一般的なCGプロダクションの枠に収まらず、最先端テクノロジーとクリエイティブを融合させた事業展開を行なっているアタリが、ZARBON AND DODORIAと共同開発したバーチャルヒューマン『MEME』(メメ)。その誕生秘話を聞いた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 253(2019年9月号)からの転載となります。

TEXT_最上真杜
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©atali + Z&D

MEME オフィシャルInstagram
ただ綺麗なお人形モデルではなく、リアルな感情や思想をもった"不完全な女の子"が感じることや、日常の出来事、メメ自身がつくったアート作品を中心に投稿を行う。
www.instagram.com/meme.konichiwa

なんでも描けるCGだからこそ不完全なキャラクターを創る

現在、Instagramを通じて活動するMEME。彼女が誕生するきっかけとなったのが、バーチャルインスタグラマーの先駆けと言われる『Lil Miquela(リル・ミケーラ)』。MEMEプロジェクトのプロデューサーであり、アタリCEOの神林大地氏がフォトグラファーの森 恒河氏(ZARBON AND DODORIA代表取締役)らとミケーラについて雑談するなかで、タブーとされるものやブラックユーモアを用いて多様性を表現する上ではバーチャルヒューマンが適しているのではないかというアイデアが生まれた。

左から、 松下仁美(アートディレクター)、仲山ショーン(CGデザイナー)、MEME(モデル)、神林大地(プロデューサー)、森 恒河(フォトグラファー)、橋爪 萌(ディレクター)、遠藤 敦(CGデザイナー) ※敬称略

「完成されていない美しさ、生々しさやコンプレックスをCGでつくるのが面白いのではないかと。実在のインフルエンサーと同じことをするのではなく、あえて炎上しそうな言動をとらせる、社会事情とリンクさせる、そして恋をしたりと、リアリティのあるマルチコンテンツのようなストーリーテリングをしたいと思っています」(神林氏)。プロジェクトは2018年8月頃にスタート。アタリでは、数年前からフォトグラメトリーをベースにしたバーチャルヒューマンの技術研究を重ねてきた。最終的な目標は、リアルタイムベースで動かすことだというが、MEMEに関しては動かすことが目標ではないという。SNSでのリアルな人としてのストーリーテリングが根底のコンセプトにあるからだ。「MEMEの場合は、明確なストーリーやスケジュールを組んでいません。おおまかな台本はあるのでドラマは起こっていきますが、その場のノリや時流に応じてストーリーも変更していきます。ナラティブなゲームをやっているような感覚。Instagramでナンパされたり、タブーとされるものにも言及したり、人間は気にしているけどなかなか言えないようなことも言ってしまったり。バーチャルな存在だからこそできることに挑戦していきたいですね」(神林氏)。CG技術としては、動いた上でリアルさも出すのが次の焦点になっている一方、MEMEとしては、感情の多様性を組み込んでリアルさを演出することで、一線を画したアイデンティティを表現していくのが目標となっているのだ。

<1>キャラクターデザイン

痣や複雑なヘアスタイルなどあえて難しい表現に挑む

プロジェクトスタートと同時にキャラクターデザインに着手。2018年11月にデザインの方向性が定まってきて、12月には3Dアセットを作成するためのフォトグラメトリーが実施された。キャラクターデザインでは、スキャンを行う女性の三面写真をベースに、2Dベースでレタッチしながら、様々なバリエーションを検証。MEMEのデザインには、痣という大きな特徴がある。「多様性の象徴となるモノが見た目にも必要で、まさにバースマークをつくりました。ただ、特徴的な見た目をいじると当事者を傷つけてしまうことがあるので、色々な事例をスタディし自分事として捉えながらまとめていきました」(神林氏)。ベースとなる顔のスキャンには、1年半ほど前に独自開発したライティングリグを使用。手動で行う手間はあるが、カメラ1台でスキャンをすることができるという。このリグによるスキャンで取得したベースのテクスチャより、ほくろの加工や肌のリファインが行われた。こうして作られた肌のテクスチャはスキャン時の最大解像度の8K。バンプマップとディスプレイスメントマップも8Kの32bitで作成されている。メイクの表現はマテリアルやテクスチャを用いて行われているが、微調整はレンダリングした後にPhotoshopで行われている(現実でモデルを撮影したときの後処理と同じ要領である)。メイク用のレイヤーは眉などの部位ごとにパターンがつくられ、必要に応じて増えていったという。痣についてもスキャンデータを活用。顔に痣をもつ知り合いに協力してもらい、スキャンを実施。実際のリファレンスが得られたことで、リアリティを大きく高められたそうだ。さらに、マテリアルも痣専用に調整されており、痣部分には毛が多く出るという特徴も再現。眼球はオブジェクトを部位ごとに分けたり、マテリアルをレイヤード構造にしたりして実際の構造に近づけて作成された。眼については、白目部分にはSSS。虹彩や白目部分の毛細血管はZBrushでスカルプトしてバンプマップで表現。マテリアルは、リフラクションやリフレクションを意識しながら作成している。

