TVアニメ第2期の放送から6年、『シドニアの騎士(以下、シドニア)』の物語がいよいよ完結を迎える。劇場作品クオリティとして6年越しに描き出される長道やつむぎ、イザナをはじめ、新たに登場する機体や敵など、その制作の裏側をポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPI)の主要スタッフに聞いた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 274(2021年6月号)からの転載となります。

TEXT_岸本ひろゆき
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda
©弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

映画『シドニアの騎士 あいつむぐほし』6月4日(金) 新宿バルト9ほか全国ロードショー
原作/総監修:弐瓶勉『シドニアの騎士』(講談社「アフタヌーン」所載)
総監督:瀬下寛之/監督:吉平"Tady"直弘、アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ、配給:クロックワークス、製作:東亜重工重力祭運営局
©弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局
sidonia-anime.jp


  • 左から 吉平 "Tady" 直弘監督、CGスーパーバイザー・石橋拓馬氏、ルックデヴアーティスト・滝沢進之介氏、モデリングアーティスト・中島吉紀氏、モデリングアーティスト・岡島大地氏。以上、ポリゴン・ピクチュアズ

TVシリーズの雰囲気は残したまま最新表現にブラッシュアップ

弐瓶 勉氏による原作はTVアニメ第2期放映から半年後の2015年秋に連載を終え、完結までのアニメ化がファンを中心に待望されていた。実現のきっかけになったのは2017年に公開された劇場版アニメ『BLAME!』だ。

「舞台挨拶で各地を回る中で、『シドニア3期待ってます』といった声を多くいただきました。まず『BLAME!』自体が、シドニアの劇中劇として短編が制作され、ファンの皆さんの声援が映画化に繋がったという経緯もあり、『ぜひシドニアの応援もよろしくお願いします』と舞台挨拶の中でたびたび口にしていました。そして皆さんの声援が再びプロデューサーの目に止まり、企画実現へと繋がっていきました。僕や瀬下総監督は『完結までやりたいね』とずっと話していましたし、何より僕が初めて演出に携わることになった作品で非常に思い入れが深かったので、制作が決定したときには『やっと完結編をつくれる』と感慨深かったです」と語るのは本作の監督を務めた吉平 "Tady" 直弘氏。TVシリーズや『BLAME!』では副監督・演出、CGスーパーバイザーを務め、本作が劇場初監督となる。

TVアニメ第1期から実に7年を経ての劇場公開であり、データの再使用による生産ではなく、今まで以上に魅力的に、かつ劇場作品としてグレードアップするというコンセプトで制作が始まった。「現場としても、当時の画の雰囲気は壊さずに最新のPPIの表現に仕上げていくということで気を遣いました」と語るCGスーパーバイザー・石橋拓馬氏は、直前に手がけていた映画『HUMAN LOST 人間失格』(2019)での経験を携えて合流。一方の吉平氏は本作直前にはTVアニメ『空挺ドラゴンズ』(2020)を監督しており、異なるアプローチの作品で蓄積した知見・表現を相互にフィードバックしつつ議論を重ね、さらに一段階上の仕上がりを目指したという。

第1期当時の制作環境はMaya 2013で、Mental Ray用内製シェーダ「PPI Shader」は第1世代のもの。「今回はMaya 2015、PPI Shaderは開発が重ねられており、バージョンは200か300くらいだと思います。より多様なアニメ表現に対応できるよう機能追加や改善がくり返され、レンダリング速度も高速化しています」(石橋氏)。さらにリグやトポロジーの仕様も現在とは異なり、さながらオーパーツの様相だった。「単純に使い回すということは難しく、『最新の映像に仕上げる』という進化と、当時の雰囲気を損なわないためのリバースエンジニアリングを同時に行う必要がありました。当時のデータはすでに進化・改良を経て再現できなくなった機能もあり、完成映像しか手がかりがないというケースも(苦笑)。『普通に新作つくる方が楽だよね』と明るく冗談を飛ばしながらアップデートを重ねていきました」(吉平氏)。

といっても、当時できていたことが今できない、ということではない。TVシリーズを制作する中で課題が残っていた部分をそのまま今回の工程に組み込むと、良いクオリティが出せなくなってしまう。TVシリーズのスタイルやニュアンスは継承しつつ、表現面でも技術面でも最新のパイプラインに乗るように最適化する必要があり、そのアップデートのための負担が存外大きかったとのことだ。

