CGWORLD本誌にて3年に渡って連載されたエフェクトTIPS連載「JET STUDIO Effect Lab.」を1冊にまとめた書籍「イラストでわかる物理現象 CGエフェクトLab.」が発売中だ。本連載は身近な物理現象のしくみをイラストで解説し、そのしくみに沿ってCGでエフェクトを組み上げるという内容だが、全38回にわたる連載のテーマ選定やイラスト作成も全て著者のジェットスタジオ・近藤啓太氏の手によるものだ。11月7日(火)に予定している刊行記念セミナーの開催を前に、連載・書籍制作時の裏話やエフェクト制作のコツについて近藤氏に話を聞いた。

TEXT_安藤幸央(エクサ)/ Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

  • イラストでわかる物理現象 CGエフェクトLab.
  • イラストでわかる物理現象 CGエフェクトLab.


    著者:近藤啓太(株式会社ジェットスタジオ)
    定価:3,000円+税
    サイズ:B5変型/フルカラー
    総ページ数:288
    発売日:発売中
    ISBN:978-4-86246-395-1

<1>「エフェクトの根幹」を探ることから始まった連載

ーー「JET STUDIO Effect Lab.」は毎回はじめにわかりやすいイラストで物理現象のしくみを説明していましたが、イラストも全て近藤さんが制作されていたそうですね。

子どもの頃からモノづくりが好きで、秘密基地をつくってオモチャや段ボールを持ち寄ったりしていました。その延長で、20歳ごろまでは漫画家やアニメーターになりたいと考えていたんです。ただ、この領域は幅が広く、人の層も厚いので、僕の才能では食べていけないだろうな、と感じていました。

けれども何かしらのかたちでモノづくりには携わっていたいという気持ちはずっとあって、そんな中で友人がCGデザイナーになり、楽しそうに映画やCMの制作にかかわっていたことが、CG業界に入る大きなきっかけになりました。CGならこれからの流行だろうし、僕でもモノづくりを仕事にできるのでは? と考え、お金を貯めて専門学校に入り、25歳でジェットスタジオに入社しました。

  • 近藤啓太/Keita Kondo
    1985年生まれ。Webサイトの編集を経て、25歳と遅咲きながらCGデザイナーとなる。2014年よりCGWORLD本誌で連載「JET STUDIO Effect Lab.」をスタート、連載3周年を迎えた今年9月にこれまでの連載をまとめた書籍「イラストでわかる物理現象 CGエフェクトLab.」を刊行。代表的な参加作品にゲーム『ジェイスターズ ビクトリーバーサス』(2014)、アニメ『チェインクロニクル ヘクセイタスの閃』(2017)、FINAL FANTASY 30周年記念『CRYSTAL TOKYO TOWER』(2017)(全てエフェクト制作で参加)など。連載当初から著者近影に使用しているうさぎのキャラクターは、昔飼っていたうさぎを弔う意味で描いたもの

また、専門学校に入る前は、風俗関係のWebサイトの編集をやっていました。このとき、サイトで紹介する女性のインタビューや撮影をしたりイベントの文章を書いたりといった業務を通じて、人にわかりやすく伝えるにはどうすれば良いか、を学んだ気がします。連載ができたのも書籍ができたのも、この経験があってこそだと思っています。

ーーまず、物理現象のしくみからエフェクトを解説する、という連載の発想はどこから来たのでしょうか?

CGで制作するエフェクトは、実際に存在する環境効果はもちろん、この世にない創作エフェクトなどその題材やデザインは無限と言って良いほどの幅があり、その制作方法も多種多様です。また、制作に使用するDCCツールやプラグインの移り変わりも激しい昨今、そういった変化に振り回されない「エフェクトの大事な部分って、何だろう?」という疑問がこの連載の原点です。

爆発や火花といったつくり慣れたエフェクトでも、時間に追われて作業をこなすだけになってしまうと「なぜこういう動きになるのか?」といった基本を考えてつくるということが疎かになりがちなのでは、という自身の反省も含まれています。

ーー毎月の連載は、発想から執筆にいたるまでどのように進められていたのですか?

