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第9回:五百籏頭 透(Sony Pictures Entertainment / Senior Vice President、Global Mastering & Servicing)

第9回:五百籏頭 透(Sony Pictures Entertainment / Senior Vice President、Global Mastering & Servicing)

今回、話を聞いたのはハリウッドの映画スタジオSony Pictures Entertainmentでデジタル配給業務を総括している五百籏頭 透(いおきべ とおる)氏。留学中にも関わらず、教授に代わって授業を教えていたというユニークな経歴を持つ五百籏頭氏に、ハリウッドのデジタル配信の最新動向を織り交ぜながら、海外での仕事について話を伺った。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

五百籏頭 透/Tohru Iokibe(Sony Pictures Entertainment:Senior Vice President、Global Mastering & Servicing)
東京都出身。1993年に東京工芸大学 画像工学科卒業後、TBSの子会社 東放制作にて報道番組の映像編集マンとしてキャリアをスタート。1997年にカリフォルニア州立大学ノースリッジ校で映画理論の修士号を取得。その後、1999年にSony Pictures Entertainmentに入社。ロサンゼルスをベースに世界6都市のデジタル配信オペレーションチームを統括する。在職中の2013年、エイブラハム・リンカーン大学 法科大学院にて法学博士号を取得。

<1>学費免除の言葉につられ、アメリカで教壇に立つ

ーー日本での学生時代は、どのように過ごされたのですか?

五百籏頭 透氏(以下、五百籏頭):親の影響で子供の頃から映画が大好きだったので、映画関係の仕事に就きたいと思っていました。大学へ進学する頃には「映画は将来コンピューターでつくるようになる」と言われていたので画像工学科に入学したのですが、プログラミングが性に合わず、もっぱら映画研究部の活動に没頭していました。当時はまだ8mmフィルムが主流だったので、バイト代は全て高額な現像代に消えてしまうといった日々でしたね。学生とはいえ映画をつくる際にはチームをまとめたり交渉することが多かったので、その当時の経験は後のキャリアでとても役に立っています。

ーー卒業後、すぐに就職されたんですか?

はい、まずは日本で就職しました。本当はアメリカに留学したいと思っていたのですが、大学時代の恩師から「アメリカ人に比べて日本人は精神的に幼いから、社会経験を積んでから留学した方がいい」とアドバイスを受け、まず日本で働くことにしたんです。そのため卒業後はTBSの子会社である東放制作(現エフエフ東放)に就職し、ニュース映像の編集の仕事をしていました。当時の編集作業はBETACAM(以下、ベーカム)が主流で、やっとDigital BETACAMやノンリニア編集が出てきた時代です。そのころは仕事が楽しくて休日も会社の編集室に忍び込み、腕を上げようとがんばっていました。しかし就職してから4年ほど経っても海外に行きたいという思いが捨てられず、アメリカへの留学を決意しました。

ーー留学中のエピソードを教えてください。

五百籏頭:最初の3ヵ月は語学学校で勉強しました。当時はネットもなく留学の仕組みがよくわからなかったため、まずは語学学校に通うのが無難かと思いましたので。その後、大学院に入学して映画理論を専攻しました。映画理論とは映画を哲学、社会学、心理学で分析するという学問です。ところが、当時、教壇に立っていたアメリカ人の女性教授がストレスで登校拒否になってしまい、学校側から突然「学費を免除してやるから代わりに教えろ」と言われたんです(笑)。そうして留学中にも関わらず、映画理論学科の3・4年生を教えることになりました。しかし50人ものアメリカ人生徒を相手に、理系だった自分が文系の科目を教えるなんて、一大事でしたね(笑)。生徒達も全力で講師に挑んでくるので相手にするのが大変でした。しかし金欠のパワーとは凄いもので、「学費がタダになる!」と思うと火事場のくそ力が出たんですよね(笑)。最終的には生徒達に授業を教え、中間・期末テストを作成・添削、論文も採点するなど、しっかり講師としての仕事をこなしていました。

ーー海外の映像業界での就職活動はいかがでしたか。

五百籏頭:大学院を卒業した後、就職先が見つからず困りました。当時はネット求人などなかったので、業界への就職情報は人づてに入ってくることがほとんどだったんです。私の場合も大学院時代に知り合った南カリフォルニア大学の知人から「ソニー・ピクチャーズで日本語ができる人材を探してる」と聞き、履歴書をファックスで送信し、その翌週に面接となりました。ところが面接を担当したマネージャーから「学歴と経験がありすぎてOver Qualified()だ」と言われてしまって......。そこで「学歴や経験じゃなくて私の情熱で判断してくさい! 私はどんなことでも文句を言わず絶対にやり遂げます!」と食い下がり、OKをもらうまで絶対に帰らないつもりで交渉しました。面接後も、Thank You Card(面接後の礼状)を送る代わりに、もう一度"なぜ私を雇うべきか"を延々と綴った手紙を送りました(笑)。日本の大学を卒業したすぐ後でしたら「Over Qualified」と言われた時点で引き下がっていたかもしれませんが、日本での社会人生活やアメリカでの経験で交渉力や度胸が身についていたおかげで、就職までこぎ着けることができましたね。就職後は業績を認められH-1B(特殊技能職)就労ビザを取得し、その後、7年ほどかかりましたが会社に永住権のスポンサーにもなってもらい、現在にいたります。

Over Qualified:募集しているポジションに必要とされるスキルや経歴を、遥かに上回った学歴や経歴をもっていること。


Sony Pictures Entertainmentでのミーティング風景。職場の明るい雰囲気が感じられる



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