肉眼で見る生々しさを再現するだけがリアルではない。プリントシール機やアプリなど、若い世代にとってはフィルタ加工された状態こそがリアルと言える場合もある。そんなルックを意図的に表現したデジタルヒューマンが、ここで紹介するimmaだ。ModelingCafe.Humanブランドが見据えるデジタルヒューマンの新たな地平を探る。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 246(2019年2月号)からの転載となります。
TEXT_ 大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
© 2019 Cafegroup
ヴァーチャルから発信するインフルエンサー
Instagramを中心に活動しているデジタルヒューマン「imma」。彼女は仕掛け人・M氏のプロデュースの下、ModelingCafeによって生み出された。「immaのプロジェクトが始まったのは2018年の春くらいからですが、その前段階として当社では2017年末からModelingCafe.Humanというデジタルヒューマンに特化したブランドを起ち上げていました。将来的にAIを搭載したリアルタイムで動くヴァーチャルタレント制作を目標としたもので、現在VTuberなどで主流となっているアニメ的な表現ではなく、人間と区別がつかないキャラクターの創出を目指しています。そのようなところにM氏からimmaのお話をいただきました」とModelingCafe代表の岸本浩一氏は語る。
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左から、キャラクターモデラー・川島かな恵氏、モデリングSV・松本龍一氏、ディレクター・岸本浩一氏(ModelingCafe)、プロデューサー・M氏
※写真なし テクニカルSV・岡田博幸氏(AnimationCafe)、デジタルアーティスト・一丸敦生氏(ModelingCafe)
「imma」
Instagram:@imma_gram
Twitter:@imma_tw
immaプロジェクトのスタート時にはM氏によって企画書が提示され、イメージの共有がなされた。「3DCGによるフォトリアルな人物表現は、あと5年もすれば大きく変わっているはず。そのような状況の中で、ヴァーチャルな世界のアイコン的な女性を生み出したいと考えました。そこでまずはヴァーチャルモデルとしてのimmaを企画したんです。Instagramに投稿している女性のイメージやトレンドを分析しながら、immaは現在の等身大の女の子としてプロデュースしています。彼女は職業モデルではなく、あくまでも普通の女の子がInstagramで自分の写真を投稿しているという感じ。ゆくゆくはヴァーチャルな世界から発信するインフルエンサー的な存在に成長してほしいと思っています」とM氏はimmaのコンセプトを語る。今後はアパレルメーカーなどとのコラボレーションなど、アイコン感を強めていきたいとのこと。それでは、immaがどのように生まれたのか紹介していく。
ブランド起ち上げの経緯とimmaの3Dモデル
将来を見据えたキャラクター設計
ModelingCafe.Humanプロジェクトとは
immaの制作に先立って計画されていたのが、ModelingCafe.Humanプロジェクトだ。ティザー画像として公開されている老人のフォトリアルな画像はMayaとArnoldで作成されたプリレンダーの人物画像であるが、最終的にはAIを搭載したデジタルヒューマンとしてリアルタイムレンダリングで表現するところまで視野に入れてプロジェクトが進んでいる。その目標のために社内に人物専門のチームが構成されR&Dを続けており、今回紹介するimmaもこのヒューマンチームによるものだ。また、社内に3Dスキャンシステムを構築し、リアルな人物のモデルデータやテクスチャデータを生成できるシステムも稼働させている。「今後VRの性能が向上し、デバイスが進化して解像度が上がったときに、ヴァーチャルの世界の表現も変わってくると思います。そのような世界で、リアルなルックのヴァーチャルタレントとして活躍できるようなデジタルヒューマンを目指してキャラクターを開発しています」(岸本氏)。
トポロジーのバランスを重視した3Dモデル