まず、テーマを決めるためにリファレンスとなる実写動画をネット検索で探します。ネットで探す映像や情報の量は、自分の周りを探すよりも絶対的に多いので重宝しています。テーマが決まったら、映像を見ながら必要なエフェクトの要素をあぶり出していきます。

例えば「アーク溶接」の場合は、火花、線状の煙、「ヒューム」と呼ばれる金属が溶ける際に生じる煙、地面への映り込み、フレアなどに分解できます。そこからさらに、火花の場合は空中で弾けるもの、地面に付着して消えていくもの、そのまま飛んで消えていくもの、バウンドするもの、といったように同じ要素の中でも動きや振る舞いを基準にさらに細かく分解していきます。

アーク溶接のエフェクトにおける各要素

そうして要素の分解ができたら、そのテーマの基となる現象のしくみを調べつつ、それぞれの要素に対応するつくり方を模索していきます。火花や煙など要素別の素材映像なども参照しながら素材を作成し、After Effectsでコンポジットして完成させます。

素材を作成する際にはYouTubeやVimeo、映像素材サイトの実写映像などを参考にしています。映像素材サイトは動画の解像度が高いので重宝しています。スローモーションやコマ送りを使ってどのタイミングでどんな現象が起きているのかを細かく確認しながら、徹底的に「模写」していきます。そして映像を全てつくり終わった後に、やっと本文の執筆に入ります。

執筆が最も時間がかかります。毎回記事の冒頭で、取り上げる現象のしくみをイラストとともに説明していますが、基本的にはネットで様々なサイトを調べて情報を集めています。回によって様々な分野の内容を扱うので、しくみはもちろん専門用語も含めて自分で人に説明できるくらいの理解にいたるまで調べるので、時にはこの工程に数十時間かかることもあります。

ネットの場合、情報のスピードやボリュームは必要充分なのですが、やはり個人の解釈や雑多な情報も入ってくるので、特定の情報源だけを根拠に執筆すると間違いを載せてしまうおそれもあります。例えば、Wikipediaは調査の足がかりとしては非常に便利ですが、サイトの性質上常に正しいことが書いてあるとは限りません。また、同じ専門用語でもサイトによって解釈や扱いがちがうこともあるので、そのあたりは特に注意しています。そのため何種類もの情報源をあたり、そこから自分で解釈して納得したものを書くようにはしていますが、もし間違っているところがあればぜひ教えてほしいです。

さらに、そうして調べた内容をイラストや図に落とし込む作業がとても大変でした。でも連載の後半になると図のクオリティもだんだん上がってきて、影を入れたり等凝るようになっていきました。そのせいでいつも締め切りギリギリになってしまっていましたが(笑)。

ただ、もちろん実際に自分の目で本物を見ることに優るものはないと思います。目の前で見る爆発と、カメラを通して見た爆発は異なります。どのくらいの衝撃なのか、どのくらいの音なのか。その場で見てみないとわからないことは数多くあります。機会があれば専門家の方の話を聞いたり、特撮の撮影現場などで発破を実際に見てみたりしたいですね。先日、セミナーの準備の一環として、JAXA宇宙科学研究所のロケットエンジン研究者の方にお話を聞いてきましたが、自分で調べただけではわからないロケットエンジンの様々な構造について、細部にいたるまで教えていただきました。詳しいことはセミナーでお話しするので楽しみにしてください。

ーー取り上げているテーマはプリミティブなものが多いようにお見受けしましたが、テーマを選ぶ際に意識されていたことはありますか?

プリミティブなテーマを選んでいるというよりは、どんな現象も分解すればプリミティブなテーマに行き着くということなんだと思います。火花を例にすると、溶接の火花、溶鉱炉の火花、花火の火花など様々ありますがどれも主成分は熱された塵や金属であって、急に水が火花になるというような魔法みたいなことは起こりえません。

科学的機構の場合も、単純な物理現象に分解して考えます。「ロケットの発射」は非常に複雑な科学的機構によって実現していますが、突き詰めると風船が飛ぶのと同じ原理で、爆発の推力による空気の押し出しで飛んでいるのです。

「ロケットエンジンの噴射」のしくみ解説イラストの一部(書籍より抜粋)

なので、テーマを選ぶときに考えていたのは、できるだけ毎回かぶらないもの、見た目が楽しいものにしようということですね。毎回、執筆が終わるたびに「次はどうしよう?」と頭を悩ませていました。

ーー数ある連載のうちで一番手間がかかった記事はどれでしょう?

最も時間がかかったのは、先ほどもお話しした連載第34回の「ロケットエンジンの噴射」CGWORLD vol.226 2016年6月号掲載)です。ロケット燃焼のしくみの説明だけで準備に数十時間かかっています。ロケットの機構から、どういったしくみで動いているのか、ロケットエンジンのノズル1つの役割にいたるまで、きりがないくらい調べました。また、参考にしたのがNASAのスペースシャトルのエンジンだったこともあり、日本語の情報が少なく、英語の資料をあたって理解するのにとても苦労しました。

「ロケットエンジンの噴射」

ーー連載は第38回でいったん終了となりましたが、今後もし第2弾が始まるとしたら何をテーマに取り上げたいですか?

