>   >  Blenderを用いて1週間で完成させた美しく幻想的なVFX作品『Anicca』(アニーチャ)
Blenderを用いて1週間で完成させた美しく幻想的なVFX作品『Anicca』(アニーチャ)

Blenderを用いて1週間で完成させた美しく幻想的なVFX作品『Anicca』(アニーチャ)

Short Shorts Film Festival & Asiaをはじめ、国内外の映画祭で70以上の受賞・入選歴を誇り、コミュニティサイト「みんなのBlender」を主催する台北在住の映像作家・橘 剛史氏。Twitter上で「#1週間Blender制作」というハッシュタグで制作の様子を発信しつつ、撮影から編集、CG合成、そして完成までを1週間で仕上げたオリジナル作品『Anicca』(アニーチャ)を例に、その創作意図や制作技術について紹介する。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 271(2021年3月号)からの転載となります。

TEXT_峯沢★琢也
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda

Anicca - Short Film

  • 橘 剛史
    1987年生まれ。福岡出身、台北在住。CAPSULE Inc. / CHINZEI 所属。国内外での受賞・入選歴70以上。Blenderコミュニティ「みんなのBlender」主催
    Twitter:@taka_tachibana
    公式サイト:taka-t.com

<1>企画・脚本

Anicca=無常、台湾の夜景に漂うクラゲ

タイトルの「Anicca」とはパーリ語(南伝上座部仏教の経典『パーリ語経典』で主に使用される言語)で「無常」を意味している。人を楽しませることをベースに映像制作をしてきた橘氏だが、それまではあまり考えてこなかった「人生観」を再考した際に「人生の一瞬一瞬を生きることとは?」というテーマが浮かび、本作制作のきっかけとなった。エンターテインメント性とは別の方向から「諸行無常」や「泳ぐクラゲみたいな存在として生きてみたい」とテーマを設定したことで、自身の新しい挑戦にもなったという。

「もともと興味のあったクラゲ、その誕生から成長、それを台湾の街並みと掛け合わせることで見える繁栄やその先の行き着く先」をストーリーの軸にしてモチーフや発想を膨らませた本作。クラゲに関しては参考資料を集めに実際に水族館にも足を運び、その生態や動きを研究して本作の制作に挑んでいる。本作は基本的にひとりでの作業だったので絵コンテは作成せずに、ロケハンと同時にその場で撮影し、編集、3DCG、合成まで橘氏自身で行なった。実写撮影のカメラ機材などは後述するが、デジタル作業はPremiere ProAfter EffectsDaVinci Resolve、そしてBlender。3DCGはクラゲ本体と足の部分のパーティクル表現に使用した。Blenderを利用した理由は、何よりもオープンソース、無料で使えるため、フットワークが軽く気軽に制作に持ち込める点がメリットとのこと。特別なアドオンは使用せず、レンダリングも標準搭載のCyclesを使用している。

仏教思想に基づいたテーマ性

▲メインテーマはタイトルの「Anicca」(パーリ語で「無常」の意味)だが、この世の中の全ては姿も本質も常に流動変化していき、その有り様は一瞬たりとも同一性を保持しないという概念のような仏教的なイメージを盛り込んでいる。「仏教や古典からの引用を用いてそこに潜む日本人的な『一瞬の儚さ』のような精神を混ぜ込んで表現を工夫しました」と橘氏はふり返った

クラゲに託した作品のモチーフ

▲「クラゲは意味もなく泳いでいる。人生に意味はない。刹那に生きること。水の流れ」というイメージからクラゲをモチーフとして選択。遊泳能力がない浮遊生物、海の中を漂う不思議な生態のクラゲから、その段階的な成長をシーンと共に追っていき、暗い所から明るい所へ、裏路地から都市部の高層ビル群へ、都市や人々の成長や繁栄やその行き着く先をクラゲの動きと共に「Flow=流れ」というキーワードで暗喩する。また、仏教的なテーマと共に権力や繁栄の象徴としての台湾の台北101(台北市信義区にある台湾を代表する超高層ランドマークタワー)に集まっていくあらゆるモノをクラゲに投影してテーマを表現しているという

スケッチから読み解く作品のストーリー

▲企画段階でイメージしていたストーリーのながれを描いたスケッチ。四角で囲ってあるPolyp・Strobila・Ephyraなどの項目は、クラゲの成長段階ごとの学術的な呼び名だ。脚本上でも、Polypから始まってLarvaで終わるという「クラゲの誕生~成長~死~新生」を描くようなストーリーが構想されていた。しかしながら、最終的に作品のテーマを「無常」に据えたこともあり、図のような円環だと「輪廻転生」的な表現に寄ってしまうため、本作で はStrobila(分裂した直後のクラゲ)から始まり、いくつかの成長段階を経た後、どこからともなくやってきたクラゲたちが儚く消えていくという無常感のあるストーリー展開となった。ロケ地についても、クラゲの成長と人々の繁栄を重ねるようなイメージで選出されている。また、クラゲは中国語では海月と書くため、クライマックスの夜空に浮かぶクラゲの群れは満月のように見せたいという思いもあったという(図右上)

<2>撮影

台湾の夜景を切り取るロケ

▲制作工程としてはまずテキストベースの資料を作成してから、ロケハンがてら台湾各所に撮影に出向き、イメージ通りの撮影ができそうであればどんどん撮影していくというスタイル。絵コンテは作成せず、機動力を活かして動いている。台湾の繁華街から路地裏まで夜景を中心にクラゲの泳ぎをイメージしながらロケに臨んだとのことだ

機動力を活かした撮影機

▲使用した機材は一眼レフ機であるソニーα6600【上】、Kamlanという台湾製の明るくて軽い単焦点レンズ【左下】、加えてレンズフィルタ(後述)、それに三脚【右下】と最小限の機材でロケに臨んでいる。橘氏は台湾に来る際、身軽にしようと多くの機材を売却してしまっており、その中でもコンパクトで最大限の描写ができるのがα6000シリーズで、現在も愛用しているシリーズなのだそう。カメラは基本的にはセンサーサイズが大きくなれば 階調が豊かになりボケも大きく表現でき高精細化できるが、反面ボディが大きく重くなってしまうため、運用の手軽さと天秤にかけてこのカメラを選択した(α6600はASP-Cセンサー搭載モデル)。今回は基本的にトラッキングをかけることを想定せず固定で撮影しており、CG合成を考えるとマスクワークの負荷が上がるため、ワークは後から加えている

フィルタを通して幻想的な夜景を撮る

特徴的なのは、ソフトフィルタの一種であるBlack Pro-Mistを多用して夜景を撮影していること。このフィルタは夜景撮影での光源を柔らかいタッチでにじませ、手軽にシネマライクな雰囲気を醸し出すことができるアタッチメントだ。クラゲが幻想的なため、夜景も非現実的な画に仕上げたかったために使用。今回、最終的なビジョンがはっきりしており、オーガニックな表現にこだわるため、ポストエフェクトには頼らず、レンズを通した映像を画づくりの基本とした

▲フィルタなし

▲フィルタあり

▲本来の使い方ではないが、テクニックとして、開閉できるNDフィルタ用のアタッチメントを取り付け、角度をつけることでレンズゴーストを抑える手法

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<3>グレーディング& 3DCG