まるで実写と見まごうばかりの水着美女。だが、これはれっきとした3DCGによるキャラクターだ。しかもこれは商業キャラクターではなく"自主制作作品"であるという。このキャラクターをつくり上げたのは先ごろ10月6日(金)にCGWORLD +ONE Knowledgeの「リアルキャラクターワークフロー講座」に登壇したCGクリエイターの松井優和氏。彼はこれまでにも『バイオハザード ダムネーション』(2012)や『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』(2017)などフォトリアルなCG映画などに参加し、現在はカナダ・バンクーバーで海外での仕事にチャレンジしている最中にあるという。そんな松井氏がどのようにキャリアを積み上げ、現在の方向へ舵を切ったのか、仕事における成功と失敗から学んだCGアーティスト半生を語ってもらった。

INTERVIEW_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

<1>リアル系CGのクオリティアップで重要なのは、観察とリサーチ

CGWORLD +ONE Knowledgeの講座でワークフローが紹介された女性CGキャラクター

――フォトリアルなCGキャラクターはゲームや映画で見慣れたつもりでいましたが、この女性キャラクターは誇張したり美化したりすることなく、質感まで含めて本当にリアルです。この制作にはどのくらいの時間がかかるものなのでしょうか?

これは仕事から帰ってから家で自主的につくっていたものなので、約1ヶ月かかりました。仕事をせずにフルでこの制作に当てたら2週間弱くらいでつくれると思います。もちろん映画で使うために動かすということであればもう少しクオリティアップをするための時間がかかりますが。

  • 松井優和/Yuwa Matsui
    1986年奈良県生、2010年大阪教育大学卒業後、株式会社デジタル・フロンティアに就職。その後ModelingCafeに就職しモデリングスーパーバイザーとして主にキャラクターモデリングを制作。2017年現在フリーランスになり海外就職に向けて就職活動中。参加作品に映画『GANTZ』(2011)、映画『バイオハザード ダムネーション』(2012)、『牙狼〈GARO〉-GOLD STORM- 翔』(2015)、TVドラマ『大河ファンタジー 精霊の守り人』(2016)、『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』(2016)など

――制作する上でのポイントを教えていただけますか?

いかに客観的に見るか、ですね。フォトリアルを志向するという目的のためには、自然にあるがままのように見せる必要があり、そこで自分の好みを出しても自己満足に過ぎず、魅力的に見えなくなってしまいます。その上で多くの人が興味をもってくれるようなモデルにするためには、このモデルであれば実際の女性と同じように魅力的に見せる必要がありますので、そのための研究やリサーチは欠かせません。

――具体的にはどのようなリサーチを?

例えば女性向けの動画サイト「C CHANNEL」でメイクの解説動画を見たり、ファッション誌やヘアカタログを見たりします。あとはこのキャラクターは水着姿なので、ワコールのバランス診断で理想的な体型を調べ、リアルな基準で魅力的に見えるようなプロポーションをつくるようにしています。オリジナリティを出すために崩すのはその後からですね。

――これをつくろうと思ったのはどんな理由からだったのでしょうか?

これは海外のCGプロダクションに就職活動をするために自主制作したポートフォリオの2作目なんです。リアルを追求したクオリティのCG美少女というと、Sayaが有名ですよね。既に先行する有名作品がある中で自分がつくるのであれば、何か特徴を出さなくてはと思いまして。Sayaはやはり女性である石川友香さん(TELYUKA)が制作したからこその女性らしさがあるなと思い、であれば僕は男性がつくるからこそできる、男性が好みそうなキャラクターを表現しようと思って水着にしました。

――松井さんの武器であるフォトリアルを突き詰める上ではどんなことが重要でしょうか?

今はネットでいろいろなものを見ることができますが、リアルなものをつくるのであればやはり外に出て本物を見に行く必要があると思います。美術館はもちろん、クリーチャーをつくるのであれば動物園に、ファンタジーの小物や装飾品であれば博物館など。自分で写真を撮って、触れられるんだったら触れてみる。リアルなものを描くのであれば、リアルなものがどんな風にして魅力的に見えているのかを知らないと始まりませんし、それを知ることで説得力が出るんだと思います。

――松井さんのお仕事履歴には『バイオハザード ダムネーション』や『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』などのフォトリアルなCG映画のタイトルが並んでいますが、CGを始めたときからこの方向を目指されていたのでしょうか?

