9月に「CGWORLD +ONE Knowledge」 にてコンセプトアートの講座を開催するイラストレーター・コンセプトアーティストの友野るい氏。コンシューマゲーム『死印』(2017)、『ZERO ESCAPE 刻のジレンマ』(2016)などで個性的な絵を見せてくれる彼だが、かつては「絵を描くことが楽しくなかった」、「描きたいものがなかった」と思い悩むこともあったという。そんな彼がいかにして自分の絵を見つけ、世界観を絵に表現していったのか。描くことの動機の見つけ方、そしてアーティストとして今の世の中を描く意味についてをインタビューで語ってもらった。
INTERVIEW_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
[お知らせ]イラストレーター、コンセプトアーティストとして活躍する友野るい氏による『絵に臨場感や空気感を与える方法』が9月5日(水)に開催(CGWORLD +ONE Knowledge)
<1>「描きたいものがない」状態から、答えを見つけ出すまで
――友野さんはデビュー当初はイラストレーションのお仕事をされていましたが、そこから現在のようなコンセプトアーティストへのキャリアを歩んで行かれたのはどういった理由からだったのでしょうか?
友野るい氏(以下、友野):「武器を増やさないと生きていけないな」と思ったからなんです。僕は当初、キャラクターをメインにイラストレーションの仕事をしていたのですが、年々若い世代が台頭してきて、その子たちはみんな絵がすごく上手くなってきている。このままだと画力的にも追いつかれるし、新しい流行にも着いていけなくなって、キャラクターしか描けないイラストレーターでは正直食べていけないなと思い、背景を描き始めたのがきっかけでした。だから、最初から「コンセプトアーティストになるぞ」と意識してなったわけではないんです。
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友野るい/Rui Tomono(イラストレーター/コンセプトアーティスト)
関東の美大を卒業後にフリーでイラストレーター、コンセプトアーティストとして活動。ソーシャルゲームやコンシューマーゲームにおけるキャラクターデザインやコンセプトアート、アニメーション作品におけるイメージボードなどを手がける。参加作品に『ソウタイセカイ』(2017/コンセプトアート)、『死印』(2017/コンセプトアート、怪異デザイン)、『ZERO ESCAPE 刻のジレンマ』(2016/キャラクターデザイン)など
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友野:それも、最初は描くにしても何を描いて良いかわからなかったんです。それは単純に、描きたいものがなかったからなんですよ。義務感で描き始めてもモチベーションは上がりませんから、描けるようにはならない。そこで先に世界観をつくってみたら非常に描きやすかったので、そこからコンセプトアートやイメージボードというものに繋がり、仕事として採用していただいたというかたちです。
――アーティストとして「描きたいものがない」ということに気づくと、非常に根源的な点にたち返る必要があるかと思います。世界観を構築するという方法へはどうやって道筋を付けていったのでしょうか?
友野:抱えていた仕事を全て終えた後、何も受注せずに半年くらい家に引きこもったんです。それで社会問題や政治・経済の本を読んだり、Twitterで学者さんをフォローして情報収集したりして、自分の頭の中にそうした問題を採り入れていきました。一般的には絵描きという者に対する意識として、印象派に代表されるような純粋な美術絵を描く人だとか、絵が好きで絵の具で綺麗な画面をつくるのが好きな人というイメージがあると思います。しかし、一方でアーティストには現代美術の側面もあります。そこでは今の社会に根づいている問題を作品で表現したり批評したりもします。僕はどちらかというと後者だったんですね。
『ソウタイセカイ』予告編
友野氏による『ソウタイセカイ』コンセプトアート
友野:自分の世界をつくるとなったときに、空想の世界観を基にしてしまうとあまりにも薄っぺらすぎると思いました。いきなりドラゴンや魔法が出てきても、そこらと同じようなものにしかならない。もし出すにしても、何かの社会問題の比喩としてドラゴンを出すというかたちにした方がむしろつくりやすかった。そういう風にして思いついたのが『戯画☆桃太郎奇譚』という世界観でした。
友野氏のオリジナル作品『戯画☆桃太郎奇譚』シリーズより
――『戯画☆桃太郎奇譚』の一連の作品は非常に多彩な絵柄で描かれています。これらは今までのお仕事の中で身につけたものでしょうか?
