実写とアニメーションがミックスした、何度も聴いて観たくなるNulbarich初のMV『NEW ERA』。デザインから画づくりまで一括して担当したイアリン ジャパンに制作秘話を聞いた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 234(2017年2月号)からの転載となります

TEXT_武田香織
EDIT_斉藤美絵/ Mie Saito、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

Nulbarich - NEW ERA (Official Music Video) [YouTube Ver.]
©RAINBOW ENTERTAINMENT

再生回数200万回を超えた人気MV制作の裏側

2016年10月、謎の覆面バンドNulbarichの1stアルバム『Guess Who?』が発売された。アルバムのリードトラック『NEW ERA』のMVは、イアリン ジャパン制作によるものだ。チェコ共和国プラハに本社を置く同社は、CGやコマ撮りアニメ、実写撮影技術をミックスした独自の映像表現を得意としている。

  • 左から、Kevin Bao氏(監督・演出・アニメーション・コンポジット)、渡邊竜実氏(VFX)
    eallin.jp

イアリン ジャパンが以前にMVの制作を任されたことのある事務所から、Nulbarichのロゴとイメージキャラクターがほしいと相談されたのは2016年3月のことだった。アートディレクターのKevin Bao氏が、NulbarichのボーカルJQ氏のイメージから様々なキャラクターをデザインし、そのキャラクター案ごとにロゴもデザインしたという。JQ氏からは「日本にはないような感性だ」と好評を得て、最終的にクールなゆるキャラ「ナルバリくん」がイメージキャラクターとなった。その後、MVの制作も担当することになる。CGスーパーバイザーの渡邊竜実氏は「イアリン ジャパンではデザインやアートディレクションも担っているので、MVやCDジャケットなども含めて制作することになりました」と当時をふり返る。

MVはKevin氏と渡邊氏を中心に、Nulbarichの音楽からイメージを膨らませ、アイデアを煮詰めていった。撮影と制作に携わったのは、照明4人、撮影2人、イアリン ジャパンから4人の、合わせて10人ほど。線画の着色スタッフはひとりいるが、レイアウトや構成、デザイン、アニメーション、コンポジットは全てKevin氏が担当している。トラッキングやCGエフェクトは渡邊氏を含めて2人。7月末に撮影して8月末に納品というスケジュールで仕上げられた。「イアリン ジャパンでは企画や演出も含めて映像をつくる機会が多いので、アーティスティックなものや面白いものにも挑戦できます。本作もかなり自由につくることができました」(渡邊氏)。

YouTubeに上がった『NEW ERA』MVの再生回数は200万を超える。人気コンテンツとなったMVの制作の裏側を見てみよう。

  • Information
    シンガーソングライターのJQをリーダーに結成されたバンド「Nulbarich(ナルバリッチ)」の楽曲
    『NEW ERA』MV
    Nulbarich『Guess Who?』発売中
    NCS-10121/2,200円(+税)

Topic 1 現実×非現実を描く~撮影~

現実の中に非現実を採り入れたアーティスティックなMV

もともとカナダで映画やゲームのコンセプトアートを描いていたKevin氏(現connection.inc所属)。現実の中に非現実のものがあったら面白いものになると考え、MVには現実の出演者たちがジャケットを持って登場し、そのジャケットのイラストに非現実な動きを与えた演出を行なっている。JQ氏がKevin氏のデザインを「今っぽさの中に80~90年代の懐かしさがある」と、とても気に入ったこともあり、先述の通りMVは自由につくることができた。Kevin氏は「WebでもCDショップでも音楽を聴く前にジャケットを最初に見ます。だから、ジャケットのデザインは音楽をビジュアル化したいと思いました。そこでまずJQや音楽の印象から全体的な色を思い浮かべ、どのようなものをつくるかを考えました」と語る。本作はジャケットによって音楽のことをより理解してもらうための挑戦とも言えるだろう。

自由には大きな責任が伴う。撮影に関してもイアリン ジャパンが担当しているため、ロケハンでは鎌倉をまわり、イメージに合うカフェなどに「撮影させてもらえないか」と交渉してまわった。「撮影が決まったカフェを舞台にKevinが絵コンテを描き、撮影準備をして、海岸や道路の撮影も自分たちで許可取りしました」と渡邊氏。

絵コンテは実写とアニメーション、CGエフェクトが絡み合うため、Nulbarichのイメージを出しつつロケ地の良さも引き出すことを意識して、全カット分をきっちり切っている。そして撮影、素材の加工、アニメーション制作を行い、完成だ。詳しいメイキングは次頁から紹介する。

完成したMVはバンドのNulbarichと同じく、アーティスティックな仕上がりになった。「こんなアートなアニメも日本で受け容れられたら良いなと思います」とKevin氏は語る。

絵コンテ

絵コンテの一部

1カット1カット描かれた素材。通常の実写作品ではここまで詳細な絵コンテは切らないが、本MVでは実写にアニメが挿入されること、出演者の動きは歌詞や音のタイミングにぴったり合わせる必要があったことなどから、全カットの絵コンテを描いている。「どこにカメラを置いてどう動けばロケ地の良さを出しきれるかを考えながら、絵コンテを描きました」(Kevin氏)

撮影風景

鎌倉での撮影は早朝から夕方まで、海岸やカフェなどを移動して計画的に撮影された。「時間の経過で太陽の位置が変わっても、MV内では日中の同じ時間に見せる必要があったので、窓の外からライトを当てたり暗幕を敷いて光を留めたりと、照明スタッフさんに助けられながら日没までに撮影を終えました」(渡邊氏)

