>   >  沖縄発:ベテランCGアニメーター知念 賢が教える技術向上のために大事な「観察力」と「聞く力」、そして「向上心」
沖縄発:ベテランCGアニメーター知念 賢が教える技術向上のために大事な「観察力」と「聞く力」、そして「向上心」

沖縄発:ベテランCGアニメーター知念 賢が教える技術向上のために大事な「観察力」と「聞く力」、そして「向上心」

沖縄を拠点に活動するCGアニメーター・知念 賢氏がCGWORLD+ONE Knowledgeにて、オンラインチュートリアル「ゲーム制作にフォーカスしたキャラクターコンボアニメーション」を開講した。アニメーション作品だけでなく実写系の作品からゲームアニメーターとしても長いキャリアをもつ知念氏は日々の研究に余念がなく、常に様々な題材を観察し、「聞く力」をもって学び、そして発信し続けることで自らをアップデートし続けてきた。彼はそのなかで出会った様々な人の縁に恵まれ、中には20年に渡るパートナー的人物に巡り合う。教わり、教える立場の経験が豊かな彼のチュートリアルは視聴者に新たな発見を提供してくれるだろう。

TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)

ゲーム制作にフォーカスした
キャラクターコンボアニメーション
(CGWORLD Online Tutorials)
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高校時代の教育実習生が人生を導く存在に

CGWORLD(以下、CGW):知念さんはCGを始められてどのくらいになりますか?

知念 賢氏(以下、知念):そろそろ18年になります。興味をもったきっかけは映画『トイ・ストーリー』(1996)でした。とにかく衝撃的でしたね。元々、フィギュア好きということもあって、様々なキャラクターがワチャワチャ出てくるのが面白かったのと、映像表現としての目新しさに惹かれました。当時、あれがCGなのかすらわかっていませんでしたが(笑)。後に雑誌の特集を見てCGだと知ったのですが、そこからいざCGというものに触れようと思っても、まだネットが普及する以前のことでしたので、どうすれば良いかわからなくて。


  • 知念 賢/Satoru Chinen
    株式会社DOKUTOKU460

    高校卒業後、東京へ渡り、笹原組にてアニメーションのキャリアをスタートする。その後主にゲーム会社に入りキャリアを積み、フリーランスとしての活動を経て、城間代表が現在の株式会社DOKUTOKU460を起ち上げたのを機に、その片腕として入社。キャラクターコンテンツを中心に世界へオリジナルキャラクターを発信。また、3Dアニメーションに特化した情報サイト「AnimationResources.jp」を個人で運営中
    dokutoku460.com
    animationresources.jp

知念:それで、とりあえず専門学校に入れば何とかなると思って、高校卒業後に福岡の専門学校に入ったのですが、そこではデザインの勉強ばかりでCGになかなか触れることができず、3ヶ月で辞めて沖縄に戻ってしまいました。その際に相談相手になってくれたのが、僕が高校のときに教育実習生として来ていた先生だったんです。

CGW:面倒見の良い先生なんですね。

知念:はい。城間英樹さんという方なのですが、彼は当時、東京のゲーム会社で仕事をしていて、CGをやりたいなら東京に来た方が良いよとアドバイスをしてくれて、僕もそれを受けて一念発起し、上京しました。それが19歳の頃でした。

CGW:業界に入るきっかけはどうやって掴んだんですか?

知念:東京でアルバイトをしながら生計を立てつつ城間先生から絵の描き方を習い、デッサンを貯めていました。あるとき、城間先生の知り合いに元笹原組(現:アニマ)の方がいて、笹原組を紹介していただき「見習いでも良いので入れてください」とお願いしたところ、当時の社長だった笹原和也さんがデッサンを見て「そこまでやる気があるなら」と入社を認めてくれたのがきっかけです。

CGW:笹原組に入って教わったことは?

