2017年3月10日(金)から、映画『ボヤージュ・オブ・タイム』が全国ロードショーとなる。寡作にして、発表する作品は常に世界的に高い評価を受け続けている巨匠テレンス・マリックの最新作であり、40年にもおよぶライフワークを集大成したものだという。宇宙の誕生から、様々なの生命の誕生について、スペクタクルあふれる映像美によって描いた渾身作だが、本作の公開を記念してVFXスーパーバイザーを務めたダン・グラス/Dan Glass氏とのインタビューをお届けする。

TEXT_奥居晃二 / Kouji Okui
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
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映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラス氏(VFXスーパーバイザー 兼 協力プロデューサー)によるVFXワークについての解説ムービー

<1>40年以上にわたるリサーチ、10年にもおよんだVFXワーク

テレンス・マリック監督にとって映画『ボヤージュ・オブ・タイム』は、監督人生の集大成といってよいだろう。映画監督としての最初の成功作である『天国の日々』(1978)の制作途中から、マリック監督は「生命」と「時」をテーマにしたこの壮大な映像作品をいつか具現化することを夢描いて探求を続けてきたという。実に40年以上もの長い年月の末、ついに映画として結実することになった大きなきっかけは、同じく「生命」をテーマのひとつとして取り上げた2011年公開の映画『ツリー・オブ・ライフ』の成功と無関係ではない。

本作のプロデューサー(Associate Producer)のひとりであり、IMAX版のナレーターを務めたブラッド・ピットは『ツリー・オブ・ライフ』の主演俳優である(通常劇場版では、ケイト・ブランシェットがナレーターを担当)。また同じく『ツリー・オブ・ライフ』のVFXスーパーバイザーを務めたダン・グラス氏は本作でもVFXスーパーバイザーを任されており、テレンス・マリック監督との旅は、実に10年にわたる大変長いものとなったそうだ。

映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラスVFXスーパーバイザー兼協力プロデューサー

© 2016 Voyage of Time UG (haftungsbeschränkt). All Rights Reserved.

前述のとおり、マリック監督は約40年前から本作につながるリサーチを続けてきたそうだが、10年前に『ボヤージュ・オブ・タイム』の実制作に着手。グラス氏もほぼ同時期に制作チームに加わったという。
「10年前にこの映画のプロデューサーのひとり、グラント・ヒル/Grant Hill氏からマリック監督を紹介されたときから私の長い旅が始まりました。テリー(テレンス・マリック監督の愛称)は大変素晴らしい、洞察力に富む類まれな人物です。最初にこの作品の話を聞いたときから、目指すべきところは明確で、最初はたじろいだりもしましたが、同時に意欲もかき立てられました。『時の流れ』という大変難しい素材を扱うことのできる、才能のある映画制作者と仕事をする機会や、実際にここまですさまじい量の研究と勉強が要求されるプロジェクトとの出会いは滅多にありませんからね」。

映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラスVFXスーパーバイザー兼協力プロデューサー

ダン・グラス/Dan Glass
映画『ボヤージュ・オブ・タイム』VFXスーパーバイザー 兼 協力プロデューサー。
VFX分野で20年以上のキャリアをもち、クリストファー・ノーラン監督作『バットマンビギンズ』(2005)、ポール・トーマス・アンダーソン監督作『ザ・マスター』(2012)、クエンティン・タランティーノ監督作『ヘイトフル・エイト』(2015)など名高い監督の作品で視覚効果を担当。テレンス・マリック監督とは『ツリー・オブ・ライフ』(2011)に続いて、本作が2度目のタッグとなる。


本作品では宇宙、地球の歴史、生物の進化が様々な切り口で描かれている。その中には最先端の研究を含む、科学的な研究理論やデータを裏づけにしなければ映像化することが難しいシーケンスも多い。映画制作者と科学者が協力しあって進められるプロダクション・ワークとはどのようなものだったのだろうか。

グラス氏は次のように語る。
「私たちは幅広い国際的な研究機関や、各分野のリーダーたちと協力し合うことができました。われわれのチーフ科学アドバイザーであるアンドリュー・ノール博士のような方たちは、より豊かな助言をもらえそうだということで制作チームに招かれた方ですし、何人かの科学者たちはシミュレーションやビジュアリゼーションといった形で研究成果を提供してくれています。科学者チームは常に素晴らしいサポートをしてくれて、制作工程は本当に協力的に進められました」。

映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラスVFXスーパーバイザー兼協力プロデューサー

© 2016 Voyage of Time UG (haftungsbeschränkt). All Rights Reserved.

