25年の歴史をもつカッティング・エッジ(Cutting Edge)は、オーストラリアのブリスベン、シドニー、ゴールドコーストに拠点を置き、2016年4月には4番目のスタジオを東京に設立した。現在は4スタジオが連携し、撮影からポストプロダクション(以下、ポスプロ)までの全工程に対応するワン・ストップ・サービスを提供している。本記事では、本社でもあるブリスベンスタジオのジェフ・ゴーント(Jeff Gaunt)氏(VFXスーパーバイザー/VFXディレクター)の来日に合わせて実施した、同氏と東京スタジオのジェシー・フランクリン(Jesse Franklin)氏(VFXスーパーバイザー)へのインタビューを前後編に分けてお伝えする。以降の前編では、カッティング・エッジの全容と、ゴーント氏が担当したCM『Toyota / C-HR Selfie』制作の舞台裏を紹介しよう。
TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
▲Cutting Edge Hype Reel
フルタイムの社員は4スタジオ合わせて約200人
CGWORLD(以下、C):最初に「カッティング・エッジ」という社名に込めた思いを教えていただけますか?
ジェフ・ゴーント(Jeff Gaunt)氏(以下、ゴーント):「カッティング(Cutting)」という言葉には「フィルムを切り取り、編集する」という意味があります。そして「カッティング・エッジ(Cutting Edge)」には「最先端、革新的」という意味があるのです。設立時の当社は編集のみを行っていたため「将来に向け、常に革新的な編集方法を考え、提案する会社」という意味を込め、「カッティング・エッジ」という社名にしました。その後、撮影・VFX・サウンドなどにも仕事の幅を広げ、今は映像制作の全工程に対応できる体制を整えています。制作する映像のジャンルも幅広く、TV番組、CM、ドラマ、映画に加え、遊園地などのライド・アトラクションも手がけています。
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ジェフ・ゴーント(Jeff Gaunt)
(VFXスーパーバイザー/VFXディレクター)
1996年にカッティング・エッジへ入社。その後20年以上にわたりCMや映画などのVFXを手がける。ユニークなルックやハイクオリティな仕上がりが評価され、近年はディレクターとしての活動が増加。日本をはじめ、アジア各国から依頼されるプロジェクトに精力的に取り組んでいる。
C:ポスプロだけでなく、実写の撮影までカバーしているわけですね。
ゴーント:そうです。オーストラリアのチームは撮影のコーディネートから担当できます。さらに製品やサービスのマーケティング・キャンペーン・Webサイト制作などを担当するチームもいるので、文字通り最初から最後までのワン・ストップ・サービスが可能です。私自身、入社当初はFlameのアーティストでしたが、その後VFXも担当するようになり、今はVFXのスーパーバイザーとディレクターを兼任しています。さらに自分でドローン撮影の会社も経営しており、ドローンのオペレーションもできます。当社も私も、段階的にできることを増やし、より柔軟に質の高いサービスを提供できる会社へと成長してきたわけです。
C:ゴーントさんおひとりで、ディレクションから撮影、VFX、編集までカバーしているのはすごいですね。スタジオはブリスベン、シドニー、ゴールドコースト、東京の4ヶ所にあるとのことですが、各スタジオの仕事内容にちがいはありますか?
ジェシー・フランクリン(Jesse Franklin)氏(以下、フランクリン):大きなちがいはありません。オーストラリアの3スタジオと同じく東京スタジオでもCG・VFXを中心に、企画、撮影、編集サービスを提供しています。プロジェクトによっては、オーストラリアと東京スタジオのアーティストがコラボレーションする場合もあります。今回もその一貫でゴーントに来日してもらいました。
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ジェシー・フランクリン(Jesse Franklin)
(VFXスーパーバイザー)
アメリカ カリフォルニア州のOtis College of Art and DesignでCGを学び、アメリカでTV番組、CM、PVなどの制作に携わる。8年ほど前に来日し、ポリゴン・ピクチュアズにてTVアニメ『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』シーズン5、『トランスフォーマー プライム』シーズン1の制作に参加。その後はいくつかのスタジオでCMやVRコンテンツの制作を手がけ、2017年の夏頃からカッティング・エッジのプロジェクトに参加。CG映像制作のキャリアは16年におよび、アニメーション、モデリング、モーショングラフィックス、ライティング、レンダリングなど、幅広い工程に対応できる。最近は撮影やVFXのスーパーバイザー、アートディレクション、マネジメントにまで活動の幅を広げている。
C:スタッフ数はどのくらいですか?
