「キッチンカー」を彷彿とさせる移動型シアターが福岡に登場した。
世界7カ国で上映された長編アニメ映画『放課後ミッドナイターズ』を制作したモンブラン・ピクチャーズが、今春、自社開発した2tトラックサイズの3Dシアター「放課後ミッドナイターズ ザ・ライド」だ。今後は大阪や東京などへの巡業も視野に入れているという。制作陣に話を伺った。
竹清 仁 氏
モンブラン・ピクチャーズ代表取締役/監督
九州芸術工科大学(現九州大学)芸術工学部 画像設計学科卒。
東映勤務、KOO-KI の共同設立を経て、2012年、映像で世の中をエンターテインするスタジオ「モンブラン・ピクチャーズ株式会社」を設立。映画監督デビュー作のアニメーション映画『放課後ミッドナイターズ』は、海外でも広く評価され、フランス・イタリアなど世界7カ国で劇場公開。
江藤浩輝 氏
モンブラン・ピクチャーズ プロデューサー
九州芸術工科大学、九州大学大学院卒業。
大阪のデザイン会社にて出版物、広告、販促物、Webなどの企画制作に携わり、2012年7月にモンブラン・ピクチャーズに参加。クライアントワーク、オリジナルコンテンツの制作、プロデューサーとして、オリジナルコンテンツの広報企画、デザイン、その他便利屋として活躍中。
映像を”体験”に。新しいエンターテイメントにチャレンジ
映像が始まると『放課後ミッドナイターズ』の登場人物「キュン様」と「ゴス」が現れて乗客に話しかけてくる。寄席の落語家が最前列の観客と対話するならこんなふうだろう。シアター内にはストーリーに合わせて座席が振動し、側面のライトも点滅する。
10年前の2012年に公開された長編アニメ映画『放課後ミッドナイターズ』は、福岡を拠点とするモンブラン・ピクチャーズが製作している。監督はモンブラン・ピクチャーズの代表取締役でもある竹清 仁氏。『放課後ミッドナイターズ』公開終了後もスピンオフのショートムービーはファンの心を捉え続けている。
映画『放課後ミッドナイターズ』公開から10年。何か新しいものをつくってファンの方々に恩返しをしたいと考え、社内で様々なアイディアが出たなかで行き着いたのが「移動できるシアターアトラクション」を作ることだった。
プロジェクトのスタートは2022年3月。クライアントワークと並行しながら、シアターの箱となる車両探しから始まり、内装や外装を考えていった。観客に楽しんでもらうための仕掛けやグッズのアイディア出しは、社内スタッフ総出で取り組んだ。
竹清氏がこの企画をスタートさせた理由はもうひとつある。社内メンバーにエンタテインメント作品を作る上でのモチベーション、楽しさ、喜びを直に感じてもらうためだ。
「人を楽しませることが好きで集まっているメンバーが仕事を楽しめないなら本末転倒。僕らの作ったものがお客さんを喜ばせているな、という実感があることが大切。それなら自分達でシアターを運営して、お客さんと接して、実際に楽しんでいる姿を見てもらいたい」
原体験は10年前、映画公開時に映画館「T・ジョイ博多」にスタッフが毎日舞台挨拶に行ったこと。来場者が喜ぶ様子を間近に見たスタッフのモチベーションが上がるのを目の当たりにした。理念に掲げた「とびきり面白いエンターテイメントを作り続ける」をスタッフが遂行するには、スタッフ自身の笑顔もお客さんの笑顔も両方大切なのだ。
シアターアトラクションの設計&検証"体験"を演出する様々な工夫
ここからは本シアターアトラクションの設計や検証に話を移したい。
移動型シアターアトラクション「放課後ミッドナイターズ ザ・ライド」の外観は鮮やかで、「キュン様」が大胆に描かれている。
ライトアップする文字のサイン、タイヤに取り付けられたキュン様の目玉のホイールなど、細部にはこだわりが詰め込まれている。
シアター内部には階段状になった座席が12。壁面には細長いライト。スタッフが寄ってたかって「面白くしよう」と出し合ったアイディアがガジェットになって組み込まれ、上映中の"体験"をハード面から演出する。
