2018年8月3日(金)、地方公共団体初公認となるバーチャルキャラクター・茨ひより(愛称:ひよりん)さんが、茨城県が運営するインターネット動画サイト「いばキラTV」のアナウンサーとして着任した。今回は、キャラクターの誕生から収録、動画制作など、彼女の魅力と秘密に迫る。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 251(2019年7月号)からの転載となります。

TEXT_野澤 慧 / Satoshi Nozawa
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

より広い視聴者層の獲得を目指して
Vtuber「茨ひより」の誕生

近年爆発的な盛り上がりを見せている「バーチャルYouTuber(VTuber)」。アニメのキャラクター的な容姿と視聴者と距離の近いトークがネットの人々の心をつかみ、今や一大カテゴリを築いている。それに伴い、VTuber人口は数千人規模にまで拡大。まさにVTuber戦国時代とも言える様相だ。そんな中、業界に新風を吹き込む存在が誕生した。それが、初の自治体公認Vtuber 茨ひよりさんだ。茨城県庁に勤める彼女は、昨年8月3日付でバーチャル広報課Vtuberチームに配属され、いばキラTVの公式アナウンサーとして活動を開始した。VTuberとしては異端の存在であるが、その人気や知名度は右肩上がり。そこで今回は、話題のひよりさんの魅力を徹底解剖するため、彼女を支えるスタッフの皆さんに話を聞いた。

左から、営業兼プロデューサー・大塚 剛氏(オプト)、映像ディレクター・小林立典氏(オプト)、映像クリエイター・呂 翼東氏(スタジオオプト)、プロモーション戦略チーム・坂本好英氏(茨城県)、茨城県公認Vtuber・茨ひより氏、ディレクター・大田智久氏(スパイス)、プロモーション戦略チーム・石田ひとみ氏(茨城県)、ディレクター・山田 翔氏(スパイス)、プロデューサー・松本健一郎氏(スパイス)、プロモーション戦略チーム・塚原亮太氏(茨城県)
www.pref.ibaraki.jp
www.opt.ne.jp
spice-group.jp

そもそも「自治体」と「VTuber」という2つの言葉はあまり結びつかないが、どのような経緯で「自治体公認VTuber」が誕生したのだろうか。「いばキラTVでは、これまでも茨城県の情報を発信し続けてきました。もともと、10代~30代の視聴者の割合は6割ほどと多かったのですが、より若年層の方々に観てもらうための企画を考えていました」と茨城県庁。そこで、約2年間にわたり「いばキラTV」の制作パートナーを務めているオプトへと相談がもちかけられた。当初は既存のメジャーなVTuberの起用も検討したそうだが、予算やスケジュールの関係で断念。それならばと、イチから生み出すことにしたそうだ。昨年3月末にVTuber企画が起ち上がり、5月上旬にはCG制作プロダクションのスパイスへ協力を依頼。3ヶ月後の8月上旬には放送をスタートさせた。企画立案から放送開始まで半年未満というスピード感は驚きだが、いばキラTVでの映像制作の中で積み上げたオプトとの信頼やネットコンテンツに対する茨城県庁側の理解、また大井川和彦知事の掲げる「新しいことにチャレンジしていく」という方針が上手く混ざり合い、ひよりさんが誕生したのだ。

Topic 1 デザイン画の印象を忠実に再現したキャラクターモデル

監修一発OKとなったかわいい3Dモデル

自治体の看板を背負う、ひよりさんのデザインコンセプトは「老若男女を問わずかわいいと思ってもらえる」キャラクター。茨城県出身のデザイナー・ハルタスク氏による、たくさんのこだわりが詰まったデザイン画を基に、どれだけ忠実に立体化できるかがポイントとなった。ここでは、ひよりさんの3Dモデルがいかに出来上がっていったのか、その裏に隠された工夫をみていこう。

ひよりさんの3Dモデルは、完全に新規でキューブから、リアルスケールの頭身で作成された。使用ツールはMayaだ。顔はキャラクターの印象を左右する重要な箇所であるため、ひとりのスタッフが専任し、時間をかけて丁寧につくり上げている。一方で、身体については別のスタッフが担当し、顔と同時進行でモデリングが進められた。細部にまで手を抜かない徹底ぶりは、アイテムのネックストラップひとつにまでいたり、最終的な形状に落ち着くまでかなりの修正を要したという。VTuberだからつくり方や難度が変わるということはなく、地道に破綻のない形を追い求めることが大切とのこと。

質感についても、デザイン画のイメージを壊さないよう意識したという。「デザイン画は手描き風で描かれていたのですが、それをそのままCGで再現したのでは、筆の質感が強すぎる見た目になってしまいます。イラストの印象を踏襲した質感を求めて、トライ&エラーをくり返しました」と大田智久氏(スパイス)は話す。手描き的な柔らかい表現をCGに落とし込むのは至難の業だが、完成した3Dモデルを見たプロデューサーの大塚 剛氏(オプト)は「3Dモデルはスパイスさんにつくってもらいました。監修はほぼ一発OKとなって衝撃だったことを覚えています。技術的な判断はプロにお任せし、私たちは多くの方から愛されるキャラクターづくりの判断基準として"見た目で推せるかどうか"を重視していました。オプトの茨ひよりチームはVTuber好きで固めているのですが、その全員がひと目で"かわいい"と感じたので大丈夫だなと確信しましたね。他の人気VTuberと同等か、それ以上にかわいく仕上がっていると思います」と語り、太鼓判を押す。これまで様々なVTuberに携わってきた熟達のプロ集団スパイスの技が光る3Dモデルとなったようだ。

