昨年10月24日から11月4日にわたり東京ビッグサイトで開催された「第46回 東京モーターショー 2019」ジェイテクトのブースでは『Future Concept Vehicle 2』と名付けられた、ドライビングシミュレーターが注目をあつめていた。カロッツェリアのモディーと共に開発を手がけたデジタル・ガーデンの取り組みを紹介する。

TEXT_神山大輝 / Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

<1>映像で培ったビジュアライズのノウハウを武器に、UE4によるリアルタイムCG案件も精力的に手がける

「第46回 東京モーターショー」におけるジェイテクトのブースに展示された『Future Concept Vehicle 2』は、自動運転と手動運転が選択できる未来の自動車社会における「自動運転による快適さ」と「運転する楽しさ」が体感できるドライブシミュレーターである。

Future Concept Vehicle(以下、FCV)とは、ステアリング、駆動系部品を中心とした自動車部品メーカーとして知られるジェイテクトが開発を進めている、「Steer-by-Wire, In-Wheel-Motor」の協調技術や自動運転化を見越したハンドル格納機能「Retractable Column Module」を搭載した未来コンセプトカーであり、2017年に開催された「第44回 東京モーターショー」で初披露されたもの。その第2世代としてドライビングシミュレーターに進化させたものが、「FCV2」というわけだ。

ユーザーは実際にコンセプトカーに乗車し、自分で運転をしながら未来の街並みの中を進んでいく。同作は3構成に分かれており、最初は公道を走るシーン、次に選択可能な3つのコースのうち1つを走るシーン、最後は「ドローンのイタズラによって街の灯りが消えた夜の街」を走りながら問題解決を図るシーンとなっている。公道は華やかな印象のある表参道の街並みがモティーフとなっており、2030年の未来ということもあって荷物運搬用のドローンや動画広告などが背景に表示されている。ある程度進んだ後、「日本庭園」、「ヨーロッパ風の街並み」、「海」の3種類にコースが分岐。一定区間走り終えたのち、街の光を奪ったドローンを追いかけながら光を取り戻していくゲーム風のハイウェイコースへと移行する。自動運転モードから手動運転モードに切り替わるのに応じて、コンセプトカーが実際に変形するなど、シミュレーターの映像とハードウェアがシンクロしている点も特長である。

JTEKT/Driving Tour

シミュレーターの開発を映像コンテンツから、周辺機器との連動プログラムの開発までを一手に引き受けたのが、AOI Pro.グループのポストプロダクションとして知られるデジタル・ガーデン(以下、DGI)のインタラクティブコンテンツチームである。コンスタントにタッグを組んでいるカロッツェリアのモディーからの協力依頼を受けて、企画がスタートしたのは2018年12月だったという。

右から、藤木秀作ディレクター、金高 遥プログラマー、林 和哉プログラマー、益子 篤プロデューサー、塩田佐良プログラマー。以上、デジタル・ガーデン インタラクティブコンテンツチーム

当初は、ステアリングをはじめとするジェイテクトの優れた技術をいかにして効果的に見せるのかを第一に企画を進めていたそうだが、近年のモーターショーは女性や子供を連れたファミリーでの参加者が多いことを考慮して、幅広い層に楽しんでもらえるシミュレーターを開発することへと軌道修正することになった。

最終的に、「舞台は2030年」「エンターテインメント性と同時に、ジェイテクトの技術も訴求」「成人男性だけでなく、女性や子供も楽しめるもの」という3つのポイントをふまえて、シミュレーターのストーリーや映像演出が詰められていった。DGIチームのディレクターを務めた、藤木秀作氏はまず企画コンテを作成し、クライアントへ提案。GOサインが出ると、場面展開を書き記した演出コンテを作成した。演出コンテは絵コンテにイベント内容とナレーション、SE(効果音:車の走行音など)という3種類の情報を付随したもので、コースのどの段階でイベントが発生するかが確認できる内容になっている。コンテにはプリビズ制作のためにストレートに走行した場合の秒数も書かれており、ナレーションやSEはこの段階で大枠を決めている。こうしたワークフローを実践できるのは、デジタル・ガーデンがMAも対応できるポスプロであることにほかならない。

演出コンテ

企画コンテ作成後、さらに詳しく場面展開を書き記した演出コンテを制作。ナレーションやSEもこの段階で大枠が決定された。リアルタイムのため、正確な尺を決めることはできないが、プリビズ制作時のために、ストレートに走行した場合の秒数が書かれている

プリビズは3ds Maxで作成。テクスチャなどを設定してないプリミティブな形状でコースを配置し、実際に何分で走っていけるかを試算した。当初は2〜3分間のコンテンツを求められていたが、このプリビズを資料として「2分ではドライブシミュレーターとして満足度が高められない」と説明し、ジェイテクト側に企画の承認を得ていったそうだ。また、登場するアクターや風景のイメージを固めるため、併せてコンセプトアートをPhotoshop CCで作成。プリビズによるコースの全体像とコンセプトアートによる大まかなデザインを基に、UE4での実制作に取りかかっていく。

