今月よりCGWORLD.jpで連載がスタートする「コロビト大島夏雄のCGに役立つふしぎのはなし」。ここではCG制作に役立つ様々な雑学コラムを株式会社コロビトの大島夏雄氏が執筆する。CG制作者にとって必要な知識とは何か? またなぜそれが必要なのか? 氏の体験談から語られるエピソードはすべてのクリエイターに読んでほしい含蓄のある内容だった。
INTERVIEW_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
<1>クリエイションに役立ち気軽に読める雑学コラム連載開始
――今月よりCGWORLD.jpで連載がスタートする「コロビト大島夏雄のCGに役立つふしぎのはなし」とはどんな内容でしょうか?
大島夏雄氏(以下、大島):どんな雑誌にも箸休め的なコラムってありますよね。ああいった記事がCGWORLD.jpにもあったら良いんじゃないかと思ったんです。CGクリエイターは様々なものをつくりますが、自分に興味がないことは一般常識であっても結構抜けていることが多いので、技術に直接役立つわけではないけれども、知識として知っていた方が良いような雑学を書いていこうと。
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大島夏雄/Natsuo Oshima(コロビト)
株式会社コロビト 代表取締役、リードモデラー
奈良県出身。多摩美術大学(絵画学科 油画専攻)を卒業後、数社のCG制作会社に所属しモデリングチーフを務める。その後、フリーとなり2009年7月2日に株式会社コロビトを設立。ゲーム、映画、アニメ、CMなど様々なジャンルの仕事を手がける
colobito.com
――技術に直接役立つわけではないとおっしゃいましたが、それでもお仕事をする上で知っておいた方が何かと役立つでしょうね。
大島:そうですね。「今はインターネットで何でも調べられるので、勉強をする必要がない」と言う方もいますが、何も知らなければ何も調べられないんじゃないかな、と思うんです。知っていることは調べられるけれども、知らない人は調べることさえできない。数字とか専門用語とか、覚えていなくとも、そういう言葉を聞いたことがあるという程度には知識をもっていないと、良いものはつくれない。
知識というのはモデリングの力とかアニメーションの力と同じくらい武器になると思うんですよね。でも一般的に、何かをつくっている方が楽しいし評価にすぐ結びつくので、勉強は後回しになりがち。そこで軽く読めて知識になるものがあれば良いんじゃないかなと思っています。
私は美大で油絵を専攻していましたが、人間工学や構造力学も身近にあったので、建築物をモデリングするときに強度のことも考えながらつくります。でも、そういうことを知らない人は強引な形状をモデリングしてしまうことがあります。CGは何でもつくれるので、描けはしますが、それでは実際に表現したときに違和感が出てしまう。なので、こういう知識はあった方が良いですよとお伝えできればなと思っています。
――大島さんは昔から雑学自体が好きだったのでしょうか?
大島:そうですね。私の通っていた小学校は多くが中学受験をするような学校で、家にも大学生の家庭教師が週2回来ていました。その先生は、あれこれ教えるというよりも「何かわからないことがあれば何でも聞いてほしい」と言うスタンスだったんです。小学生にしてみれば、そんな年頃の人と普段接する機会がないから緊張していたのですが、「飛行機はどうやって飛ぶんですか?」と聞いたら、「翼の断面がこうなっていて、揚力が~」と、すごく丁寧に説明してくれたんです。それが嬉しくて、それ以降も毎回、何らかの質問をしていました。すぐに答えられないときは次回までに調べて教えてくれるという人でした。
そういう経緯があったので、雑学というもの自体が好きになったんです。今も普段から本を読んだり、TVのドキュメンタリーや科学番組が好きなので、そこから吸収することが多いですね。自分がそういう性格なので他の人にも言いたくなるんですよ。昔は女の子と花火を見に行ったときも、「オレンジ色はカルシウムの炎色反応で~」とか言ってえらく不機嫌にさせてしまいました(笑)。
――お仕事をする上で特に意識されていることは何ですか?
大島:「何となく」つくらないようにすることです。制作期間の1/3くらいを勉強や調べごとに当てることもあります。そこまでしなくてもクライアントからはOKが出ると思うんですけれども、気になるから(笑)。でも、それは私が社長だからできることかもしれません。社員だったら残業代がかかってしょうがない(笑)。 フリーランスのころもそうしていましたね。写真集や資料映像にすごくお金を使っていたと思います。今も専門書を買ったりネットで調べたり、例えば自動車のデザインの仕事であればCG業界ではないところで、クルマ好きな人にリサーチしたりしますね。
――日頃から何かを見るときにモデリングを意識していたりしますか?
大島:していますね。道を歩くときも、工事現場で家をつくっているところとか横目に見て、あまり前を向いていないかもしれないです(笑)。
――この社内でもそういう雑学の共有を皆さんとされているのでしょうか?
大島:社員が困っていたら教えることはします。例えばビルの構造だとか家の壁の中がどうなっているかとかですと、昔解体のアルバイトをしていたときの経験を話したりすることはありますね。
――社員の方が迷われるときの傾向としては、どんなパターンが多いですか?
大島:デザイン画を基につくる場合ですと、デザイン画に似せることだけに邁進してしまうことがあります。もちろん似せる必要はあるのですが、あまりにそれを信じすぎてしまうと、3Dにしたとき矛盾が出てきてしまいます。「デザイン画とは多少ちがうけれどもこういう理由で変更しました」と、自信をもってつくるということが大事だと思います。
――自然物の場合はいかがでしょうか?