茨城県をイメージした老若男女に愛されるキャラクターデザイン

誰からも愛されるキャラクターを目指したひよりさん。配色は茨城県の特産に関連する色が選ばれている。自治体のキャラクターであるため、基本的に衣装の露出度や派手さは抑え「孫のようなかわいさ」も意識された。その一方で、若者の心をつかむため、茨城県庁の若手職員を打ち合わせに招き、意見交換も重ねている。そこで採用された設定のひとつが「スカート丈の長さ」だ。初期のラフ案よりも短くし、若者らしい溌剌さを表現。女性の意見も反映され、女性が憧れる美しい脚をイメージして造形している。小林立典氏(オプト)は「3Dモデルを二次創作等で展開していく構想もあったので、あまり見えないような細部や裏側にまでこだわってデザインしています」と話す

ラフ案への修正要望



  • 三面図



  • イメージイラスト

デザイン画を立体化したかわいい3Dモデル

3DモデルはFBXで出力し、映像としてのアウトプットはUnityを使用している。Unityで制御している揺れものや最終的な質感などの細かい調整のため、MayaとUnityを何度も行き来し、テストと修正をくり返したそうだ。山田 翔氏(スパイス)は「自社のスタジオがあるので、実際に自分で動いて3Dモデルを確認できます。確認から修正へノータイムで移ることができるのは、アドバンテージだと感じますね」と話す。妥協を許さない姿勢と、それを叶える環境が、高いクオリティを支えているようだ

モデリング作業画面。デザイン画と合わせつつ、忠実に立体化していく

完成モデル。最終的に約10万ポリゴンにおよぶ3Dモデルとなった

セットアップ。Mayaでのスケルトン表示

デザイン画のイメージを損なわないように細心の注意が払われた質感

ラインや影は、テクスチャに描き込むか、シェーダ(ユニティちゃんトゥーンシェーダー)で出すのか、箇所によって使い分けている。例えば、ベルトの縁等の影溜まりや反射光はテクスチャへ描き込み、場合によってはZBrushで直接ペイントすることも

テクスチャ。左から、顔、トップス、アンコウ

【左】アウトラインマスクを適用した状態と【右】アウトラインが入った状態。目や毛先などは、違和感を生まないためにアウトラインを消している

【左】シェーディングしたもの。常に立体物として整合性がとれ、かつデザイン画と印象が変わらないラインが出るように調整している。純粋なテクスチャ表示【右】と比べると、ちがいがわかりやすい

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Topic 2 「いばキラTV」の動画ができるまで

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Topic 2 「いばキラTV」の動画ができるまで

自社スタジオと経験を活かした番組制作

ここからは、番組制作の様子をお届けする。収録が行われるのは、スパイスモーションキャプチャスタジオだ。広々とした空間には高解像度のOptiTrack Prime 41と画角の広い同Prime 17Wの2種類のカメラが取り付けられており、「ハイスペックすぎる構成ですね」と松本健一郎氏(スパイス)が漏らすほどの環境だ。キャプチャしたデータは、傍らに設置された3台のPCに取り込まれ、それぞれMotive(モーションキャプチャソフトウェア)、MotionBuilder、Unityの演算を行う。まずはアクターの骨格モデルを作成するのだが、OptiTrackはTポーズをしてワンクリックするだけで骨格モデルができ、指の動きをキャプチャするIGS-Cobra Gloveも2クリックで初期姿勢のキャリブレーションができる。準備時間がかからないため、実際の収録に十分な時間を使えるのも特徴のひとつだ。準備ができれば、あとはUnityでほとんどオペレーションできるため、ミニマムのスタッフで運用できるのもメリットだろう。

こうして収録された映像は、カット編集等は行うものの、ひよりさんの動きに関しては後付けをせず、収録時のデータがそのまま使用されている。3Dモデルの完成度の高さやトラッキングの精密さの賜物だ。収録後に余計な工程がない分、番組をより濃くするためのチャレンジもしていけるとのこと。「視聴者の方の親近感が湧くコンテンツをつくりたいと思っています。私自身、自治体に対して硬いイメージを抱いていましたが、接してみると"同じ人間だな"と実感しました。サブカルが好きな方やマニアックな趣味をもっている方もいます。そういう人間味まで伝わるような新しいコミュニケーションを目指しているので、"茨ひより"が良い意味で自治体のイメージを崩して、視聴者・ファンに好まれるようになってきているのは嬉しいです」と小林氏。また、人間やゆるキャラと比べて、時間や場所などの制約が少ないこともVTuberの魅力のひとつだと言う。これからもVTuberの強みを活かして、様々な場でわれわれを楽しませてくれそうだ。