友野:モチーフの選び方や描写の仕方というものはいろいろありますが、基本はデッサンです。僕は美大に入る前に2年間浪人をして、その中で本当に大変な量のデッサンを行なってきたので、そこで培われた観察眼によるものだと思います。そして、「この場面でこの描写は適当なのか不適当なのか」という状況になったときに、絵柄がひとつしかないと選択肢がありませんから、ときには伝導率が低い表現になってしまうおそれがあります。だから僕は状況に応じて統一感が失われない程度にどんどん絵柄を変えていっています。
――美大のときは専攻はどちらだったのですか?
友野:日本画学科です。たぶん、多くの皆さんが想像する日本画学科というのはクラシックな花鳥風月とか琳派とか俵屋宗達とかだと思うし、実際にそういう絵の模写を授業でやったりもするのですが、実際の学生が描いている絵は、一見するとジャンルがわからないようなものがけっこう多いんですよ(笑)。もちろん、定義を個人個人でもっていたり学内で議論をされていたりはするのですが。僕自身は好きな絵はありましたが、表現する側としてはいわゆるジャポニズム的なものにあまり興味がなくて、『戯画☆桃太郎奇譚』も、海外の方に日本人が描いているということで興味をもってもらうためのウケねらいのところですね。入学時に日本画学科を選んだのも、マンガやアニメが大好きだったのでそういう絵を描けるゲーム会社とかに入りたくて、予備校の先生に「だったら、一番基礎に忠実な画力を必要とされる日本画学科だな」と勧められたからなんです。
――影響された作品として『AKIRA』、『風の谷のナウシカ』、『寄生獣』などを挙げられていましたね。
友野:はい。どれも最初に触れたのは小学生の頃でした。でも当時はどれもよくわかっていなかったんです。『寄生獣』はとにかく絵がすごいとか、『AKIRA』にしても機械やバイクが格好良いとか、『風の谷のナウシカ』は世界観が見ていて楽しいとか、単純に絵として見ていました。ただ、何度も反復して読んでいくと、中高生になる頃には面白さの意味が変わってくるんですね。『寄生獣』では、「人間とはどういうものか」を見せていくテーマの構成や表現が伝わってくるし、『AKIRA』であれば、あの当時の新しいヒーロー像としての金田の姿があったり、宮崎 駿さんであれば猛烈な知識量で、「これを描こうと思った動機は何なのだろうか」と、読者に対して作品の外側まで思いを馳せさせるほどの力強さがある。どれも作品の中だけで完結させないんですよ。作品を読んだ上で、実生活ですごく影響を受けられるし、ものすごく素晴らしい体験になるんです。こんなにも煩雑な問題や知識をまとめあげて1つの作品にして、さらにエンターテインメントとして昇華していくというのは本当にすごいことだなと思っています。
友野氏による『死印』コンセプトアート
――そして先ほどお話された経験を経て入学され、在学中にすでにイラストのお仕事をされています。
友野:当時、自分の絵が"停滞"していたんです。でもそんななか、プロの技を知り世界が開けるきっかけがありました。当時、ネットに上げていたイラストをきっかけにお仕事をいただいて、学校が終わってからオフィスに詰めて仕事をしていたのですが、そこに教育係の方がいて隣で手取り足取り教えてくれたんです。それまでは全て独学で、Photoshopもデフォルトの丸ブラシで手で描いていたのですが、ブラシのカスタムの仕方やテクスチャの使い方、ショートカットの使い方や効率化、知識についてもあれを見なさい、これを読みなさいと、本当にいろいろと教えていただきました。何より大きかったのは「きちんと資料を見ること」を教わったことです。今にして思えば、ものすごく当たり前のことなのですが、例えば画像検索をするにしても、日本語で調べていたのではダメで、英語で入力して世界中のアーカイブから参照したり、Pinterestのようなクリエイターが集まって画像を出し合っているところを見たりしてきちんと調べなさいと。独学でやっていたものから一気にプロの技や知識が入ってきたことによって、本当に世界が変わりましたね。
――となると、一足先にプロの仕事に触れて周りの学生とは随分差がついたのでは?
