今年2月に結成したばかりの新進気鋭のチーム エクスペリメントラボ(仮)が提案する、これまでの常識を打ち破るBlenderを用いた制作スタイルに迫る。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 237(2018年5月号)からの転載となります
TEXT_野中阿斗
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
挑戦するスタジオ「エクスペリメントラボ(仮)」
去る2月に催されたアニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム(ACTF)2018のメインセッションにて、Blenderをプリビズで活用するワークフローや新たなアニメ制作について講演を行い、多くの来場者を驚かせて話題を呼んだエクスペリメントラボ(仮)。今回は起ち上げメンバーである、りょーちも氏、塚原重義氏、迫田祐樹氏、大串真央氏に、ACTF2018より詳しく踏み込んだお話を聞かせていただいた。
-
Studio & Staff
エクスペリメントラボ(仮)Experiment Labo
twiflo.com/experiment-lab
左から、迫田祐樹氏(トワフロ 企画ビジネスプロデューサー)、大串真央氏(ツインエンジン アニメーションプロデューサー)、塚原重義氏(アニメーション作家)、りょーちも氏(作画・演出・監督)
エクスペリメントラボ(仮)は、ひとつの会社組織ではなく、大きなプロジェクト名だという。Blenderをアニメ制作のワークフローに採り入れることを研究していたりょーちも氏が「アニメ制作4.0」という業界関係者が集まる定例会で迫田氏と出会い、このプロジェクトにつながったという経緯がある。「従来のメディアやフレームに囚われず、クリエイターがもつ自由な発想や技術を活かして、あらゆる出口に対してクリエイションすることが、われわれのビジョンです」(迫田氏)。その上でBlenderを、そのビジョンを促進するための最適なツールとして、制作のメインツールのひとつに位置づけている。
りょーちも氏はコミックマーケット93にて、同人誌『timosh×blender』を出版した。そこで紹介されているBlenderを絵コンテ制作に活用する技術を、現在トワフロで制作中の案件で採り入れたという。「アニメ『クラユカバ』の制作に途中から参加したので、自分のBlenderの技術を混ぜてみませんか? と提案しました。監督である塚原さんが使っていた六角大王、After Effects、Premiere Proに加えてBlenderも組み込んでもらっています」とりょーちも氏。その結果、かなり効率的に絵コンテを含むプリプロ制作が進んだという。
-
-
短編『押絵ト旅スル男』
原作:江戸川乱歩『押絵と旅する男』/監督:塚原重義/キャラクターデザイン:やぼみ/音楽:アカツキチョータ/プロデューサー:迫田祐樹/企画:トリメガ研究所(川西由里、工藤健志、村上 敬)/助成:一般財団法人 地域創造
torimega.com/megane
©めがねと旅する美術展実行委員会/塚原重義/トワフロ
-
-
『クラユカバ』
原作・脚本・監督:塚原重義/キャラクターデザイン・作画監督:皆川一徳/デジタル制作技術協力:りょーちも/プロデューサー:迫田祐樹(トワフロ)/企画:トワフロ
塚原重義監督初の長編作品『クラユカバ』はBlenderを活用しつつ既存の方法とも上手く融合させながら制作を行なっております。Blenderの制作や作品自体に興味があるクリエイターの方を募集中!
