『アイドルマスター』、『鉄拳』、『テイルズオブ』シリーズなど、多様なジャンルのゲームで知られるバンダイナムコスタジオ(以降、BNS)。そのゲーム開発において、アニメーション制作を支えてきたスタッフたちの「流儀」を、全3回の短期連載でお届けしよう。

※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol. 216(2016年8月号)掲載の、短期連載 第1回『バンダイナムコスタジオ アニメーションの流儀』を再編集したものです。

20年以上の経験に裏打ちされたモーションキャプチャの技

連載第1回では、BNSの石田直秋氏、佐俣康喜氏の仕事であるモーションキャプチャと、その流儀を取り上げる。両氏は同じスクールで3DCGのためのプログラミングを学び、2001年にナムコ(後のBNS)へ入社した。それ以降、ずっとモーションキャプチャを担当してきたと石田氏はふり返る。「1995年設立の初代スタジオは横浜市の仲町台、2代目スタジオは鮫洲にありました。2013年時点でVICON MX40を24台設置しており、アイドルゲームのダンス、格闘ゲームのアクションなど、様々な案件に対応してきました」。

その後、2013年9月に現在の汐留へと移転した。BNSモーションキャプチャシオスタジオ(以降、シオスタジオ)と名付けられた現スタジオは、広さが12×8m、高さが4.5mあり、VICON T160を40台設置している。このカメラは解像度1,600万画素、120fpsと非常にハイスペックで、より広範囲のより小さなマーカーを精密にキャプチャできる。「広さを必要とするダンスにも、高さを必要とするアクションにも対応可能。加えて、最大9人の動きを高精度で収録できる。これらの条件を満たすことは、当社にとって必須条件でした」と、シオスタジオを設計した佐俣氏は解説する。

BNSのモーションキャプチャチームは、石田氏、佐俣氏を含む7人編成で、普段は本社で勤務しており、収録やリハーサルのときだけ2~3人の担当者がスタジオ入りするという。「われわれの役割は、モーションキャプチャ収録だけではありません。関係者との打ち合わせ、キャプチャデータのポスト処理、新しい技術・手法・ツールなどの研究開発も担っています」(石田氏)。より効率的に、短時間で、高精度のデータを取得するため、様々なゲーム・映像案件のディレクターやアニメーターの相談にのり、必要としていることを聞き出し、あらゆる対応策を講じる。それを20年以上も続けてきたおかげで、多くのノウハウを蓄積できたと佐俣氏は語る。以降では、その知見の数々を紹介していく。

▲【左】シオスタジオのモーションキャプチャエリア全景。9人での同時キャプチャ、フェイシャルキャプチャ、パフォーマンスキャプチャ、指キャプチャなど、あらゆる需要に対応することを前提に設計されている。「低い位置からアクターを収録できる、あおりカメラ【右】を多数設置してあります。高い位置だけにカメラを設置していると、例えば腕を下げた状態で拳を握った場合には、指のマーカーデータが欠損します。そうならないよう、マーカーの遮蔽(しゃへい)を極限まで減らす設計を心がけました」(佐俣氏)

<Topic1>パフォーマンスキャプチャも本格導入

BNSは、『ACE COMBAT6 解放への戦火』(2007)の制作で初めてファイシャルキャプチャを本格導入した。当時はアクターの顔に無数のマーカーを付け、光学式で収録していた。その後、様々な試行錯誤を経て、現在ではより低負荷、高精度の収録が可能な画像認識によるキャプチャへ移行している。1年前からは、光学式による身体のキャプチャと画像認識による顔のキャプチャを同時に行うパフォーマンスキャプチャの導入も本格化しているという。

リップシンクを重視するタイトルでは、キャラクターの声優がアクターも担うことがある。ただしプロの声優は、口を極力動かさず、マイクに息を吹きかけないように声を出す訓練を積んでおり、自然な表情が収録できない場合もあるという。「キャプチャ時には、役者の唇の動き、口の開き具合も観察しつつ、動きをディレクションする必要があります。腕の良いアニメーターは、その点もしっかり見ていますね」(石田氏)。

▲【左】フェイシャルキャプチャにはFacewareを使用/【右】BNSでは、身体と顔のキャプチャに加え、リファレンス用の複数の動画も同じタイムコードで収録できるシステムを導入している
※女優・モーションアクター芝井美香

▲【左】Facewareを装着したアクター。頭部のカメラで撮影したフェイシャルキャプチャ用動画を確認している/【右】写真左の三脚に設置したビデオカメラでリファレンス用動画を撮影している
※女優・モーションアクター芝井美香

▲パフォーマンスキャプチャの収録風景。身体と顔のデータを同じタイミングで収録可能なため、より自然な動きや演技を表現できるとアニメーターに好評だという
※VRZONE ホラー実体験室『脱出病棟Ω』 ©BANDAI NAMCO Entertainment Inc. 

