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第10回:藤井千恵(3D Scanning Technician and Clay Modeler)

第10回:藤井千恵(3D Scanning Technician and Clay Modeler)

今回は今年の2月まで米国の自動車会社テスラで3Dスキャニング技術者(以下、3Dスキャニング・テクニシャン)として働いていた藤井千恵氏に話を伺った。自動車業界で働いていた方に話を聞くのは、本連載でははじめてのこと。これまでとはひと味違った体験談を、紹介しよう。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

藤井千恵/Chie Fujii(3D Scanning Technician and Clay Modeler)
2001年東京芸術大学彫刻科卒業、2003年同大学修士科修了。卒業後は玩具制作会社に就職し、人物などのデジタルスキャニング技術を磨く。その後、K's Design Lab東京国立博物館での仕事を経てフリーランスに。2011年の夏に渡米した後は、StudioUGPretty in Plasticを経てテスラに入社。同社では彫刻を学んだ経験を活かしクレイモデラーとしても活躍。さらに大型切削機のオペレーションも担当するなど、各部署を兼務する。2017年2月にテスラを退職、今後はフリーランスとして活動予定。

<1>彫刻を学び、日本での就職を経てアメリカへ

ーー学生時代は、どんな勉強をされていたんですか?

藤井千恵氏(以下、藤井):東京芸術大学の美術学部彫刻専攻で彫刻を学びました。東京芸大では最初の2年間で基礎技術を徹底的に教え込まれます。塑像、石彫、木彫、鉄彫刻の勉強を通じて素材の扱い方やそれに伴う道具の使い方、溶接なども学びました。しかし在学中は生活費を稼ぐ必要があったので、勉強しながらもアルバイト中心という生活でしたね。大学院に入ってからは予備校講師のバイトを始めたので経済的に少し安定したのですが「ようやく制作に集中できる」と思った矢先に修了制作に突入してしまって......。2年間の修了過程があっという間に終わってしまったという印象でしたね。

ーー日本でお仕事されていた当時の話を教えてください。

藤井:卒業後、「創作活動を生業にする」という目標を持ってはいたものの、バイトしながら創作活動を続けるというのはあまり魅力的に思えませんでした。そんな時に教授から、玩具の原型制作会社での3Dスキャニングの仕事を紹介いただき、就職しました。私の3Dスキャニング・テクニシャンとしてのキャリアはここからスタートしています。

ーー元々、3Dスキャニングに関する知識はお持ちだったのでしょうか?

いえ、入社当時はまったく知識がなかったのですが、会社では先輩がいちから丁寧に教えてくださいました。私が入社した会社は従来の(アナログ)原型師チームの他に、その当時まだ"はしり"だった3Dデジタルモデリングを採用していた数少ない会社でもありました。制作ソフトにはFreeformを使っていました。Freeformは有機的な形をつくるのを得意としたソフトで、デバイスのペンツールに触感があるのが特長で、3Dプリンタ出力やスキャンデータと相性の良いソフトでしたね。スキャナはGomのAtosコニカミノルタの製品など、何台か使用していました。Freeformというソフトはとても高価でニッチなソフトでしたが、現在はmodoZBrushなど、手に入れやすいソフトの機能が進化してきているので、プロダクト(製品)の製造過程でポリゴンモデルを扱うなら、こちらを使った方が将来的にも役に立つと思います。新しい技術を受け入れ、臨機応変にデジタルと手作業を使い分けるといった制作過程はとても勉強になりました。仕事も玩具だけでなくTV向けの映像制作など幅が広がり充実していたのですが、社会人として安定していく反面、「創作活動を生業にする」という彫刻家としての目標があったので「このままじゃいけない」と危機感を感じるようになりました。そこで、退職して海外に行こうと思い立ったわけです。今思えば、月並みな発想でしたが(笑)。

ーーそれで海外留学されたわけですね。

藤井:はじめは旅行するだけのつもりだったのですが、計画を立てるうちに「短期間、語学留学するのも良いかもしれない」と考えるようになりました。本当はカリフォルニア芸術大学に留学したかったのですが費用がすごく高くて......。なのでまずは語学留学をして、そのときに、将来アメリカで働くことも見据えて海外での仕事やビザに関する情報を集めていました。しかし調べれば調べるほど、自分のスキルの未熟さを痛感するばかりでしたね。そうこうしているうちに留学期間が終わり、日本に帰国しました。帰国後、幸いすぐに就職先が見つかり正社員として働き、その後、フリーランスになったのですが、今度は夫が「海外で働いてみたい」と言い出しまして。なら、もう一度、海外に行ってみようか、ということになりました。周囲からは「30歳を過ぎて会社を辞めてアメリカに行くなんて無謀だ」と心配されましたが、私としてはまったく不安はなかったですね。

ーー海外で働くにあたり、英語はどのように習得されたんですか?

藤井:まずは中学生レベルのグラマーから勉強し直しました。英語にはわりと決まり文句が多いので頻出フレーズは丸暗記し、それを繰り返し練習するようにしました。日本語の「物の考え方」が英語に影響されてしまい、最初のうちはなかなか言葉が出てこなかったのですが、日本語の言い回しは一旦忘れて、英語で話すときは英語だけで考えるように意識しだしてからは、わりとスラスラと言葉が出てるようになりましたね。英語習得には時間がかかりますので、長く続けられるよう工夫しながら、今も勉強中です。

ーーアメリカでの就職先は、どのように探したんですか?

留学中にできた友人を通して知り合った方が、アメリカでStudio UGという小道具の会社を経営されていました。運良くその会社に採用され、3Dデジタルモデリングや、3Dプリントアウト関連のデータ編集(CADデータをポリゴンに修正するなど)の仕事に携わりました。O-1就労ビザをStudio UGにサポートしていただくことができたのですが、申請書類の準備には6ヵ月以上かかったと思います。O-1ビザはエージェントを介することでフリーランスとして仕事することができるので、渡米してから半年ほど経った頃、ビザをエージェントに切り替え、Pretty in Plasticというファブリケーションスタジオでファブリケーター(型取り、塗装、修正、生産などを担当)としても働き始めました。その時期はデジタルと手作業、どちらでも仕事できるよう心がけていましたね。そうしてフリーランスとして働いているうちに突然、テスラ(※1)からLinkedIn経由で「3Dスキャニング・テクニシャンをさがしている」と連絡が来たんです。

※1 テスラ:米国の電気自動車専業メーカー


クレイモデリング作業中の藤井千恵氏



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