企画から完成まで短期間で制作するCMの現場。世界トップクラスの技術をもち、オーストラリア最大級のポストプロダクションスタジオCutting Edgeの日本スタジオが得意とする分野でもある。今回はCutting Edge流のCM制作について中心スタッフに話を聞いた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 249(2019年5月号)からの転載となります。

TEXT_石井勇夫(ねぎぞうデザイン
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

日本の現場を盛り上げたい! 実力者が集うVFXスタジオ

オーストラリアのVFXポストプロダクションスタジオ Cutting Edgeは、グループ内にデジタルエージェンシーやプロダクション企業をもつ、企画から制作までワンストップで対応できるワールドクラスのスタジオだ。日本では、10年ほどひとりで営業活動を行なってきた松尾順治エグゼクティブプロデューサーを代表として、2016年に法人化した。2017年にスタジオを設け、VFX・CGIを中心にポストプロダクションサービスを提供し、CMを中心に映画、TV番組、ゲームなどの映像を広く手がけている。「オリンピックが決まったことを機に、日本のマーケットでもっと活動しようという機運が高まり日本スタジオを起ち上げました」と松尾氏は設立の経緯をふり返る。

前列左から、渡部健司VFXスーパーバイザー、ベンジャミン・リチャーズ アジア・リージョナル・マネージャー、松尾順治エグゼクティブプロデューサー。後列左から、ラザロ・スアレズ VFXアーティスト、遠藤厚子PR・マーケティングマネージャー、橋本杏奈プロデューサー、申 崇寛リードアーティスト、野村直樹VFXアーティスト。以上、Cutting Edge
www.cuttingedge.com.au

「CGだけではなく、VFXの領域は広いのです。Cutting EdgeはCGIスタジオではなく、VFXのスタジオを目指しています」と語るのは、今年2月にVFX SVとして参加した渡部健司氏だ。80年代のCG黎明期から業界に携わり、特撮の現場も経験し、今は大学教授もしているという豊富なキャリアをもつ同氏の考察は鋭く、深い。日本にはVFX全体がわかるSVやスタジオが少ないという懸念と、海外に追いつくように日本のVFXを盛り上げたいという想いがあり、Cutting Edgeはその先駆けとして動いていくとのことだ。CMなどのVFXを担当している申 崇寛氏は、同社に参加して約1年半。現在はリードアーティストを任されている。「入ってすぐにオーストラリアの本社へ3ヶ月ほど出向しました。撮影現場まで行って監督や照明、撮影などのスタッフとミーティングしながら業務をこなすスタイルです」と申氏。渡部氏と申氏は顔見知りで、偶然の再会に驚いたそうだ。「経験豊富な渡部さんという富士山に登って、追いつけるようにがんばります」(申氏)、「俺はエベレストですよ(笑)」(渡部氏)と、ふたりのやり取りからは互いに意識し合って切磋琢磨をしている様子が窺えた。今回は、Cutting EdgeのVFXに関する考え方や実際の制作事例を紹介する。

Topic 1 本格的なVFXスタジオの構築に向けて

撮影前から参画するスタイルで無駄を省いて効率的に制作する

VFXとは、CGIだけでなく、モーションコントロールカメラ、マットペイント、スペシャルメイクアップ、ミニチュアなど、広い領域を含んでいると、渡部氏は話す。日本には、まだ海外のようなトータルで制作できるVFXスタジオと呼べるところは少ないという。「僕はCGから業界に入り、特撮の経験も積んできました。ここ数年は大学の教授もやっていて、若手をどう業界に送りこむか考えたときに、日本に本格的なVFXスタジオがないと気づいたのです。最近は中国やインドなど、アジア圏にもVFXスタジオができているのに、日本はガラパゴス状態です」と渡部氏は警鐘を鳴らす。そこでCutting Edgeは、依頼されたVFX制作だけでなく、クライアントのイメージに対して撮影現場で表現のアイデアを出したり、スケジュールや予算も念頭に入れた選択肢を提示したり、プロジェクトの初期から制作に入り込んで提案していくスタイルのVFXスタジオを目指しているという。それを体現しているのが申氏だ。

「ある案件では、クライアントからどうやって演出を達成すればいいかの相談をいただいたので、すぐに伺ってラフコンテを見せてもらいながら話を進めました。予算なども聞いて、どこまで撮影するか、どこをCGでつくるか、具体的に検討します」(申氏)。できるだけ撮れるものは撮影し、それでも撮れないものをつくるのがCGだという。特にスケジュールがタイトなCM制作の現場では、いかに無駄を省くのかが大事だ。だからこそ、現場で一緒に仕事をするスタッフと面を通し、コミュニケーションを円滑にできるようにしておく必要がある。監督が何を目指しているかは、素材を渡されただけではわからないのだ。