また本作のスタッフのうち、過去2作に参加していたメンバーは約3割。「7〜8割はシドニア未経験メンバーでしたが、ネガティブ要因ではありませんでした。大変なことはもちろんたくさんありましたが、様々な経験をしてきた主要メンバーのノウハウと新加入メンバーの新しい感性がかけ合わされ、今まで足りていなかったものを補ってくれました。今の時代に沿った新しいものをつくるためにも新加入メンバーからの影響はすごく大切でしたね」(吉平氏)。

さらに、本制作が最終パートに差しかかり、いよいよ大変になるというタイミングでコロナ禍が直撃。PPIではかねてからフルリモートでの制作に向けて準備を開始していたこともあり、システムスタッフらの尽力により速やかなリモート体制への移行を達成。多少の混乱はあったものの移行後1ヶ月程度でトラブルも収束し、結果的には生産性に大きな影響を出すことなく、現在でも大半のアーティストはリモート体制を続けているという。

また本作はほかのPPI作品と比べ、外部協力会社が増強されている点にも注目したい。「SVの裁量で、SAPPIや外部協力会社へも作業を割り振っていきました」(吉平氏)。加えて過去作品で関わりのあった実力派スタッフも動員し、これまでのPPIの制作体制の中でも"総力戦"といえる布陣となった。「PPIが知名度を高めたシリーズの最新作・完結篇に関われたのはとても光栄です。なるべくイメージを壊さずさらに高い完成度を目指すという高いハードルでしたが、楽しくやれました」(石橋氏)。

作品終盤の舞台となる恒星レム内部のビジュアルについては、どのように描くべきか表現面と技術面での試行錯誤がくり返された。何と言っても恒星の大気の中での戦闘ともなれば、全方位がエフェクトに埋め尽くされた前代未聞の映像化作業となる。エフェクトに割ける人的リソースにも限りがあり、制作現場が破綻しないよう綿密な計画を練った上で作業が進められた。アセットに組み込めるエフェクトは組み込んでしまうなどアセット自体の要素を増強し、ショットへ読み込んだときの手数を削減するなどの施策がそれだ。「ただ、汎用性重視ではショット単位で作り込む際に画面映えしないというジレンマもありましたね」(石橋氏)。

「戦闘パートのエフェクトも膨大で大変でしたが、恒星レムの表現開発にはPPIのエース級エフェクトアーティストを投入しても1年以上かかったと思います」(吉平氏)。恒星内部という非常に意欲的な環境下での戦闘がどのように描かれているか、ぜひスクリーンでご確認いただきたい。

「制作体制の変化もあり大変なこともありましたが、完成した本編には今まで以上に大きな手応えを得ることができました。毎パート大きな戦闘があり、映像的にもド派手な見せ場が続きますので、頭を空っぽにして観ても楽しんでいただけると思います」(吉平氏)。


コンテ演出ノート

▲吉平監督のコンテ演出ノート。安易な平面的なレイアウト、真正面からの撮影を廃止し、パース感のある、余白をできるだけ減らした画面で構成するという演出方針が貫かれている。TVシリーズ第2期後に吉平氏が副監督として携わった劇場版アニメ『BLAME!』(2017)でのカメラ演出プランや絵コンテ制作時の事例を挙げつつ、本作ではどのような演出を求めているのかが説明されている

<1>質感構築 Look Development

現在の環境に合わせて当時のルックを分解・再構築

コンテやカメラワークについてはTVアニメ『空挺ドラゴンズ』での経験をふまえ、TVシリーズ『シドニアの騎士』の制作当時より従来の作画アニメのエッセンスを汲み取った演出となっている。一方、変えないようにこだわったのは"絵柄"だ。「今の制作環境に合わせてデータをクリンナップしつつ、当時の『シドニア』の、3DCGのシェーディングでもなくセルアニメ調でもないルックをどのように分解・再構築するかが大きな課題でした」(ルックデヴアーティスト・滝沢進之介氏)。

これまでは、アセットがある程度揃った段階でルックデヴが合流することが多かったが、それではモデル修正まで含むような変更に言及しづらいことが懸案になることがあり、問題をラインプロデューサーとも共有した上で序盤から参加することとなった。「予算や手数はかかってしまいますが、後から入ったために手戻りや諦めが発生することを考えると、トータルではスマートだと意見が一致しました」(石橋氏)。

