『坂の上の雲』や『平清盛』、『八重の桜』などをはじめ、NHKドラマにおけるVFX制作をリードし続け、今年放送されたNHKスペシャル『生命大躍進』シリーズでは、科学ドキュメンタリー番組おけるVFXを駆使した新たな映像表現を実践したVFXスーパーバイザーの松永孝治氏。この度、「CGWORLD大賞 2015」にノミネートされた松永氏に、今年のふりかえりと来年の展望をたずねた。
<1>映画やTVドラマという枠を越えて、VFXクオリティを向上させる
――松永さんにはNHKスペシャル『生命大躍進』のVFXをとおして、テレビにおけるVFX表現の新たな可能性を実践されたということで、今回、勝手ながら「CGWORLD大賞 2015」にノミネートさせていただきました。まずは率直な感想をお聞かせください。
松永孝治氏(以下、松永):今まで様々な番組で賞をいただいてきましたが、制作チーム全体としていただくということが多いので今回のように個人で選んでいただけたのはとても嬉しく思います。ただ『生命大躍進』に限らず。これまで多くの作品で有意義なVFX制作を実践できたのは、一緒にやっているスタッフや外部パートナーの方々のおかげなので、みんなでいただいたということだと思っています。
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松永孝治/Koji Matsunaga
1990年にNHK入局。近年は、スペシャルドラマ『坂の上の雲』(2009/2010/2011)や大河ドラマ『八重の桜』(2013)などのCG・VFXを担当。NHKスペシャル『生命大躍進』(2015)では、VFXスーパーバイザーとして4Kフォーマットの3DCGならびにVFXを用いた大型科学ドキュメンタリー番組を制作。VES/Visual Effects Society(アメリカ視覚効果協会)会員。
松永孝治氏インタビュー(NHKアーカイブス)
――本誌でも特集を組ませていただいた、NHKスペシャル『生命大躍進』についてお伺いいたします。本作のVFX制作で心がけたことについて改めてお聞かせください。
松永:『生命大躍進』は、2013年の冬からプロジェクトがスタートしました(後述)。自分にとって初めての4Kによる大規模なVFX制作だったので、どうにかして仕上げないといけないということで必死でした。でも、日頃からセミナーやイベントを通して交流している有能なアーティストの人たちや、外部パートナーのおかげで良い作品になったと思います。作品をつくるのは、結局は「人」です。例えば、同じ制作予算であったとしても、どれだけ技術的にも人格的にも良い人材を集められるかで作品の仕上がりがかなり変わってしまうと僕は思っています。
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CGWORLD vol.202(2015年6月号)
2015年5月9日(土)に発売された、月刊「CGWORLD + digital video」202号から3号連続で、NHKスペシャル『生命大躍進』のメイキング特集が掲載された
――どれだけ気心が知れているのかはもちろんのこと、各アーティストによってスキルはもちろん、適性が異なるわけなので、スタッフィングは重要ですよね。
松永:ですので、優秀なアーティストや外部パートナーの積極的な活用を心がけました。これまで様々なセミナーなどで自分が関わった作品の情報を積極的に発信しているのは、プロジェクトにどんどん良い人を集めたいという思いからでもあるんです。
――放送後の反響はいかがでしたか?
松永:おかげさまで一般の視聴者からの評判も良いようです。同業の方からもポジティブな感想をいただけることが多くて嬉しいですね。ですが、自分たちVFXチームとしての存在アピールはまだ弱いなと、正直思っています。これから業界を目指す若い人たちに話を聞くと、映画やゲームなどの分野では志望するプロダクション名がいろいろと上がってくるのですが、僕たちのチームもそのようなブランド力というか、若い人たちに憧れとされるチームにしていきたいですね。
© NHK
NHKスペシャル『生命大躍進』 第1集「そして"目"が生まれた」より
――なるほど。
松永:NHKというTV局としてのブランド力とは別に、VFX制作チームとしてのブランド力を上げたい。そのためには自分たちがやっていることを発信し続けないといけないと思っています。セミナーなどの講演だけではなく、各種の映像コンペへの出品も積極的に行なっています。今回の『生命大躍進』では、「SIGGRAPH Asia 2015」のComputer Animation FestivalのAnimation Theaterに選出されました。
© NHK
NHKスペシャル『生命大躍進』 第2集「こうして"母の愛"が生まれた」より
――本作はVFXを使って科学ドキュメンタリー番組の演出手法に新たな可能性を提示した作品だと思います。松永さんが日頃からVFX制作を手がける中で実践していることを教えてください。
松永:VFXの仕事をしていると、よく映画のVFXとテレビで放送されるVFXとで比較されることがあります。褒めていただいているというのは十分理解しているのですが、実は「このドラマの映像(VFX)は、映画クオリティだ」などと言われてしまうのがすごく嫌い、というか不本意で(苦笑)。
――おっしゃりたいこと、わかる気がします。
松永:映画とテレビとでは、確かに予算やスケジュールといった制作条件は異なるのですが、今では映画もTVドラマのVFXもほとんど同じようなツールや環境で制作されています。映画だから良い、TVドラマだからダメというのではなく、映画やTVドラマという枠を越えて、VFXのクオリティをいかに向上させていくのかを日々心がけているんです。今回の『生命大躍進』も科学番組という枠組で捉えられてしまうかもしれないのですが、最高の映像をつくりたいと思って取り組んできました。
© NHK
NHKスペシャル『生命大躍進』 第3集「ついに"知性"が生まれた」より
――話は変わりますが、松永さんの中で今年の業界のトピックとして印象深かったことはありますか?