一方「私たちは以前から行なっていましたが、VFXの担当者が撮影現場に立ち会って発言できるようになったのは最近ですね」と渡部氏。フィルムからデジタルに代わり、新しい技術が採り入れられ、撮影現場にもデジタルに詳しい人が不可欠になってきたのだ。また、渡部氏は制作現場でVFXの地位が上がってきていると感じているという。「VFXは撮影後に何かをするポジションではなく、撮影前から視覚効果の提案をしたり、プリビズをつくったり、エフェクトプランや合成プランを提案したりするのが本来のスタイルです。Cutting Edgeはそれを体現し、今までにないVFXスタジオを目指していきます。そして自分たちだけではなく、日本のVFXに関わるみなさんと一緒にやっていきたいので、ぜひ他社とコラボなどもしてみたいですね」と、渡部氏は今後の展望を語ってくれた。

VFXとCGIの関係図

渡部氏によるVFXとCGIの関係図。VFXにはCGI以外に多くの領域がある。「CGをやっている人からすると"VFX"は当たり前に使う言葉だけれど、CGIは緑の枠で囲われている部分でしかありません。VFXの領域はもっと広く、CGIと距離のあるフィールドもたくさんあります。日本だと、これらVFXをひとくくりで制作できるVFXスタジオはまだ成立していないのが現状です」(渡部氏)。幅広く活動している同氏はその現状に気がつき、Cutting Edgeの東京スタジオを、VFX全体を網羅したスタジオにしていくという

撮影用の機材たち

VFX作業を行うにあたり、様々な情報を収集するために機材は必須だ。Cutting Edgeでは、以下のような環境撮影用機材を主に使っている。カメラ:キヤノンEOS 5DsR、レンズ:SIGMA 8mm F3.5 EX DG CIRCULAR FISHEYE およびキヤノンEF24-70mm F2.8L USM、レリーズ:キヤノン リモートスイッチRS-80N3、雲台:Nodal Ninja 6 + Nodal Ninja RD10 Advanced Rotator、レベラー:Nodal Ninja EZ-Leveler-II、三脚:ベルボンシェルパ445Ⅲ、360度カメラ:サムスンGalaxy Gear 360、カラーチェッカー:X-Rite ColorChecker Passport PhotoおよびX-Rite ColorChecker Classic、メジャー:ボッシュ電動工具 レーザー距離計 GLM150。なお、グレーボール&ミラーボール&グリッドは手づくりだ。スティッチは、魚眼の場合はPTGuiを使用。Galaxy Gear 360による360度撮影の場合は、NUKEで展開と調整することもあるとのこと

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Topic 2 CM制作におけるVFXの役割

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Topic 2 CM制作におけるVFXの役割

2つのCM事例から垣間見るCutting Edgeの柔軟性

今年の元旦0時に放送されたソフトバンクのCMは、今が旬な5人の俳優やミュージシャンを使った豪華なものだった。VFX SVとして取りまとめたのが、申氏だ。このCMは編集によって6パターン、CGは16カットあり、企画コンテの段階から本編MAまで25日という、非常にタイトなスケジュールで制作された。うち、オフラインFIXからのCG制作は約8日だったという。スタッフはプロデューサーを含めて12~13人。タイトなスケジュールな上、撮影中に絵コンテも変わっていくので、VFXを達成するために、どう撮影・合成するか即断しなければならず、現場にVFXに精通したスタッフが必須であった。最終的に、濃密な6日間の撮影は充実したものだっ たという。

申氏は撮影前の企画から参加している。VFXは背景と合成する点から、美術とのやり取りが特に重要で、デザイン・設計図・グリーンバックの構成図などを見つつ、監督も交えて打ち合わせが行われた。「最初から参加しないと情報が減って、目指すものを100%は理解できません。多くのVFXにおけるCGは撮れないものを撮影したものに合成するものですから、そのプランニングが大変で、それさえ決まれば後は手を動かすだけという状態になります」(申氏)。一方で、現場から学ぶことも多いという。例えばライティングひとつとっても、どうやって照明を当てれば人を綺麗に撮れるかなど、実際の現場で学ぶことは多いそうだ。

GEEKLYのCMでは演出に対するアプローチから提案し、CGは申氏とコンポジットスタッフのふたりだけで制作している。こちらも時間が限られていたので、CGとコンポジットのやりとりを最小限にするために、撮影前の美術の立て込み時に現場を撮影してCG作業を進め、撮影直後に現場EDL・現場LUT・RAWデータを入手してアップデートすることで、撮影当日にはほぼCGを完成させたという。その後、グレーディング後に最終的なEDLとLUTをもらい、それを適用してコンポジットで調整してエフェクト制作をして仕上げるという「プチ・リニアワークフロー」(申氏談)となった。RAWでの作業のため色は合うというが、あまりに激しいグレーディングだとCGで合わせにくいので、最初に最終形を詰めておかないといけないとのこと。

最後にCM制作の醍醐味を聞いた。「最初から最後まで現場に立ち会えるのでやりがいあります。制作スパンが短いけど、その中でどこまでのものがつくれるか挑戦するのが楽しいですし、毎回テイストもちがって飽きません。CGだけでなく撮影や照明、美術などの知識も必要ですが、知ればさらなるチャンスが転がっている仕事だと思います」と申氏は語ってくれた。