基礎的なエフェクトは網羅できたと思いますので、今度は破壊ならビルの破壊、水なら津波といったような、より複雑なエフェクトに挑戦したいです。例えばロケットだったら噴射の一部だけではなく、ロケット発射の一連のシーケンスを制作する等、様々なパターンを手がけていきたいですね。

次ページ:
<2>現象のしくみと人間が観察するポイントを知り、求める画に応じてコントロールする

[[SplitPage]]

<2>現象のしくみと人間が観察するポイントを知り、求める画に応じてコントロールする

ーー良いエフェクトをつくるための普遍的なコツ、欠かせない要素は何でしょうか。

コツは、ゼロからつくろうとしないことです。ゼロからつくろうとする人の中には「何かを参考にしたら自分のオリジナルじゃない」と考えがちな人もいますが、どんな創作物であっても、制作者の生まれ育った環境や好きなもの、過去の作品等、必ず何かに影響されています。ゼロから自分の想像だけでつくるのは無理なのです。それなら、まずは今まで観たものの中から格好良い、怖い、迫力がある、など自分が感じた印象を制作に落とし込めるよう積み上げていくのが本当の意味でのオリジナリティだと思います。

良いエフェクトは音がついていなくても、見ているうちに自然に音が聞こえてきます。それはおそらく映像とタイミングや規模、デザインが合った瞬間でもあると思うんです。現実世界を観察すると、雪や葉っぱがヒラヒラと落ちるとき、その動きだけで雪なのか葉っぱなのかがわかります。ただの円状の衝撃波のエフェクトでも、消え際のタイミングや広がり方で、衝撃の強さや余韻の印象が変わってきますので、見た目の形や色ももちろん大事ですが、動きも欠かせない要素と言えます。

僕はエフェクト制作の最初の段階で、ラフな素材に動きをつけて確認するようにしています。それをせずに制作を始めると、どこかおかしな映像になってしまいます。爆発の場合は、あらかじめスケール感や爆発の勢い、破片の回転等を決めた上で、ディテールを詰めていきます。

格好良さを突き詰めるには、破片の大小や質感、照り返しの有無、煙の消え方等にも配慮します。消え方はその映像に合わせて、少し残った方がいいのか、すぐに消えた方が良いのか。ディレクターと相談しながら振る舞いを調整し、気持ちの良いタイミングを探っていきます。エフェクトはこういった要素が全て合わさって説得力や迫力を生むものなので、どの要素も気が抜けません。

ーーどんな映像素材を見て学ぶのがオススメですか?

格好良い映像のエフェクトを観ることももちろん大事ですが、ただ観て「格好良いね」だけで終わってしまうのは良くないです。実践で参考になるという観点から言うと、チュートリアルやデモリール、ブレイクダウン等を観て、どういう素材分けで映像がつくられているのかを観察するのが良いと思います。

ーーリファレンス動画の集め方、検索のコツなどあれば教えてください。

参考となる映像は普段から集めています。チームで共有して、いいねと思う人が多いとその映像の要素を次回から採り入れたりもします。動画素材は手元に200〜300くらいあります。先ほども出ましたがYouTubeやVimeoはもちろん、Video CopilotPinterestも使っていますし、Shutterstockなどのプロ用動画素材サイトも重宝しています。検索のコツとしては、日本語よりも英語で検索する方が情報の質も量も段ちがいです。英語で検索してみると、良いリファレンス映像が得られることが多いです。

近藤氏のPinterestアカウント

ーーエフェクト制作においてよく使うツールは何でしょうか?

僕自身3ds Maxをメインツールとしているのもあり、FumeFXがとっつきやすく、連載でもよく使用しました。パラメータが多く複雑に見えますが、温度はTemperature、炎の膨張はExpansionといったように、それぞれ何を司っているかがわかりやすいので、直感的に調整することができます。実際の炎を思ったようにコントロールすることは難しいですが、実写に即した振る舞いはもちろん現実にはない動きも付けることができるのはCGならではの利点だと思いますね。

ーー現場で制作するエフェクトは、単純に物理現象を模写するだけではなく大なり小なり演出を加えるものだと思いますが、エフェクトの演出においてはどういったことに気をつけていますか?