松永:まず挙げられるのが、4K解像度での映像制作が着実に増えたことでしょうか。『生命大躍進』は4K解像度で制作されていますが、制作当初(2013年の12月からプリプロがスタートしたという)は、4KフォーマットのCG・VFX制作に取り組んでいるプロジェクトは国内ではほとんどなかったはずなので感慨深いです。
――ことCG・VFXに関しては、4Kの国内事例は今でも少ない気がします。
松永:そして印象深かった作品ですが、洋画では『ジュラシック・ワールド』、日本映画だと『寄生獣』2部作ですね。『ジュラシック・ワールド』は『生命大躍進』の制作中にトレイラーが公開されていたのでとても刺激を受けました。『寄生獣』は、現在の日本におけるVFXの最先端を感じました。やはり白組の調布スタジオは素晴らしいなと。パカッと顔が割れるといった、寄生獣というクリーチャーをVFXで表現する上では、非常に細密なオブジェクトトラッキングなしには不可能だと思うので。
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――さて、2016年はどんな年になりそうですか?
松永:まだ詳しい内容を言えないのですが、今は来年の夏に放送予定の単発のドラマ作品に参加しています。この作品も4K解像度で制作しています。あと僕は直接には関わっていませんが、『生命大躍進』に参加していたうちの若手がVFXスーパーバイザーを務めているNHK放送90年 大河ファンタジー『精霊の守り人』を応援しています。
――チームとしても着々と成長していらっしゃるようですね。
松永:われわれNHK内部のVFXチームは、日々制作されているる番組数に比べると少数のため、外部のアーティストさん、プロダクションの協力が不可欠です。優秀な外部パートナーの方々と良い仕事を実践していく上では、互角にわたりあうためには、内部スタッフのスキルアップが欠かせません。技能だけでなく、心がまえやコミュニケーションのとり方といった、メンタル面もふくめて制作実務を通じた育成が必要だと考えています。
――なるほど。
松永:今回僕が参加している単発ドラマの作品でも、若手のスタッフについてもらい、打ち合わせの進め方や資料づくりなど、VFXスーパーバイザーに求められる素養や配慮しないといけないような部分を、自分の仕事を見せながら覚えてもらっています。次の世代を担っていってもらう若手たちの育成にはよりいっそう力を注いでいきたい。
――そんな松永さんだからこそお聞きしたいのですが、VFXスーパーバイザーに求められる素養とはどのようなものだと思われますか?