いえ、CGを始めたときは単純に映画制作にVFX系で関われると良いなというくらいに思っていました。

『バイオハザード ダムネーション』(2012)

――そのきっかけは何でしたか?

大学生のときに観た『CASSHERN』(2004)ですね。紀里谷和明監督はそれ以前に撮られた宇多田ヒカルのミュージックビデオも好きだったので、3DCGではこういう表現ができるんだと思って独学から始めました。そして大学4年のときにデジタルハリウッド大阪校の総合Proコースというところに半年間ダブルスクールで通って、東京のデジタル・フロンティア(以下、DF)に就職しました。作品を送ったらすぐに連絡をいただけて、面談してその日のうちに採用が決まりました。作品自体はそこまで良かったというわけではなかったのですが、半年でここまでできた人はあまりいなかったみたいで、そこを評価してくれたようです。

――めちゃくちゃ順調ですね。

そうでもないんですよ。僕が通っていた大阪教育大学の芸術専攻は、卒業生の半分くらいが美術の教師に、あとは広告会社やデザイン会社に就職するのですが、僕はCGクリエイターという周りにもあまりいない職業で、しかも内定を蹴って業務委託としてDFに入ったので、父からは「業務委託なんてアルバイトと変わらない。教育大学を出てまでアルバイトとはどういうことだ!」と、ものすごく反対されました。最終的には父母共に応援してくれて、上京を手伝ってくれました。

――厳しいお父様だったんですね。

いえ、そのときだけですね。映画好きで子供の頃は月に2、3本以上映画館に連れて行ってもらっていましたし、CGアニメ制作を始めたのも大学の入学祝いに父から買ってもらったMacBook Proで、それで描いていたFlashアニメーションがYouTubeのトップに一時期載っていたこともありました。なので、きっかけや環境に関しては恵まれていたと思います。

――学生時代は他にどんなことをされていましたか?

国立の教育大学なので、私立の美術大学に比べて授業の幅が広く、一般教養や絵画、美術史など様々な授業がありました。あとはMacを使って音楽や映像をつくっていました。

――何かをつくること自体がもう生活の一部になっていたんですね。

そうですね。特に誰かに習うということではなく絵コンテを描いていたりしました。音楽は軽音学部に入って仲間とやっていたのですが、映像についてはずっと1人でつくっていました。今となっては見るのが恥ずかしいような実験的な抽象的な映像です(笑)。ずっと遊んでいる感じでしたね。教育大なので学生は真面目な人が多くて僕がダブルスクールしている間に教師になったりしていったのですが、まったく気にしていませんでした。

――デジハリに入ったときにカルチャーギャップは感じられましたか?

総合Proコースは週1回のコースで、平日は働かれている社会人の方が多くて、自分は学生で時間があるのに同じことをやっていて良いのかとすごく刺激を受けました。総Proコースでは作業期間が他のコースより少ないので、就職活動向けにつくる作品として、アニメチックなデフォルメのキャラクターで、2分半くらいの短尺のものをつくるように指導されるのですが、僕はフォトリアル系CGで5分くらいのラブストーリーをつくっていました。キャラクターも4体出して、セットアップからコンポジットまで全部自分で行いました。

――それで先ほどのお話のように見事DFの内定を獲得して上京されたわけですね。

はい。「『GANTZ』をやりたいです」と言ったら本当にそのチームに入れていただけました。でも基本的に独学でずっとやっていたので、単純に知識も少なかったですし、ワークフローも知らなくて最初は苦労しました。ただ、リーダーの方がすごく良くしてくれました。僕自身、あまりに基礎を知らなかったので「学校に入り直しても良いですか」と聞いたこともあったのですが、「このまま頑張って続けたらきっとみんなに追いつけるから」と励ましてくれました。

――プロの仕事における"基礎"というのはどんなことでしょうか?