TVシリーズ当時は、キャラクターの表情のシワや影など画づくりの詰め作業をショット工程で吸収していることが多かったが、今回は6年分の進歩を経てアセット・ショットに関わるバージョンアップが適用された。「テクスチャの描き込み影とシェーダの強化により、シワや2号影など、ショット工程でロトを切っていたような作業をアセット側で吸収するようにしました」(滝沢氏)。また輪郭線の描画もより繊細化かつ安定化している。さらに髪の毛の天使の輪はプロシージャル生成され、作画で描かれるような最適な位置に映るようにリテイクがくり返された。またアセットチェック動画の構造も工夫されており、カメラとアセットとの距離を遠景〜バストショットまで一連でレンダリングし、ラインの疎密感やチラつきを確認できるようになっている。


アセットへの仕込み

TVシリーズ時点でのアセット仕様と異なり、様々な要素・機能をできるだけ組み込んでしまうという方針でアセットが構築されている。例えば乗り物に付随するエフェクトや、ここで説明する影に関するしくみなどは、アセットに組み込むことで「ライティング・コンポジット工程まで進まないと画的な判断ができない」状態をできるだけ減らしている。



  • ▲劇場オリジナルキャラクター・端根色葉の表情例


  • ▲目を閉じているため瞼と眉毛の間のメッシュが伸びている状態だが、眼窩の影色が伸びないようリグとテクスチャとを複雑にコネクションしている

▲険しい表情時に表れるシワ

2号影

シェーダの更新により日陰部のさらに奥には2号影が描かれるようになっている。画像は長道の質感設定の例。



  • ▲全身


  • ▲逆光での全身



  • ▲頭部


  • ▲逆光下の頭部。脇や、鼻・顎・目と眉毛の間の影が確認できる。2号影自体は描き影となっている。鼻影などは、1号影と2号影の面積が近づくような光源角度だと2号影も1号影と同じ影色になり、違和感が生じないようになっている


衛人(もりと)

人型兵器「衛人」。本作内では「一九式」と二零式衛人「劫衛(ゆきもり)」が登場する。あまりセル調アニメ的な表現に寄らないようオクルージョンを焼き込み、TVシリーズとは異なる質感に仕上げられている。「技術的に新しいことはしていませんが、メカらしさを引き出すためにハイライトを手描きで描き込んでいます。AOはプラモデルのウェザリングのような意識で入れてみました」(滝沢氏)。

▲劫衛の全身像。背部ヘイグス機関のエフェクトは、このルックチェックの段階から実際の画面と同様に噴射され、動きを確認できるようになっている

▲バストアップ。頭部の発光による胴体側の照り返しも焼き込みとなっている。逆光【下】だと描き込みハイライトがより確認しやすい


ガウナ

融合個体「かなた」やガウナといったクリーチャーは、有機的な造形もあって、いくらでもディテールを深追いできてしまう。他のアセットや作品全体とのバランスをみつつ、有機的な異物感を損ねずに情報量を抑える方向で造形・質感設定されている。

▲「かなた」質感設定画像

▲同逆光状態。入り組んだ箇所や日陰部での赤みの発色は慎重に調整された。「影色はノーマル色を乗算してつくっているため、逆光では全体に赤みが深くなります」(滝沢氏)

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<2>人物制作 Character Modeling

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<2>人物制作 Character Modeling

過去作のアセットを現在のトレンドに合わせて調整

修正した過去アセットと新規アセットとのバランス調整が、本作の造形面でのテーマのひとつとなった。「6年ぶりに新作を制作するにあたり、トレンドを意識したキャラクター造形にしたいということで、求めるルックに到達するためにどれだけ過去アセットが使えるのか、造形から変えるべきなのかにまず向き合いました」(モデリングアーティスト・中島吉紀氏)。

結果的には新規アセットと修正した過去アセットのボリューム比は3:7程度となったが、両者が画面内に共存しても違和感がないよう、慎重にバランスが調整されている。「データを見て改めて、当時と今とのトレンドのちがいを実感しました。なので過去アセットも無調整で使えるわけではなく、また新キャラクターなどもディテール感などが乖離しないよう比較しながら落とし込んでいきました」(中島氏)。