大島:これもよく観るということが大事だと思います。CGに限らずデッサンであっても同じことですが。これは私が美大向けの予備校にいたときの話ですが、デッサンの授業でジュースの瓶を描くときに同級生が先生に「どこまで描けば良いですか?」と聞いたんですね。デッサンだと描く時間が決まっているので、ラベルの詳細まで描くのか、ボカして描いたほうがいいのかを聞きたかったと思うのですが、先生にめちゃくちゃ怒られたんです。
――先生は質問をしたこと自体に怒ったんですか?
大島:そうだと思います。先生は「お前がそう見えているなら、それを描けば良い」と。先生がどういう意図で言ったのかわかりませんが、私が受け取ったのは、「判断を人に預ける考え方でやっていると良いものはつくれないのだ」というメッセージでした。下手は下手なりに、見えるものを全部描けばそれなりに価値あるものになると思うんです。でも、最初からそれを人に預けていたから、「どうすれば良いですか」になったんじゃないかなと。もちろん、できることを全部上手くできれば良いのですが、時間や予算などの様々な制約の中でどういう風につくれば良いかは結局、自分で考えるしかない。
私はこの業界を18年ほど経験していますが、後輩や部下に教えることはあまり上手くできないんですよね。というより、上手くなるには教わるよりも、自分よりも上手いものとの落差を認識した方が良い。今の専門学校は課題作品を順位順に並べたりしないそうですが、並べれば刺激になると思うんです。3番目の人には「なんで俺が1番じゃないんだろう」って思わせた方が勉強になるんじゃないかなと。
[[SplitPage]]<2>作品を客観的に評価するためには知識が必須
――大島さんがCGに触れられたのはいつ頃からですか?
大島:大学4年生くらいのときですね。パソコンとLightWaveを買って、辞書みたいなマニュアルを片手にひとつひとつ勉強していくようなかたちでした。そんな頃に同じアパートに住んでいた2つ上の先輩がナムコに行かれて、いろいろとお話してくれたんです。羽振りも良くなってご飯をおごってくれながら(笑)。それで卒業するときに、学んだことを捨てて関係ない職業に就くのはもったいないなと思って。
大島:もともと美大にはアーティストになりたくて入ったのですが、いろいろあって就職することにしました。もともとアートの人しか見ないようなものよりも映画のセットとか博物館模型とか、一般の人が目にするようなものをつくりたかったので、その先輩の話を聞いてCGが面白そうだなと思って、この道に進んだという感じですね。
――CGに求められる基準や水準は年々上昇しているという実感はありますか?
大島:私が始めた頃よりはレンダラも発展していますし、リアルなものは昔よりもずっと良くつくれるようになっているとは思います。でもそれは環境が良くなっただけで、クリエイターのレベルで言えば今も昔もそれほど変わらないのではないでしょうか。
ただ、今の若い子の方が海外のクリエイターや作品に直に触れて刺激を受けることができるというのは大きいですね。私の頃ですと、『ジュラシック・パーク』をつくろうと思っても不可能でしたから。でも今の子は自分の延長線上に『アイアンマン』や『トランスフォーマー』があるし、実際にハリウッド作品に参加している人も周りにいるでしょう。今の少年野球の子がメジャーリーグを直接目指せるようになったようなものです。そこは羨ましいですね。
――CGに関わられて20年近く、大島さんにとってCGの魅力はどんなところにありますか?
大島:私にとってモデリングというのはプラモデルと同じような感覚なんですよ。昔からバラバラのものを組み上げるということが好きでしたし、今も土日を仕事に充てていてもあまり疲れないんです。それに今は昔なかったようなZBrushやSubstance Painterといった新しいソフトを覚えるのも楽しいですね。同じことをずっと続けることの楽しさもありますが、CGには新しい技術に触れていけるという楽しさもあります。
ただ、得意にしていた自分の技術が時代の移り変わりのなかで必要でなくなるということもあります。人の手でテクスチャを描く技術は、今の時点ではまだ使えますが、おそらくあと少しでアプリの機能に吸収されるでしょう。服のシワをモデリングするのも結構大変ですが、リアルなシワだったら Marvelous DesignerやClothシミュレーションでできるので、そうした技術もいずれ必要ではなくなるでしょうね。
――それはある意味で怖いですね。では、技術が発達したとしても変わらない大事な部分は何でしょうか?
大島:これはモデリングに限らない話かもしれませんが、自分がつくったものや他人がつくったものとの差を客観的に評価・判断する力だと思います。昔の話になって申し訳ないのですが、後輩ですごくセンスの良い絵を描く人がいました。その彼がよく2枚の絵を両手に持ってどちらが良いかを尋ねてくるんです。僕からしたら、10:0でこっちの方が良いと思っているのに、彼はそれがわからないんです。
なぜかというと、知識ではなく感覚で描いているからなんですね。知識がない人は理由づけができないから、客観的な評価ができないんです。だからつくるものに当たりはずれがある。そこで当たりの確率を上げるには色彩構成や構図とかをきちんと勉強して、自分で納得できるようにならなくてはいけない。
僕がなぜ勉強をしたかというと、自分には色感がなくて、それを補うためでした。だから、もともと上手くできる人は逆に怖いんですよ。でも、できない人は勉強すればできる人に勝てるかもしれない。そのためにいろいろなことを勉強すると良いんじゃないかなと。そういう確かなものをつくるためのベースとなる知識を、この連載でお伝えしていけたらと思っています。
連載第1回「雲のおはなし」より
連載「コロビト大島夏雄のCGに役立つふしぎのはなし」Story 01. 雲のおはなし はこちら