例えばキャラクターをつくるときも、最初は軽いデータでつくってそれを修正していくのがセオリーなのですが、僕はいきなりハイポリゴンで修正の利かない重たいデータでつくってしまったこともありました。なので、今だったらたぶんNGかと思いますが、会社に泊まってひたすら仕事をこなすことでスキルアップをしていきました。でも時間を忘れるくらい仕事が楽しくて、そうこうして3ヶ月位経つころには慣れていきました。

――DFではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?

最初はショットワーク、コンポジットなどの作業で、『GANTZ』では松山ケンイチさんが2人合成で戦うところをまかせていただきました。自分がつくったものがCMに使われたときは嬉しかったですね。

そうしてコンポジットで評価を得ることができて、途中から花形であるキャラクターチームに入れていただいたのですが、いきなりヒロインレベルのキャラクター制作を任されて、そこで大きな失敗をしてしまいました。何日も泊まってやっと提出したのですが、それをCGディレクターが見て「やっと一歩進んだけど、ここからあと100歩は必要だよ」と言われる程度の出来で、結局シニアの方にお願いすることになってしまいました。そしてそのシニアの方はそれを1週間くらいで仕上げてしまったんです。今思い返しても一番悔しかったのはあの仕事でした。それをきっかけに、家に帰ってからも自主制作でキャラクターづくりをするようになりました。

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<2>助け、助けられ 周囲との繋がりとリスペクトがキャリアパスをつくる

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<2>助け、助けられ 周囲との繋がりとリスペクトがキャリアパスをつくる

――次の転機はどんなタイミングでしたか?

やはり、DFを辞めたときですね。有給を消化しつつゲーム会社の求人に応募していたのですがなかなか上手く決まらず、そんなときにFacebookに自主制作したキャラクターを載せていたら、それを見たDFの同期がオムニバス・ジャパンに紹介してくれたんです。ここは僕を含めてフリーランスとして在籍する人が多いのですが、そこでフリーランスの方々からいろいろな仕事を紹介してもらい、様々な経験をさせていただきました。あるミュージックビデオではキャラクターモデルだけではなく映像全てをまかせていただく機会にも恵まれました。

ただ、もう少しスキルアップしないとフリーランスではやっていけないと思って、そこでModelingCafeを紹介してもらい、フリーランスとして入りました。ModelingCafeはモデリングに特化した少数精鋭のスペシャリスト集団。そこでも刺激を受けつつ、寝る間を削ってどんどんスキルを上げていきました。そんなとき、スクウェア・エニックス(以下、スクエニ)の『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』の仕事が会社に舞い込んで、ModelingCafeから出向できるという話になり、僕はそこですぐに手を挙げたんです。

『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』(2016)

――『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』はどんな現場でしたか?

スクエニのチームは精鋭ぞろいで個々の技術もすごかったのですが、何よりチームワークの力を思い知らされました。キャラクターCGというものは1人でもつくることはできますが、チームで動くと情報収集とその共有も効率的に行えますし、個人のスキルアップというよりも、チームとして向上していく感じです。それにここで世界向けにつくる作品のクオリティに触れることができた経験も大きかったです。お金と期間のかけ方もちがいましたし、キャラクター1体に求められるクオリティとそれにかける時間もそれまでとは別次元でした。この作品で海外が視野に入りましたね。

この頃は、出向でスクエニに行って、帰ってきてModelingCafeに戻って仕事をして、家に帰らずにそのままスクエニに行くという日々を3ヶ月くらいくり返していました。たぶん人生の中で一番働いた時期だったと思います(笑)。それでスクエニでの経験からこのまま自分のスキルを上げたとしても結局は個の力であって、チームの力には勝てないと考えModelingCafeでリーダーを、社員になってからはスーパーバイザーをやるようになったんです。

――リーダーの立場になってみていかがでしたか?

個人のスキルは上がっていった感覚があったのですが、リーダーとしての仕事をきちんとまっとうできたかどうかわかりません。リーダーは自分のものをつくりつつ、下の子たちのチェックをしてクオリティのサポートをしていくのですが、そこで多くを求めすぎてしまって。実際は言いませんでしたが「できないんだったら泊まってでも仕上げろ」と思っていたのが態度として出てしまったのか伝え方が下手だったのか、合わない人とは徹底的に合わなくて、ずいぶん反発もありました。チームとして動かしたいのに上手く機能しないという理想と現実の葛藤に苦労しましたね。

――仕事をまるっきり離れた趣味というものはおもちですか? それともつい仕事脳で見てしまいますか?