知念:最初に、「アニメーションとモデリング、どっちをやりたい?」と聞かれたので、「両方やりたいです」と答えました。それで最初の1ヶ月はモデリングをやって、その後でアニメーションを教えていただいて3ヶ月経ったところで、再度どちらにするか聞かれ、僕はそこでアニメーションを選びました。

CGW:その際にアニメーションを選んだ決め手は何でしたか?

知念:直感的なのですが、アニメーションの方が自分には合っていると思ったからです。頭のなかにある動きが画面上に表れて、実際に動くということがとにかく面白くて。形を作るモデラーよりも動きを作るアニメーターの道を選んだのは、その衝撃があったからこそでした。その後、TVアニメ『ミッドナイトホラースクール』(2003〜2004)や『おはスタ』内でOAされていた短篇アニメ『ミニモニ。じゃ てーびぃー』(2003)のアニメーション、ゲームのムービーでは『ドラッグオンドラグーン』(スクウェア・エニックス/2003)や『どろろ』(セガ/2004)などに参加しました。

CGW:その後はどのようにキャリアを重ねていかれましたか?

知念:先ほどの城間先生が転職をして、コナミ(現・コナミデジタルエンタテインメント)で『メタルギアソリッド3 スネークイーター』(2004)の開発に関わっていた縁があり、小島プロダクションに誘っていただきました。そこで初めてゲームアニメーターとしての仕事を担当しました。これはプリレンダーのムービーとはまったく異なる技術を要するものでした。

ムービーではアニメーションの演技自体に重きを置きますが、ゲームになるとフレーム数も限られているので、そのなかで凝縮したモーションづくりが求められます。そこでは、単独では違和感がある動作でもゲームの中での動きとして格好良いポーズになったりと上手くブレンドされるのが特徴でした。

このときの開発チームはプログラマーも非常に優秀な方が多く、明らかにPS2の処理能力を超えている描画をなぜか出せるんです(笑)。ツールもXSIの最新バージョンを使わせてもらったり、要望をフィードバックしたりと非常に恵まれた環境で刺激を受けました。その後、語学に興味があってオーストラリアに1年間留学して沖縄に戻ったところ、また城間先生がいて(笑)。

CGW:すごいご縁ですね(笑)。

知念:まるで自分がずっと後を追いかけているみたいですが(笑)。1年前に沖縄に戻っていたんです。そのとき彼は当時あったゲーム開発会社トーセの沖縄支社で外部ディレクターをしていて、自分はまたその縁もあって中途採用していただき、新人を教える立場になったり、大手メーカーから発売されるいくつかのゲームのアニメーションに携わらせてもらったりしていました。

そのあとフリーランスになり、主にインゲームモーションの仕事を東京の友人や会社からいただきつつ、城間さんがモデラーで、僕がアニメーションとAfter Effectsが使えたので一緒に地元のCMを制作したりしていました。そういう関係も長くなった頃、途中参加の同志が2人増えたこともあって事務所を構えることになりました。それが今の「DOKUTOKU460」という事務所です。

CGW:ついに皆さんで事務所を!

知念:城間さんが代表で僕が現場担当です。それからは弟子を育てたり、インターンの受け入れをしたりしながらチームとして精進し、数年後に城間さんが組織を法人化したので、そのままスライドして現場のトップ(KATAUDE)となり現在も一緒に会社を動かしています。

城間氏が描いたDOKUTOKU460のスタッフイラスト(左)、DOKUTOKU460の会社ロゴ(右)

知念: 現在はプロバスケットB.LEAGUE・琉球ゴールデンキングスの「ゴーディー」や、サッカーJ2・FC琉球の「ジンベーニョ」といったマスコットキャラクターなどを制作し、沖縄に根ざした企業を盛り上げるコンテンツの制作を行なっています。