実際にシミュレーションや実験データは、どのように使われているのだろうか。
「本映画の重要ないくつかのショットは、宇宙で最初に誕生したと言われている種族IIIの星のシミュレーション・データがなければ実現できませんでした。これらのショットでは宇宙への暗黒物質の拡散や銀河とブラック・ホールの衝突が描かれています。ほとんどのショットでクラウドタンクを使った撮影などの従来の手法による素材と合成されて、さらに有機的な見え方に仕上げています」。

科学的なシミュレーションによるデータ量は通常膨大なので、そのままの形では映像制作用のツールで扱うのは難しい。グラス氏はこの問題を科学者たちと直接作業をしながら、時には異なるチームに参加してもらうことで乗り越えた。テキサス州立大学のヴォルカー・ブロム博士は膨大な量のシミュレーション・データをもっていたが、視覚化する手段がなかった。そのため英国のハートフォードシャイア大学のジム・ギーチ氏とロブ・クライン氏がデータの視覚化を援助することになった。また本作品のためだけに開発されたツールもある。科学者であるワーナー・ベンガー博士の協力のもと、英国のVFXスタジオであるOne Of Usのアーティストたちはブラック・ホールによるレンズ効果をシミュレートするプログラムが開発された。

映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラスVFXスーパーバイザー兼協力プロデューサー

特撮機材の検証を行う様子(オースティンのスタジオにて)。左から、トム・デベンハム/Tom Debenham VFXスーパーバイザー(Oneo of Us)、ダン・グラス氏、SFXアーティストのマット・プリアム/Matt Pulliam氏

映像制作を専門とするグラス氏にとって、科学的ビジュアライゼーションから、アーティスティックな表現への橋渡しは刺激的な挑戦であったようだ。科学者たちとのやりとりがいかに興味深かったかを語ってくれた。
「常にそのデータの意味するところに忠実であることに配慮しながら、科学データをアートに翻訳するのは、最も面白く、楽しいプロセスでした。科学的なビジュアライゼーションはしばしば図式的で技術的なものになりがちです。科学者たちと密接に連携しながら、彼らの提供する素材を私たちの求めるかたち、特に5.5Kの超高解像度映像としてふさわしい表現にするために、それこそ数百の選択肢を試したと思います」。

その上で科学的観点と美的観点のバランスをとることの難易度はシーケンスによって様々で、グラス氏の頭を悩ませたようだ。
「科学的正確さと芸術的視点の間でバランスをとることが不可能だったことは実は少ししかありませんが、確かにそういった難しい局面もありましたね。宇宙の誕生の最初の瞬間をどう表現するかということでは参考になるようなものは何も存在しませんでしたし、撮影するにはスケールが小さすぎる対象とかの場合には、解決するためにクリエイティブな視点がより重要になりました。問題にぶつかった場合には私たちはとにかく別の方法、ときには上手くいくかどうかわからないような手段も次々と試してみて、様々な表現を追求しました。例えば、水にインクを落とすとか、発炎筒をハイスピード撮影するとか、化学反応の類とか、自然界の意匠や自然現象を取り入れたかったのです」。

映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラスVFXスーパーバイザー兼協力プロデューサー

ケニアにおけるロケ撮影模様。左から、マーク・ディーブル/Mark Deeble撮影監督(ケニアシーンの撮影を担当)、ファースト撮影助手

科学的なテーマの視覚化という意味では、従来から多くのTV科学番組が制作されてきたが、本作のビジュアルはそういったこれまでの科学番組とは一線を画すものになっている。どのようなところに重点をおいて制作し、本作ならではの映像表現にたどり着いたのだろうか。

グラス氏は次のように語る。
「テリーからは、そのショットのベースとして使えるような素材、もしくはいくつかあるうちの1つとしてしか使わないような素材でも、できるだけ撮影可能なもの、しかもこれまでに見たことがないようなものを捜し求めるように常に言われていました。その努力の結果、科学的に忠実でありながらも、ビジュアルも力のあるものにできたのではないかと思います」。

Voyage of Time IMAX(R) Trailer

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<2>誰も目にしたことがない事象をビジュアル化する
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<2>誰も目にしたことがない事象をビジュアル化する

本作の全VFXショットは撮影された素材と、フルデジタルで作られた素材の融合によって創り出されており、ショットごとにどのように組み合わせて作るかは緻密に計画されたものである。しかし素材ごとに見ると、ときには単なる撮影実験の結果、良い素材が撮影できた場合もあれば、事前に計画的にデザインした通りにつくられた場合もある。
グラス氏は言う、「常にできる限り私たちは実写による手法を追求しました。本作のために撮影チームはIMAXカメラを手に世界中を回り、ありとあらゆるものを、海の中も含めて全てを撮影しました。衛星や宇宙探査船の映像に頼らなくてはいけないような宇宙のシーンの映像でも、できるかぎり実写を使いましたし、顕微鏡レベルでの撮影でも、また抽象的な模様をつくり出すためのもの、デジタルワークで加工するための元素材としても、膨大な実写撮影を行いました。それでも宇宙のショットに奥ゆきを加えたり、単細胞生物に動きを付けたり、地球から死に絶えた太古の生命体を再生するためにはCGIが必要だったわけです」。