問い合わせ:yuuki_sakoda@twiflo.com(迫田)
©塚原重義 / トワフロ
プリプロ主軸のプロダクション
エクスペリメントラボ(仮)はプリプロに主軸を置いている。そのきっかけをりょーちも氏は「CGアニメの制作現場で働いた経験からです。ポリゴン・ピクチュアズで仕事をする機会があり、映像制作の実験的なことは全てプリプロでやるというノウハウを学びました。その結果をプリビズというかたちでリリースすると映像のベースは完成しているので、それに従って動くことでリスクを最小限に抑えてプロダクションをまわす方法です。映像の試作段階は全てプリプロに入ってるという概念でものをつくれる環境をつくりたいですね」と語る。ただし、3Dソフトを使ってラフモデルをつくり、レイアウトを切って、アニメーションを入れてプリビズをつくるやり方では、2Dアニメーターが関与する余地はあまりないという。そこで、2Dアニメーターとして考えたときに、グリースペンシルという3D空間上に絵を描ける機能が搭載され、かつ絵コンテのワークフローに映像の機能を入れられるBlenderはすごくマッチしたという。「本来グリースペンシルは画面にメモを書く役割が大きかったのですが、Blender開発者の中にグリースペンシルに力を入れている人がいて、その人たちが開発したユニットがどんどん搭載されていき、今ではお絵かきができ、さらにアニメーションも描けるところまで進化しました。2DアニメーターとしてはBlenderを純粋な3Dソフトと考えるのではなく、3D機能が追加されたお絵かきソフトと考えるとわかりやすいかもしれません」(りょーちも氏)。
「Blender」を用いた実制作
先述の通り『クラユカバ』の絵コンテ制作ではBlenderが使用されている。塚原氏の作品は一貫してどこか懐かしい大正・昭和の雰囲気が漂う独特の世界観があるが、塚原氏自身、東京の下町の出身で、幼少期から震災や空襲などを生き残ったレトロな街並みの中で育ったという。「幼稚園の頃から遊んでいた公園が都電の車庫跡地で、都電の車両が置いてあり、自分にとっては普通だったけど、地方の友だちがくると驚かれました。大学進学で八王子に通うようになり、東京の中でも地元は特殊な街だと思いはじめ、他県から来た友人の東京感と自分の東京感にちがいがあったことから、それを打ち出したら面白いと思い、レトロな東京感を作品のテーマに置いています」(塚原氏)。『クラユカバ』もレトロな世界観にBlenderを用いた最新の制作手法を採り入れてつくられており、とても新鮮に感じられた。
「Blenderは使いにくいと言われますが、構造概念がわかるとすごく柔軟性のあるソフトになります」とりょーちも氏。塚原氏も「Blenderは右クリックがメインという特殊なつくりなので、慣れるまで2週間くらいかかり、かなり格闘しました。ただ慣れた後はとても効率的に絵コンテ作業を進められています」と語る。また大串氏は「ツインエンジンにもデジタル部があり、デジタルの原画、動画、仕上げを担当しています。グループ内でもデジタル作画に着手している会社は多く、グループ会社のスタジオコロリドは主にデジタル作画で作品をつくっています。昨今のアニメ制作では2Dと3Dのハイブリッドな作品は多いですが、2Dと3Dの文化は独立していて、使う用語もわからないことがあります。Blenderはお絵かきできる3Dソフトとして両方を担うかたちで、今のアニメのつくり方にそぐうようなソフトでしょう。ツインエンジンとしてもデジタル作画と絡めて、今後運用していきたいと考えています」と話す。今後はプロダクションでの活用も視野に入れているという。
今後の挑戦と取り組み
りょーちも氏は「今後は今までのアニメ制作以外の仕事にも挑戦したいです。先ほどのプリプロの話ですが、プリビズでリリースするタイミングは日本と海外とでは異なります。日本だとプリビズ=コンテ撮だと思われていますが、海外だとラフ原撮か原撮のところまでもっていったものがプリビズになるのです。このような線の引き方がわかるだけでも海外の仕事にも挑戦できるようになるので、コアメンバーでそういった概念や知識を共有し、今までの仕事のスタイル以外の仕事もやって、そこに力を入れていきたいと思います」と語る。
この先エクスペリメントラボ(仮)が進みたい未来として迫田氏は「今あるデバイスもどんどん変わっていくでしょうし、人がコンテンツに接触する場所やプラットフォームなど様々な環境がある中で、いろいろなクリエイティブに対して臨機応変にフレキシブルに対応できる組織にしたいです。特にVRに力を入れています。通常は3Dモデルをつくってアニメーションを付けて映像に落とし込んだらそこで終わりですが、今はVRがあるので、アニメに出てくる3DモデルをUnityに読み込んでVRコンテンツをつくることも可能です。VRと2Dアニメの両方を出すことで、相互補完性があると思っています。アニメの補完コンテンツとしてVRがあれば、プラットフォームにもよりますが、その世界に入ることも可能で、ある一定時間遊ぶとか、その中でイベントを開くなど、チャンネルを広くもつことができます」と熱く語る。
既存のアニメ制作のスタイルに囚われず、2Dと3Dの垣根を越えて誰も発想しなかった自由な表現を開拓するエクスペリメントラボ(仮)の今後の進化に注目していきたい。次ページから実際にBlenderを使った制作の実例を解説していく!