MEMEは、ヘアスタイルも実にユニークだ。「女性でちょっと散らかっている髪型というのはCGキャラでは滅多に見ません。難しいからこそ、この髪型に挑戦しました」(仲山氏)。髪の構造の勉強から行い、スタイリストに実際に髪をセットしてもらい、それをリファレンスとして用いたという。さらには、Instagramに投稿する写真ごとにスタイリングにアレンジを加えるという、こだわりぶりだ。髪の生成にはXGenを使用。レンダラはV-Rayを使用していたので相性も良かったという。ガイドカーブは100~300本。髪のパラメータをコントロールするためのDescriptionは20ほどにも分けられた。髪の色のグラデーションはVRayHairNextMtlの機能を用いて作成。顔の輪郭に重要な意味をもつ産毛も、XGenで作成されている。

コンセプト&ベースデザイン

MEMEのコンセプトデザイン企画書より

2D段階におけるデザインの変遷を図示したもの。破線で囲まれたデザインの方向性で詰められていった

3Dモデルの制作

モデルの変遷



  • フォトグラメトリーから作成したベースモデル



  • 骨格を調整



  • 【ベースモデル】をさらに微調



  • 完成モデル。ディテールを調整した上でメイクと髪の毛が加えられた



  • 完成モデルのメッシュ表示【画像】と、ビューティ以外のレンダーパス



  • リフレクト



  • スペキュラ



  • SSS

XGenによるヘア生成例

髪の毛のガイドカープ



  • うぶ毛のガイドカーブ



  • 【うぶ毛のガイドカーブ】のレンダリングイメージ

自社開発したリグによるフォトグラメトリー

アタリが独自開発したライトリグによるフォトグラメトリー撮影の様子。マルチカメラによる撮影ではないため相応に時間を要するものの、高いコストパフォーマンスを発揮する

一連の加工調整が施されたテクスチャ完成形

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<2>シーンメイキング

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<2>シーンメイキング

フットワークの良さとハイクオリティを両立させる

CG・VFXチームは仲山氏を中心とした3名。髪を専門に行うのが1名、テクスチャやモデル調整が1名、仲山氏自身がHDRの検証や全体をディレクションするという座組だ。コンポジットは、3氏を中心にアタリのデジタルアーティストがその都度、担当しているという。当初はデザインが決まっていなかったため、髪や肌の質感の検証が先に進められた。その後、デザインFIXのタイミングで頭部モデルをブラッシュアップ。その際は、アタリが独自にストックしてきた3Dモデルのデータベースを利用することで効率化が図られた。このデータベースは同一トポロジーで作成されたデータであり、各データをブレンドシェイプで組み合わせることで新しいモデルを作成することができるそうだ。同様に肌テクスチャもライブラリ化されている。スキャン時にデータが不十分だった部分は、シェイプ・テクスチャ共にデータベースを利用して補間された。このシェイプをブレンドするという工程のおかげで、フィードバックに対するレスポンスもかなりスピーディに行えたという。とはいえ、MEMEが目指す"典型的な美人ではないけれど何だか気になる"顔を創り出すにはかなりの試行錯誤を重ねたそうだ。「なかなか難しかったです、ブサイクに寄りすぎてしまったり整い過ぎてしまったり(苦笑)。その点に関しては、アートディレクターの松下さんやディレクターの橋爪さんから女性ならではの意見をもらえたことにも助けられました」(神林氏)。

