国内屈指の歴史と規模をほこり、大規模な分業体制を敷くポリゴン・ピクチュアズ。1983年設立の同社には約300人のスタッフが所属しており、映画やTVシリーズなどの大型プロジェクトを常時手がけている。そんな同社のプロジェクトを支える、サラ コルティナ氏(ラインプロデューサー)と髙島梨紗氏(プロダクションコーディネーター)に、同社における制作管理の仕事を伺った。
INTERVIEW_ショットガン・トキトウ / SHOTGUN Tokito(ボーンデジタル)
TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
ラインプロデューサーの路を選べば、制作管理に特化できる
ショットガン・トキトウ(以下、トキトウ):サラさんはアメリカ出身とのことですが、日本語がとてもお上手ですね。
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ショットガン・トキトウ
ボーンデジタル
本名、時任友興(ときとう・ともおき)。1975年、宮崎県小林市生まれ。株式会社ボーンデジタルのSHOTGUN使い。1ヶ月に100件のSHOTGUNの質問を捌きながら、コンテンツ制作環境の向上を目指し日々励んでいる。特技はギターとキャラクターデザイン。お問い合わせはこちらからお送りください!
サラ コルティナ氏(以下、サラ):アメリカの大学で日本語を学び、大学卒業後は日本語学校にも1年間通いました。当社にはトランスレーター(通訳者・翻訳者)として7年前に入社しましたが、「エンターテインメントの仕事がしたい」という思いだけで入ったので3DCGの知識はまったくなかったです。トランスレーターチームでは、会議の通訳や、クライアントからのメールの翻訳を2年半ほど担当しました。その仕事を通して、3DCGや、プロジェクトの制作管理のやり方などを学び、プロダクションコーディネーター(以下、コーディネーター)への異動を願い出たのです。
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サラ コルティナ
ポリゴン・ピクチュアズ
(ラインプロデューサー)
2011年にトランスレーター(通訳者・翻訳者)としてポリゴン・ピクチュアズに入社した後、プロダクションコーディネーターへ転向し、『トランスフォーマー ロボッツインディスガイズ(シーズン1)』(2015)の制作管理を担当。同作のシーズン2でプロダクションマネージャーを務めた後、『Lost in Oz』(2017)からはラインプロデューサーとなる。
トキトウ:コーディネーターとは、どんな役割を担う仕事ですか?
サラ:1つのプロジェクトに3∼4人ほど配属され、担当するエピソード(話数)の制作管理を担います。アニメ制作会社では「制作進行」と呼ばれるケースが多いですね。制作管理関係の職種には、ほかにもプロダクションマネージャー(以下、PM)と、ラインプロデューサーがあります。コーディネーターを統括するのがPMで、プロジェクト全体の予算管理、リソース管理、利益率の管理などを担うのがラインプロデューサーです。
トキトウ:プロジェクトの企画や資金集めなどを担うプロデューサーとは別に、制作管理に特化したラインプロデューサーがいるわけですね。
サラ:はい。当社の場合、コーディネーター、PMの順番にキャリアを進めた後は、ラインプロデューサーになるか、プロデューサーになるかを選択できます。ラインプロデューサーの路を選べば、制作管理に特化したプロフェッショナルになれます。
トキトウ:トランスレーターだったサラさんがコーディネーターに転向したとき、周囲の人はびっくりされたんじゃないですか?
サラ:当時お世話になっていたプロデューサーに「コーディネーターになりたかったら、どうすればいいでしょう?」と相談したら、「ちょうど来月から『トランスフォーマー ロボッツインディスガイズ』の制作が始まるから、やってみたら?」と言ってもらえたのです。あれほどすんなりことが運ぶとは思わなかったので私も驚きました。シーズン1ではコーディネーターとして担当エピソードの制作管理を行い、シーズン2ではPMになりました。その後『Lost in Oz』が始まるタイミングで、同作のラインプロデューサーになったのです。
トキトウ:プロジェクトの節目、節目で、順調にキャリアを進めてきたのはすごいですね。一方で、髙島さんは2017年4月入社の新卒社員だそうですが、どんな学校で、何を勉強なさったのでしょうか?
