「CGWORLD Online Tutorials」にて「イラスト制作の着想から構想までの思考法と具体的なアプローチ方法」をリリースしたイラストレーター・みっちぇ。氏の描く風景画は、独特な色彩、謎めいた遺跡、そしてそこを旅する女性と、ひと目見たら誰もに忘れがたいインパクトを与えるほど独創的だ。しかもその作品数は尋常ならざるスピードで今も増えていっている。このイラストレーション制作の発想と速度について尋ねてみたところ、意外にもその風景画は「消去法」の結果だったという。氏が一体どのようにしてこの技を身に着けていったのか、じっくりと伺った。
INTERVIEW_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
イラスト制作の着想から構想までの思考法と具体的なアプローチ方法
(CGWORLD Online Tutorials)の
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<1>「20時間で描いたキャラクターより、1時間で描いた背景の絵がほしい」と言われたショック
――みっちぇさんのポートフォリオを拝見すると、描きはじめの頃はキャラクターイラストや様々な絵柄を模索し、徐々に画風を確立させていったように見えます。そこまでにはどのようなプロセスがあったのでしょうか?
みっちぇ氏(以下、みっちぇ):ポートフォリオのページの下の方にあるように、最初はキャラクターイラストを描こうと思ったんです。そこで国内でイラストレーターの仕事を探していたのですが、なかなか難しくて。そこでエージェント会社を通じて海外に営業をかけ、2桁くらいの数の欧米のアニメーションスタジオやゲーム会社、映像制作会社にポートフォリオを送りました。すると、それまでなかったようなとても大きな反響をいただけたんです。さらに彼らは僕の絵の良いところとそうでないところを包み隠さず評価してくれました。
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みっちぇ(亡霊工房)
2007年から独学で絵を描き始める。2010年よりフリーランスで絵の仕事を始め、欧米でのコンペディションや有償案件を経て2KGamesやNickelodeonより会社推薦状を獲得。2013年より風景画に専念、2017年に東京都にて個展開催。2018年より合同会社亡霊工房に所属
miche-illustrator.jimdo.com/
twitter.com/mittye97
ただ、彼らが評価してくれたのは背景画・風景画と色彩の部分でした。僕としてはキャラクターを主に売り込んでいたのですが、そのイラストで20時間かけて描いたキャラクターよりも、1時間くらいで描いた背景の絵だけ欲しいと言われてしまうことが多くて。
――それはアーティストとして複雑ですね。
みっちぇ:ええ、僕にとってはとてつもない挫折でした。熱が40℃くらい出ましたし、自分としては相当なショックだったんだと思います。ただ、そこからお仕事をいただけたこともあって、思い切って2013年の年末頃から考え方を変え、風景画メインの作品づくりにシフトしていきました。洋書を買ったり、メイキング動画を見たりして噛み砕き、自分の中でどれが上手く活かせて、自分が描きたいものに繋がっていくかを取捨選択し、現在のような作風に落ち着いたのかなと思います。
――キャラクターを第1のセールスにしようとされていた当時、海外の方から評価された色づかいや光の加減といったものが武器になるという自覚はありましたか?
みっちぇ:まったくありませんでした。自分の中では当たり前にやっていたことだったので、他人に評価されてから気づきました。キャラクターを描いていたときも、憧れていたものはキャラクターとは別のところにあって、例えば映画『耳をすませば』(1995)で作中挿話『バロンのくれた物語』の背景美術を制作された井上直久さんだったりしたんです。他にも映画が大好きだったりしたので、そういったものが気づかないうちに出ていたのかもしれないですね。
――みっちぇさんが本格的に絵を描くようになったのは学生時代からだそうですが、それ以前の絵に対する距離感はいかがでしたか?
みっちぇ:小学生のときに入選をいただいたことはありましたが、授業以外で描くことはほとんどなかったと思います。描き始めたのは高校のときでした。卓球部に入っていたのですが、病気をしてしまって運動ができない時期があったんです。そのときにマンガを読んで落描きをしはじめて、大学でもずっとキャラクターを描いていたのですが、大学2年生の夏にパソコンを手に入れてからは1日8時間から10時間くらい、取り憑かれたように描くようになりました。
――何がきっかけだったんですか?
みっちぇ:当時、大阪の兄弟のところに遊びに行ったときに言われた「今やれることやっといた方が良いぞ」という言葉に感化されまして(笑)。ちょうどpixivが流行りはじめた頃でした。それまではアナログで気の知れた友人に見せるだけだったのですが、デジタルで大勢の人に絵を発表する場ができたことへの興味もあって一念発起してパソコンを買ったんです。最初はデジタルで線を引くだけでも面白くて、デジタルでの成長が日に日に感じられるくらい、時間さえあれば朝から晩までずっと描いていましたね。
――ソフトやハードはどんなものをお使いでしたか?
みっちぇ:工業大学だったので、友人に自作でミドルクラスレベルのマシンを組んでもらいました。当時はGIMPやSAIを使っていました。現在はPhotoshopを使用しています。
――毎日続けられたモチベーションの源はどこにあったと思いますか?