Blenderを用いた制作事例を解説する塚原氏(左)とりょーちも氏(右)。「今後、Blenderやアニメづくりの勉強会などもなるべく開催していこうと思います。勉強会はノウハウを得るだけでなく交流会にもなります。コミュニケーションをとることに対してすごく積極的になれるので、できる限り頻繁に何かしらのイベントを開くようにしたいですね。興味のある人はどんどん来てください!」(りょーちも氏)
[[SplitPage]]Blenderを日本語化してみよう
それでは、Blenderを初めて使う人が最初に迷うという日本語設定から解説しよう
①まずは左上のメニューバーの[File]から[UserPreferences]を選んで開く
④さらに[Interface(インターフェイス)]と[Toolinterview(ツールチップ)]にチェックを入れて、ユーザー設定を保存すれば日本語化の完了だ
なお、[NewData(新規データ)]にチェックすると日本語で保存となるので外した方がオススメとのこと
グリースペンシルを使ってみよう
Blenderのグリースペンシルは[Dキー]を押しながらなぞると3D空間に絵が描ける。画面の拡大・縮小の影響を受けず、同じサイズのまま表示されるのも特徴のひとつだ
グリースペンシルの線はサーフェスに直接描くことも可能だ。3Dオブジェクトの表面に沿って線画を描くことができる
サーフェスに描く機能を利用して、顔のように凹凸のある面に加筆することも可能だ
グリースペンシルでサーフェス上に描いた線は、親になったオブジェクトに合わせて移動、回転、拡大・縮小させることができる。表示モードを変更するとライティングなどもリアルタイムで確認可能だ
パネルをカメラの方に向くように設定した例。カメラが動いても常にカメラに対して平面として表示できて便利だ
絵コンテを描いてみよう
りょーちも氏による『timosh×blender』を用いた例
BGと手前のレイヤーと奥のレイヤーを動かして密着マルチの表現なども容易だ。[グラフエディター]を使って動きの速度も直感的に調整でき、音声トラックも同時に乗せられるので、音に合わせて動きを調整していける
Nullオブジェクトに絵をリンクさせて動かした例。1レイヤー1オブジェクトのようにリンクを付け、それぞれ別の軌道を描かせることも可能だ
ここでは、Blenderの3D機能をさらに活用し、3D空間でオブジェクトを動かしている『クラユカバ』の絵コンテムービーを紹介する
-
簡単な直方体をつくり、そこにグリースペンシルで線を描いてラフな電車モデルを作成したもの
-
簡単な3Dモデルを組み合わせて駅舎をつくり、その中に電車を走らせるカットの作業画面。手軽にオブジェクトに絵を描き足せるので、直感的な画づくりが可能だ。また3D空間上でカメラの動きを微調整でき、おおまかなカメラワークもこの段階で設計できる
トンネルの中から電車が出てきて、人が待っている駅のホームに止まるというカットの絵コンテムービー。このように、絵コンテの段階で3Dを使って細かいシーンのプランニングができることはBlenderの強みと言える
-
-
『timosh×blender』
ダウンロード版:500円
booth.pm/ja/items/728547
2Dの画を3D化してみよう
-
作画レイアウトの画像をBlenderの3D空間に読み込み、配置する
-
画像を[動画クリップエディタ]に読み込んでレイヤーを2つ用意し、レイアウトの中のパースを2つ選ぶことで、そのパースをベースに3D空間にカメラを再構築できる
-
レイアウトとカメラのパースを合わせた例。作画レイアウトが3D空間に再現された
-
作画レイアウトと同じパース方向に合わせてオブジェクトの配置も可能。2Dの設定資料から3Dに起こすような場合にも使える技術だ
板ポリゴンにキャラクターの画像を張って配置することで、カメラの位置を変えたときにどのように見えるか検証することもできる。作画でT.U、T.Bをするにあたってのパース変化も、その場ですぐに設計可能だ