髙島梨紗氏(以下、髙島):京都の龍谷大学で、経済を勉強していました。就職活動では一般企業も受けましたが、昔からアニメやゲームが好きだったので、そういう業界に入れたらいいなと思い、インターネットで業界や会社の仕組みを調べたのです。私自身が何かをつくることは難しいものの、制作管理という役割であれば携われるのではないかと思い、当社に応募しました。
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髙島梨紗
ポリゴン・ピクチュアズ
(プロダクションコーディネーター)
龍谷大学 経済学部を卒業後、2017年4月に新卒社員としてポリゴン・ピクチュアズに入社。『Lost in Oz』のプロダクションコーディネーターを務める。
トキトウ:数多くのCGプロダクションがある中で、どうしてポリゴン・ピクチュアズを選ばれたのでしょうか?
髙島:当社は制作管理という仕事に対する取り組みがすごく積極的で、「プロジェクトの数字を分析し、次に生かす」という考え方は経済学にも通じると思ったのです。この会社であれば、自分が勉強したことを生かせるかもしれないと考えました。
トキトウ:入社後は、どんな仕事を担当されましたか?
髙島:サラの下で、『Lost in Oz』のコーディネーターを担当しました。私以外にも同期入社のコーディネーターが2名いたのですが、彼らは学生時代に3DCGの勉強をしていたのです。私だけが「3DCGって何?」という状態からのスタートだったので、すごく焦りました。周囲の人が何を言っているのか全然わからないし、英語もよくわからなかったので、同じ立場で話をすることができなかったのです。そんな中で、色々な人に教えていただきながら、徐々に徐々に、自分がやらなきゃいけないこと、理解しなきゃいけないことがわかってきて、アーティストさんたちとも協力できるようになりました。
特に重要な業務は、プリプロダクション段階での分析
トキトウ:お2人の仕事を、さらに具体的に教えていただけますか?
サラ:では『Lost in Oz』の制作管理を例にお話ししましょう。『Lost in Oz』ではSHOTGUNを使ってプロジェクトを管理してきました。私は『トランスフォーマー ロボッツインディスガイズ』のシーズン2からSHOTGUNを使い始めましたが、それ以前はGoogleスプレッドシートで管理していたので、かなり煩雑で時間がかかっていましたね。
▲『Lost in Oz』シーズン1のトレーラー。本作は第44回デイタイムエミー賞(2017)の5部門で受賞とノミネートを果たしたのに加え、VFX-JAPANアワード2018 テレビ番組アニメCG部門の優秀賞も受賞した
Lost in Oz
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トキトウ:Googleスプレッドシートで管理する場合、日々変化するタスクのステータスを手動で変更する必要がありますよね。
サラ:そうです。エピソードを担当するコーディネーターは、登場するキャラクターや必要なロケーションなど、絵コンテから読み取れるアセットの基本情報をアセットリストに入力します。エピソードのシーケンス番号、ショット番号、ショットの尺、アーティストさんの名前などを記したショットリストもつくります。それらをディレクターやスーパーバイザー(以下、SV)が精査し、コメントやクライアントへの質問を入力した後、本格的にプロジェクトがスタートするのです。プロジェクトが進行すると「チェック」「リテイク」「アプルーブ(承認)」など、タスクのステータスは刻一刻と変化するので、Googleスプレッドシートを使っていた頃はそのたびに手で更新していました。外部のプロダクションが関わっている案件ではGoogleスプレッドシートを共有できなかったので、シート内の情報をExcelにコピーし、FTPやメールで送ったりもしていました。少なくとも、毎日2時間はその作業に充てていましたね。
トキトウ:それは結構たいへんな作業でしたね。
▲サラ氏がGoogleスプレッドシートでつくった制作管理表
サラ:SHOTGUN導入後はステータス更新やコメント共有などが自動化されたので、煩雑な作業がかなり減って、より重要な業務に多くの時間を割けるようになりました。
トキトウ:コーディネーターやPMにとって、特に重要な業務は何だと思いますか?
サラ:プリプロダクション段階での準備だと思います。最初にしっかり分析してからプロダクションに入った方が、後の仕事が楽になります。幸い、海外のクライアントは国内のクライアント以上にプリプロダクションに時間をかける傾向にあり、ストーリーリールやアニマティクスが完成してからレイアウト作業に入るまでの間に、1ヶ月程度の時間を確保してくれるのです。その間にみっちりブレイクダウンして、準備万端の状態でプロダクションに入ることができます。
トキトウ:ストーリーリールやアニマティクスはクライアントから提供されるのでしょうか?
サラ:特に海外案件では、提供されるケースが多いです。
トキトウ:分析した結果、エピソード制作に必要な作業量が制作予算をオーバーしている場合は、交渉したりもするのでしょうか?