みっちぇ:好きだということだけですね。今も調子が良くない日はたまにありますが、それでも机に着けば意識しなくても手が動き出すんです。好きな本を読む、ゲームをする、というのと変わらない感じです。
――色や光だけでなく、作中に登場する建造物も独特なデザインです。これはどのようにして生み出されるのでしょうか?
みっちぇ:CGを使う前は紙粘土や模型で形をつくり、それを適当に潰してインスピレーションで制作していました。現在はCGでモデリングをして、同じようにつくっています。CGもつくり込む必要はなく、丸や三角、四角などフリーハンドで描いて決めます。クライアントが僕に求めているのは、格好良い自動車のようなCGデザインの能力ではなく、「これは何だろう」という不思議さだと思っています。それをつくるにはねらって描くよりも偶発性に頼ってパーツをつくっていく方が良いんです。
そういったジャンクパーツができてからが自分としては勝負だと思っていて、そこからカメラ位置や配色はしっかり決め込み「見せる絵」としてつくっていきます。CGを使う前はカメラやライティングにも物理的な限界がありましたが、CGであれば家の中にカメラを入れるようなこともできます。ただ実際にCGにしたとき、頭の中で描いたものとのちがいも出ますので、その両方を上手くコントロールして好きな形を出すようにしています。
――最近のイラストを見ると、赤い服を着た女性が描かれている絵がいくつもあります。これは統一した世界設定のものでしょうか?
みっちぇ:この女性がなぜ旅をしているのか、どこへ向かっているのかということは自分の中でストーリーができています。ただ、それは人には言わないようにしています。皆さんが想像してくれる方が面白いので。
――では、その世界設定はどのような発想から生まれたのでしょうか?
みっちぇ:自分の作風が固まる前は、本当に自分が描きたいものだけを描いていたんですね。例えば、ひとけのない荒野や荒涼とした大地、巨大な建物といった神秘的なもの。ただ、あるとき、この世界の中を目的をもって旅をさせたいと考えるようになったんです。そこでこの世界の境遇に耐えられる人物として、この赤い服を着た女性が生まれました。本当に自分が描きたいものが先にあって、その世界観の中にキャラクターを入れ込んでいき、そのなかでいろいろ巡ってもらうというかたちでこのシリーズができていったんです。
他にも自転車に乗っているまったく別の人物がいる絵もありますが、これはまた別のシリーズです。普段の生活の中でひとりぼっちだと感じたときや、寂しいと思ったりするときに赤い服の女性の世界にわずかな時間だけ迷い込むというシリーズです。でも決してその女性に会うことはないという設定があります。
――シリーズ描いていく中で生まれてきた発想なんですね。
みっちぇ:そうですね。赤い服の女性に頼りきりだと自分の中でルールやパターンができてしまうような気がして、敢えてイレギュラーなことがあっても良いという感覚で描きました。
――今はこうした絵がみっちぇさんの代名詞のようになっていますが、新しいモチーフに挑戦してみる考えはありますか?
みっちぇ:現状ですとカメラを引いた感じで広くて開けた空間の絵が多いのですが、もう少し寄った絵や、屋内の絵があっても良いかなとは思います。あとは見る人ともう少し駆け引きがしてみたいですね。先ほどの赤い服のように想像力を喚起させる絵や、「これは●●なのかな?」と見た人にと考えさせるようなものを。たまに実験的にやってみたくなるのですが、まだ自分として納得できるかたちにはなっていないんですよね。光と影を思いっきりキツくした画づくりもしてみたいです。ときどき挟んでみるのですが、コントラストが浅めの絵が多い気がしているので、そこも試行錯誤の途中です。
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<2>自分の世界観を構築するためには、迷わず、数をこなし、それを継続すること
<2>自分の世界観を構築するためには、迷わず、数をこなし、それを継続すること
――絵によってもちろん様々かとは思いますが、構想からフィニッシュまではどのくらいのスピードでしょうか?
みっちぇ:長くかかるものだと1週間くらい。中には1ヶ月以上かけたものもありますが、皆さんに公開しているものですと、半日から1日くらいで描いたものがほとんどですね。
――それはすごく速いと思うのですが、それが可能なのはなぜでしょうか?
みっちぇ:迷わないからだと思います。以前、キャラクターと合わせて描いていたときをふり返ると、キャラクターはすごく迷っていたんです。線画から塗りまで2~3週間かけ、上手く描けたと思ってもやっぱりダメだと思って直すことのくり返しでした。ただ、そこから背景を描く段階に入ると色も構図も迷うことなく、半日くらいで描いていました。背景ではダメだと思ったらあっさり切り捨てることができたし、描き直しも躊躇なくできました。そのときの名残なのかもしれないですね。今も風景を描くときはOKかNGかの選択はハッキリしています。
――迷わずにいけるというのは、描き出す前に頭の中で構築しているものがあるからでしょうか?
みっちぇ:好き嫌いはハッキリしていると思います。この構図はピンとこないなと感じたらすぐに変えます。それはキャラクターを描いていたときよりも速いですね。
――自分の直感で好き嫌いを判断すると、パターン化することもあるかと思いますが、そうした中でこの多様性はどのように出していきましたか?