友野:僕も当時はそう思っていました(笑)。稼いでもいましたし、めちゃくちゃ天狗になっていましたね(笑)。でも一方でクラスには有名ゲーム企業でアルバイトをしている人が何人かいて、彼らはバイト先で3Dの基礎を教えてもらって、今では絵も描けるし3Dもできる人になっている。そういう意味で本当に有益だったのは、どちらだったのかと考えることもあります。
――現在の友野さんは3Dについての興味や意欲は?
友野:もちろん、非常に興味はあってZBrushを使い始めたのですが、まだ不慣れなので直感的だからこそイライラすることもあります。ですが、もう少し修行をしてマスターできたら確実に仕事のレベルも効率も上がるものだと思っています。3D屋さんではないので、2Dの下描きとして使うという使用目的なのですが、それでもライティングに破綻が出ないとか、下描きをするのに便利なんですよね。ハードサーフェスを楽につくれるところがすごく良くて、有機的なものよりもこちらを練習しています。完成させなくとも複雑な構造体を様々な角度から見られるようにできるとすごく良いなと思っています。
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<2>技術があれば上手くなるわけではない。必要なのは動機
<2>技術があれば上手くなるわけではない。必要なのは動機
――友野さんは昨年「イラスト構図 完全マスター」という本を出版されました。その中で"「印象づけたいもの」を適切に配置し意図を伝える"、"「視線誘導」で絵の印象を強く残す"といった基礎となるテクニックに触れられています。これらはイラストレーションだけではなく、コンセプトアートにも応用が利くものでしょうか。
友野:イラストレーションもコンセプトアートも、わかりやすくシーンや世界観を伝えるという点において変わりはありません。だから技術は境目なく使えると思います。僕は学生の頃に美術予備校で講師をしていたのですが、模試などがあると、一斉に貼り出された絵を100枚単位で見ることになります。そういうときに視線誘導ができているものは、やはりパーンと目に入ってくる。これはあくまで一例ですが、基礎の技術はしっかり練っておくべきですね。
友野:ただ、それだけではダメなんです。重要なのは動機。僕も昔は技術さえあればすごい絵を描けるんじゃないかと思っていました。でも技術だけでは使いどころがないんです。大学に入って課題をこなしていくなかで、ある日ふと自分は何も知識を活かしていないなと思って。そもそも、「これをこういう風に描きたい」という動機があって、それを実現するために技術があるわけです。でも昔の自分の絵を見ると、それがなかった。だから描いていても楽しくなかったことを覚えています。しっかりと自分で「これを描きたい」と思ったときに、今までの知識が技術が全部活きてきた、という感じですね。
――描きたいものが心の中にあって、それを活かす手段としての技術。現在の友野さんが描きたいものは何ですか?