サラ:必要であれば交渉します。ただしクライアントも予算は理解しているので、オーバーしているケースはほとんどありません。1エピソードあたり、新規につくるアセットは何点まで、キャラクターは何点までというパラメータを事前につくっており、その中に収まるようにアニマティクスの段階で計算しています。仮にあるエピソードの中でオーバーしていても、次のエピソードでは減らすなどして調整してくれるので、おかしなことにはなりません。
▲『Lost in Oz』におけるSHOTGUNのオーバービュー。データパブリッシュの履歴がリアルタイムに表示される
▲『Lost in Oz』におけるSHOTGUNのアセットリスト。キャラクター制作に関するステータスや修正指示などが一覧でき、SVやアーティストの作業に応じて自動更新される。本作のクライアントからの指示は英語で記されるため、日本語訳も合わせて掲載されている。「背景がマットペイントのショットだけを抽出したり、アニメーターに必要な情報だけを抽出したりというように、情報のフィルタリングが簡単にできる点も重宝しています」(サラ氏)
▲『Lost in Oz』におけるSHOTGUNのショットリスト。ショット制作に関するステータスや修正指示などが一覧できる。プリプロダクションの段階で、PMやコーディネーターがアニマティクスなどの資料をしっかり分析し、アセットリストやショットリストを作成する
トキトウ:海外のクライアントの場合は、作業の内容や量がプリプロダクション段階で明確に示されているわけですね。逆に言うと、欧米のCGプロダクションで働いてきたアーティストさんが働きやすい環境をつくるためには、プリプロダクション段階での分析と計画が不可欠ということですね。
サラ:そうですね。私たちはよく、「フロントローディング」という言葉を用います。制作の早いタイミングであればあるほど、変更の容易性は高くなります。プリプロダクションの段階できっちりと積み上げてつくっていくことが最善の路だと思っています。
トキトウ:クライアントが無茶なことは言ってこないのであれば、確かにそれが最善と言えそうですね。
サラ:クライアント都合で追加のリテイクが発生した場合、海外のクライアントはそのリテイクに対して別料金を支払ってくれることが多いです。このリテイクは「クリエイティブリテイク」と呼ばれています。
[[SplitPage]]やりたい順番やタイミングを理解し、要望に応える
トキトウ:この1年間、髙島さんは『Lost in Oz』のコーディネーターとして、どのような経験をなさいましたか?
髙島:1ヶ月間のOff-JT研修でCG映像制作の基礎を勉強した後、『Lost in Oz』を担当している先輩コーディネーターと一緒に仕事をしながら一通りのやり方を習いました。最初に担当したエピソードは先輩と一緒に行動し、エピソードを重ねるごとに自分ひとりでやる範囲を増やしていき、最終的にはひとりでエピソードの制作管理をするようになりました。
トキトウ:3DCGの知識がない状態からのスタートは大変だったのではないですか?
髙島:はい。最初に配属されたグループの上司に「CGのことがわからない」と相談したら、『Lost in Oz』のデータを使い、3DCGの制作工程を最初から最後まで解説する授業を行なってくださいました。実際のデータを見せながら順番に説明してもらえたことで、理解が深まりましたね。コーディネーターは、ただ進捗を追いかけるだけが仕事ではなく、各アーティストさんのやりたい順番、やりたいタイミングを理解し、いかにうまく組み合わせ、要望に応えるかを考える必要があるのです。そのことが、過去1年間の仕事を通して徐々にわかってきました。
サラ:ときには「これ、上がってきてないですけど、いつ上がるんですか」と追い立てなければいけない仕事でもあるので、最初のうちは尻込みすることが多いと思います。最近の髙島は、そういう仕事も含めてできるようになってきました。
髙島:最初は言い方が悪かったり、順序が悪かったりで、なかなか上手くいかなかったのですが、先輩のやり方を見ながら仕事を覚え、ちょっとずつ自分なりの工夫ができるようになってきました。プロジェクトは順調に進んでいるのか、それとも遅れているのかを判断するときには、SHOTGUNのエピソード オーバービューのページが役立ちましたね。そのページを見れば全体状況が俯瞰できますし、SVやアーティストさんに相談する際にも共通認識を得やすかったです。
サラ:エピソード オーバービューは、アセットリストやショットリストに入力された情報をもとに自動的につくられるので重宝しています。最新のSHOTGUNではグラフ表示機能が拡充されたので、進捗状況の一覧がさらにわかりやすくなりました。
