SF映画の金字塔『猿の惑星』(1968)の新シリーズとして、2011年から展開されている3部作の最終章にあたる映画『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』。10月13日(金)の全国公開にあたり、3部作全てのVFXスーパーバイザーを務めてきたWeta Digitalのダン・レモン/Dan Lemmon氏が来日されたので、単独インタビューを試みた。

INTERVIEW_大口孝之 / Takayuki Oguchi
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD) 、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

映画『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』予告
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

<1>進化した猿(エイプ)たちのレンダリング

ーー『猿の惑星: 創世記(ジェネシス)』(2011)や『猿の惑星: 新世紀(ライジング)』(2014)と比べて、今回の『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』のVFXで、最も進化した点は何でしょうか?

ダン・レモン氏(以下、レモン):レンダリングのリアリティが格段に増したことだと思います。

ーーその特徴が、強く表れている箇所はどこでしょうか?

レモン:ファー・シェーダですね。『ジャングル・ブック』(2016)を手がけたとき、参考にした資料とのマッチングが上手くいかず、ちょっとしたトラブルになってしまったんですね。それで「これまでの方法ではシンプルすぎた」と反省し、毛のディテールの再現性を大幅に高めることにしたのです。

ダン・レモン/Dan Lemmon
Digital Domainからキャリアをスタートさせ、その後Weta Digitalに移籍。『ロード・オブ・ザ・リング』三部作(2001~03)や、『キング・コング』(2005)、『アバター』(2009)、『ジャングル・ブック』(2016)、そして『猿の惑星』シリーズ(2011~17)のVFXを担当してきた。現在は実写版『The Lion King』(2019)に取り組んでいる

ーーレンダラはPBR(物理ベースレンダラ)を使っていますか?

レモン:はい。Weta Digitalで開発したレイ・トレーサーで、Manuka(マヌカ)と呼んでいます。既存のレイ・トレーサーと異なる点は、光をRGBで計算するのではなく、波長のスペクトルで求めていることですね。これによって、より物理的に正確でリアルに見えるわけです。またManukaのツールセットには、撮影監督が実写撮影時に選んだ照明法を正確に再現して、CGキャラクターをライティングする機能もあります。

――毛の表現にも、そのManukaを使われたのですね?

レモン:はい。毛は、以前は単一のソリッドシリンダとして扱っていたのですが、今回はキューティクル(毛表皮)やコルティックス(毛皮質)など、実際の毛髪の構造と同様の多層レイヤーにして、さらにユーメラニン(黒褐色系)とフェオメラニン(黄赤色系)の色素量も物理的にコントロールすることで、よりリアルな質感を表現しています。シーザーだけでも100万本近い毛の束を用いました。

Weta Digital公式サイトのManuka解説ページ
https://www.wetafx.co.nz/films/case-studies/manuka/

――最近はディズニーですらRenderManをやめて、独自開発によるHyperion(ハイペリオン)というPBRを使っていますが、こういった傾向は業界全体に見られるのでしょうか?

レモン:今は、マシンの速度やデータ量などにも余裕が出て、物理ベースのレイ・トレーサーが使えるようになり、従来のRenderManなどには満足できない人たちが増えたのだと思います。Arnoldのようなレイ・トレーサーも良いのですが、自分たちでコントロールできない部分もありますので、「それならば我々でつくってしまえ」となったのです。

<2>キャラクターモデリングについて

――キャラクターのモデルに関してはどうでしょうか?

レモン:モデリングとスカルプティングも、大幅に改良されています。そのため今作で新しく登場している、レッド、ウィンター、バッド・エイプといったキャラクターは、かなり素晴らしいモデルができたんですね。その結果、シリーズの最初からいるシーザーやロケットたちがディテール不足に見えるようになってしまったため、これらのモデルもアップグレードさせています。

――毛並みのモデリングには、どんなツールを用いましたか?

レモン:自社開発のファー・グルーミング・ツールである、Barbershop(バーバーショップ)を使っています。文字通り床屋で調髪するように、自由に毛の長さや生え方、濡れ具合などをコントロールできるものです。

この他に、森林の景観を表現するために、Totara(トタラ)と呼ばれるオーガニック・シミュレーション・ツールも開発しました。これは、自然の成長パターンを模倣したもので、木々は周囲の植物に対応し、時間経過によって生じる樹の形状や、葉の色の変化までも表現するものです。

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<3>3種類のスーツを使い分けたパフォーマンス・キャプチャ

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<3>3種類のスーツを使い分けたパフォーマンス・キャプチャ

――パフォーマンス・キャプチャについての質問です。メイキングを見ると、異なるスーツを着ている映像が見られますが、これらの使い分けはどのように判断されたのですか?

レモン:実は3種類を使い分けているんですが、1つは従来からある再帰性反射のターゲットマーカー式スーツをボリューム内で追跡する方法で、当然室内のみでの使用になります。もう1つは、LEDで自発光する"アクティブマーカー"(Standard Deviation社製)を用いたスーツによる方法ですね。これは屋外での実写撮影と同時に、パフォーマンス・キャプチャを行う場合に使用するものです。

Standard Deviation製アクティブマーカーによる撮影の様子と完成画像

――もう1つ、ARマーカーのようなものを付けたスーツを着ているときもありますよね?