友野:ひとつ考えているのは「女性をどう描くか」です。「戯画☆桃太郎奇譚」のなかのひとつに、マスクをしているショートカットの女性の絵があります。これは、今風の強い女性みたいなものを主人公に据えたいなと思って描いたものです。僕ら絵描きの仕事はイメージを形にすることで、そこには世相が反映されるので、個人的にも興味があって、女性に関する現代が抱えている諸問題、例えば女性の社会参画とかジェンダーについての記事を意識的によく読んでいるのですが、そうしたときに男性として責任感を覚えるんです。最近、男性に都合の良いヒロイン像があまりに多すぎるのでは、と。僕もそういうオーダーのイラスト仕事を請けて、そうしたオーダーばかりの鬱屈した状況の中でいろいろと思うことがありました。だったら、そういうところから逸脱して、女性であることを全肯定した上で格好いい女性像を描けないかなと。
友野:そのキャラクターは女性のメイクを、絵の中できちんとメイクとして描いています。現実の女性でも、普段とちょっと印象がちがうなと思ったら、実は大事なプレゼンがあって自分を鼓舞するためにメイクを変えた日だった、ということがあったりします。そこには鼓舞しなくてはいけない弱さもあり、そこで戦っている強さもある。日常にはそういう仕草がいろいろあって、そういう小さいことの積み重ねを描くのが最近はすごく楽しいです。今、起こっているようなセクハラなどの問題も、本来女性よりは男性が考えるべきことだと思うし、僕も社会の一員として得意な絵で何かできることはないかと思って考えた答えがこれだったんです。
――学生さんやこれからものづくりをしていこうとしている方に向けて、若いうちにやっておいた方が良いことをアドバイスをするとしたら?
友野:僕もふり返ると、語学とかアルバイトとかいろいろやっておけば良かったなと思うことは多々あるのですが、敢えて言うと、何もしなくて良いと思うんです。若いうちから意味を求めすぎると、辛くなってしまうのではないかなと。上手く説明できないけれども、僕ら絵描きはイメージを形にすることに意味を求められるところがあって、そこに摩耗してしまってはならない。若い頃くらいはちょっと意味のないことをしても良いんじゃないかなと。役に立たないと思っていたゆるい時間が、実は案外自分の色になっていたりすると思うんです。僕も本当に学生の頃に何をしていたか覚えていないくらい、どうしようもない生活をしていたのですが、でもあの時期の「何となくでも、絵を描かなくては」とか「先生たちに偉いと言われる絵が本当に良いものなのか」といった、思考とも呼べないようなものの答えを今、表現できていたりする。当時の鬱屈したものが今の動機づくりになっていたりもします。だから、いろんなものを好きに見て、サボりたければサボればいいし、焦りを感じながら何もしない時間があってもそれはそれで良いと思います。
――答えを出そうとして焦らなくても良いよ、というニュアンスでしょうか。
友野:そうですね。あまり早く決めすぎているのも良くないかなと思うんです。「僕はキャラクターしか描かない」とか、「画集を全部揃えて勉強しなくては」なんて感じでやってきたことは、今になって考えればまったくの的外れでした。当時自分が全然好きではなかったようなものも今は描けているし、キャラクターよりも背景の方が今は楽しいし。答えを固定しすぎず、いろいろなものを見ていけば良いんじゃないかなと。
――何か表現のために生活の中を注視して生きるべしということではなく、つくることが自分自身を彩ったり、関心をもつことによって情報に対してのアンテナが向いたり。
友野:ええ。もちろん相互的ではあるのですが。今は絵以外の分野においてもすごく知識が増えて、例えば今までだったらわからなかった政治ネタで笑ったりしてそこで笑えた自分が嬉しい、みたいな(笑)。描くことが生活を豊かにもしますし、かなり相互に良い影響はあるのかなと思っています。
――9月には「CGWORLD +ONE Knowledge」にてコンセプトアートの講座「絵に臨場感や空気感を与える方法」を予定されています。どんな内容になりますか?
友野:現状、予定しているのは「目に見えないものをビジュアライズする」です。音とか匂いとか食感とか、そういったものを絵に落とし込むことを主題としていますので、そのお話になると思います。興味のある方は、ぜひいらしてください。
講座概要
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講座名:
絵に臨場感や空気感を与える方法
〜気温や匂い、雰囲気など、無形のものをビジュアライズする方法〜
開催日:
2018/9/5(水) 17:00 - 20:00
参加費:10,000円(税別)
定員:150名