去る9月29日(金)にCGWORLD +ONE Knowledgeの「コンセプトアート講座」に講師として登壇いただいた大屋和博氏。『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』(2017)、映画『スターシップ・トゥルーパーズ : 火星の追跡者』(2017)、映画『デスノート Light up the NEW world』(2016)などの作品にコンセプトアーティストとして参加したほか、フリーランスでキャラクターデザインやイラストレーションに携わるなど、大屋氏の多彩で確実な技術は映像業界で引く手あまただ。しかも近日には長年、水面下で深く関わり続けてきたアーケードゲームがリリースをされるという。そんな彼がどのようにして現在のポジションに辿り着いたのかを伺っていくと、その言葉の端々から、作品を公開することの意味を問う姿勢、チームワークでつくり上げる喜び、そしてただひたすら絵を描き続けるストイックさが見えてきた。スピードペインティング動画で自身の制作プロセスを惜しみなく公開してくれる大屋氏はクリエイターを志す人にとって必読であろう多くの発言をこのインタビューで残してくれた。
INTERVIEW_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD) 、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_大沼洋平 / Yohei Onuma
<1>東京藝大・油絵科からコンセプトアーティストへ
大屋氏制作のコンセプトアート
――コンセプトアートは作品のベースや方向性を示すイラストレーションと一般的な理解をしていますが、大屋さんのならではのお仕事のスタイルについて教えていただけますか?
確かにコンセプトアートと呼ばれるものは世界観を広く表現する必要があるのですが、僕の場合は風景だけの絵だけというよりも、どういうキャラクターがいて、どういうアクションをするか、どんなところが見せ場になるのかまでをコンセプトアートのなかで描くように心がけています。ただ、1枚にそれを全て詰め込むと破綻するので、数点で印象的なシーンをピックアップするように構成しますね。あとは「迫力のある画面」を常に意識して描いています。もともと『ドラゴンボール』などの少年マンガが好きだったこともあり、風景画にはないような構図や色を意識することが多いですね。なるべく大人しくならないようにしています。
-
大屋和博/Kazuhiro Ooya
フリーランスのコンセプトアーティスト/イラストレーター。1986年福岡県生。2010年に東京藝術大学油絵科を卒業後、映像制作会社に就職。2013年退職後フリーランスとなりコンセプトアート、キャラクターデザインなどの制作をメインに活動。参加作品に『Legend of the Cryptids』(2012~)、『ドラッグ オン ドラグーン3』(2013)、映画『デスノート Light up the NEW world』(2016)、『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』(2017)、映画『スターシップ・トゥルーパーズ : 火星の追跡者』(2017)、『SOUL REVERSE』(開発中)など
kazuhiro-oya.com
――イラストを描いていく手順を録画して早送りした「スピードペインティング」も公開されていますね。
あれは実際のプロセスを見たいと言う方が多かったので、他のイラストレーターさんもやっているような動画のかたちで公開してみました。ある程度やり方は決まっているのですが、アタリを取ってシルエットを取って、明暗を取って色を乗せるといったながれですね。ただ、描いている過程で楽しくなる部分や面倒だと思う部分も出てくるので、そこは自由に描くようにしています。ですので、動画を見ている方が「何でこのタイミングでこの場所を描くんだろう?」と思ったら、そこが僕の気分が動いた場所というわけです(笑)。
大屋氏のスピードペインティング動画
――お仕事としてコンセプトアートを描く上でベースとなるものはどんな要素でしょうか?
僕の場合はそれぞれのお仕事に関わるタイミングが様々なんです。プロデューサーから企画書1枚渡されてそこから描いていくこともありますし、脚本がある段階もあれば、デザインは決まっているが世界観は後からつくるという場合もあります。中には最終的な画が出てきて、それがどうにも良くならないから指示になるようなものを、と依頼されて描いたこともあります。つまりゼロから、限りなく100に近い状態まで、スタート地点は様々なんですね。
自分としてやりがいを感じるのは、やはり情報量が少ないながらも作品の初期からつくり上げていく仕事です。後工程から関わると作品が確実に世に出るというメリットはあるのですが、自分としては少しだけ手伝ってそこで名前を出してもらってもあまり仕事をしたぞという実感はもてないんですよね。
――今のお話の様子ですと、例えばコンセプトアートの仕事をされてもそれが表に出なかったり、守秘義務があったり、作品そのものがお蔵入りするようなことも?