フランクリン:フルタイムの社員は4スタジオ合わせて約200人です。東京スタジオは12人くらいで、日本人は3人、私はアメリカ人で、ほかにも台湾人、フランス人、スペイン人などがいます。社内の共通言語は英語ですが、東京スタジオのクライアントは日本の会社が多いこともあって、日本語を話せるスタッフが多いです。
▲カッティング・エッジ 東京スタジオのスタッフと、ブリスベンスタジオ(本社)のゴーント氏。ゴーント氏やフランクリン氏と同様、東京スタジオのアーティストもゼネラリストが多い。中には漫画家と英語教師を経て、Houdiniアーティストに転身したユニークなキャリアのスタッフもいる。今現在もVFXスーパーバイザーやアーティストを募集中とのこと。「クライアントとの打ち合わせや撮影に同席し、その場でフィードバックを受けたり意見を言うこともあるので、プロダクションからポストプロダクションまで幅広く理解している方、あるいは何にでも興味をもつ方がフィットしやすいと思います」(フランクリン氏)
オフライン編集に入った後、クルマの色と背景の変更が発生
C:ゴーントさんが最近担当なさったプロジェクトにはどのようなものがありますか?
ゴーント:私個人は、昔も今もクルマ関係の映像を依頼されることが多いです。最近ですと『Toyota / C-HR Selfie』というクルマのCMはやりがいのあるプロジェクトでした。
▲CM『Toyota / C-HR Selfie』の完成映像
フランクリン:当社自体はクルマに限らず、いろいろな案件を手がけています。ただ、ゴーントはクルマのVFXディレクターとして世界的に有名なので、必然的にクルマの仕事が多くなっています。
ゴーント:本作は日本からの依頼でしたが、クライアントは中国のトヨタでした。C-HRというクルマの30秒のCMで、撮影は中国の天津、ポスプロはブリスベンスタジオで行いました。私はドローンのオペレーター兼、VFXスーパーバイザーとして参加しました。
フランクリン:東京スタジオに所属するプロデューサーが企画段階からお手伝いしています。
C:完成したCMを見る限りでは、撮影地が天津だとわからないですね。
ゴーント:そうなんです。途中でいろいろあって、背景の大半はCGに置き換わりました。さらにクルマの色も赤から白に変えています。
▲【左】撮影時のカット/【右】ポスプロ後の完成カット。背景のビルや群衆はCGに置き換えられ、クルマの色も変更された。本作では3D制作にMaya、レンダラにV-Ray、コンポジットにNuke、オフライン編集にFlameを使用している
C:おお、すごい。クルマと路面の形状以外は、見事に置き換わっていますね。撮影時のクルマにいっさいマーカーがないですし、トラッキングが大変だったのではないですか?
ゴーント:たいへんでした(笑)。最初に東京スタジオのプロデューサーがコンセプト映像をつくり、それを基にクライアントや監督の意向を聞き、撮影を行なったのですが、オフライン編集に入った後で「クルマの色を赤から白に変えてほしい。ロケーションも天津ではなくニューヨーク風に変えてほしい」という要望をクライアントからいただきました。
C:おお(汗)、かなりすごい要望ですね。
▲【左】撮影時のカット/【右】ポスプロ後の完成カット。このカットでは橋の色も変更されている。さらに完成カットでは、クルマを追走するドローンが加えられている
ゴーント:当初は天津にある橋や風力発電機を映していたのですが、これらはほかのCMで既に使われていたらしく「ちがう印象の、ニューヨークにあるような橋にしてください」というリクエストをいただきました。残された時間をなるべく有効に使うため、その場で写真素材を検索し、Photoshopで写真をコラージュして新しいスタイルフレームをつくり、クライアントが求めている画の詳細を聞き出しました。
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後出しの要望に対応する場合、
追加料金は請求するのでしょうか?