▲『Lost in Oz』におけるSHOTGUNのエピソードごとのオーバービュー。アニメーション、エフェクト、ライティング、コンポジットなどの、エピソードごとの進捗状況が一覧できる
▲最新のSHOTGUNによるエピソードごとのオーバービュー。グラフ表示機能が拡充され、進捗状況の一覧がさらにわかりやすくなった。グラフ内の色は実際に管理に使用しているステータスの色を反映しており、それぞれのエピソードの現状を一目で把握できる
リテイクが多ければ、その原因を分析し、改善策を考える
サラ:『Lost in Oz』からは、SHOTGUNに蓄積されたデータをGoogleスプレッドシート上で分析することも始めました。エピソードが終わるたび、まだ記憶が新しいうちに皆で分析結果を見直し、一番リテイク数が多かったショットや、進捗率を確認することを習慣づけたのです。「あのアーティストさんは何回もリテイクが出ているけれど、問題はどこにあったのか」「エピソードを重ねる中で、リテイクの全体量は減っているのか、増えているのか」「予定していたスケジュールと実際の進捗に乖離はなかったか」といったことを客観的に分析できるようになったことで、以降のエピソードをさらに円滑に進められるようになりました。
トキトウ:すばらしい習慣ですが、アーティストさんにとっては冷や汗が出る習慣でもありますね。
サラ:リテイクが多いからと言って、必ずしもアーティストが悪いとは限りません。例えば、あるエピソードのリテイク数が多い場合、それはクライアントから来たものだったのか、ディレクターから来たものだったのかを精査することで問題が明らかになることもあります。ディレクターの指示に従ってリテイクしたものに対して、クライアントが真逆のリテイクを出していたなら、両者の考え方が合っていないことが原因という結論が導けます。
髙島:当初は分析結果をどう見ればいいのかわかりませんでしたが、ほかの人の意見を聞くうちに、だんだんと数字のとらえ方がわかってきました。リテイクが多ければ、その原因を分析して改善策を考える必要があるといったことも、エピソード完成後のふり返りを通して理解できるようになりました。
トキトウ:ふり返りによって、仕事に対する理解がさらに深まるというメリットもあるのですね。
髙島:例えば、各アーティストさんのペースがわかってからはタスクの割り振りがやりやすくなったので、「このアーティストさんは作業が早いけれどリテイクがたくさん入るタイプだから、最初の締め切りを早めに設定しよう」「このアーティストさんはリテイクが少ないから、作業期間を長めにしよう」といった判断ができるようになりました。
トキトウ:過去の具体的な数値を定期的に見直すことで、的確な判断ができるようになり、次に改善すべきことも見えてくるわけですね。
▲SHOTGUNに蓄積されたデータをGoogleスプレッドシート上で分析し、ひとつのエピソードにおけるクライアント承認の過程を表とグラフで表している。上の表では、アニメーターごとの担当ショット数、リテイク数などが示されている。下のグラフは、緑色の線が「目標として設定したクライアント承認のスケジュール」、ピンク色の線が「実際のクライアント承認の進捗」、青色の棒が「クライアント承認のとれたカット数」を表している
トキトウ:では最後の質問です。アーティストさんの高いパフォーマンスを保ち、プロジェクトを円滑に回すために、気を付けていることはありますか?
サラ:ひとりのアーティストさんに対して、複数ショットをまとめた形で割り当てるようにしています。「これらのショットはこの期間内に終われば問題ないですよ」というスケジュールを組めば、アーティストさんはその期間内で自由にタスクを調整できます。こうしておけば、私生活や体調に応じて日々の作業量を調整できるため、結果としてアーティストさんのパフォーマンスの維持につながりました。
髙島:問題が起こってから対処するのではなく、起こらないように進めるにはどうしたらいいのか、起こる可能性があることは何なのかを事前によく考えるようにしています。
サラ:この仕事はプランニングすることが一番重要なので、事前にどれくらい考えられるか、情報を集められるか、全体を俯瞰できるかが重要だと思います。
トキトウ:SHOTGUNに蓄積した情報を分析したり、皆で相談したりしながら情報を集め、精査し、リスクマネジメントをなさっているわけですね。制作管理は、非常に奥深く、いくらでも改善の余地がある仕事だと改めて感じました。お話いただき、有難うございました。