近年PPIが手がける作品の中には、よりハイディテールなアセットを求められることも少なくないが、その感覚で対応すると『シドニア』の絵柄ではなくなってしまう。中島氏自身は『シドニア』プロジェクト初参加だが、過去のデータからは初めてTVシリーズでアニメ制作に取り組んだ苦労の痕跡を読みとることができたという。それらのデータを整理し、どのように効率的に劇場版のボリュームを捌くかのプロセスを組み立てていった。「ディテール面でやりすぎにならないようにしつつ、線の密度など情報量をアップデートできるよう、培ったテクニックを随時反映しながら進めました」(中島氏)。

谷風長道

▲TVシリーズモデルでのレンダリング結果

  • ◀本作用のモデル。作中時間の経過に伴い容貌が精悍になっているほか、現在のトレンドに合わせたバランス調整が施されている


科戸瀬イザナ

▲TVシリーズモデルでのレンダリング結果

▲【左】本作モデルのMayaでのプレビューと【右】チェック用QT表示。前作のモデルをリグ調整したもので、造形的には大きな編集が加わったわけではないが、シェーダの更新によってより適正な陰影が出るようになっている


融合個体かなた

▲融合個体「かなた」覚醒前の実験体段階の設定。本制作に入る前にラフに3Dモデルを作成しつつデザインを検討、さらに2D的にも詰め作業を加えてデザインを確定する



  • ▲完成した「かなた」完全体(フル装甲)


  • ▲飛行形態の形状・パーツ構成を検討

▲頭部の重力子放射線射出装置。機械的なパーツでの表現も検討されたが、最終的には生体パーツとなった

<3>機械制作 Mecha Modeling

ディテールまでメッシュでつくり込んだ衛人やコックピット

ディテール過多になりすぎないバランスを探ったキャラクターアセットとは別に、衛人に代表される乗り物(ビークル)アセットはグレーモデルの状態でもクローズアップに耐えられる程度につくり込まれている。「監督からのペイントオーバーによるフィードバックを度々往復して、TVシリーズと比べてかなりディテールアップされています。これによって、ライティング時の光の回り込みなどグッとリアル感が増しています」(モデリングアーティスト・岡島大地氏)。

形状にOKが出た後はPPI Shaderをアサインして輪郭線の出方を確認しつつ、さらに細部を詰めていく。コンセプトデザイン画ではポーズが付いているため、モデリング作業もそれに合わせて若干ポーズが付けられた状態で進み、モデリング終了後にはセットアップに適したポーズに整えてパブリッシュとなる。

衛人のコックピットも同様で、溝や段差はテクスチャではなくメッシュで造形、ライティングで陰影が入るようにし、テクスチャで汚しや傷を付与している。「旧シリーズにはない本作の方針として、ディテールはなるべくモデルで表現しています。機体の傷などは、ルックデヴ工程で統一感を調整するためにモデルでは入れていません」(岡島氏)。

なお、戦術防巡艦・水城のカタパルトの機構など、原作では詳細がわからなかった部分はPPIからアイデアの提案をしながら進められた。「こちらの裁量も大きく、自由にやらせてもらえました。監督のフィードバックをもらいながらですが、こちらのアイデアを採用してもらえたのは嬉しかったですね」(岡島氏)。

一九式衛人・二零式衛人劫衛

▲一九式衛人のグレーモデル



  • ▲カラー、ラインをレンダリングした状態。コンセプトアートと同程度の疎密感でラインが描画されるようディテールを調整している


  • ▲二零式衛人・却衛のグレーモデル

▲同レンダリング結果。「劫衛についても一九式と同様のながれで作成しました。よりラフなコンセプトから形状を読みとりつつ、手足以外は新規制作となっています」(岡島氏)

二零式衛人劫衛・コックピット

▲二零式劫衛のコックピットのコンセプト。レバーの新旧比較などが記載されている

▲完成したコックピット。正面のディスプレイは一九式と同じだが中・小型ディスプレイの追加などがある

水城・衛人発進機構

▲鶴音型戦術防巡艦「水城」の衛人を射出するカタパルト機構設定。今回映像として描写するにあたりPPI側でアイデアから起こしている。32機格納されている衛人を、左右2機・計4機ずつ高速搬送する

▲監督からのペイントオーバーの一例。修正・ディテールアップ要望、過去作参考資料などが確認できる

▲射出機構の動作のながれ(衛人は表示していない状態)。格納殻に吊り下げられている衛人を受け取りレールに固定、射出する向きに回転させつつ艦体側面へ移動、射出台座へ固定する



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.274(2021年6月号)
    ゴジラ S.P〈シンギュラポイント〉
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2021年5月10日