後出しの要望に対応する場合、追加料金は請求するのでしょうか?
C:要望をその場でスタイルフレームにして、お互いの頭の中にあるイメージをすり合わせたわけですね。
ゴーント:そうです。ブリスベンスタジオのポスプロチームにつくり直しを依頼する前に、ゴールを明確にしておく必要がありました。クライアントの承認を得たスタイルフレームは、そのままブリスベンスタジオでのミーティングにも使い、スタッフの意思統一を図りました。結局ブリスベンだけでは手が足りず、東京スタジオのスタッフにも一部のカットを手伝ってもらいましたね。クルマは単純に色を変えるだけではうまくいかず、ほとんど3Dに置き換えました。そのため最初の市街地のシーンは大半が3Dになっており、実写を使ったのはクルマのヘッドライトと路面くらいです。それでも2週間で必要なアセットを制作し、残りの2週間で全カットのつくり直しを完了できました。
▲【左】撮影時のカット/【右】ポスプロ後の完成カット。このカットはドローンで撮影されており、ゴーント氏がドローンのオペレーションを担当している
▲【左】撮影時のカット/【右】ポスプロ後の完成カット
C:ものすごい対応力ですね。
ゴーント:めったにないタフなプロジェクトでしたが、おかげで当社の優れたパフォーマンスを披露するいい機会になったとも思います。
C:下世話な話で恐縮ですが、そういう後出しの要望に対応する場合、追加料金は請求するのでしょうか?
ゴーント:はい。そこは請求させていただきます。
フランクリン:修正の内容にもよりますが、今回の場合は無料で対応できる範囲をはるかに超えていました。
8分のために、1年かけて中国の約30ヶ所をヘリとドローンで撮影
C:今回のようなオフライン編集に入ってからの変更というのは、よくあるのでしょうか?
ゴーント:ここまで大きな変更は珍しいんですが、最近はどのクライアントも「ポスプロ段階で変更できる」とわかっているので、変更を相談されるケースが増えていますね。
C:コンセプト映像や初期のスタイルフレームの段階で相談できれば、費用も時間も膨らまず、クライアントにとってもメリットがあると思いますが、ほぼほぼ完成してから変更を相談されるというケースはそれなりにあるわけですね。
ゴーント:初期段階から最終形をイメージするのは、クライアントにとっては難しいのだと思います。なるべくイメージしやすいコンセプト映像やスタイルフレームをつくり、ていねいに説明する努力が必要だと感じています。もうひとつ、ここ最近力を入れていた公開間近のプロジェクトについても簡単にお話します。Brogent Technologiesという台湾の会社の依頼を受け、i-RIDEというライド・アトラクション用の映像を制作しました。
▲i-Rideの紹介映像
フランクリン:ライドの前に巨大な180度スクリーンがあり、乗客は世界各国の名所や異世界を飛んで旅するような感覚を味わえます。とても面白いライドですよ。
ゴーント:このプロジェクトでは、中国の約30ヶ所の景勝地をヘリとドローンで撮影して回りました。映像の尺は8分程度ですが、制作には約1年を要しています。本作は来年の1月頃から、中国とオーストラリアで公開される予定です。ドローンで180度映像を撮影するにはいろいろな工夫が必要なので、リサーチや技術検証にかなりの時間を使いました。撮影のしくみを自分で考えるところから始めたので、とてもやりがいのあるプロジェクトでした。
C:8分のために、1年かけて30ヶ所で撮影するとは、気の長いプロジェクトですね。
ゴーント:「中国用の映像だと、それだけの地域を網羅しなければいけない」というのがクライアントからの要望でした。VFXやカラーコレクションなどのポスプロも当社で担当しており、魚眼レンズで撮影した映像を扱うための専用ツールをつくったりもしたので、ポスプロチームにとっても大きなチャレンジとなりました。
C:どちらのプロジェクトも「カッティング・エッジ」=「最先端、革新的」の社名を体現する、チャレンジ満載の内容ですね。続いて、そんなカッティング・エッジがなぜ東京にスタジオを設けたのか、その意図や経緯を教えていただけますか?
前編は以上です。後編の公開は、2018年10月10日(水)を予定しております。