プリビズ

プリビズは3ds Maxで制作された。最もスムーズに走行した場合の尺で制作し、コンテンツの大枠の体験時間を決定。プリビズでは、3分で体験終了なので、途中でブレーキをかけたり、壁に衝突することを考え、およそ3分半ほどの体験時間になるだろうと予測された。コースのイベント発生位置や、道路幅などもこの段階で決めている

コンセプトアート

登場するアクターや風景のイメージを固めるため、デザインから3DCGワークまで自身で手がけることができるディレクター・藤木氏により、コンセプトデザインが描かれた。ツールはPhotoshopを使用している。

ドローンのコンセプトデザイン。街をスタートしたときは、荷物を配達する善良な存在だが、中盤に街を停電させてしまう悪い存在に姿を変えるため、マテリアルの変更だけで善悪の表情を切り替えられるようにデザインされている



  • 街のデザインは、企画の段階から決まっていた2030年の未来がコンセプトになっている。そのため、SFよりも現実に近い未来感を目指してデザインされている。ドローンを登場させたのも「近い将来、街を飛んでいたら面白いな」と思ったことがきっかけとのこと。また、ターゲットが女性や若い世代ということで、ショッピングウィンドウが多く並ぶ表参道から多く資料を集め、ファッショナブルで華やかなイメージが目指された


  • 夜のハイウェイでは、暗い街から徐々に光が回復していくというゲーム性が加わるため、搭乗者の気分を盛り上げるような派手な世界観がイメージされた

次ページ:
<2>本制作メイキング

[[SplitPage]]

<2>本制作メイキング

UE4によるコーディングに着手したのは、2019年7月。この段階からはプログラマーの林 和哉氏と塩田佐良氏が制作に参加した。余談だが、プログラマーの林氏と塩田氏は、IT業界からのキャリアチェンジ組である。「ユーザーの反応が間近で見たい」と、CMをはじめとするエンターテインメント映像の豊富な実績の下、VRなどのリアルタイムコンテンツ制作にも取り組み始めたDGIこそが、自分たちが求める場なのではないかと門を叩いたのだとか。

まずはプリビズで作成した街並みをUE4にインポートし、塩田氏が走行可能な位置と障害物を分けるためBlocking Volumeを壁に対して配置。その後、コントローラーで走行した場合の所要時間を測定し、壁などにぶつかったり、ハンドル操作を誤ったりする場合も含め、大まかに3分半で走行可能な範囲で道幅やコース長さを確定させていった。

完成モデル

ドローンの完成モデルは、コンセプトデザインから大きく変わったものになった。というのも、コンセプトの段階では翼が4つあるスタンダードなデザインだったが、市販されているドローンの印象が強く、キャラクター自身が意思をもって飛んでいるイメージが薄いと感じられたためだ。そのため、翼の修正と腕を取付け、キャラクター性が強調されたデザインに変更されている

街の完成モデル。とくに大きな変更などはなく、華やかさと未来感がバランスよく表現できている

ハイウェイの完成モデル。コンセプトデザインに加え、観覧車や橋を要素として追加し、より煌びやかな印象に仕上げられている

道幅が確定した後は、50m/100m単位で道路のタイルをつくり、素材を繋ぎ合わせるかたちで道路を作成。道路を作成する段階でミスがあると走行時間の測定も含めて全てやり直しになってしまうため、万が一手戻りが発生した場合も50m単位で調整が可能になる同手法が選択された。また、白線の位置や間隔も後から調整可能にするため、道路は単純なコンクリートのテクスチャのみとし、デカール機能で白線を表示している。

道路の作成

プリビズで制作したコースをガイドに、道路を制作。50mや100m単位でパーツをつくり、ブロックを繋ぎ合わせていく形で制作された。区間で区切ることで、後から道路の長さを調整することが容易になっている

デカール機能

オブジェクトの表面にシールのようにテクスチャを貼れるデカールツールは、レベルデザインをするうえで頻繁に多様するツール。特に活用したのは道路の白線部分でだった。デカールで並べることにより、線の間隔や車線の数を容易に調整することができとても便利だったという

画づくりで特に意識されたのは、「最初に見ることになるメインストリートのディテール」だ。アクセルを踏み、走り出してしまえば背景はある程度ボケてしまうが、街に降り立った瞬間はユーザーが注意深く街並みを見ることが想定されるため、現実空間のような縁石のズレや草木の非連続性を表現するために全て手作業で配置を行なっている。

縁石のディテール

道路の縁石など、細かなパーツも手作業で並べられた。街などの生活感がある風景では、オブジェクトをずらして配置するなど工夫を行うことで走行中の景色にリアリティを与えている

モデルの質感付けには、当時まだEpic Games傘下となる前だったQuixelのライブラリが用いられた。実在の対象をスキャンしてつくった高精彩なテクスチャをワンクリックで取り入れるため、ノードが組まれた状態でマテリアルをインポートできるQuixel Bridgeを多用したとのこと。

