MyDearestが追求する"静的なVR"、その最新形である『東京クロノス』。静的とは、ごく自然なかたちでVRの醍醐味を堪能できる表現とも言えよう。本稿では開発を支えたインハウスツール「Uranus Editor」による演出と、立体音響をはじめとするVR特有のサウンドデザインについて紹介したい。
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※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 249(2019年5月号)からの転載となります。

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス) / Hirokazu Okawara(Bit Pranks
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

『東京クロノス』
発売中
対応ハード:Oculus Rift/Oculus Go/Oculus Quest/HTC vive/PlayStation VR
対応言語:日本語/英語/中国語
開発元:MyDearest株式会社(MyDearest Inc.)
ジャンル:VRミステリーアドベンチャーゲーム
プレイヤー:1名
tokyochronos.com
©2019 MyDearest Inc. All Rights Reserved.

本作ならではの作業工程「演出」と"VR"立体音響

『東京クロノス』では物語の演出を、シナリオに合わせてスクリプトを作成し、そのスクリプトによってキャラクターの配置やポーズ、会話のタイミングなどが実行されるというしくみが採られた。この作業工程を「演出」と呼び、演出を効率的に行うために自社開発されたのが「Uranus Editor」と名付けたオーサリングツールである。Uranus Editorは、シナリオのテキストデータから、会話テキストのコマンドを作成し、さらにキャラクターの配置やモーションといったコマンドを追加しながらシーンを構築していくことができるようになっており、コマンドを編集した状態でUnityではどのように実行されるのかをすぐに確認できる仕様となっている。Uranus Editorは、プログラマーでなくても、シーンを演出して実行することが可能であり、まずは小島氏が体験版用に第1章の演出を行い、会話劇としての演出ノウハウを指針にまとめた。そのドキュメントを他のスタッフと共有しながら、後続する章の演出を5名で分業したという。「Uranus Editorを使うことで1章分を1週間程度で演出することができました。演出する際には、舞台演劇の演出手法を手本にして、キャラクターのポージングで物語や感情を伝えるということを実践しています。会話のシーンがキチンと会話劇として成立したところが嬉しかったですね」と柏倉監督は語る。

『東京クロノス』特有の表現としては立体音響もはずせない。ユーザーの顔の向きや位置に応じて、シーン内のキャラクターの声や効果音などの聞こえ方がリアルタイムかつシームレスに変化することで、臨場感のあるVR空間を創り出しているからだ。そんな本作のサウンドデザインの立役者がサウンドディレクターを務めた郡 陽介氏とメインプログラマーの下嶋氏である。「このプロジェクトでは、『VRのコンテンツでは画も大事だけど、画を際立たせて世界観を演出するのはサウンドだよね』と柏倉監督が当初から言われていました。そこで立体音響を採り入れようという試行錯誤をはじめたのですが、ツールの選定をはじめ、まさにイチから構築していきました」(郡氏)。当初はOculus Audio SDKやGoogleのResonance Audioなどを試したそうだが、最終的にdearVRを採用。dearVRは2chのサウンド素材で擬似的にバイノーラル録音したような表現が可能であり、空間設定のプリセットが用意されている。その空間設定を場面別、音源別、距離別ごとに設定を容易にプリセット化するしくみを開発することで、昼と夜とでの音の響き方のちがいなどをシーンのサウンドに適用することが可能なのだという。実際に『東京クロノス』を体験すると、誰もいなくなった渋谷の街の響き方などが説得力のあるサウンド設計によって表現されていることがわかる。またBGMについてもAメロ、Bメロ、Cメロがそれぞれパーツとして分けられており、ループ感を失くすためにランダムで繋ぎ合わせるように再生されている。さらに時間軸やドラマの盛り上がりによって、リアルタイムに音色を上乗せしたり減らしたりする工夫も施された。「BGMは空から降ってくるような自然な聞こえ方で」という柏倉監督のリクエストを受け、環境音とBGMの切り替えもプレイヤーに気づかれないように始まり、いつの間にか環境音に戻っているといった密かなこだわりが随所に込められているのだ。

インハウスツール「Uranus Editor」

Uranus EditorはUnity上で起動させることが可能であり、キャラクターの配置やモーション、表情を確認しながら、イベントシーンを組み立てていくことができる。「プレビューで、ゲーム内での実際の見え方を確認することができます」(下嶋氏)

Uranus EditorのUI。中央の列にあるキャラの顔などのアイコンを1つの「コマンド」として扱い、それらがセリフや演出として出力される

プレビュー例。Uranus Editorを開くと開発専用のSceneが起ち上がり、その中にプレビュー用のオブジェクトが配置されている。Uranus Editorでコマンドを選択すると、それらのオブジェクトを操作する仕様となっ ている(キャラや背景は本番と同じプレハブを使用)

「演出」要領の共有

「演出」作業を行う際のポイントをまとめたドキュメントの例。演出作業のトップバッターとして、第1章を担当した小島氏は他のスタッフ向けにコマンドの具体的な数値の指定に加え、演劇など古典のアートにみられるような人物配置の考え方をGoogleドキュメントにまとめて共有。作業効率を高めることができたという

VRに適した立体音響とは

本作で実践された、VR立体音響の概念図。プレイヤー(User)の位置や顔の向きに応じて、キャラクターの声やSEの聞こえ方がリアルタイムに変化する

スポンサー向け企画書からの抜粋。登場するキャラクター数が多いが、プレイヤーがどの方向を向いていてもどのキャラが発した声か直感的に理解できるように、そして各キャラがそこにいるという『実在感』を高める仕掛けとして立体音響システムを採用。「キャラから発生した声や音はキャラから、BGMや環境音等の雰囲気感を演出する音は頭の外から世界になじんで聞こえるように。そして、主人公の声は自分が声を発しているかのような聞こえ方になるように設定しました」(郡氏)


サウンドデザイン作業の例

自分の声、BGMなどの3D定位させない音素材はDAW(Digital Audio Workstation)で素材段階から加工する。その際メインで使用されたのが立体音響プラグイン「dearVR」(www.dearvr.com)であった。「主人公の声は自分が声を発しているような響きに、BGMは頭の外から世界に溶け込んで聞こえるように調整しています」(郡氏)

dearVRパラメータ設定の例。DAW上で使用しているプラグインと互換性のあるものを使用。DAWで調整した主人公の声・BGMと同じ空間の響きをUnityでも演出できるという統一感も魅力のひとつだと いう


サウンドデザイン作業を再現(作業者:パティ ※東国ユリアがいつも抱えている奇妙なぬいぐるみ)

Unityの作業UI。全シーンの距離別の調整をひとりで行うにはあまりにも物量が多かったため、Near、Middle、Farという3つの位置に各キャラを配置し、「背景数×3つの位置×キャラ」のパターンでプリセットを作成して組み込まれた。全てのプリセットは、キャラの音声を各距離で聞きながら細かく調整されている)


  • 月刊CGWORLD + digital video vol.249(2019年5月号)
    第1特集:進化するゲームグラフィックス
    第2特集:VRミステリーアドベンチャーゲーム『東京クロノス』
    定価:1,512 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2019年4月10日