現在のimmaは頭部を3DCGで作成し、ボディと背景は実写で撮影したものを合成している。頭部のモデルはZBrushを使って造形されている。頭部のモデルを作成するにあたり、M氏からリファレンスとなる画像が数十枚共有され、それを基にimmaの造形が探られていった。immaのモデリングを担当したのはモデラーの川島かな恵氏だ。「immaはかなり自由にモデリングさせてもらえたので、自分の好みを上手く反映させることができました」と川島氏。制作がスタートして1週間くらいで仮モデルを作成し、M氏とイメージを詰めていったという。M氏によれば、最初はもう少し日本人受けするふっくらとした造形だったが、ファッショナブルではなくなってしまったので、想定に合うようにスマートなシルエットに落ち着いたそうだ。川島氏は、リアルな顔の造形ではマテリアルによる質感表現よりも、ポイントとなるのは顔のパーツのバランスだと語る。バランスさえ整っていれば、どのような質感が乗っても印象は変わらないのだという。頭部に使用されているポリゴン数は15,000程度で、リアルな造形ながら低いコストに抑えられている。適切なトポロジーを構築できれば不必要にポリゴンを割る必要がないのだ。
女性の肌の質感と髪の再現
女性スタッフが担当することで細部までリアルに
実際のメイク方法を模した質感制作
肌の質感は、ModelingCafeでよく使われているシェーダの組み合わせで制作されているという。テクスチャの制作にあたっては、メイク動画などを参考に、汎用的な肌素材をベースに下地やチークなど実際のメイクの手順と同様のレイヤーが組まれている。特に、女性の肌表現の肝となる毛細血管は細かく手描きされている。メイク慣れしていない男性スタッフが女の子のメイクを描いていくと不自然になることが多いが、女性スタッフが担当することによってリアルでナチュラルなメイク表現が実現されているのだという。【A】は最終的なメイクアップを施していない状態。眉毛はきちんとXGenによって毛を生やした上で、【B】のように最終的なメイクを施すことでリアリティのある女の子として仕上がっている。【C】はカラーマップ、【D】はディスプレイスメントマップ。ディスプレイスメントマップは、texturing.xyzの実写素材を使用してディテールを追加している。
特徴ある髪型をXGenで作成
ピンク色の特徴のある髪型は、Mayaに搭載されているXGenを使って作成されている。髪型は3DCGで作成するとどのようなスタイリングにも対応させることができるが、髪の毛のボリュームによってはカツラっぽく見えてしまったり、人間では不可能なシルエットになってしまうため、ヘアスタイリストの意見なども取り入れながらスタイリングの調整が行われた。まずは、【A】のようにXGen interactive groomingでざっくりと毛を生やした後に、SculptやModifierを使って【B】のように形を整えている。
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こだわりの顔パーツと表情づくり
写真の印象を大きく左右する要因を細かく調整
細やかな感情を表現できる目
immaをリアルな存在として成立させている要素に目の表現がある。最終的なレンダリング画像【A】を見ると、潤いや輝き、目の焦点などを感じさせる感情豊かな目が実現されていることがわかる。瞳は2つのパーツに分けて作成されており、眼球部分【B】と虹彩部分【C】に分けられている。眼球の構造で特徴的なことは、瞳の大きさがコントロールできるようになっているところだ。大きさを変えられることで、環境のちがいによる見映えの変化に幅をもたせることができている。なお、虹彩や白目部分の毛細血管は、実際に人の目をスキャンしてテクスチャとして利用しているという。細かな部分についても、白目部分に浮き出る毛細血管やリアルな虹彩、目頭の潤んだ表現など非常にこだわりのあるつくりになっている。
女性らしい唇の表現
Instagramへの投稿で目を引くのは、グロス感やディテールが強調された唇のアップの写真だ。immaのルックを作成していく際にはInstagramに投稿するという前提で制作しているため、肌の汎用素材を利用する際にも毛穴のようなディテールをつぶしていき、スマートフォンのアプリにあるような美肌フィルタをかけたようなルックに仕上げているが、唇など表情を出す必要があるパーツは、非常に細かいディテールを表現できるようなシェーダ構成になっているという。ただ、現在はあまり生々しくならないよう情報量を抑える方向に調整しているとのことだ。
ブレンドシェイプによる表情変化
immaの表情は、15種類程度のブレンドシェイプを使ったフェイシャルリグが組まれている。「immaの表情にはとてもこだわって制作してもらっています。どのようなポーズにどのような表情を組み合わせるかで、まったく印象がちがってきてしまうからです。口を開けているのか半開きなのか閉じているのかとか、カメラ目線のポーズになっているのかとか。immaの表情を合成する実写素材に合わせた調整が細かく施されています」とM氏は話す。図は作成されたブレンドシェイプの一部と、制御用のシェイプエディタだ。