このように宇宙のシーンの合成素材や、抽象的な模様が変化する映像などのために、伝統的なクラウドタンクのような実験的手法も多く使われ、専門の撮影チームが編成された。
「私たちの実験撮影スタジオは、テリーに"スカンクワークス"(※ロッキード・マーティン社の極秘開発部門の呼称に由来する)と名付けられたのですが、指定された特定の現象を目指して撮影する場合もあれば、より実験的なトライアルを繰り返すことで面白い使い方ができる素材が得られる場合もありました。常に目指したものは、有機的で、自然に見えるテクスチャを撮影し、それを使って各ショットにスケール感やクリエイティビティを加えることでした」。

映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラスVFXスーパーバイザー兼協力プロデューサー

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映画が進むにつれ、宇宙の創生から、原始の地球、生命の誕生へと時が進んでいく。地球上で多くの生命体が生まれ、進化していく様が描かれる。この中で過去に絶滅した生物を何種類か再現しているが、どんな制作過程だったのだろうか。
グラス氏は言う、「過去の生命体を映画に登場させた目的は、派手で見映えのするクリーチャーではなく、今とは異なるあまり馴染みのない形状をもつ、普通の生物をフィーチャーする点にありました。古代生物学者であるジャック・ホーナー博士のような専門家たちからのアドバイスと共に、多くの研究結果を参照することによって、われわれの表現が正確で、その時代の環境下にいるように見えるか確認しながら進めました」。

恐竜の登場シーンについても、これまでの恐竜映画とは異なるアプローチが取られた。「VFXスーパーバイザーのエリック・デ・ボアが率いるMethod Studiosのチームとの協同作業で、あたかもその時代の1コマが目の前に出現したかのような自然なショットを追求しました。例え結果的にほぼ輪郭だけしか見えなかったとしても、まるで現代の動物自然史の映像を見ているかのようにライティングをしています」。

10年という長い映画制作を終えたグラス氏にその制作をふり返ってもらった。
「テリーはこの映画制作を通じて常に寛大な導き手であり、友人であり続けてくれました。この映画制作を通じて私はまだ誰も目にしたことがないものを視覚化する役割でした。人類が見たことのないものを視覚化することに挑むこと、それが私の仕事の全てであり、やりがいだったのです」。

通常の映像制作と異なり、多くの研究成果や論文を解読したり、科学者たちと理解し合ったりという稀有な経験をすることになったグラス氏であるが、その経験はどのようなものだったのだろうか。
「私は数えきれないくらいの研究を行い、実験を重ね、様々な専門家たちと協同作業をしてきました。そしてこのような素晴らしい創造の機会に巡り合えたことは私にとってこれ以上ないほどの特別な経験で、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。このプロジェクトに私はほぼ10年という歳月を費やしましたが、今思い返してみても、作品そのものが永遠とか無限をテーマとするものであったということと合わせて考えると、10年の中でたくさんの出来事があった、というよりも、全ての経験の集合体こそが私にとって特別な思い出なのだなと感じられます」。

映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラスVFXスーパーバイザー兼協力プロデューサー

アイスランドで行われたロケ撮影の様子

「本作は真の意味で、素晴らしい色域をもったドルビーHDRでマスタリングされた最初の映画になりました。色々な探査シーンや繊細なディテールの表現に多くのショットが割かれているため、今日の他の映画に比べるとVFXショット数は300から400とそれほど多くはありません。しかし1つ1つのフレームに費やされた時間と労力は決して少なくはありません。8年以上の間、何十人ものデジタルアーティストをはじめとするスタッフたちがずっと献身的に働き、様々なかたちで手を加えてくれたおかげで、本作の映像は極めて豊かなものになったのだと思います」。

映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラスVFXスーパーバイザー兼協力プロデューサー

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作品情報

  • 映画『ボヤージュ・オブ・タイム』ダン・グラスVFXスーパーバイザー兼協力プロデューサー
  • 映画『ボヤージュ・オブ・タイム』
    2017年3月10日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

    監督:テレンス・マリック
    製作:ブラッド・ピット、ジャック・ペラン
    VFXスーパーバイザー・協力プロデューサー:ダン・グラス
    VFX制作:One Of Us、Method Studios、Double Negative、Prime FocusLook FXほか
    配給:ギャガ

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