そうですね。描いたもの全体の7割近くが表に出ていないと思います。
――そんなに!
こればかりはビジネスの問題で、僕にはどうしようもないことなので。ただ、僕はコンセプトアート以外にもイラストレーションの仕事をしているのですが、そこではキャラクターデザインもしますし、デザインの三面図を起こしたり、ライティングアーティストに対する指示書を書くといった仕事もあります。
――絵に関する様々なことをトータルになさっているんですね。大屋さんのようなお仕事のされ方はあまり多くはないのでは?
確かにコンセプトアーティストはそれ1本でやっている人も多いみたいです。僕の場合は自分ができる範囲のことであれば何でもやっているというかたちですね。
――先ほど、お仕事の7割近くが表に出ないとお話されていましたが、大屋さんへのアプローチはどのように?
以前にお仕事をした方にまた頼んでいただいたり、その方が別の方を紹介してくれたり、あとは僕のWebサイトをご覧いただいてオファーをしてくれる方もいます。今のところご紹介とサイトがだいたい半々といったかたちですね。最近はゲーム系の会社さんやCGプロダクションさんのお仕事が多いです。現在はアーケードゲームに携わっていてもうじきリリースを迎えるのですが、一時期はカードゲームのイラストが多かったですね。
大屋氏Webサイトのギャラリーページ
――大屋さんがCGに触れられたのはどのタイミングでしたか?
大学は東京藝大の油絵科だったのですが、必死になって入った割にはそこで何をしようかというビジョンが見つからなくて、ほとんど油絵も描かずに自分でも理解できていない現代アートのようなものをつくったりしていたんです。それでも単位をもらえたんですが(笑)。それでいよいよ卒業の時期になって手に職を付けようと思い、もともと映画が好きだったこともあってデジタルハリウッドに進み、そこでCGに触れたのが最初でした。
――映画の仕事をしようと思われたのはどうしてだったんですか?
ベタな話なんですけれども、学生時代に『アバター』(2009)を観てすごいな、こういうのをやりたいなと思って。お話にも映像表現にも感動して何度も観に行きました。元々ああいった世界観が好きで、それは今の僕が描くものにも影響を与えているのですが、観たときは「もう、ここまで表現できる時代になったんだ」と思って、CGをやろうと決意しました。
――『アバター』は当時、世界的な規模で多くのクリエイターに影響を与えましたね。藝大でも周りで話題になりましたか?
いえ、それが僕の周りにはあまり映画とかエンターテインメントの素晴らしさを語る人がいなくて。油絵科だからというのもあるのかもしれないですが、ちょっと壁があるんですよね。
――アカデミアの世界はそうなんですね。
絵を描く、という意味では同じなのですが、当時学生ということもあり、自分と向き合って作品をつくってこそという風潮は感じました。例えばCGや映画業界だと、ある分野が得意な人がそれぞれに最善を尽くして1本をつくっていくわけで、僕はそういう風に仕事をしたかったんです。これは学科にもよりけりですが、油絵科はその道で食べていける人がやはり多くなくて。せっかく何年もかけて勉強をしてきたし、なるべく技術を活かしたいなと思ってキッパリと卒業したというわけです。
――映画はどんなジャンルがお好きでしたか?
ジャンル的にはハードなSFとかファンタジーが好きですが、古い作品から新しい作品までいろいろ観ますね。
――古い映画でも、そのポスターやキービジュアルは今でも色褪せなかったりします。
そうですね。昔のゴジラがすごく好きで、小さい頃からずっとポスターを模写していました。幼稚園くらいの頃に引っ越す友だちに向けて、水彩でゴジラの絵を描いて送った記憶があります(笑)。
――幼稚園児の時点で絵を贈るという発想がすごいです。
母親が絵がすごく上手くて、『ドラゴンボール』の模写などをしてくれて。それで僕も横で真似していた、というようなところがあります。
――もう、ご家庭からして絵の道に進む環境だったんですね。
そうなのかもしれません。小学生の頃から教室の隅っこで絵を描くような子どもだったので、そのながれで美術系の高校に進んで油絵を始めて、そうすると絵を描くのが楽しくて仕方なくて。周りの友人が志高かったのもあり、だんだんと影響されて藝大を目指したという感じです。当時は何も考えずにひたすら描いていました。それから、学生時代に予備校で絵を教えていたのですが、それが今の自分に活きているのかなと思うことがあります。
――それはどんなことでしょうか?
