>   >  日本にフルCGアニメは根付くのか?:第10回:松浦裕暁(アニメーション・プロデューサー)
第10回:松浦裕暁(アニメーション・プロデューサー)

第10回:松浦裕暁(アニメーション・プロデューサー)

色々な仕事をやって当然という姿勢でいてほしい

野口:先ほどアニメーターの熟練度を上げていくことが重要とおっしゃいましたが、アニメーターの育成は日本の CG 業界全体に共通する課題だと感じています。どこの CG プロダクションに行っても「アニメーターがいない」という話を聞きます(苦笑)。サンジゲンはオリジナルの教科書を作ったりして、アニメーター育成に力を入れている印象があります。例えば新人を採用した場合、どういった仕事からやらせるのですか?

松浦:新人には手始めとして、マニュアルに沿った作業をやってもらいますね。具体的に言うとレイアウトです。シーン内に自動車のモデルを配置するだけの作業とか、ヘリコプターを配置してローターを回すだけの作業とか。僕らは "止めアニメーション" と呼んでいるのですが、そういった簡単なアニメーションで慣れてもらいつつ、徐々に難しい作業に挑戦してもらいます。

野口:そういった、いわゆる「新人若手枠」の仕事というのは沢山あるのでしょうか?

松浦:大量にあります。僕らの仕事の約 6 割を占めている。だから新人若手の人たちは常に仕事がいっぱいです(笑)。もうずっと長い間、僕らはこのやり方を続けていますね。やりたいという人にはドンドン仕事をふって、成長できる環境を提供したいと思っています。

野口:最終的には、クリエイティブな仕事ができる熟練アニメーターに育ってもらうことを目指しているわけですよね。

松浦:もちろんです。ただ、それは教えられるものではないのです。作法は教えられますが、そこから伸びるかどうかは教育ではなく本人の問題です 。僕らが提供するチャンスを活かして、成長してくれるよう祈っているというのが正直なところです(苦笑)。

野口:例えば先輩の仕事を観察して学びとる、といった姿勢が必要なのでしょうか?

松浦:そうですね。本当にやりたい人は言われなくても自分で研究しますから。このアニメの何話の動きが良かったとか、見たものを何でも仕事に反映させようとする。結局、そういう人しか残らないのですよ。ただし簡単な仕事は大量にあるので、それを集中してこなすオペレーション担当の人と、よりクリエイティブな仕事を担当する人に二分していくかもしれません。それはそれでありだと思っています。

野口この連載の第7回 で対談した『009 RE:CYBORG』プロデューサーの石井朋彦さんは、3DCG なら、動かす能力を磨くだけで作画のアニメーターと同じ仕事ができるとおっしゃっていました。だから 3DCG の導入は、アニメーターの間口を一気に広げる可能性があるのだと。

松浦:間口は広がっていくでしょう。僕らがアウトプットした作品が評価されるほど、この業界に来る人が増えると思っています。確かに作画アニメをやるよりも、CG アニメをやる方が効率が良いのですよ。今のサンジゲンには作画アニメ出身の CG アニメーターが何人か所属していて、『009 RE:CYBORG』でもすごく活躍してくれました。彼らはサンジゲンに来る以前に、作画のアニメーターを10年近く経験しており、作画監督や絵コンテ、演出ができるくらいの実力がある。1年くらい CG アニメを経験すれば、すごく良い動きを付けられるようになります。もちろん、誰もがそうだということではなく、3DCGをはじめとするデジタル技術に拒否感のない方であることが前提にはなりますが。

野口:CG 未経験の人が、1年でそこまで成長できるものですか?

松浦:できますね。その可能性があるんだから、みんなやれば良いと思っています(笑)。僕らのノウハウは全て教えますよ。そうやって作り手の人口が増えて業界が活性化すれば、チャンスが広がって僕らも助かります。サンジゲンの規模だから言える話かもしれませんが、CG アニメーターがちゃんと成熟して作品をつくれるようになれば、確実に作画アニメよりも儲かるようになります。僕は作画アニメの会社も経営していますが、作画アニメよりも CG アニメの方が断然効率が良い。

野口:分業の仕方が効率化や生産性に影響しているのでしょうか。作画アニメだと動画・原画・彩色に分業されている仕事を、CG アニメーターは1人でこなして一人前ですからね。

松浦:サンジゲンではなるべくセクションを分けずに、アニメーターたちが色々な仕事を担当できる組織づくりを心がけています。今後組織を大きくしていくと、もう少し細かい分業が必要にになると思うので、その時に備えているつもりです。周囲のセクションの仕事を理解していないと分業制は絶対に成り立たないですからね。

