現世代ゲーム開発においてライティングは単純な画づくりや演出だけに留まらず、ゲーム性や包括的なストーリー体験に関しても大きな役割を担っている。しかし、日本の開発現場においては未だライティング専任者や専任部門の運用に関して消極的であったり、手探りな部分が多いのも現状だ。
本記事では、3/30(土)に開催された「ゲームクリエイターズカンファレンス'19」より、Sledgehammer Gamesの瀬尾 篤氏による講演「ゲーム開発におけるライティングアーティストの役割と意義」を紹介。第16回VESアワードにおいて最優秀視覚効果賞リアルタイム部門にノミネートを果たした『コール オブ デューティ ワールドウォーII(以下、CoD:WWII)』における実例を交え、ライティングスペシャリストの必要性とそのメリットが語られた。
TEXT&PHOTO_椎葉
EDIT_小村仁美(CGWORLD)
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<1>ゲーム開発におけるライティングアーティストの歴史と役割
まず瀬尾氏からはゲーム開発におけるライティングアーティストの歴史が説明された。大きな変革としては、PS2からPS3世代へのハードウェアの進化によって、ゲームの画づくりや演出にライティングという概念が加わったことが挙げられるだろう。
瀬尾 篤氏(Sledgehammer Games リードライティングアーティスト)
「特に当時、世界最大ともいえるエレクトロニック・アーツによって、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのゲーム化が大成功を収めたことの影響が大きい」と瀬尾氏は語る。高品質な映画表現とゲーム画面をファンに比較されることで、観客が期待する品質を実現するために、すでにライティングのポジションが確立していた映像業界からゲーム開発への人材流入が加速し、昨今のゲーム開発におけるライティング手法が確立されていったというわけだ。
そのため、『CoD:WWII』のライティング手法においても映像作品からの影響を色濃く受けている。例えば『プライベート・ライアン』(1998)、『レヴェナント: 蘇えりし者』(2016)、『ダンケルク』(2017)といった作品は強く参考にされており、特にこれらの作品に共通する、ダークかつ自然で、ありのままの色彩設計は『CoD:WWII』開発の初期段階でカラースクリプトとして組み込まれている。
ライティングの参考にされた映像作品
また、これらのライティング演出に関しては、単にポストプロセスなどで後工程的に色調補正を行なっているのではなく、シーン設計の初期段階から時刻や天候などに気を配り、あくまで現実的なライティング演出として運用されているという。具体的には、ダークかつミュート(静的)な色彩設計を実現するために、実際に「曇り」や「夜」「マジックアワー」の時間帯をねらったシーンが選択されている。これは最終的にキャラクターと背景の切り分けによる視認性向上も満たしており、包括的なゲーム体験の向上にライティングが一役買っていると言えるだろう。
シーン設計の際選択された時刻や天候
<2>写真的プロセスと絵画的プロセス
次に瀬尾氏から語られたのは、ライティングにおける画づくりの重要性だ。『CoD:WWII』は物理ベースを非常に重要視しており、先述の通りねらった色彩設計を実現するために現実から逸脱したライティング設計をするのではなく、シーンに応じた物理的に正しいライティングを行うことを基本としている。
しかし、その上で瀬尾氏は「物理ベースレンダリングは写真的な画像を生成できるかもしれないが、その映像が心に残るような画像とは限らない」と説く。
特に例に挙げられたのがテオドール・ジェリコーによる「メデューズ号の筏」と題される油彩画で、この絵画ではライティングの演出として光と影の2つの三角形が誘導的に描かれている。
これらの絵画的演出は『CoD:WWII』においても採り入れられており、例えばノルマンディー上陸の演出の際には意識的に影の三角形を作ることで視覚的にも感情的にも効果的なライティング演出を行なっている。また、このシーンではシルエットを明確にするためにキャラクターのリムライトを追加し、演出的なライトはカット単位での調整を行うなど、クオリティアップを図っているとのことだ。
ノルマンディー上陸の演出に見える青い三角形
さらに、これらの演出的なライティングはあらゆる場面で丁寧に行われている。例えば窓から入り込む逆光的なライティング演出においては、実際は太陽の高度的にこのような角度での影は落ちないが、演出的なスポットライトを追加することで印象的なシーンを設計している。そして、これらのライティング演出はゲーム性にも貢献しており、例えば色温度の異なるライティングを織り交ぜることで、見た目に印象的な影響を与えるばかりではなく、奥行きや場所のちがいなどをプレイヤーに認識させる手助けも行なっている。
スポットライトの追加によって、窓から入り込む逆光を演出
色温度のちがいによって奥行きや進行方向をプレイヤーに認識させる
[[SplitPage]]<3>色による感情の誘導
また、色彩設計においては色ごとに誘導される感情も考慮されている。
それらは主要なキャラクターのキーカラーにもなっており、例えば主人公のダニエルズはその未熟さと信頼性というキャラクター性から緑色がキーカラーとして採用されている。
主要キャラクターのキーカラー
キーカラーは幼少時代のシャツの色など身につけている小物の配色に採用されたり、登場するシーンのライティング演出として使用されたりする。さらにストーリーにも密接に関係しており、登場時未熟さを表す「緑」を携えた主人公は、ストーリが進むにつれ成長を遂げ最終的に「緑」から聡明さを表す「青」へとキーカラーを変化させる。またその「青」は晩年の平和や調和を表すシーン演出にも繋がっており、「緑」は主人公の孫へと引き継がれキャラクター同士の関連性にも使用されるというから驚きだ。
キャラクターと色の関連性
そして、もちろんこれらの色彩設計はゲーム性にも貢献している。パリのマップにおいては、赤色の使用を意図的に制限し、ナチスの旗にのみ使用することで、パリはナチスの占領下にあるという視覚的視認要素をプレイヤーに効果的に与えている。
パリのマップにおける色彩設計
また、色彩設計はシーン全体の調和を支えるのみならずゲーム進行におけるストーリー演出にも一役買っている。バルジのマップにおいては、朝から正午までの時間の変化を演出するだけではなく、ゲーム進行の合間に意図的に不調和な色相を挟み込むことで緊張感や不安感などをプレイヤーに与え、サスペンス的なストーリーを演出している。
バルジにおけるゲーム進捗に応じた色彩変化
最後に、瀬尾氏はゲーム開発にライティングの専門家をもつことについてこう締めくくった。「照明の専門家がチームにいることで、ゲームの視覚目標や芸術性の柱を設定することを後押しするだけではなく、プランナー、背景アーティスト、キャラクターアーティスト全体で、共通の目標に向かって協力する体制を作ることができます。そしてそれらのビジュアル表現に関してはAAAとインディーズに垣根はありません」。数々の美しいゲーム表現において重視されるライティング。本講演がそれらの開発の一助になることは間違いないだろう。
ライティング専門家をもつことによるメリット
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GAME CREATORS CONFERENCE '19
日時:2019年3月30日(土)
場所:大阪府立国際会議場(グランキューブ大阪)
www.gc-conf.com