ただシアターの設計は難航を極めた。なにしろメンバーは映像制作スタッフだ。ハードの知識がない。クライアントワークで付き合いが始まったハード専門のパートナー企業の協力を得つつ、外装を開発。内装についても条件を吟味していった。
できるだけ多くの方に体験してもらいたいが、快適性を求めるとひとりあたりの座席のスペースはある程度広い方がいい。椅子の高さや前座席との距離などなど、スタッフが入れ替わり立ち替わりでそれぞれの席に座り、最適な距離を割り出す。(身長や体型によって「前が見えない」「狭い」などが発生するとのこと)
映像で”体験”を作り出すモーションキャプチャ×Unreal Engine
映像制作も、ハード面の製作と同時進行で進んだ。竹清氏のシナリオをもとに、モーションキャプチャシステム「Xsens MVN」で収録したデータをアニメーターが膨らませた。
「キュン様」と「ゴス」のモデルは映画版で作成したものを活用しており、今作で新しく登場するキャラクターや背景モデル、エフェクト等は新たに作成している。
モーションキャプチャは「シアターバスの運転席」の広さで椅子を置き、その範囲での演技を収録していった。アクターには「お客さんに話しかけているような動き」を要望。アクターとその場で膨らませながら演技を固めていく。リハーサルも含めて毎回アドリブで演技を変えてくれたとのこと。
※モーションキャプチャシステム「Xsens MVN」はスーツ単体でモーションキャプチャ収録を可能としている。
「自社IPを世界へ!スタジオ不要で導入可能なモーションキャプチャシステム「Xsens MVN」が実現したイノベーティブな3DCG制作フロー」
https://cgworld.jp/interview/201906-mont.html
モンブラン・ピクチャーズに所属しているアーティストは全員ジェネラリストで、それぞれが持っている知識を出し合い、必要に応じてテクニックを習得している。
「今回の企画ではUnreal Engineがいいらしい。ということで、Unreal Engineに興味があるアーティストに触ってもらって、使い方をマスターしてもらった。そこから波及して別のアーティストもUnreal Engineが使えるようになっていった(竹清氏)」
自社作品だからできるR&Dを兼ねた制作方法といえるだろう。
半年に及ぶUnreal Engineでの調整は、主に臨場感や迫力を出すことに注力した。「物理的に正しい位置に配置すると、座っている位置は地面から遠いし運転席も遠い。椅子の位置を低くしすぎると景色が見えなくなる。シアターのどこの場所で見てもちょうど良い高さで、コックピットも遠すぎない見え方の調整を続けました(竹清氏)」
映像で”体験"を表現するために、VR関連の論文も参考にしてイベント直前まで見え方を調整。ソフトだけでなくハードやグッズ、どの部門も調整を続け、なんとか完成。今年4月、福岡で開催したお披露目イベントを皮切りに、各地でのイベントへの出展を開始した。
モンブラン・ピクチャーズのスタッフが自ら運転をして、イベント会場まで向かう。体験時間は1回10分で金額は1000円。スタッフが交代で設営から呼び込みまで行う。イベントでは毎回ほぼ満員御礼となり、体験後の興奮気味のお客さんと接することで、スタッフも確かな実感を掴んだ。
12月初旬にはこの移動型シアターアトラクションを東京まで持っていき、関東初上陸イベントを企画しているという。イベントのチケットはクラウドファンディングで買えるとのこと。興味のある方はぜひ体験してほしい。映像プロダクションが自作の3Dシアターアトラクションで観客に”体験”を届けることに成功したと実感するはずだ。
▼「関東初上陸イベント」クラウドファンディング▼
https://motion-gallery.net/projects/asm_the_ride
Text&Edit_武田かおり