先ほどもお話ししたように、僕はコンセプトアートに限らず絵にまつわる様々な仕事をしていて、1枚1枚にはこだわるんですけれども、トータルで見たときには同じ人物が描いているとは思われないくらい、テイストがちがう絵を描くことができるんです。予備校の生徒に教えているときは、10人いれば10人なりの絵の方向性があって、それぞれの良さを伸ばしていくためのアドバイスをしたり指針を示したりする必要がありました。そうした経験が今の自分の絵の多様性につながっているのかなと。良い意味でこだわりがない方だと自分では思います。
▶次ページ:
――藝大を卒業後はILCAに就職され、その後、退職されてフリーランスとして活動されていますね。
最初からフリーになろうと思っていたわけではなかったです。ILCAには3年弱ほどお世話になりましたが、やっぱり映画の仕事がしたくて。あまり細かい事は考えずに飛び込んでいきました。やはり早い段階で映画に関わったというキャリアは欲しかったですね。
――ご自身の中で技術が大きくブレイクスルーした瞬間を覚えていますか?
会社を辞めてからのタイミングがやはり一番大きかったですね。それまでは会社の中で描いても、その絵を見てくれるのはプロデューサーとかディレクターくらいのもので、基本的にコンセプトアートは世に出ないものだったんです。でも、フリーになってからは空き時間で描いたものをどんどんWebサイトに載せていきました。そうすると、こんなにも多くの人が、と思うくらいたくさん見ていただいて、それが僕にとっては驚きでした。メールで「イラストレーターになりたい」といった相談を受けることもあるのですが、周りにはそういう人もいなかったので新鮮な経験でしたね。
――最近のお仕事としては『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』がありますが、これはどういうかたちで参加されたのでしょうか?
背景のイメージボードみたいな感じですね。守秘義務があって詳しくは言えないのですが、割と初期の工程でした。
『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』オープニングムービー
――幼い頃、鳥山 明氏に憧れたご自身にとって『ドラクエ』に参加するというのはどんな思いでしたか?
あんまり実感ないですね(笑)。いざやってみると、今まで通り、家に籠もって自分の絵を描いていただけで、鳥山先生にお会いしたわけでもないですし(笑)。僕の性分なのか、大きなお仕事に関わらせていただいても、仕事としてやると感動をしている間はなく、ただひたすら籠もっているだけなんです。
――これまでのお仕事で特に印象的だったものは?
少しお話しましたが、あるアーケードゲームのお仕事はすごく長くお付き合いさせていただいていて、近日中にリリースされるので感慨深いですね。キービジュアルからキャラクターデザインまで様々な仕事を担当させていただきました。ショーに展示したり現場でモデリングをしている様子を見ると面白いなと思います。関わり方が深ければ深いほど思い出に残りますね。
――大屋さんご自身で考える自分の売りはどんなところにあると思いますか?
やはり仕事の幅が広いことですね。コンセプトアートだったりイラストだったり設定画だったり、様々な仕事ができるところです。求められたら、ある程度は絵柄を変えることもできます。企画の仕事も、コンセプトアートの需要も山ほどあるというわけではありませんし、僕よりも上手い人は大勢いらっしゃるので、そこで売りになるのは幅の広さかなと思います。
――お仕事をする上で常に心がけていることは何ですか?
いつも意識しているのは、僕なりの付加価値をプラスして提出することです。他の人ではなく、せっかく僕にお願いしてくれたわけですから。それもあって早く仕上げるようにはしています。相手が何を求めているのかをサッと感知し、より最適なものを出すというのは、コンセプトアートに限らず大事なポイントだと思います。
――お仕事でやりがいを感じられるのはどんなときですか?
色々ありますね。1枚を仕上げるときもそうですし、その絵が次の工程の人に渡って、綺麗にモデリングされて動きがついて、声までついたりするとすごいなと思います。チームワークでモノづくりをする上で、それが一番嬉しいタイミングかもしれません。
――逆にお仕事をしていて大変だなと感じるときは?