フリーランスのときも会社員のときもそうでしたが、働こうと思ったら一週間ずっと働けていたので、そうならないよう日曜日だけは必ず休むようにしていました。CGのことは頭から離して、ラフティングなどのアクティビティで体を動かすことをしようと心がけています。出かけないと偶然の出会いも起きないので、これは意外と大切なことなのではと思います。

――今までの仕事をふり返って、ご自身として特に大きなことを成し遂げたと思えるものは何ですか?

2015年に担当させてもらったトヨタのCM『PRIUS! IMPOSSIBLE GIRLS』ですね。これで初めてCGディレクターに近いことをやらせてもらって、キャラクターのデザインを3Dにして、どういう感じに見せるのかを監督とやり取りをして、簡単なセットアップやアニメーション、コンポジットまでやりました。クオリティ的にもスケジュール的にも納得がいく、理想的な仕事ができたと思います。このときはCMだったので小規模で、監督も柔軟な方だったので上手くできたのですが、あとはこれをいかに拡大していくかですね。

――やはりその先には映画などの大きなプロジェクトを考えられているんですね。

はい。実は海外を目指そうと思って、来週から(※取材時)カナダのバンクーバーに行くんです。一応、何社かSkypeで面談も行なっているのですが、まだ結果待ちの段階で。それ以外はまだ何も決まっていないのですが、とりあえず向こうの人に会って会社を見学させてもらうなどして、6ヶ月間を全て使って向こうで仕事を探そうかと。どこかしら引っかかるんじゃないかと甘いことを考えています(笑)。

――すごい行動力ですが、それを決断したのはどんな理由から?

きっかけはいろいろあるのですが、ひとつは今年父を亡くしたことです。父は海外で働いていた人間だったので「海外を回るのは良いぞ」とずっと言っていて。父は60代で亡くなったので、自分が今30歳ですから折り返し地点だな、という意識になり、だったら何も考えずに一度行ってみようかなと。それは後々キャリアアップやスキルアップに繋がると思いますし。

以前は30代になったら管理職に就いて、ある程度落ち着くのかなと思っていたのですが、まだ物足りないという気持ちが湧いてきました。そう思えたのは北田栄二さんをはじめとして海外経験のある方が運よく周りにいて、応援やアドバイスをいただけたからです。嬉しいことに「もしダメだったら戻って来ても良いよ」と言ってもらえたので、失うものはないかなと思って、そこから海外を目指す上で自主制作を表に出すようにしました。この水着美女CGもその一環です。今考えると就職活動にはふさわしくないテーマかもしれませんが(笑)。

――この先に向けての準備や勉強としてはどんなことをしていますか?

学生時代から尻を叩かれないと頑張れないタイプというのが変わっていなくて、今回も何も決まっていない中カナダに行くので、最後に帳尻を合わせるために頑張るというのが自分のスタイルです。きっとずいぶん凹むことになると思いますよ(笑)。

――最後に、これからアーティストを目指している方や若いクリエイターに向けて松井さんの経験を踏まえたアドバイスやメッセージをお願いします。

ありきたりなことで申し訳ないのですが、失敗を恐れないことです。いっぱい失敗した方が良いと思います。それと、人との繋がりを大切に。ただ単に広げるだけではなく、身近にいる同僚たちをリスペクトして大切にすること。ある意味で、それは技術より大切なことなのかなと最近は特に思うようになりました。自分が助けてもらうことを目的にしてはいけませんが、その人たちはいつか助けてくれますし、自分が助けることにもなるかもしれません。そうやって人付き合いをしていけば、技術的なディスアドバンテージや多少の仕事の失敗はどうにかなります。失敗しまくっても助けてもらえるし、逆の立場になっても助けてあげることができる存在になるということが、自分自身にとっての未来に繋がるんだと僕は思います。