、そこはやはりCGソフトですからね。それなりに時間はかかるでしょう」と訝しげな様子で見守る中、Tachibana氏がいかに起動が速いかを実演。クリックした瞬間、1秒足らずでBlenderが起ち上がる様子を目の当たりにすることとなった。日頃Cinema 4Dを使用していると話す両氏は「Cinema 4Dではめちゃくちゃアドオンを入れてるとやはり1分程度かかるので、これは凄いですね」と驚いた様子であった。

次にTachibana氏が挙げた魅力は「無料であること」。この魅力については誰しも実感している点だろう。フリーソフトであるBlenderは、「Blender財団」が運営しており世界中のボランティアと共に開発しているソフトだ。「無料だからといって制限があることもなく、無料でここまでのソフトがあり得るのかと思えるほど」だとTachibana氏。日々アップデートを繰り返し進化し続ける「有志による高い開発力」の魅力について語られた。

▲Tachibana氏が挙げる「Blender5つの魅力」

Tachibana氏が話すように、Blenderの開発は日々進んでいる。「Blender Launcher」ではバージョン管理ができるため、過去のサイトを訪れずともすぐにダウンロードが可能という。「Experimental」では正式なリリース前に試すことができる機能がリストアップされており、「Dairy」にいたっては日々アップデートされているバージョンまで確認することが可能だ。

▲「Blender Launcher」でバージョン管理ができる。過去のHPまでいかなくてもすぐにダウンロードが可能

最後に紹介された魅力は「アドオン(プラグイン)がたくさんあること」。アドオンの豊富さはBlenderの魅力としては欠かせないポイントで、しかも非常にリーズナブルな点が何よりも嬉しいとTachibana氏。オススメの購入サイトとして「Blender Market」が紹介され、非常に優秀で良心的な価格のアドオンが多数ラインナップされていると話す。ちなみに、アドオンの販売に関しても門戸は広く開かれており、世界中の開発者が日々新たなプラグインを開発してはこういったサイト等で販売(一部無料のものも)しているという。

▲Blender Marketのラインナップは、無料のアドオンから有料のものまで様々。有料とはいえ10~20ドルで使えるものも多く、とてもリーズナブルな印象だ

本セッションではTachibana氏イチオシのアドオン「Pure-Sky (Eevee & Cycle)」「Extreme Pbr Evo With 1100+ Materials Addon For Blender」「Hdri Maker 2.0 Addon」「Pie Menu Editor」「fSpy」「K-Cycles」「Realistic Glass Shader」「Scatter 4.0」等が紹介された。「購入して失敗したなと思うものも沢山ありかなり散財しましたが、今日は厳選して優秀なアドオンをご紹介しています」とTachibana氏。同氏のTwitter等でもおすすめアドオンのリストが公開されている。



ここが凄いぞ「マッチムーブ機能」

セッションの後半では「マッチムーブ機能」の実力と魅力について紹介された。「マッチムーブ」とは、CGと実写映像を合成する際に必要となるカメラの動きを取得する機能で、「Vook」のビジョンムービーではこの機能を多用したそうだ。Blenderはとにかくマッチムーブの機能が優秀とのことで、マッチムーブ専門のクリエイターもBlenderを利用しているほどだそう。数あるトラッカーソフトがある中でも、このためにあえてBlenderを使用するというクリエイターも多く、カメラトラッキングにおいて非常に優れた機能を備えているという点もBlenderの大きな魅力と言える。

▲「映像クリエイターを無敵に」ということで映像クリエイターの前に立ちはだかる様々な壁をぶち破る、というテーマで制作したVookビジョンムービー。HP協力の下、Blenderを使用してTachibana氏がCG制作を担当した

本ムービー制作はほぼグリーンバックでの撮影で、撮影現場ではCGを合成する予定となるところに「トラッキングポイント」を打つこととなった。マーカー(下画像内のバツ印)を読み取って解析して現場のカメラワークを再現するというしくみで、「できるだけ多くトラッキングポイントを打ってほしい」とのTachibana氏のオーダーに応えるべく、計78個のトラッキングポイントが置かれたそうだ。ちなみにトラッカーを置く際のポイントとしては、「床だけ」、「壁だけ」といったひとつの平面だけではなく、奥や横などあらゆる立体面に対して配置すると良いとのこと。

▲撮影現場で打ったマーカーをBlenderで読み取って解析すると、右上のカメラワークが実際のステディカムと同じ動きになる。ちなみに猿のキャラクターモデルはBlenderの公式キャラクター「Suzanne」で、パース感の確認で仮置きしているとのこと

▲マッチムーブ用にポイントが見えるようコントラストをかなり上げて作業している

ちなみに、作業中の映像をハイコントラストにしているのは、撮影素材にトラッキング用に仕込んだポイントを見えやすくするためだ。どのトラッキングソフトでも同じことが言えるのだが、「黒いところ」と「白いところ」の差を読み取って次のフレームと比較してフォローしていくというしくみをとっているため、コントラストが低いと読み取りの精度が下がるのだ。「マッチムーブの勉強をするには、"マッチムーバー" として活躍されている是松尚貴さんのブログで勉強するのがオススメです。あと、私が講師を務めるVookのBlenderの講座(※1)でも多少触れているので、気になった方はぜひ」(Tachibana氏)。

※1:Tachibana氏が講師をつとめたウェビナー『【実写を拡張するCG】ビデオグラファーのためのBlender講座!』DAY1〜3は、Vook Premiumメンバー向けにアーカイブ配信中!

さてセッションも終盤に差しかかり、モデレーターの白戸氏から「台湾と日本、両方の現場の様子をご存知かと思いますが、日本のクリエイターに提言できることはありますか?」との質問があった。これに対してTachibana氏は「台湾は南国でユルい部分もあるけれど、意外と時間にしっかりとしています。実写の撮影現場の話になりますが、撮影は基本的に8時間と決まっており、オーバーする場合は追加の料金が段階的に発生します。ハリウッドにおける "ユニオン" ほどではありませんが、そういった共通認識の下で撮影が進められます。カメラマンに来てもらうときもその点を前提に話すので、ズルズルと撮影が延びてしまっても妙な気持ちになることがありません。こういうしっかりとしたところはとても良いと思いますし、日本でもそういったことが当たり前になって、時間とお金に対して "なあなあ" にならず健やかに映像を作っていきたいものですね」と回答した。

また、ダストマン氏からの「反対に、日本の外から見たときに感じる日本の良いところはいかがですか?」という質問にTachibana氏は、「仕事の面では、日本人は良い意味で気が利いていますね。海外ではちゃんと言っても伝わっていなかったり、わかっていてもやってもらえなかったりするので」と答えた。さらにTachibana氏は、台湾と日本の技術力のちがいについて、全体的には日本の技術力の方が台湾よりも高いと実感しているものの、台湾のクリエイターは「デザインに対する気持ちが強い」と話している。「世界に対して映像表現やデザイン力をPRしたいという気持ちから、全体的に力強い作品が多いように感じます。良い意味で日本は平和ですので、映像制作に対する姿勢がちがうのかもしれません」とTachibana氏は話し、昨今の映像業界のリアルな姿を伝えて幕となった。終始冗談を交えつつ、Blenderの魅力と楽しさが直感的に理解できる興味深いセッションであった。

※セッションの様子は、Vookにて無料でアーカイブ動画も公開中!