野口:サンジゲンのワークフローは、モデリング・アニメーション・撮影......以上! みたいな形で非常にシンプルですよね。日本の CG プロダクションでは、ある程度の規模になるとセットアップやライティング、エフェクトなどのセクションをつくり、海外の CG プロダクションのスタイルを模倣する、というのが一般的ではないかと感じています。

松浦:そこまでの分業化は時期尚早ですね。100人や200人の規模で実践しても、逆に非効率だと思っています。作品ごとにモデリング担当、リグ担当って決めることは大賛成ですが、組織として仕事を完全に分けるとダメになるような気がしてならない。まず、スタッフの意識が凝り固まって、セクションナリズムが浸透してしまう。良いものをつくれなくなるという恐怖心があります。

野口:海外の 3DCG アニメーションや VFX のスタジオは、1,000人単位でつくっていますからね。

松浦:そうですね。1,000人になったら、今の体制では管理しきれない。もっとわかりやすい枠組みをつくらないと無理だと思います。でも今の規模で「僕の仕事じゃない」と言われてもね(苦笑)。日本のアニメの予算は海外ほど潤沢ではないですから、人も資金も効率よく使わなくちゃいけない。いつでもちがう仕事ができる状態にしておいてほしいのです。ただし人によって得意不得意はありますから、そこはディレクターが采配する。得意だから任せる、あるいは新しいことに挑戦してほしいから、これをやらせてみるといった具合にね。「自分はアニメーターだからアニメーションしかやりません」というような考えには固執してほしくないと思っています。「今は手が空いているから、ちょっと手伝おうか?」といった姿勢が重要です。

松浦裕暁ポートレイト2

 

野口:松浦さんが考えている組織は、昔の日本の CG プロダクションに近いですね。ゼネラリストの集団が良い感じのバランスで仕事を分け合っている。それとは対照的に、セクションが多くなって分業化が進むほど、ちょっとした作業にもたくさんの人とお金が必要になりますからね。

松浦:大変ではあるけれど、色々な仕事をやらなくちゃいけないのは当たり前なんだという意識でいてほしい。この仕事を 1 年や 2 年で辞めるなら、どこかのセクションでやりたいことをやれば良い。そうではなく、僕らがこの先20年、30年と仕事を続けたいなら、色々なことをやっていけるという気持ちが必要です。これはアニメーター個人だけではなく、サンジゲンという組織自体にも言える話です。そのつもりでやらないと、この先何十年と組織を継続させることは絶対にできないと思います。外部から見れば、6 年半で劇場作品をつくったという実績は目覚ましいのかもしれませんが、僕は全然そう思っていない。そんな気持ちでいたから、今日のサンジゲンがあるのではないかと感じています(笑)。

野口:個人も組織も、色々なこと、新しいことに挑戦するという姿勢でいたから、良い仕事やチャンスに恵まれ、着実なアウトプットをしてこられたのでしょうね。

松浦:僕はあまり営業をせず、いただく仕事を先から詰めてきただけですけどね。ただ、なるべく成長のチャンスがある仕事をやりたいと思っています。常に新しいアイデアがあるので、それを 1 個ずつ確実にやっていきたい。それから、基本的にリテイクは全部お引き受けするというスタンスでやっています。「できません」とは言いません。

野口:素晴らしい。でもリテイクや後出しが多い相手の要求を素直に受けていくと、疲弊してしまうのではないですか(苦笑)。

松浦:それでも、制作進行の方とは絶対に喧嘩をするなとディレクターたちには厳命しています。僕は接客商売もフリーランスもやってきたので、生きていく大変さはわかっているつもりです。発注側からすれば「やっていただいている」、受注側からすれば「やらせていただいている」、そういう気持ちでいることが、特に日本社会の中では大切です。海外では通用しませんけどね(苦笑)。

野口:でしょうね。海外のプロダクションはほとんど残業もしませんし、平然と「できません」って言いますよね。

松浦:でも僕らは、リテイクが出れば直すのは当たり前だという気持ちでいます。もちろんできないこともあります。無理なものは無理だと主張します。でも、できるのにやらないという姿勢は、自分自身にすら言い訳できないですよね。そういった積み重ねが評価され、次の仕事の土台になると信じてやってきました。ある日突然「俺たちサンジゲン!『009 RE:CYBORG』つくります!!」なんてことが起こるわけはないですから(笑)。気持ち良く仕事ができて、しかも上手くて、適性価格でやってくれるところにしか仕事は流れないのですよ。

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