25年の歴史をもつカッティング・エッジ(Cutting Edge)は、オーストラリアのブリスベン、シドニー、ゴールドコーストに拠点を置き、2016年4月には4番目のスタジオを東京に設立した。現在は4スタジオが連携し、撮影からポストプロダクション(以下、ポスプロ)までの全工程に対応するワン・ストップ・サービスを提供している。本記事では、本社でもあるブリスベンスタジオのジェフ・ゴーント(Jeff Gaunt)氏(VFXスーパーバイザー/VFXディレクター)の来日に合わせて実施した、同氏と東京スタジオのジェシー・フランクリン(Jesse Franklin)氏(VFXスーパーバイザー)へのインタビューを前後編に分けてお伝えする。前編に続き、以降の後編では、東京スタジオ設立の経緯と、ジェシー氏が担当したCM『Honda / Jet』『Sony Interactive Entertainment / PS4』制作の舞台裏を紹介する。

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

▲Cutting Edge VFX Reel 2017


東京スタジオをハブにして、アジアのマーケットをさらに開拓したい

CGWORLD(以下、C):オーストラリアで3スタジオを展開してきたカッティング・エッジがなぜ東京にスタジオを設けたのか、その意図や経緯を教えていただけますか?

ジェシー・フランクリン(Jesse Franklin)氏(以下、フランクリン):東京スタジオ代表取締役の松尾順治は、かつて日本の広告代理店に勤務しており、当社とは15年くらい前から関わりがあったそうです。

ジェフ・ゴーント(Jeff Gaunt)氏(以下、ゴーント):当時の松尾はクライアントのひとりで、当社に対し、主にCM映像の制作を依頼していました。クルマのCMを扱うことが多かったので、松尾と私は当時から頻繁にやりとりしていました。その縁がきっかけとなり、12年ほど前に松尾は当社に移籍し、2016年に東京スタジオを設立することになったわけです。当時も今も、当社はグローバルマーケットに向けたCM制作を得意としているので、日本のクライアントから海外市場向けのCM映像を依頼されることもありますね。オーストラリアと日本は時差もそれほどないので、無理なくやりとりできるという点にメリットを感じてくださるクライアントもいます。2020年には東京オリンピックが開催されますし、日本からの依頼は今後も期待できると考えています。さらに中国、台湾、東南アジアなどのクライアントからの依頼も増えているので、東京スタジオをハブにして、アジアのマーケットをさらに開拓していきたいと思っています。

▲インタビューに応じるフランクリン氏(VFXスーパーバイザー)【左】とゴーント氏(VFXスーパーバイザー/VFXディレクター)【右】


C:先ほど、東京スタジオのスタッフは12人くらいで、現時点ではCG・VFXを中心に対応しているとおっしゃいましたね。具体的にどんな仕事を手がけているか、教えていただけますか?

フランクリン:オーストラリアのスタジオが受ける仕事は、「コンセプトだけが決まっており、どこで、どうやって撮影すればいいのかすらわからないので相談にのってほしい」という段階からスタートする場合が多いです。オーストラリアには、ゴーントをはじめ撮影とポスプロの両方に精通しているディレクターやスーパーバイザーが複数いるので、彼らの力に期待してくださるクライアントが数多くいます。東京スタジオの場合は、社外のディレクターや制作会社などとコラボレーションしながら、CMなどのVFXを制作する仕事が多いです。ゲームムービーの仕事もありますね。日本以外のクライアントから「日本マーケットに新商品を売り込みたいので、クリエイティブ・プランやマーケティングも含め、英語で相談にのってほしい」という依頼をいただくこともあります。

C:東京スタジオならではの強みを発揮できるプロジェクトを手がけているわけですね。最近手がけたプロジェクトの中から、代表的なものを紹介していただけますか?

フランクリン:例えばHonda Jetという本田技研工業の小型ビジネスジェット機のCMでは、当社がVFXを担当しました。私自身はVFXスーパーバイザーとして参加しています。本作は日本に加え、グローバルマーケットも視野に入れたCMだったので、当社の強みを生かせるプロジェクトだったと思います。最初のダウンタウンのシーンはロサンゼルスにあるパラマウント・ピクチャーズのスタジオで撮影しました。

▲CM『Honda / Jet』の完成映像


C:最初のシーンの街並は、パラマウントのセットですか?

フランクリン:手前はセットで、奥のビルはCGで追加しています。本作の監督がわれわれの作品を気に入ってくださり「一緒にやってほしい」とお声がけいただいたのです。本作では当社のVFXプロデューサーや私も企画段階から参加し、撮影にも同行したので、しっかりとポスプロを見据えた撮影ができました。

C:海外での撮影にVFXの主要スタッフが同行するのは珍しいのではないでしょうか?

フランクリン:そうだと思います。本作の監督は、撮影しながらその場で簡易的なオフライン編集をやり、完成形をイメージしながら指示を出すという制作手法をとる方です。そのため撮影現場にわれわれも居合わせた方が、より良い映像に仕上がるわけです。

C:本作の制作期間はどのくらいですか?

フランクリン:VFXだけなら、7人くらいのスタッフで、5週間ほどかけています。年末年始を挟んだので通常より少し長いプロジェクトになりました。このCM映像以外にも、キャンペーン用のポスターなども10点くらい制作しており、それも含めると半年近く関わっているプロジェクトです。

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撮影にも立ち合うから「できないことが、できる」

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撮影にも立ち合うから「できないことが、できる」

C:先のCM以外でも、企画や撮影段階から参加することを心がけているのでしょうか?

