下北沢にあるコワーキングスペース、オープンソースCafeにて、今回、初来日となったAstropad Graphics Tablet(以下、「Astropad」)開発元Astro HQ共同創立者ジョバンニ・ドネリ氏に、液晶ペンタブレットと同等の機能をiPadで実現する「Astropad」を紹介いただいた。

TEXT_安藤幸央(エクサ) / Yukio Ando(EXA CORPORATION
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
Special thanks to Open Source Cafe

<1>Astropad開発のきっかけ

「Astropad」共同創立者ジョバンニ・ドネリ氏インタビュー

両手でメニューとペンを操作し、「Astropad」経由でPhotoshopを操作するドネリ氏

「Astropad」(iPad版/2,600円、iPhone版/無料)は、iOSデバイスを液晶ペンタブレットにしてしまうアプリで、Macの画面をiPadに転送し液晶ペンタブレットと同等の機能を実現するソリューションです。

「Astropad」共同創立者ジョバンニ・ドネリ氏インタビュー

「Astropad」でドネリ氏が描いたスケッチ『Tokyo Girl』

「Astropad」アプリの開発は、液晶ペンタブレットがデジタルアーティストやデザイナーにとって必須でありながら高価であることを、ドネリ氏が残念に思ったことから始まりました。ドネリ氏は、皆が持っているiPadを活用して、ピクサーディズニーのアーティストたちが使っているようなプロフェッショナル向けのツール環境を、学生でも手軽に使えるようにしたいと思ったのだそうです。

Astropadアプリを開発するAstro HQは、今回、お話しいただいたドネリ氏と、マット・ロンゲ氏の2人を中心とした総勢5名の小さなスタートアップ企業で、iOSアプリの開発コンサルティングなどを手がけています。Astropadは、アイコンのデザインなどを外部のデザイナーに頼むこともあったそうですが、基本的には元Appleのエンジニアとしてのバックグラウンドを持つ2人が中心となって開発しています。2人ともベースはエンジニアですが、ロンゲ氏はカメラマン、ドネリ氏はデジタルアーティストとしての素養もあります。

「Astropad」の発想は、ある時、街をランニングしていたドネリ氏が、バス停にあった初代Microsoft Surfaceのポスター広告を目にしたところから始まります。

広告を見たすぐ後に、生まれて初めてのMicrosoft製品としてSurfaceを購入したいと思ったドネリ氏は、どうすれば液晶画面のタッチパネル機能を自分のMacBookでも実現できるか、考えました。

その時点でも、様々なワイヤレスディスプレイアプリが存在し、iPadをMacの外部ディスプレイとして活用することはできました。ただし、どれも速度が遅く、表計算ならともかく、転送画像の品質が不十分で、アーティストとしてのドネリ氏が納得できる画質ではありませんでした。ドネリ氏としては、Skypeで許容されるのが150msec(ミリ秒)。それが液晶タブレットでは16msecしか許容できない(それ以上であれば、絵を描く際に問題が生じる)と考えました。具体的には、60fpsの描画の1フレーム分に対する遅延を16msec以内に抑えようと考えたそうです。

また画質の面でも、例えばSkype動画では、圧縮特有の画質の低下が見られ、1ピクセル1ピクセルを大切にするアーティストが満足できる画質ではありませんでした。現在のAstropadでは、JPEGの99%圧縮で保存した時の画質よりも良い、ほとんど元画像と差異が無い画質で表示されるようになっているそうです。

そのために「LIQUID」と名付けたハードウェアの性能をギリギリまで活かし、チューニングした新しい描画エンジンを独自に開発し、満足のいくスピードと画質を追い求めました。最初のLIQUIDエンジンは、グレースケールの機能しか実装していませんでしたが、それを本職のアーティストに試してもらったところ、なかなかいい評価をもらうことができ、これはツールとして利用価値があるのではないかと自信をもったと言います。

Astropadの開発はトータルで14ヵ月、最初の6ヵ月は、プロトタイプづくりや、LIQUIDエンジンの設計・試作を行い、アプリをストアにローンチする前の2ヵ月間が一番忙しかったそうです。

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<2>Astropad の躍進

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<2>Astropad の躍進

2015年2月18日(水)にAppStoreにリリースしたAstropadの出だしは好調で、現在100万人以上のユーザーがおり、毎月2万人以上のアクティブユーザーが増えているそうです。さらに彼らにとって嬉しい追い風となったのは、iPad ProとApple Pencilの登場で、Apple Pencilの素晴らしい描き心地のおかげで、今までiPadで描くことに懐疑的であった保守的なプロの絵描きたちが「仕事に使えるかも?」と思えるレベルになったそうです。

「Astropad」共同創立者ジョバンニ・ドネリ氏インタビュー

MacBookとiPad Proそして、Apple Pencilの組み合わせ。「Astropad」を使う際も、パームリジェクション(Pencilを使う際、手の甲がタッチパネルに反応しない仕組み)が有効に機能するそう

「Astropad」の宇宙犬をモチーフにした可愛らしいアイコンは、もともと古いMacintoshの印刷アイコンで親しまれている牛柄の犬Dogcowがモチーフになっており、Macintoshが生まれた頃の時代に戻って、真のデジタルアーティストのためのツールをつくりたかったとの想いが込められています。

  • 「Astropad」共同創立者ジョバンニ・ドネリ氏インタビュー
  • Astropadのアイコン、Macintoshの印刷アイコンDogcowをモチーフにしたものだとか

iPad/iPad Pro版「Astropad」は2,600円と、一般的なiOSアプリと比較すると高価な部類に入りますが、iPhone版は画面が小さいながらも無料なので、まずはiPhone版でスピードや画質を試してもらい、満足した上で iPad版を購入してほしいとのことです。

Astropadを実際に使用する際は、Wi-FiまたはLightningケーブルで接続したMacの画面をiPadに転送します。外出先ではケーブルの利用が確実ですが、十分な回線速度があれば描画速度はどちらでも同等です。Astropadユーザー全体の7割はWi-Fi経由で利用しているそうで、Wi-Fi経由で利用する際もQRコードを活用し平易に設定することが可能です。

2016年の夏には新バージョンのリリースが予定されており、現在よりもさらに素早くなり、ピンチイン、ピンチアウト動作時も画質が低下しないよう機能が向上されるそうです。Astropadの機能は今回の来日でも開催されたミートアップのほか、サンディエゴで開催される「Valio Con 2016」などデジタルアーティストたちが集まる展示会やイベントで披露していくそうです。

初来日となったドネリ氏にとって、日本で目にする全てのものが興味深く、なかでも街中がマンガで溢れていることが興味深かったそうです。例えば、工事中の看板に描かれているお辞儀をしているおじさん、薬の袋に描かれている象のキャラクター、地下鉄のマナーポスターもマンガで、堅苦しい警察官でさえ可愛いキャラクターで描かれており、日本人はとても繊細でユニークであることを実感したそう。そんなマンガに囲まれた日本のデジタルアーティストたちに、「Astropad」を活用して素晴らしい作品を生み出していってほしいそうです。

「Astropad」共同創立者ジョバンニ・ドネリ氏インタビュー

ユーザーのひとり、トム・ヘジー/Tom Heggie氏がAstropadを使って描いた作品