あまりそう思うことはないのですが、どうしても描けないとかモチベーションが下がってしまうことはあります。それはオーダー内容とかリテイクとか予算の問題ではありません。むしろ予算が低いからといって質も下げるということはしないようにしています。絵の質を下げること自体が、自分のモチベーションを下げてしまうんです。良いものをつくろうという気持ちを維持し続けないと、どんどん下がっていくので、描いている最中はスケジュール以外のことはあまり考えないようにしています。
――モチベーションを上げるときはどうするんですか?
結局、描くことでしか上がらないんですよね(笑)。描いていたらだんだん上がってくる感じですね。息抜きしてリフレッシュしたからと言って同じ絵を見ていきなりテンションが上がることはないので、描いていて楽しくなるタイミングをずっと待つしかないです。
――そうやってご自身を内面から駆動させるストイックさがある一方で、皆さんと一緒につくり上げる仕事にも喜びを感じられる。
そうですね。籠もって描かないと進まないのが辛いと言えば辛いかな。1週間誰とも話をしないことも平気でありますし、下手したら1ヶ月も......(笑)。打ち合わせが入らなかったら平気で籠もって描き続けています。
――意識的にリフレッシュするようなことはありますか?
僕は人気(ひとけ)のないところに行くようにしています。海に行ったり山に行ったりと、アウトドアですね。都会に住んでいると家を出た瞬間から人が多いので、できるだけ人里離れるようにしています。本当にストイックな人はそこでスケッチをしたり、写真を撮ったりするかもしれませんが、僕は部屋を出たら遊びだと割り切って引きずらないようにしています(笑)。
――これまでお仕事をしてきた中で大きな壁を感じたことや、その乗り越え方はどのようにされていますか?
僕よりはるかに上手な方は山ほどいて、そういう人を見ると悔しいと思ったり、嫉妬する気持ちも正直あるんですけれども、結局は描くしかないというところに落ち着くので、自分ができる最善のことをひとつずつやっていくしかないのかなと思います。結局、嫉妬して描かなくなったら意味がないので。
壁にぶつかったりスランプに陥ったりすることもありますが、結局は描くしかないなと思っています。僕より上手な方はみんな目標といえば目標ですけれども、その人を追うようなことはありませんね。後追いになってしまいますし、その通りにはならないので、自分が良いと思ったものを進めていく感じです。
――これからやってみたいお仕事についてはどのように考えていますか?
一番やりたいのはやっぱり映画の仕事ですね。既存の原作があるものよりも、できるだけ自分が深く関われるかたちで、胸を張って「僕がやりました」と言えるようなプロジェクトがあったら嬉しいです。wonderiumさんと制作している『REPRODUCT』のようなモデルはつくっていて面白いと感じます。そういう挑戦的なオリジナルプロジェクトが増えていったら嬉しいです。
――まだまだ先のビジョンもおありかと思いますが、現時点で大屋さんがスキルを獲得できた理由は何だと思いますか?
ある程度の画力は当然必要だとは思うのですが、仕事としては、普通のことを普通にやったということだと思います。メールが来たらちゃんと返す、書類が来たらなるべく早く返すという、社会人としては当たり前の部分です。アーティストであってもまずは当たり前のことを当たり前にして、絵のことはその後かなと思います。
――最後に、クリエイターの仕事を目指す若いアーティスト志望者に向けたアドバイスをいただけますか?
よくメールなどでコンセプトアーティストになりたいとか、イラストレーターになりたいと言った相談をいただくのですが、「まだ人に見せる段階じゃない」と、自分の中の完成度を意識するあまり人に作品を見せないという人が多いと感じます。ある程度まで仕上げたらどんどん作品を世に出して客観的な意見も取り入れたほうが良いと思います。
ポートフォリオをつくって送るのが一番手っ取り早いとは思いますが、Webページは何よりも強いのでつくった方が確実に良いと思います。それから、名刺をきちんとつくるとか連絡体制を整えることも大事です。アーティストは誰かがハンコを押してその職業にしてくれるというものではありません。自分もそういう風にしてなっていったので、これからクリエイターになろうとする人はどんどん作品を世の中の人に見せていくべきだと思います。
<2>自分の絵を人に見てもらう喜びが技術を向上させる
<2>自分の絵を人に見てもらう喜びが技術を向上させる