フランクリン:なるべくそうありたいと思っています。CGに理解のある監督であれば、企画段階からいろいろなリクエストをさせていただく場合が多いです。例えば、ソニー・インタラクティブエンタテインメントのPS4のCMでも企画から参加し、撮影にも立ち合わせていただきました。本作ではキャラクターの著作権の制限により当社が担当できなかった3カットを除く、全てのVFXを手がけています。VFXスーパーバイザーはMatt Smith氏で、私はVFXアーティストとして参加しています。

▲CM『Sony Interactive Entertainment / PS4』の完成映像


C:これは大変そうなプロジェクトですね。ほぼ全カットで細かくCGが使われているように見えます。

フランクリン:どのカットも大変でしたが、これも6〜7人のスタッフで、3〜4週間くらいで制作しました。PS4は「できないことが、できるって、最高だ。」というコンセプトを基に、現実にはあり得ないことを表現するCMシリーズを制作しています。本作はそのシリーズの第3弾で、監督は企画段階から「ミュージカル風のCMをつくりたい」と語っていました。ダンスや派手なアクションがあるのに加え、必要なエキストラやセットの数も多かったため「どうやれば撮影できるのか......」とプロダクションチームは頭を抱えていました。そこで「CGであれば表現できます」とわれわれから提案した結果、先に紹介したゴーントのC-HRのCM同様、当初予定にはなかった作業がかなり追加されました(笑)。

▲作中の多くのカットに登場するメインのセットは、当初ハウススタジオを使用する予定だった。しかし撮影のしやすさなどを考慮し、スタジオにセットが組まれた。多くのエキストラが登場し、VFXも数多く使うことが予定されていたため、撮影は長時間に及んだという。「絵コンテの段階で全カットのブレイクダウンをつくり、何をトラッキングするか、どこをCGで表現するかなど、綿密に計画した上で撮影に同席しました。トラッキングや合成がやりにくい状態で撮影が進んでいないか、レンズフレアが入っていないかなどを必ずチェックし、不安があれば調整をお願いしました」(フランクリン氏)


▲これらのカットは、グリーンーバックで撮影した役者と、CGのセットを合成している。【右】のカットでは、飛んでいるオモチャのロボットもCGで表現された


C:これを6〜7人で、3〜4週間ですか......。「できないことが、できるって、最高だ。」のコンセプトを地で行く、素晴らしいパフォーマンスだと思います。

フランクリン:撮影に立ち会えたから出せたパフォーマンスだと思います。本作の撮影では、ブルスベンスタジオのFlameアーティストにも同席してもらい、どこまでならFlameで表現できるか意見をもらいました。ポスプロでの作業内容を想像しながら、トラッキング用のマーカーの付け方、撮影のやり方など、細かくリクエストさせていただきましたね。全部を3Dで表現するのではなく、できるだけ実写を使ったり、2Dモーフィングで表現したりすることで効率化を図っています。

▲これらのカットでは、どちらも俳優の山田孝之の腕がそのまま使われており、前腕部の金属だけが3Dで表現されている。撮影時には前腕のどこに、どんなマーカを付けるか、フランクリン氏がこまかくリクエストしたという。【右】のカットの撮影時には、ポスプロでの合成を考慮し、山田孝之の前腕だけをグリーンバックで別撮りしている


▲【左】本カットの役者の腕は、Nukeでの合成とFlameでの編集時に2Dモーフィングで伸ばしている。これらの作業を考慮し、本カットの役者もグリーンバックで別撮りされている/【右】本カットでは、本当にセットの窓を壊すわけにはいかなかったため、窓の破壊はCGで表現している


▲本カットのカメラはあおり気味のアングルなのに加えドリーアウトしているため、背景のセットはMayaで制作された。「マットペイントで表現することも検討しましたが、凝ったカメラワークなので、マットペイントだと修正指示があった場合に対応しきれないと判断しました」(フランクリン氏)。なお、大量のキャンディーの動きはHoudiniで表現されている

できれば企画段階、少なくとも撮影の準備段階から参加したい

C:東京スタジオのスタッフは様々な国の出身者で構成されていますが、スタジオ運営をする上で、注意していることはありますか?

フランクリン:プロデューサーたちも私も、オーバータイム(超過勤務)には気を使っています。納期を守れるよう心がけていますが、一方で、遅くまで残業することは極力避けるようにしています。追加の作業が発生した場合には、それに必要な時間と予算をもらえるよう交渉します。「ここまではお約束できますが、これを追加するなら、このくらいの時間がかかります。追加の予算も必要です」ということを、ちゃんとクライアントに伝えます。作業時間を見積もる際には、実際に作業を行うアーティストに確認することも大切です。

C:一連のお話を伺っていると、必要な時間と予算を確保するためにも、企画や撮影段階から参加することが大切のように感じますね。

フランクリン:その通りです。撮影が終わってから相談を受けても、できることは限られますし、無駄も多くなります。われわれは、できれば企画段階、少なくとも撮影の準備段階から参加できるよう心がけています。作品のコンセプトをちゃんと理解し、ディレクターや撮影クルーと親密なコミュニケーションをとることで、作品のまとまりは何倍も良くなります。早い段階から、なるべく情報を共有していただくようお願いしていますし、それに見合う信頼できるスタジオになることを目指しています。

C:お話いただき、ありがとうございました。今後発表される新作にも期待しています。