松永:大前提として、VFXスーパーバイザーの役まわりはプロダクションや案件によって千差万別でしょう。そうしたなか、自分が『生命大躍進』でVFXスーパーバイザーを務めたときは、撮影現場にも立ち会いましたし、VFX制作のスケジューリングや予算などのプランニングも行いました。また、役者さんに加えて、撮影班や美術などVFX以外のスタッフとも打ち合わせをするわけなのでコミュニケーション能力も必須です。
――目指すゴールは同じでも、VFXチーム内のメンバーへ伝える場合と、VFXが専門外の方に伝える場合とでは、伝え方は変えなければなりませんよね。
松永:そのためには、実務的な能力のほかに、自分がこうしたいという意見や提案をしっかり伝えることができる人間であることが大切です。『生命大躍進』のときも、プロデューサーやディレクター陣に対して自分たちVFXチームとしては「こういう映像(VFX)をつくりたいんです」という明確なビジョンを積極的に提案してきたからこそ、このようなビジュアルが実現できたのだと自負しています。
© NHK
NHKスペシャル『生命大躍進』 第3集「ついに"知性"が生まれた」より
――個人的なものでかまいませんので、2016年の抱負をお聞かせください。
松永:『生命大躍進』で心がけたのは、とにかく40点(落第点)のカットをひとつも出さないということでした。その上で全カットを80点というか、合格ラインに引き上げた上でさらにその中からひとつでも多くの120点をマークできるカットをつくり出せるに努力したつもりです。今後の制作でも、この方針を変わらず掲げていきたいと思っています。それと、Amazon創立者でありCEOのジェフ・ペゾス氏の言葉に「後悔するのは、やらないこと」というものがあるのですが、僕もVFX制作において同じことを意識しています。
――具体的にはどういったことでしょう?
松永:例えば、あるVFXカットがスタッフから上がってきたとして、合格ラインに達していたとしてもなにか気になる点があった場合は「(合格ラインに達しているから)まあ、いいか」などと容認してしまうと、絶対に後で心残りになってしまうんです。直したいと思ったときには、あえて"ワガママ"を言って、直してもらうことを心がけています。
――"ワガママ"という表現はユニークです。
松永:『生命大躍進』の場合、第1集『そして"目"が生まれた』の海中のシーンで海中のリアルさが中々満足な仕上がりになりませんでした。VFX制作の責任者としては、早く終わらせて続く第2集、第3集のVFXに着手するべきなのですが、どうしてもこのままでは世に出せないと思い、自分でリファレンスになりそうな映像などの追加資料をかき集めて、ブラッシュアップの方向性をスタッフに伝えました。具体的な方向性を示すことさえできれば、優秀なスタッフが参加してくれていたので着実にクオリティを高めることができました。
© NHK
NHKスペシャル『生命大躍進』 第1集「そして"目"が生まれた」より
――まさに熱意ですね。
松永:VFXスーパーバイザーは、ワガママを言える権限をもった立場なのだから、あえて嫌がられても言うときは言わないといけないと思っています。とは言え、やみくもにクオリティをアップさせることだけを考えのではなく、コストパフォーマンスも常に意識しています。100のパワーをかけて2倍になる方法と、10のパワーで1.5倍になる方法があったとしたら、1.5倍しか向上できないとしても10のパワーで済ませる方法を選択します。先ほどもお話したとおり、全カットで120点を目指すのではなく、40点をなくすことが重要なので。
――今後、VFX制作に取り入れてみたい新しいテクノロジーはありますか?
松永:技術面では、『生命大躍進』の制作当初からは想像できないほど定着したドローンですが、先日DJIが発表した「Osmo」(3軸ジンバルによる手ブレ補正機能付きハンドヘルド4Kカメラ)などを使ってみたら面白い映像がつくれるのではないかと考えています。新しい機材は積極的に使ってみたい性分なもので。
――では、一緒に仕事をしてみたいアーティストやプロダクションはございますか?
松永:そうですね。『生命大躍進』では、恐竜などのキャラクター表現に集中して取り組むことができたので、今度は北田栄二さんや帆足タケヒコさんのようなハードサーフェイス表現を得意とされるアーティストさんと何かご一緒できればと、個人的には思っています。ふたりとも以前から知り合いなのですが、これまでそうした表現に挑戦する機会にめぐまれなかったので。日本にこだわっているわけではないのですが、国内には優れたデジタルアーティストさんがたくさんいらっしゃいます。どんどん一緒にやっていきたいですね。
INTERVIEW_大河原浩一(ビットプランクス) / Hirokazu Okawara(Bit Pranks)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
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CGWORLD大賞 2015
2015年にCG・VFXをはじめとする日本のデジタルコンテンツ業界で目覚ましい活躍をされた方々をCGWORLD編集部が独自視点で選出し、その中から大賞を決定することで、1年をふり返りつつ、業界の活性化につなげていく企画です。
CGWORLD大賞は、2015年12月25日(金)に本サイトで発表予定です。大賞を予想して当たった方の中から抽選で10名様に月刊「CGWORLD + digital video」(定期購読1年分)をプレゼントするキャンペーンも実施中なので、ふるってご応募ください!
●詳細はこちら●
cgworld.jp/special/award2015