<Topic2>指キャプチャの迅速化&高精度化

BNSでは鮫洲スタジオ時代から指キャプチャにも取り組んでおり、様々な試行錯誤を重ねてきたと佐俣氏はふり返る。「指のマーカーは身体のマーカーよりも小さくしなければ、アクターの演技を妨げます。一方で、小さいほど収録が難しく、遮蔽もされやすくなります」。鮫洲時代には、約2m四方の指専用のキャプチャ空間をつくるため、収録のたびにVICON MX40の設置場所を変えていたという。

しかしシオスタジオに移転してからは、カメラの性能と数が飛躍的に向上したため、常設のキャプチャエリアに入れば身体も指も収録できるようになった。加えて、2015年には収録データをほぼ自動的にキャラクターの指へと流し込むツール群を開発した。「対応速度も精度も向上し、以前より気軽に指をキャプチャできるようになりました。ツール開発以降、BNSグループの様々なタイトルの指キャプチャに使っています」(佐俣氏)。

  • 5本ある指のうち、マーカーを付けるのは親指(写真内 RTHUM01)、人差し指(写真内 RIDX02)、小指(写真内 RPIN02)のみ。
    残りの指の動きは、人差し指と小指のデータを基に自動補間される。「マーカーの数を増やすほど、ポスト処理の負荷は上がります。精度と負荷の両方を踏まえ、ベストの着地点だと判断したのが現在のやり方です」(佐俣氏)


以下では指キャプチャのフローを紹介する。

▲①アクターに指マーカーの可動域を取得するための体操をしてもらう/②MotionBuilderに①で取得したデータ(ノイズ除去済)を入力し、可動域を正規化した後、ボーンのローテーションデータに変換。Relationコンストレインなどが自動生成される

▲③【左】のツールで、②のデータとキャラクターのボーンを関連付ける。ボーンの仕様、命名規則などが特殊な場合は、ここで対応する。④可動域などの微調整が必要な場合は【右】のツールを使用

▲調整後の値はエクスポートでき、他のキャラクターへアサイン可能。画像のように指の本数がちがうキャラクターにも適用できる、汎用性の高いツール群となっている

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シオスタジオにおける、モーションキャプチャの流儀

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シオスタジオにおける、モーションキャプチャの流儀

モーションキャプチャスタジオを有効活用するため、ディレクターやアニメーターはどんな点に配慮すべきか? シオスタジオのワークフローに沿って、石田氏と佐俣氏に解説してもらった。

<STEP1>打ち合わせ

打ち合わせには、ディレクター、アニメーター、モーションキャプチャスタッフに加え、ダンス案件なら振り付け師、格闘案件ならアクションコーディネーターも出席する。「どんなキャラクターの、どんなシチュエーションの動きを収録したいのか、なるべく具体的な情報を共有することが大切です」(石田氏)。

そのキャラクターの身体的な特徴はもちろん、生い立ちや性格、置かれた状況なども共有しておくと、より的確なキャスティングが可能だという。事前準備の質が本番の進行に大きく影響すると佐俣氏は補足する。「特に大切なのが、収録内容や順番を記したモーションリストの作成です。これに不備があると、収録現場が混乱します」。

▲『テイルズオブ』シリーズなどのドラマシーンの収録では、絵コンテ【左】を参照しつつ収録の段取が話し合われ、【右】のようなモーションリストをアニメーターが作成する。「収録の切れ目をどこにするか、アクターを何人手配するか、どんな大道具・小道具が必要かといったことを整理し、収録当日の行動計画を立てます。キャプチャデータを使うのはアニメーターなので、モーションリストもアニメーター自身に用意してもらうのが一番的確です。ただし収録に慣れていないアニメーターの場合は、われわれとの二人三脚で作成していきます」(石田氏)
©いのまたむつみ ©藤島康介 ©BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

<STEP2>キャスティング

アクターのキャスティングは、アニメーター自身が行う場合もあれば、モーションキャプチャチームが担当する場合もある。「われわれが手配するときは、経験者に依頼するか、信頼できるアクターやコーディネーターに紹介していただきます」(石田氏)。

例えば格闘案件のキャプチャでは、格闘技のプロではなく、格闘技ができる役者をアサインした方が良いデータを収録できる場合が多いという。「役者は数多くの"引き出し"をもっているため、物理的に不可能な動きを依頼しても、"ここをワイヤーで吊れば対応できる"といった代替案を提示してくれるのです。ただし、それにアニメーターが頼りきってしまい、全てを役者に丸投げすると収録が長引く原因になります。どういう動きを収録したいのか、自分でイメージできるようになる努力は必要です」(佐俣氏)。

<STEP3>リハーサル

キャスティングが完了したら、アクターに関連資料を送付する。さらに、関係者が一堂に会してのリハーサルも行なった方がいいと石田氏は語る。「アクターとディレクション側のイメージにずれがあると、収録現場で試行錯誤することになります」。そうなれば、アクターは本番を前にして体力や集中力を削られ、良い動きが収録できないという。

「例えばダンスのリハーサルなら、どこまで足を上げていいのか、振り付け師やアクターに伝えておくといいでしょう」(佐俣氏)。もしキャラクターがスカートを着用しているなら、足を上げられる角度には限界がある。それを踏まえて振り付けや練習をしてもらえば、後工程で修正する手間を防げるというわけだ。