Quixel

マテリアルでは、3DスキャンデータライブラリのQuixelが使用された。高品質な物理ベースマテリアルで、ハイエンドなビジュアルを容易に制作できる。マテリアル以外にも、3Dモデルやデカールとして使用できるテクスチャなど、用途に応じて様々な素材が用意されている。Quixel Bridgeを使用することで、ノードが組まれた状態でマテリアルをインポートできるのでとても便利。また、UE4での無償化が行われたため、今後さらに活用する場が広がる可能性のあるライブラリだ

Quixel Mixerでは、ライブラリにあるマテリアルを組み合わせて新しいマテリアルをつくることができる。レイヤー形式で重ねていき、マスクを使用して複雑な表現も可能だ

モブ表現

街を歩いている群衆は、Animaというプラグインを使用して制作された。付属している専用のプラグインを使用することで、UE4へ容易にインポートすることができる強力なツールだ

道路のガイドモデルをfbxでインポートする

歩行ルートはパスを引くような感覚で簡単に作成できる。歩道の幅や長さも調整しやすい

つくった歩行ルートに群衆を自動生成する。1人ずつばらばらに歩かせたり、2人1組で歩かせたり、ボタン1つで様々なバリエーションをつくることができる。納得のいく配置と数に調整したら、UE4へインポートする

さらに花や芝生のオブジェクトはフォリッジツールを用いて軽量化されている。こうした軽量化の背景には、75インチの4Kディスプレイ3枚を会場で用いるというハードウェア的な制限がある。体験型コンテンツで没入感を得るためには大画面が必要不可欠だが、今回はNVIDIA GeForce RTX 2080 Ti搭載マシンを利用することで、「スペックの限界までクオリティを追い込んだ」(藤木氏)という。

草花の表現

背景に配置してあるチューリップや芝生には、フォリッジツールが使用された。オブジェクトをインスタンスで配置できるため、大量に配置が必要な自然物にはとても便利な機能だという。ただし並べすぎると処理負荷がかかるため、フォリッジで並べるオブジェクトはLODの設定が行なわれている。また、SimpleGrassWindノードを使用し、植物の揺れ表現はマテリアルでつくられている。風で漂うような表現を簡単につくりたいときに非常に便利なノードだ

ドライブシミュレーターとして最も重要とも言えるムービングシートやハンドルのプログラミングは林氏がリード。ムービングシートは数多く市場に存在するが、カスタマイズの容易さや軸数、会場やエレベーターでの移動を踏まえた総重量などを加味して選定。アプリケーションとシリアル通信を行なっており、6軸を0.1秒間隔で送信し、dll化した関数をUE4を呼ぶ形で連携・同期を図っている。ハード面が介入する関係で、絵づくりと動作のロジックづくりのレベルは完全に分けており、最終的に1つのレイヤーにまとめるというかたちとなっている。

Blueprintによるビジュアルプログラミング

アプリケーションとビークル間はシリアル通信にて行なっている。コネクション後、0.1秒の定周期でビークルから送信されるシリアル信号をチェック。定周期のため、SetTimerByEventを使用している

シリアル信号はByte配列で送信される。信号解析処理では、Byte配列の要素の1番目と2番目を参照し、アプリ側の動作を決定。たとえばアプリのシナリオスタート、一時停止、モード変更など

アプリケーションがシティ・スポーツモードへの変更を通知することで、ビークルが変形する

夜景/イルミネーションのインタラクション

「橋の全体、左側、右側を別々に扱えるように階層分けしています。これにより、橋全体の一括点灯や、真ん中から割れるような動きが実装しやすくなりました」と、プログラミングを担当した塩田氏

イルミネーションの種類ごとに関数が作成された。関数を組み合わせたり、逆再生したりしてバリエーションをもたせている。
・ウェーブ:橋の端から順番に部品を点灯していき、0.3秒後に後追いで消灯していく
・真ん中から割れる:ウェーブの応用。橋の右側と左側を分割して扱い、逆方向へ同時にウェーブさせる
・全て点灯/消灯:全ての部品の発光色と数値を一括で切り替える
・ランダムに点灯:数値をランダムに取得し、その値で割り切れる番号の部品のみ点灯させる
・グラデーション:橋全体を、3秒かけて青→ピンク→黄に徐々に変化させる。タイムラインを使用

観覧車のゴンドラ、リング、軸部分を細かく階層分けしている。これにより、観覧車の内側から外側にかけてリングを点灯させたり、時計回りに軸部分を点灯させたり、自由度の高いイルミネーションを表現することができる

演出と最適化の両面にこだわりぬいて完成した本機は、大きなトラブルもなく「東京モーターショー」の会期を迎えることができたそうだ。「会期中は30〜40分待ちになるほど盛況で、メインターゲットに考えていた女性や子供たちが楽しまれている姿を目の当たりにできたのが嬉しかったです。このプロジェクトに携われて、本当に良かったです」(藤木氏)。

「FCV2」は、ジェイテクトのショールームにおける展示を計画中とのこと。ぜひ実現してもらいたい。