ひよりさんの今後について「9~10月にかけて開催される、"いきいき茨城ゆめ国体・いきいき茨城ゆめ大会2019"に合わせたPR活動を予定しています。動画配信に加え、イベントに関わるかたちでのPRも考えています」と茨城県庁。訪日外国人の数が増加する中で、国内だけでなく国外も意識したPRも精力的に展開し、茨城県への観光客の誘致や県産物の輸出につなげていきたいという。ひよりさんのこれからの活躍に目が離せない。

番組収録のイメージ

収録風景(イメージ)。今回は、ひよりさんに代わってスパイスのスタッフの方に、収録の様子を再現していただいた。マーカーは全身に37個。撮影エリア(6m×13m)が広いため、動きへの制限はほとんどない



  • スパイス自作のフェイシャルトラッキング用のカメラセット。カメラは単焦点レンズかつ映像が歪まないものを求めて、世界中のカメラを探しまわって見つけたものだという。ラグビー用のヘッドギアをベースに、アルミパイプを曲げたアームを取り付けている。使用者の疲労を考慮して、とことんまで軽量化された。実際に持たせていただいたが、小指一本で楽に持ち上げられるほどの重さしかなく、あまりの軽さに思わず驚きの声が出たほど



  • IGS-Cobra Glove。指も、ひよりさんの動きが使用されている。データは無線でUnityへ飛ばし、Unity上で制御しているとのこと

表情切り替えコマンド。こちらで事前に準備しておいた表情に簡単に切り替えることができる

収録データのながれ

Motiveの作業画面。カメラで収録されたデータは、まずMotiveへ取り込まれる

MotionBuilderでの作業画面(左はX-Ray表示)。【上画像:Motiveの作業画面】のMotiveで取り込まれたデータは、別マシンのMotionBuilderへとながされ、ボーンに変換される。この工程を挟むことによって、ロールの調整などが可能となるのだ。脚の接地位置や首の可動域などがコントロールでき、破綻が少なくなるという

Unityでの作業画面。MotionBuilderで整えられたデータは、さらに別マシンのUnityへとながされ、IGS-Cobra Gloveで取得した手指のデータも組み合わされて最終調整が行われる

こだわりのフェイシャル&ポージング

フェイシャルキャプチャにはDynamixyz Performer2が使用された。ブレンドシェイプをベースに、様々な表情が用意されている。目パチや口パクにいたるまで、表情をほぼ完璧に再現できるが、それゆえに少々苦労することもあるという。それが視線の動きだ。台本を読みながらの収録では、台本の文字を追う視線の動きまでキャプチャされる。そこで、ディスプレイや譜面台を利用して視線の動きを軽減するなど、日々試行錯誤しているとのこと。どうしても難しい場合は視線を固定することもあるそうだ。このような苦労もあるが、精密なトラッキングが可能だからこそ、活き活きとしたキャラクターになるのだろう。また、トラッキングのほかに特別な17種類の表情が用意されている。上記【番組収録のイメージ】の「表情切り替えコマンド」を用いて、大田氏がリアルタイムで収録中の状況に合わせた切り替えを行うそうだ

ブレンドシェイプのパターン

特殊なポーズ例。これらのダイナミックな動きも、後付けではなく、その場で撮影しているものだ。どれも、とてもかわいらしい

Unityで制御するカメラワーク

番組制作に使用されているCG上のカメラは2台。基本的に、引きと寄りのカメラを組み合わせている。PANダウンなど14個ほどのカメラアセットも用意しており、台本の内容に合わせて最適なカメラを選んでいるそうだ。キャラクターをFollow(フォロー)するような動きをさせることもあるが、その場合は事前に動きを仕込んでおくのだという

実際にカメラから撮影した様子。様々な角度からの映像があることで、番組としてのリアリティも感じられる

Unity上で複数のカメラを表示している様子。実際のTV収録のようだ

スパイス提案による一歩踏み込んだシーン制作

こちらは番組「#14」内で、実写素材を背景として使用した例。これらのシーンはスパイスの提案により、台本で予定されていた内容から、より惹き込まれる動画となった

After Effectsによる3D カメラトラッカー。実写映像の動きに合わせて、ひよりさんが実際に歩いているかのように合成している。手ブレする実写映像にスタビライズをかけ、背景マップを起こした上で、トラッキングして対応した

ひよりさんの素材。こちらはバンジージャンプの遠景映像に合わせるためのもの。もともと遠景に合わせる予定はなかったため、モーション素材が足りなかったのだが、足りない部分はスパイスのスタッフが代わりに収録している。自社内にスタジオを有しているメリットがここでも活かされた



  • 元の実写素材



  • バレ消し後の実写素材

完成画。大田氏は「自分は実写合成をメインで担当していたので、やりたい欲求がウズウズして提案しました。スパイスはゼネラリストの集団なので、いろいろな引き出しをもっているのが強みですね」と自信の表情をみせた



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.251(2019年7月号)
    第1特集:デジタルヒューマン&バーチャルスタジオ
    第2特集:世界観を表現するデジタルアート
    定価:1,512 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2019年6月10日