レンダリングシーンの作成では、シーン内でイメージプレーンを用いてモデルの位置合わせを行う。表情はブレンドシェイプで近い形状にまでもっていき、髪や目の微調整を行う。ライティング環境の再現は、ベースとなるモデルを撮影する際に、可能なかぎりHDRI素材も撮影しているとのこと。RICOH THETA Sを使い、露出の段階は最大数で撮影。計13枚撮影し、Photoshopのフォトマージで1枚に統合。作成したHDRIだけでバウンスのライティングを再現できない場合は、シーン内に簡易的なオブジェクトを配置したりしながら調整しているそうだ。レンダリングにはV-Rayを使用。基本的にはシンプルにビューティパスのみで、必要に応じてデプスやマスクとして用いるIDパスも書き出す。レンダリングは基本的に4Kで行なっており、アップショットでは8時間も要することがあるそうだ。レンダリングイメージに対して、PhotoshopやLightRoomでシャドウやハイライトの細かい修正をして、リファレンスの写真に近づけていく。コンポジットワークは、撮影したときの背景だけの素材をベースに行われる。なお、ポスト処理はフォトグラファー森氏の領分となっている。こうした一連のCG・VFXワークは、写真1枚につき3~5時間ほどで済まされるというから驚きだ。レンダリング時間が別途求められるとは言え、このスピーディさがMEMEのコンセプトのひとつである「その場のノリを活かすこと」に貢献していることはまちがいない。「表現としては、さらなるリアリティの追求を。チャンスがあればリアルタイムで動かすことにもチャレンジしたいですね」(仲山氏)。

痣の表現

痣については、ベースの肌とは別に一連のテクスチャ素材が作成された



  • 顔に痣をもっている方に協力してもらった、フォトグラメトリーによるスキャン画像。diffuseテクスチャの素材となる



  • スキンmaterial (alshader)のsss1、sss2アトリビュートに使われているテクスチャ

スキンmaterial(alshader)のsss3アトリビュートに使われているテクスチャ。なお、SSS用テクスチャはcolor correct nodeも繋がっているため、本来の色味、色相から少し異なる

リフレクションのテクスチャ素材


顔メッシュのdisplacement mapノードグラフ。displacementマップは複数種類を組み合わせている(meme_displacement.exrとmeme_displacement_add.exr)。例えば、本誌カバーアートの場合は、シワを寄せている部分、顎が手にあたって変形しているところなど

スキンマテリアルのノードグラフ。メイク用には別マテリアル(mtl_meme_makeup)を使い、blendmaterial(vray)でスキンマテリアル(mtl_meme_skin3)と重ねている

カバーアートのメイキング

掲載号(CGW253)カバーアート向けメイク表現用テクスチャ例



  • diffuseテクスチャのメイクパターン〈アイシャドウ、眉毛、口紅)



  • メイクなしのベーステクスチャ。なお痣の部分は顔全体のテクスチャに含まれている

メイクが濃く付けられた追加テクスチャ。先述したノードグラフ「mtl_meme_makeup」に繋がっている「meme_face_pattern_diffuse」に該当する


Photoshop上のパターン



  • メイクなし



  • メイクあり


ライティング作業の例

スチール撮影時のスタジオ環境

バウンス用のメッシュオブジェクト(机、マットなカード、腕)が配置されたビューポート表示。「影を付けたり映り込みのために置いています。場合によって、写真からオブジェクトにマテリアルとしてプロジェクションしています」(仲山氏)


森氏によってレタッチが施されて完成となる



  • レタッチ前



  • レタッチ後



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.253(2019年8月号)
    第1特集:CG百景
    第2特集:アニメ『モンスターストライク』~ノア 方舟の救世主~
    定価:1,512 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2019年8月10日