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Topic 2 デジタルワーク

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Topic 2 デジタルワーク

社内スタッフで完結できる強み

撮影後、イアリン ジャパン社内での作業は、素材のスタビライズ、トラッキング、アニメーション・CG制作、コンポジットと進む。撮影素材は予算の都合で手持ちカメラになったので、スタビライズが必要になった。どのテイクを使うか選び、粗く繋いだものをスタビライズしてからAfter Effectsでトラッキングしていったという。「AEにmochaの簡易版がバンドルされていたので、時間短縮になりました。ただしジャケットがフレームアウトするところは、データが割れてしまったため、手動で直しています」(渡邊氏)。「普通の実写撮影をしたので、グリーンを抜くときにジャケット部分以外にも瓶などの緑色が抜かれることもあり、マスクを切ったり色の調整をしたりして大変でしたね」(Kevin氏)。

渡邊氏がスタビライズ&トラッキングを行なっている間に、Kevin氏がMV用のジャケットデザインとアニメーションをつくっていく。何十枚ものジャケットは全てKevin氏がデザインしており、アニメーションはKevin氏の頭の中にある動きを1枚ずつ描いている。「完全に手描きで、ありえないくらいの量の線画をPhotoshopで描きました」(Kevin氏)。

着色されたアニメーションはトラッキングをとり終わった実写素材に合成し、エフェクトなども乗せて完成となる。MVは巨大なジャケットが置かれた海のカットからはじまり、カフェや海岸などを経て海のカットに戻り、フレームインした手がジャケットを持ち上げて終わるのだが「絵コンテ上はこんな想定ではなかったのですが、最後1日という頃になってKevinが、手が出てジャケットを持ったらサイズ感がわからなくなって面白くなる、と言ってきたので演出を変えました。手の素材が足りないとなればすぐに社内で撮影できるのは、社内にディレクターを立てているメリットですね」と渡邊氏は語る。

JQ氏がビシッとカッコつけるのが好きではないことから、MVは全体的に自然なゆるさを出している。スッと音楽に入りこめ、しかも負荷がかからない。「出演者が持っているジャケットのデザインやアニメーションは全部ちがいます。例えばレディオを押すとか、海の中を泳いで探す動きは観ていて面白いので、何回MVを観ても新しい発見があると思います」(Kevin氏)。

トラッキング&スタビライズ

mochaの作業画面。MVではアニメーションされるデザインのジャケットを持った出演者が、歌詞に合わせてスッと動いている。実際の撮影では出演者はグリーンの紙を手に持ち、撮影素材をAE上でmochaを使ってトラッキングおよびスタビライズしていった。後の馴染みを考え、キーイング時に表面のシワや汚れなどの質感は残している

アニメーション

アニメーションはPhotoshopのタイムライン上に描かれた

「タイムラインでレイヤーを分けているのでAEと変わりませんね」とKevin氏。タイムラインの中にひとつずつフレームをつくるのは大変なため、アクションを登録して活用することで効率化したとのこと

描かれたジャケットの数々

MVに登場するジャケットデザインは1枚ずつ異なっており、それぞれ歌詞と音楽に合わせてアニメーションが描かれている。「アニメはアニメ、実写は実写と分かれているものが多いですが、このMVでは実写とアニメの違和感がない合成をしています。ミックスメディアというテーマが個人的にすごく面白いですね」(Kevin氏)

音とシンクロするエフェクト



  • MVに登場するカットの一部(完成画)



  • ドラムの音を可視化したエフェクト



  • 同、ピアノの音のエフェクト



  • 同、リズムのエフェクト。「エフェクトは見ていて気持ち良さを感じるように、ボーカルの声や楽器のリズムに合わせて動きを付けています」(Kevin氏)。歌詞と音、そして映像のシンクロはこだわりのひとつだ

ロトスコープアニメーション

MVはナルバリくんが中心になって歌っているようにしてほしいとJQ氏から要望があったため、ロトスコープアニメーションの手法が採られた。撮影ではグリーンバックを敷いて、JQ氏を撮っている。体はそのままロトスコープできるが、顔はガイド用のお面を付けてもらって撮影したものをロトスコープした。お面の部分は特に難しかったという



  • 基の素材



  • ロトスコープ作業中

ロトスコープアニメーション完成版

3DCGによるポイントカット



  • 最初に3ds Maxでジャケットの3Dモデルと水面をつくり、Phoenix FDでジャケットを水の中に置いて水飛沫をシミュレーションした



  • 海面に反射するジャケット部分【画像】は「反射部分だけ白黒で出して実写素材の海の上に乗せています」と渡邊氏。海に置かれたジャケットは非常に海面に馴染んでいる



  • 完成画



  • レンダーパスはジャケットのディフューズ



  • ジャケットのリフレクション



  • ジャケットのスペキュラ



  • 海面のリフレクション



  • 水飛沫

コンポジットによるカラーコレクション



  • コンポジット前



  • 完成画



  • コンポジット前



  • 完成画

トラッキングされた撮影素材は、AE上でアニメーション素材(ジャケットやエフェクト)とコンポジットする。実写素材にジャケットを乗せると、そのままの色では合わなかったため、カラーコレクションで色が抑えられた。またシワや汚れ、文字のような質感が残っていることで、馴染みも良く仕上がっている



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.234(2018年2月号)
    第1特集:新春CGエフェクト研究
    第2特集:映画『スターシップ・トゥルーパーズ レッドプラネット』

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2018年1月10日
    ASIN:B0789TBXYT