▲リハーサルは【左】のようにシオスタジオで行う場合もあれば、別の場所で行う場合もある。/【右】キャプチャスーツは完全オーダーメイドで、男性用・女性用共にサイズちがいを複数用意。アクターの足への負担を軽減するため、床材の下にはウレタンのマットが敷き詰められている
※女優・モーションアクター 芝井美香

▲アクターが疲れると良い動きを収録できないため、1日に収録可能なモーション量を事前に予想することも大切だ。量が多い場合は、アクターの増員も視野に入れて検討する
※女優・モーションアクター 芝井美香

<STEP4>収録

収録当日は、事前に準備・決定したことを実践するだけになっていれば理想的だという。「当日のわれわれの仕事は、機材の準備や操作、データのチェック、関係者とのやり取りなどです。キャプチャデータやリファレンス動画が正常に収録できているかを確認し、ディレクターやアニメーターなどにもチェックしていただきます」(石田氏)。

データはMotionBuilder上のキャラクターへとリアルタイムに流し込むことも可能だが、VICON T160の純正ソフトであるVicon Blade上で確認するアニメーターが多いという。「キャラクターに流し込むと、そのスケルトンに合わせたリターゲットがなされてしまい、本来の収録データの状態がわかりづらくなります。マーカーの位置情報がダイレクトにわかるVicon Bladeの方が、後工程で必要な作業を想像しやすいため、好まれる傾向にあります」(佐俣氏)。

▲シオスタジオの長い歴史の中で作成され、受け継がれてきた小道具を紹介する。
【左】アクターの足の位置、角度を記録するための足型。薄いダンボール紙を切り抜き、反射しないようパーマセルテープを巻き付け、床材へ一時固定できるよう裏側にマジックテープを貼ってある。収録を一時中断するとき、【右】のようにアクターの靴(つま先側)に沿ってこれを置けば、同じ足の位置、角度で収録を再開できる

▲【左】上のパフォーマンスキャプチャ収録時にも、写真左下で足型が使用されている/【右】スカートなど、ボリュームのある衣装がキャラクターの下半身を覆っている場合に、アクターが装着する円環。アクターの手足の動きを適度に制限するため、キャラクターのめり込み修正の手間を軽減できる
※女優・モーションアクター芝井美香

<STEP5>ポスト処理

モーションキャプチャデータには、必ず微妙な振動ノイズが加わる。このデータをキャラクターに流し込むと、手足や身体全体が小刻みにブルブル震えてしまう。そのため収録後には、ノイズを除去するポスト処理が必要となる。

「振動は常に一定ではなく、身体の部位や、動くスピード、カメラからの遮蔽状況によってちがいます。そのため、一律にノイズを除去するフィルタをかけると、動きの勢いやキレが失われてしまうのです」(佐俣氏)。BNSでは、動きのメリハリを残しつつ、ポスト処理を自動化するフィルタも独自開発しているという。「マーカーデータに直接ノイズフィルタをかけた後、キャラクターに流し込んだ状態で受け渡す場合が多いです。ただし、アニメーターによっては流し込みから自分でやりたがる人もいるため、好みに合わせて対応しています」(石田氏)。

▲キャプチャデータをVicon Bladeで表示するとこのような状態で確認できる。マーカーの位置情報がダイレクトにわかるため、収録結果の良し悪しを判断しやすい

▲【左】モーションキャプチャデータには、必ずこのような振動ノイズが加わる/【右】ノイズフィルタを使うと、このようにノイズを除去できる

▲【左上】既存のフィルタは一律にノイズを除去するため、カーブの頂点が削られスピードのある動きのキレまで削がれている/【右上】BNSのフィルタはマーカーの加速度や身体の部位によってフィルタの強さが自動的に変わるため、キレが失われないしくみになっている/【左下】歩行中のキャプチャデータに既存のフィルタをかけると、足が地面に接地している間の動きが失われてしまう/【右下】BNSのフィルタならその問題が発生しない

CONCLUSION

シオスタジオでは、BNSとバンダイナムコグループの案件に加え、他社のキャプチャ案件にも対応している。多様なジャンルの、多様な相談を実現するため、努力を続けてきたし、今後も努力を続けていく。それが自分たちの流儀だと両氏は語る。「だからこそ、気軽に相談に来てほしいですね。モーションキャプチャ班とアニメーション班が協力しあえば、大抵の困難は乗り越えられます」(佐俣氏)。

さらに、案件によってアニメーターのリクエストは様々だからこそ、細やかな対応を心がけたいとも語る。「無理だろうと思うことでも、何とかして実現する術を探す。そのくり返しが、われわれを成長させてきました。今後も、アニメーターとの二人三脚で、諦めずに試行錯誤するスタジオであり続けます」(石田氏)。

次回予告

次回は、アニメーターへの取材を通して、キャラクターアニメーションの流儀を紹介する。

TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田充
撮影素材提供_バンダイナムコスタジオ