エフェクトの演出は、作品全体のテイストにもよるので、爆発でも単純に爆発すれば良いわけではなく、難しいものです。場合によっては、現実にはありえない極端にピンクの爆発や青色の爆発にすることもあります。映像として格好良くみせるのか、迫力を出すのか、落ち着いた画にするのか、方向性に合わせた引き出しをたくさんもっておくのが重要です。

演出としては、水のエフェクトが一番難しいと思います。水はスケール感や波動の大きさなど、ちょっとしたことで印象が大きく変わります。書籍にも掲載しましたが、連載第16回で取り上げた「雨」で、水たまりに雨が降り注ぐ映像をつくりました。ところが完成に近づいても参考にした実写映像とどうしても同じにならず、原因を探ったところ、水面が揺れる時間が元の映像より長かったことで、水深がより深く見えていたのです。水面の揺れ方ひとつで、映像から読み取れる水深が大きく変わってくるという気づきを得ました。

「雨」における、制作途中の画と完成画像(書籍より抜粋)

こうして人は普段見慣れているものにはちょっとした差異でも違和感を覚えやすいのですが、料理やライターなど日常で接する機会の多いはずの「火」は実は意外と違和感を覚えにくかったりします。例えば焚き火は屋外では空気のながれによって激しく形が変化していきますが、実際の動きよりゆっくりとした動きでつくってもあまりおかしいと思いません。質感も想像よりディテールがなくペラペラの炎だったりする場合もあります。思いつくだけでもこのように多くの差異があるにも関わらず、水のように違和感を覚えないのはガス炎は見るけど燃え上がるような火を見ていないからだということに気付かされます。

当たり前だと思っている現象でも、様々な実写の映像を見ると火のように想像とちがっているものは多くあります。作り手としてはそうした点を理解しつつ、見る人が良いと思う要素を強調するなど画づくりをコントロールできるようになると良いのではないかと考えています。

次ページ:
<3>使用ツールを問わず、エフェクト制作の一助になる書籍を目指した

[[SplitPage]]

<3>使用ツールを問わず、エフェクト制作の一助になる書籍を目指した

ーー今回の書籍化は、連載当初から決まっていたのでしょうか?

個人的には、連載当初から書籍化を目指してはいました。連載から1年ほど経った頃に編集部から「記事が貯まって来たら書籍にしてみませんか?」とお話をいただき、3年経った今ようやく実現したのです。今になって読み返すと内容のクオリティに納得のいく部分いかない部分それぞれありますが、何とか綺麗にまとめていただいてありがたいです。

連載では、爆発や火花など基礎的なエフェクトはもちろんのこと、「衝突試験」や「橋の爆破解体」といった風変わりなもの、応用例として物理現象の組み合わせでつくる創作エフェクト等様々なテーマを紹介しました。書籍化にあたっては全38回の作例の中から22回分をより抜いて炎、水といったジャンル別に分類し、画像を大きく配置したり連載の内容に加筆したり等、今まで連載を見てくれていた人にもより読みやすくなるよう考えた構成にしています。

「橋の爆破解体」

本書では、自分で調べると大変なエフェクトにまつわる物理現象のしくみが、22のテーマ別に手っ取り早く理解できます。物理現象を知り、基本的なつくり方を理解し、本に書いてあるしくみを応用していけば、思い通りのエフェクトをCGソフトを問わずにつくることができます。

ーーエフェクトアーティストを目指す皆さんに、アドバイスをお願いします。

色々とお話ししてきましたが、実はエフェクト制作ではアニメーションやモデリングのように「必ずこうしろ」というルールはありません。もちろんチーム制作を踏まえたワークフローなどはあると思いますが。制作方法は手描きでもシミュレーションでも良いんです。手描きの方が良いときも、パーティクルエフェクトが効果的なときもあるでしょうし、この書籍で紹介している手法も数多ある解のうちの1つに過ぎません。

エフェクトアーティストを目指している人も、現在エフェクト制作に携わっていてよりステップアップをしたいという人も、自分がより良いと思う制作方法を常に模索しながら、楽しくエフェクト制作を続けていってほしいなと思います。その中でもし不安になったら、色々な映像やチュートリアルと一緒にこの書籍を見てもらえるとありがたいですね。

本書籍の刊行を記念した無料セミナーが、11月7日(火)に開催予定だ。書籍に掲載したテーマを例に、制作の裏話や失敗談、JAXAへの取材レポートなどここだけでしか聞けない話題が盛りだくさんなので、ぜひ足を運んでほしい。

  • 「イラストでわかる物理現象 CGエフェクトLab.」出版記念セミナー
    日時:2017年11月7日(火)19:30~21:00
    場所:ボーンデジタルセミナールーム(九段下)
    参加費:無料(要事前登録)

    詳細・お申し込みはこちら