みっちぇ:数を描くことですね。仕事の場合は3~5案くらい描くことになります。その際は手の速さを活かして、1から描く気持ちで3回5回とくり返します。登山でたとえると、Aコースに入ってから分岐させるのではなく、入口から異なるルートを3~5本つくるような感覚ですね。ルートごとに自分を上手く切り替え、別の好きなものを見つけて描いていく。
――先ほど、商業的な意味での転換期は伺いましたが、アーティストとしての個性が固まった感覚を得たのはどんなタイミングでしたか?
みっちぇ:毎日描いていて、ペースも他の方と比べて速い方だとは思いますが、「ここだ」というタイミングは自分ではわかりません。たとえるならば、家族に小さい子どもがいて、自分としては日々の成長を見ているけれども、久々に親戚のおじさんが来ると「大きくなったねぇ」と言われるような感覚というか(笑)。自分としては、くり返し描きたいものや使いたい色で描いているだけなのに、ある日、SNSで急に評価されたりするんです。で、以前の絵を見てもらっても、同じように「いいね」と言ってもらえるので、何がきっかけかはわかりません(笑)。
――過去の絵でいいますと、コミティア125で自薦画集「循環」を発売されましたが、自薦として収録の基準は何でしたか?
みっちぇ:自分が好きな絵を選びました。他人からの評価ではなく、純粋に自分が好きで人に見てほしい絵です。
自薦画集「循環」の表紙を飾った作品「循環の行方」
――その中にはまだ経験の浅い頃の絵も含まれていますか。
みっちぇ:もちろんです。一番古いのは2014年の作品で、そこには先ほどのキャラクターから風景画にシフトした最初の1枚も入っています。
――現在と比べて技術が追いついていないかもしれないけれども見せたかった絵。
みっちぇ:はい。自分としては良い絵だと思っているので(笑)。今も毎回、自信をもって公開しています。そこで見た方の評価はそれぞれだとは思いますが、そのときの世間と自分のズレも含めて楽しんでいます。画集を出したときは自分で想像していたよりも良い反響をいただきました。イベントに出てものを売るのが初めてだったので不安はあったのですが、多くの方に来ていただいて通販でも注文いただき、さらに感想までいただけてとても嬉しい経験ができました。
――現在、お仕事として依頼される絵にはどんなものがありますか?
みっちぇ:MVのコンセプトアートや、CDのカバーアートを請けています。また、数は少ないですが、絵コンテのお仕事やアニメの背景の絵を描かせていただくこともあります。決め打ちで「こういう絵を」というよりも、「こういうイメージで良いかたちにしてください」と言われることが多いですね。絵コンテだけできているとか、テキストからビジュアルを膨らませてとか。自分としてもその方が楽しいですし、それを得意としています。
――仕事として請けてみたいことは何かありますか?
みっちぇ:現在はいただいている仕事が多いのですが、自分から発信することをしてみたいと思います。簡単なことではありませんが、最近はこの個性を認めていただけているので、そこから仕事に繋げていけたらと思っています。
――そして「CGWORLD Online Tutorials」では、みっちぇさんのイラストレーション講座がスタートします。どのような内容になりますか?
みっちぇ:チュートリアルでは白紙の前の段階、頭の中の整理や準備運動からスタートし、ラフを描くときに考えることから完成までのフローチャートをつくっていきます。どの段階でどの素材をピックアップし、各フェーズでどうつくり、ひとつの絵としてどう構築していくかという内容です。見ていて楽しいチュートリアルになるよう解説しました。
――自分のやり方を人に説明するという経験はいかがでしたか?
みっちぇ:普段いかに何も考えずに描いているかがわかりました(笑)。説明するにも言葉がなかなか出てこなくて。いつもならそこを飛ばして手が動き出すので(笑)。他にもチュートリアルやハウツー動画をつくられている方はすごいなと思いました。
――改めて説明することでご自分の思考プロセスを見つめ直すきっかけにもなったのでは?
みっちぇ:そうですね。自分が絵を描く際にどこに頭を使っているのかは普段意識しないのですが、自分がどこでどう考えて悩んでいるのか、文章や言葉にすると改めて気づかされましたね。光と影に実はけっこうこだわっていたんだとか、自分自身も勉強になりました。
――ではチュートリアルを観たいと考えている方へメッセージをいただけますか?
みっちぇ:これをお読みになっていて、これからイラストレーターを目指している方へはまず、作品をつくる時間をたっぷり取ってほしいと伝えたいです。やはり数や量をこなさないと前には進まないので、時間をかけてその中で目一杯、がむしゃらにつくってほしいと思います。自分は1日、8時間10時間かけることができたので、それを今まで継続することができました。全員が全員、その時間が取れるとは限りませんが、1日1時間でも30分でも生活の中で自然に作品をつくることを継続してほしいなと思います。そのとき、このチュートリアルでのノウハウや作品づくりの姿勢が何かヒントになってくれれば幸いです。
イラスト制作の着想から構想までの思考法と具体的なアプローチ方法
(CGWORLD Online Tutorials)の
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