ソフトバンクCM『自分で決めた何かにしばられない』篇

児玉裕一氏が総監督を務める2019年の年始(元旦)に放送されたソフトバンクのCMは、VFXだけでなくほぼ全ての工程を同時併行で進めるというタイトなスケジュールだったため、VFXに関する部分も即判断・即対応が必要だった。ポストプロダクションのフローは、オンラインと相談してカラースペースは全てACEScgに統一し、グレーディングを待たずに制作を始めている。この広瀬すずがガラスケースの中から飛び出してくる印象的なカットは、絵コンテでカメラはFIXだったが、現場のアングルチェック時に、よりカッコ良く見えるようにドリーへ変更となった。申氏らも撮影現場にいたため、マーカーや撮影リファレンスの追加もその場で随時対応したという。「現場での対応力、各部署とのつながりが非常に大切だと再確認できる現場でした」(申氏)

スタジオの資料。事前に資料を確認することでVFXの予定も立てやすい

撮影現場の様子。様々なスタッフが集まる

カメラデータ。後の合成をスムーズにするためには必須だ



  • 撮影プレート



  • コンポジット後

CGで作成された割れたガラスの素材

ソフトバンクCM『大人にしばられない』篇

CM制作では、このようなコンポジットによる合成はオンラインで行われることがほとんどだ。当初はイントレの下をCGで制作する予定だったが、カメラがFIXだったので、女優(清原果耶)を撮影後、同じカメラを高い位置に変えてイントレを素材撮影し、背景をリプレイスして、セットエクステンションやマットペイントなどの2D処理が施されている。基本的には撮影素材かCGで作成しているが、コードなどの一部は手で描き足された。ACEScgベースであり、ほぼ全てをNUKEで完結している



  • 撮影プレート



  • コンポジット後

ソフトバンクCM『ソフトバンクがいままでのソフトバンクにしばられない』篇

予定では田中 圭が家の「天井」を突き破る演出だったので、グリーンバックやリグ、照明などは「室内」を想定して準備された。すでにCG制作も開始していたが、撮影中に「屋根」を突き破る方向に大きく演出が変更され、即時対応が求められたという。「グリーンバックを使ってCGの合成があるショットでは、特に照明部のスタッフと一緒にいます。即座に新しいセットを設置するなど、現場の方々の対応力はすばらしいです」(申氏)

急遽設置された新しいセット



  • 撮影プレート



  • コンポジット後

ソフトバンクCM『しばられるな』篇
代理店:電通/制作:Geek Pictures/VFX:Cutting Edge Japan

企画から提案し限られた期間に対応して制作 GEEKLY CM『Mr.Geekly /転職エージェントの意味』篇

PCでできたピラミッドの上に俳優が座り、セリフに合わせてズームイン・アウトをくり返す演出において、美術セット・撮影をCGでカバーできないかという相談を受け、CG制作や撮影手法をCutting Edgeが提案した。画像はMayaの作業画面だが、動画で制作してメインスタッフへプレゼンしている。最終的にクレーン撮影となったが、一度の撮影は困難だったため、3つのポジションからカメラのイン・アウトの位置を合わせ、カットを分けて撮影することになった。撮影スタッフと打ち合わせてCG側で必要な撮影時の情報をすり合わせ、セットの上部2段を美術で、下部3段(最終プリプロダクションミーティングで下部2段に変更)をCGでつくることに決まる

美術部が作成した資料。事前にデザイン画や設計図をもらうことで、美術とほぼ同時並行でCG制作が行えた。建込前日にはデザインのチェックを済ませておく

事前に入手したミニチュア

撮影現場の様子。美術部が作成したミニチュアを基に、レイアウトなどを確認する

撮影当日にはほぼ完成となったCG素材。プリCG制作は約1日とのこと

CGとコンポジットの往復を最小限にするために、CGへLUTを適用している。フローは①撮影(EDL、LUT、RAWデータを撮影直後に入手)→②仮編集(オフラインからEDL、オフラインQTをアップデート)。CGはRAWに合わせてコンポジットを開始→③グレーディング(プレートとLUTをもらいCGに適用)→④コンポジット(色調整およびライトエフェクトの再現)→⑤本編集、となる



  • RAWから書き出した撮影プレート



  • 現場LUTを当てたもの



  • 最終プレート



  • 1stCG



  • 現場LUTを当てたもの



  • 最終LUTを当てたもの

完成画。なお、ショットを通してライトが点滅するのだが、CGはライトのアニメーションをさせず、各ライト要素(約20ライト)を分けてレンダリングし、コンポジットで点滅などを調整している。モニタ内はUVとマットを組み合わせることで、NUKE内でいつでも差し替えが可能となった。環境はリファレンスと簡易IBL用を撮影。モニタからのライトリファレンスは照明部のスタッフがセットしている

GEEKLY CM『Mr.Geekly/転職エージェントの意味』篇
代理店:電通/制作:Geek Pictures/VFX:Cutting Edge Japan



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.249(2019年5月号)
    第1特集:進化するゲームグラフィックス
    第2特集:VRミステリーアドベンチャーゲーム『東京クロノス』
    定価:1,512 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2019年4月10日