あとはオリジナルのコンテンツとして『BUDOG』、『REDBOOTS』、『banapara♪』、『bittermelon』の4シリーズを制作し、アジア企業数社とライセンス契約してそれぞれアジアから発信をし始めています(準備中含む)。中でも、オリジナルアニメ『banapara♪』は、2013年にアヌシー国際アニメーション映画祭とオタワ国際アニメーション映画祭で入賞し、沖縄初の快挙となりました。しかし、いろいろとあって、未だ世に出せておりません。現在ライセンサーを募集しているところです。


  • 『banapara♪』

『banapara♪』のコンセプトアート

CGW:ここから、知念さんのアーティストとしての部分を伺っていきたいと思います。まずは、クリエイターとして常に意識されていることを教えて下さい。

知念:僕がCGを始めた頃は専門書を含め情報が限られたものしかなくて、自分で作り続ける中で研究したり先輩からアドバイスをもらったりしたことが技術の向上に繋がりました。そのアドバイスを引き出すには、自分から作品を見せていく必要がありました。社外でも「CGWORLD」の「海外で働く日本人アーティスト」という連載に載っていた方の連絡先にメールをして自分の作品を送って意見をいただいたり、どうやって仕事をしているのかを聞いたりもしていました。

CGW:リアクションはいかがでしたか?

知念:ためになるお返事をいただけました。今もそうですが、きちんとコンタクトを取ってくる人に対してはしっかり対応してくれる方が多いと感じます。それを通じて自分でどうやれば良いかを開拓していきました。現在の自分の状況も、沖縄という環境は周りにCGアニメーターがあまり多くいませんので、自分から発信しない限りは埋もれていってしまいます。待つのではなく、常に自分から動いて発信していくことが大事だと思います。

CGWご自身のブログにも、教わることの大切さや心構えについて書かれていましたね。

知念:昔は誰にでも気軽にコンタクトを取れる時代ではなかったので、コミュニケーションが非常に大事でした。特に文章での会話となると感情の齟齬が生まれやすいので、そこはしっかり言葉を選ぶよう意識していました。今ですとTwitterやFacebookなどでスーパーバイザークラスに気軽に話しかける人もいるようですが、僕はとても恐れ多かったです(笑)。田島光二さんのような方から気軽にお返事をもらえるような今の若い子が羨ましい(笑)。とはいいつつも、ふり返ってみると僕も、今となっては畏れ多すぎる方に自分の作品を送りつけていたなと思いますが(笑)。あと、重要なことと言えば、「どうやってモチベーションを保つか」ということは常に意識をしています。

CGW:何か良い方法をご存知ですか?

知念:僕が5〜6年前に行なったこととして、作ったものを互いに批評し合うという方法があります。年末休みに「1週間でアニメーションを作って、それを互いにクリティーク(批評)し合うのはどうでしょうか」とTwitterで呼びかけたんです。

やはり期限を決めたり、互いの目を意識するということは目的なく作っているよりもずっとモチベーションが上がりますから。今でも学生さんとかで月に1本お題を決めてアップしている人を見かけるので、また自分もやってみようかなという刺激を受けています。

ちなみに、当時呼びかけに応じてくれた中には現在Sony Pictures Imageworksで活躍している若杉 遼さんや東郷拓郎さん、Millfilmの堀脇健史さん、BIGFOOT代表の熊本周平さんがいました。やっぱり、そういう場所で仕事ができる人は向上心をもっているし、面白そうなことにアンテナを張っているんですよね。

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どんな趣味でも役立てられる アニメーターは多趣味であれ

Profileプロフィール

知念 賢/Satoru Chinen(DOKUTOKU460)

知念 賢/Satoru Chinen(DOKUTOKU460)

高校卒業後、東京へ渡り、笹原組にてアニメーションのキャリアをスタートする。その後主にゲーム会社に入りキャリアを積み、フリーランスとしての活動を経て、城間代表が現在の株式会社DOKUTOKU460を起ち上げたのを機に、その片腕として入社。キャラクターコンテンツを中心に世界へオリジナルキャラクターを発信。また、3Dアニメーションに特化した情報サイト「AnimationResources.jp」を個人で運営中
dokutoku460.com
animationresources.jp

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