>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:大の映画好きが日本を飛び出しLAでコンポジターに 第39回:福田誠彦(Crafty Apes / Compositor)
大の映画好きが日本を飛び出しLAでコンポジターに 第39回:福田誠彦(Crafty Apes / Compositor)

大の映画好きが日本を飛び出しLAでコンポジターに 第39回:福田誠彦(Crafty Apes / Compositor)

北米の映画VFX業界では、カナダの複数の州が実施している大規模な補助金制度の影響を受け、非常に多くのプロジェクトがカナダに流出してしまっているという実情がある。そのため、アメリカ合衆国内での就職は、大変狭き門となっている。そんな中、新卒ながらも見事にポジションを獲得した日本人もいる。今回は、ロサンゼルスのVFXスタジオCrafty Apesで活躍中の、福田誠彦氏に話を伺った。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

福田誠彦 / Tomohiko Fukuda(Crafty Apes / Compositor)
東京都出身。2013年に成城大学文芸学部芸術学科を卒業後、株式会社松竹撮影所で制作進行を経て、2014年アメリカ、カリフォルニア州サンフランシスコにあるアカデミー・オブ・アート大学へ留学。2017年にアニメーション&ビジュアル・エフェクツ専攻で卒業し、同年OPTを利用しIngenuity Studiosにインターンとして入社。2018年2月にCrafty Apesへ移籍し、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』『アントマン&ワスプ』『クリード 炎の宿敵』などに携わる。現在、同社にて就労ビザを申請中

<1>大の映画好きが高じてVFXの道へ

――日本ではどのような学生時代を過ごしてきたのでしょうか。

子供の頃からとにかく映画を観るのが好きで、TVでオンエアされていた映画は片っ端から録画して観ていました。その影響で大学は成城大学 文芸学部 芸術学科で、「映画学」というどちらと言えば分析に徹底した学部を専攻しました。また映画好きが高じて映画研究部に所属し、自分たちでショートフィルムを撮るなどしていました。

――日本にいた頃はどのようなお仕事をされていたのですか?

日本ではVFXの仕事に就いたことはなく、大学卒業直前に先輩から誘いがあり、短い間でしたが松竹撮影所でPAの仕事をしていました。松竹時代にVFXに関わったこと言えば、携わった作品の1つでグリーン・スクリーンステージでの撮影を経験したことぐらいでしょうか。そこで3本の映画作品の現場を経験した後に、留学準備を始めました。

――留学されたときの話をお聞かせください。

留学先として僕が選んだのは、サンフランシスコにあるアカデミー・オブ・アート大学(以降AAU)という4年制の大学で、そこで第2学士を取得しました。英語力もなく、VFX経験もほとんどなかった僕にとっては、英語のサポートがあること、VFXを基礎から学べること、そして卒業後にOPT※というアメリカでの労働許可が最長で3年間おりるのは大きな決め手でしたね。

※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。専攻分野によっては1年以上の就労が認められるケースもあるので、留学先の学校に確認してみるとよい

最初の1年間は英語での授業や聞き慣れない専門用語のオンパレードで、とにかく苦労したのを覚えています。授業の合間に、学校の提供するサポートクラスなどに通い、とにかくいろいろなことに追いつくので必死でした。

このころの授業内容は、とにかく「広く浅く」なものが多く、ドローイングやVFXソフトウェア(MayaAfter EffectsPhotoshopなど)の基礎クラス、そして写真のクラスもありました。実際にNUKEを使っての授業をとれるようになったのは第2学士取得の折り返し地点である1年半が過ぎたあたりでしたね。それまでは学校にある「ラボ」と呼ばれる生徒が自由に使っていいパソコン部屋でfxphdDigital Tutorsなどのチュートリアルを見ながら、とにかく自学をしていました。

そのおかげもあり、NUKEのクラスを実際にとるころには基礎が身についていたので、このときにはすでにデモリールような作品をつくり始めていました。もちろん、当時のショットはまだデモリールに使えるような代物ではなかったのですが、早めに考え始めていたことは、確実に後々の助けになりました。

――AAUはどんな学校でしたか?

AAUはサンフランシスコという立地条件もあり、ILMに所属している・所属していた講師による授業など、上級のクラスに行けば行くほど、ほかの学校には真似できないような高いレベルのクラスもとることができました。

例を挙げると、NUKEの上級のクラスではNUKEの使い方だけではなく、1つの方法がうまくいかないときに別のノードを組み合わせて細かいコントロールを自分で設定するなど、「いかにUIの裏に隠された機能を活用するか」というディープなトピックまで学ぶことができたのは非常にありがたかったですね。


ハロウィーンでのオフィスパーティー

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