レモン:あれは"モーキャップ"(モーション・キャプチャの略)に対して、"フォー(Faux: 偽)キャップ"と呼んでいるのですが、四角いパターンを付けたスーツを用いる手法ですね。これは特に、深い雪が降っているシーンなど、アクティブマーカーが使えない場所でのキャプチャにおいて活躍しました。つまり4Kのデジタルシネマカメラ(Sony CineAlta PMW-F55)で撮った、白黒パターンを手で追っていくわけです。

本作のVFXブレイクダウン。1:37あたりからみられる白い四角に黒丸のマーカーをつけたものが"フォーキャップ"

――ILMなどがよく使う方法に似ていますね。

レモン:確かにILMも同じようなテクニックを使っていますが、Weta DigitalやMPCの手法は、我々独自のバージョンです。

――今後は、『アバター』のパフォーマンス・キャプチャを手がけたグレン・デリー/Glenn Derry氏のFOX VFX Lab.(旧Technoprops)との共同作業はありそうですか?

レモン:はい。私とグレンは『アバター』で少し仕事をし、『ジャングル・ブック』では、かなり組んでやっていました。たしかに、彼のTechnopropsはFOXに買収され、FOX VFX Lab.としていくつかのプロジェクトが進行中です。もちろんWeta Digitalでも共同で何かやりたいと、非常に興味をもっています。

<4>CGキャラクターと生身の俳優のインタラクション

――本作のVFXで最も困難な状況は、CGでつくったキャラクターと、生身の俳優の接触だったのではないですか?

レモン:それは全てケース・バイ・ケースで、毎回ちがうパズルを解いていく感覚なのですが、なるべく現実のものを残したいと思っています。例えば、ノバ(アミア・ミラー)が、ゴリラのルカから髪に花を付けてもらうシーンですが、桜の枝を折ったとき、その枝が揺れますよね。その動きが良かったので、そこはキープしたいと考えました。ですから実際の枝を残すように、俳優の映像を一部消しています。その際、どこを消去して、どこを残すかという判断は、そのたびごとに異なります。

――その場合は、ノバの髪の毛をCGで補ったりしているのでしょうか?

レモン:髪のシミュレーションは行なっています。それはCGキャラクターに触られたときもそうですし、風が吹いたときや、頭を振った際の動きも考慮して計算しています。また、大佐(ウディ・ハレルソン)がシーザー(アンディ・サーキス)の頭を触るシーンですが、ハレルソンの手は実際の映像をキープして、押されているシーザーの毛をCGで変形させています。

――俳優の手の方をCGでつくったシーンはありますか?

レモン:そうですね。例えば、ノバがオランウータンのモーリスの背中にしがみ付いているシーンでは、(モーリスを演じたカリン・コノヴァルの胴回りが細いので)そのままの画ではモーリスの身体の中にノバの腕がめりこんでしまいました。そのため本物の腕を消して、CGの腕に置き換えることで正しい位置にしています。

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<5>物理シミュレーションによる雪の表現

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<5>物理シミュレーションによる雪の表現

――また今回、私がこの映画で最も感心したのは、映画史上最大規模だと思われるクライマックスの雪崩シーンですが、ここのご苦労についてお聞かせ下さい。

レモン:このシーンは非常に苦労しています。まず我々は、膨大な量のドキュメンタリーやストックフッテージを集めて研究したのですが、実際の雪崩の場合、雪が舞い上がって樹木がすぐに見えなくなってしまうんです。でも我々は湿って重い雪を表現したかったので、樹木が押し倒されていく様子が映っている映像を探しました。そして次に、雪崩をキャラクターのように扱うしくみを考えました。つまり特定の人物に襲いかかっていけるように、恣意的なアニメーションと、物理シミュレーションを組み合わせることを可能にしたものです。

この他にも、今回開発されたファー・システムの機能として、毛に雪が舞い降りてくっついたり、逆に振り落とされたりする様子のシミュレーションが可能になり、雪に覆われた地形を歩くときの反応も表現できるようになりました。

<6>立体視に関して

――今回、ネイティブS3D撮影と2D/S3D変換の割合はどのくらいですか?

レモン:前作の『猿の惑星: 新世紀(ライジング)』では、ネイティブS3Dが基本で、20ショットほどが2D/S3D変換でした。変換に頼った主な場面は、爆発などのシーンですね。危険過ぎて、S3Dカメラを近距離に設置できなかったのです。でも今回はオール2D/S3D変換です。理由は、監督がArri Alexa 65という大きなカメラの使用を望んだからで、全ショットを単眼で撮影しています。そして、Stereo Dにファイナルショットを渡すと同時に、様々なインフォメーションを提供し、変換の助けにしてもらいました。

      映画は三部作の最後を飾るにふさわしく、重厚な出来になっている。1画面に登場するエイプ(類人猿)の数や密度も非常に高く、自然であるがゆえにCGキャラクターだということを忘れがちだが、これは相当にすごいことである。インタビュー中にも触れているが、CGキャラクターが実写の俳優と接触する場面も多く、コンポジットやロトスコープのスタッフの苦労がしのばれる。ぜひストーリーを味わうためと、技術を分析するために、2度以上の鑑賞をオススメする。



  • 映画『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』
    10月13日(金)全国ロードショー
    監督:マット・リーヴス
    出演:アンディ・サーキス、ジュディ・グリア、ウディ・ハレルソン
    配給:20世紀フォックス映画
    © 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation
    http://www.foxmovies-jp.com/saruwaku-g/