3D空間全体の様子
[[SplitPage]]
3Dモデルを用いて作画作業をしてみよう
第二原画や動画工程に3Dを利用する例を紹介する
-
動かすキャラクターに合わせてラフモデルを作成した
-
3Dモデルに対してメッシュを付け、それをボーンで制御する。ラフ原画を基にラティス変形で3Dモデルをゆがませ、レイアウトの絵と細かく合わせて変形していく
ラフモデルに原画の表情を描き込んだ状態。グリースペンシルで目と口を3Dモデルの顔部分(サーフェス)に直接作画し、その線をボーンと親子付けする。下を向くなどの3Dの動きに対して線が追従するので、キーとなる作画(原画)だけ描けば、簡易的に中割りされた動画をつくることが可能だ
動画として書き出した状態。手描きで動きを付けた帽子の羽と組み合わせて動きをつくった
カメラワークとタイミングを調整してみよう
ここでは実践的なカメラワークの例を紹介する
3DBGにグリースペンシルでキャラクターを描いてみた。先に3Dでカメラワークを付けたものに対して2Dで作画を乗せている
ラフモデルを用意し、3Dでカメラワークを付けて2Dで作画したもの(1工程前の画)に合わせて動きを探る
カメラから見た状態。BGとキャラクターのラフモデルだけあれば3Dでカメラワークを付けることができる
タイミングの調整比較。動きが遅いと思ったら、後からキーを移動して微調整もできる。グリースペンシルで3Dの空間に描いているので、後付けでカメラワークを微調整したりキャラクターの動きを修正したりすることも可能だ
作成したムービーの連番。このように、2Dアニメーターが3Dレイアウト(プリビズ)段階から制御できるようになることは、Blenderを用いる大きな利点となる
モーショントラッキングを使ってみよう
さらに踏み込んだBlender使用事例として、動画からモーショントラッキングしてアニメーションを制作する方法をみていく
カーペットの敷いてある部屋の動画をiPhoneで撮影し、トラッキングする。カーペットの柄などの特徴のあるポイントをBlenderのトラッキング機能によって自動で追いかけ、動きの情報を検出していく。それをBlenderのカメラにながし込むと、3D空間にトラッキング情報を再構築することができる
プリビズで活用してみよう
これまで見てきたBlenderの手法を採り入れ、実際のアニメ企画のムービーを制作した例。少ないコアメンバーだけでクライアントに対してかなり最終的な映像のルックに近いものを見せることができたという
カメラで東京の下町の古い街並みの動画を撮り、モーショントラッキングで手振れを消し、そこにグリースペンシルで絵を描いたもの。カメラの横移動に合わせて女性の足の間の空間が少しずつ開いている。3D空間で右足と左足の絵の位置をずらして描くことで、カメラの回り込みに合わせて少しずつずれていくしくみだ。空間に対して絵を描くことは様々な応用が利きそうである
こちらも同じくカメラで撮った実写映像にグリースペンシルでキャラクターを描いたもの。奥にドリーしていくカメラに合わせてキャラクターも奥へ歩いていく。カメラワークのある実写空間の中で何の違和感もなく2Dのキャラクターを馴染ませている
様々な管理ツールを使ってみよう
迫田氏はアニメ制作時の管理のツールとして、文字チャットでのコミュニケーションにSlackを、ビデオ会議や文字チャットでは伝わらない感覚的なニュアンスをビデオで直接伝えたいときなどにappearinを使用し、場所的制約、時間的制約に囚われない制作環境を実現した。またタスク管理にはTrello(下の画)を使用している。10分くらいのボリュームの作品を管理する上では、とても使い勝手がよく重宝しているとのこと。次々と新たに登場するWebサービスやデジタルツールを勉強して使いこなし、制作現場に採り入れていく姿勢が、これからの時代のアニメづくりに必要な要素だと強く実感させられる