コストパフォーマンスに優れた画づくり
目的に応じて適切な手法を選択するということ
汎用HDRIを有効活用したライティング
Instagramに投稿されている写真は、実写で撮影されたモデルと背景込みのポートレートに、3DCGでつくられたimmaの頭部をコンポジットして制作されている。実写と3DCGのコンポジットだと説明されてもなかなか信じられないクオリティでコンポジットされているが、「3DCGの表現としてはそんなにフォトリアルではないルックで、かなり手づくり感のある仕上がりにしています」とモデリングスーパーバイザーの松本龍一氏は言う。通常このような実写との合成ではHDRIを撮影して3DCGをライティングする手法を採るが、今回は頻繁に様々なシチュエーションの写真を投稿しなくてはならないため、写真撮影の現場でHDRIを撮影せずに、合成する写真に最適化されたライティングのリグに汎用のHDRIを組み合わせるという、コストの低い方法が採られている。【A】は今回使用した汎用HDRIで、ModelingCafeスタッフの浦上真輝氏が撮影した曇り空の庭園写真だ。この素材をベースとして、【B】のように必要に応じてライティングを施している。
Photoshopによるコンポジット
3DCGのimmaと実写素材との合成にはPhotoshopが用いられている。最初はNUKEでコンポジットしていたが、Photoshopの方が効率良く作業することができたという。「今回はとにかく量をこなす必要があり、80点のものを100点にするためにこだわりまくって時間をかけてしまうことはNGだったので、極力良い感じに見えつつも1枚あたりの作業時間を短縮するように工夫してもらっています」と岸本氏。レンダリングもパスで分けて要素ごとに合成するというのではなく、レンダリングされたビューティを実写に合成して馴染ませていくという、実写素材同士の合成と同じ手法が採られている。3DCG側のレンジ調整だけは、V-RayによってMaya内で調整してレンダリングされている。「実写素材に合成するため、写真によってカメラやレンズの状況が異なり、個別の状況に合わせて3DCGを合成しなくてはならないのは少し苦労した部分です」と松本氏は語る。【A】レンダリングされた未加工の素材。【B】コンポジット後の完成形。Photoshopのノイズ除去フィルタやぼかしフィルタを用い、合成する写真の画像的な劣化をCGに反映させている。
まとめ
ModelingCafe.Humanの今後の展望
ModelingCafe.Humanプロジェクトではクリエイティブ面だけはなく、ハードウェアにも力が入れられている。そのひとつが2018年に導入されたフォトベースの3Dスキャンシステムだ【A】(※画像は設営途中時点のもの)。このシステムの開発運用は同社テクニカルアーティスト岡田博幸氏を中心に進められている。システムの特徴としては、フォトベースでの3Dデータ制作からカラーテクスチャの撮影まで行えること。一般的なフォトスキャンではディフューズマップの撮影どまりのシステムが多いところ、このシステムではアルベドなど複数の素材出力が可能であり、論文ベースの対応を実現している。
「当社のアドバンテージは、このシステムをベースに、モデリングに精通したスタッフがブラッシュアップを施した状態でスキャンデータを納品できることです。また、AnimationCafeと連動することで、リグやアニメーション制作にそのまま使用できるレベルのデータ納品が可能になります。これまでフェイシャルアニメーションをリアルにしたいというニーズが多かったのですが、一般的なスキャンシステムでは情報が少ないためリグを作成するのが大変でした。このシステムを使用することで、フェイシャルアニメーションの先進的なR&Dを進めることができます」と岡田氏は話す。現在はフェイシャル中心のスキャンシステムだが、今後はフルボディでスキャンできるシステムに拡張する予定だという。
【B】の女性キャラクターは現在開発を進めている「ria」だ。この画像はノーレタッチの状態でここまでのクオリティを出すことに成功している。riaはフルボディのキャラクターとして開発され、リアルタイムで演技ができるところまでを目標にしているという。スキャンシステムと共に、これからの進化が非常に楽しみだ。
CGWORLD vol.246 表紙衣装協力
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TENDER PERSON
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