>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:MBA取得を目指していた社会人時代から一転、「本当にやりたいこと」のため米国へ 第44回:神崎麻美(Jr.Designer / AppLovin)
MBA取得を目指していた社会人時代から一転、「本当にやりたいこと」のため米国へ 第44回:神崎麻美(Jr.Designer / AppLovin)

MBA取得を目指していた社会人時代から一転、「本当にやりたいこと」のため米国へ 第44回:神崎麻美(Jr.Designer / AppLovin)

今回はサンフランシスコで活躍するデジタルアーティストを紹介しよう。シリコンバレーも近く、IT企業が集中するサンフランシスコ。ここで、モバイルアプリの広告制作に携わっているのが、神崎麻美さんだ。数年に渡る日本での社会人経験を経て、アメリカに留学したという神崎さんに、その体験談を伺った。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

神崎麻美 / Kanzaki Asami(Jr. Designer / AppLovin)
栃木県出身。中学生のときに父親の駐在で渡米。帰国後は日本女子大学を卒業し、一般企業に就職。勤務の傍ら、デジタルハリウッドの週末クラスにてCGを学ぶ。その後サンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学に留学し、本格的にアニメーションを習得。卒業後、AppLovinに入社し、現職。入社2年目を迎える
mobile.twitter.com/asame424

<1>米国で出会った映画が、人生の転機に

――日本と米国で、どのような学生時代を過ごしたでしょうか。

絵や工作は昔から好きでしたが、「アーティストになる」というのは全く別の世界の話しだと思っていました。中学1年生のとき、父の仕事の都合でアメリカの学校に転入したのが、私の人生の大きな転機でした。英語がわからず、友達もできず大変だった当時、3つ下の妹と週末に映画館に行くのが1番の楽しみでした。丁度『ハリー・ポッター』や『アイス・エイジ』が上映されていた時期でもありました。「明日も下手な英語で、宿題の発表をしなくちゃいけない」と憂鬱なときも、映画を観れば夢中になれて、嫌なことを忘れられました。

日本に帰国してからも、変わらず息抜きに観る映画が支えとなっていました。当時はCGが一体何なのか理解できず、『ファインディング・ニモ』の水の表現も、『モンスターズ・インク』のマイクのリアル過ぎる表情も、どうつくってるんだろう? と疑問でした。

あるとき、偶然何かの雑誌でピクサーという会社が、そういったCG映画をつくっていると知りました。世界中の優秀な人々が集まり、切磋琢磨しているピクサーの存在は、当時高校生の私の価値観を大きく変えました。それ以来「この職業に就きたい」という以上に、「誰と一緒に働きたいか」が私の中のプライオリティになっています。

――日本で会社員をされていた経験もおもちだそうですが。

当時は、海外生活の経験を生かして国際開発に携わることが夢でした。とくに経済・金融の知識をつけたかった私は、大学卒業後は金融機関に就職しました。その頃には絵が好きだったこともすっかり忘れていて、将来はMBA(経営学修士)を取って、世界でバリバリ働こうと思っていました。

MBA留学の準備をしていたある日、「たくさんの時間とお金をかけて、これが本当に自分がやりたいことなのか?」と突然思うようになりました。これが人生最初で最後のチャンスだとしたら、本当に自分がやりたいことを選びたい。そう思ったとき、真っ先に頭に浮かんだのが3DCGでした。まるでギャンブルのようですが、昔からの興味や疑問を解消できるなら、挑戦してみたいと思ったんです。そして、もしもアーティストになれたときには、アーティストとして社会に貢献することもできるのではないか? と考えるようになりました。

思い立ったらあまり考え込まない性格なので、自分が譲れない留学の条件をリスト化して、消去法で次の日にはアカデミー・オブ・アート大学(以降、AAU)に留学しようと決めていました。私の場合の譲れない条件ベスト5は以下の通りでした

  • 1位:STEM OPTの申請ができる学校学部であること(卒業後アメリカで働きたかったため)
  • 2位:最短最安で留学できること(1位の条件を踏まえた上で、4年制の私立美大の中でAAUは学費も比較的安めで、入学前のポートフォリオや英語のスコア提出義務がなく、準備に時間をかけなくて良いのはメリットでした。また、在学期間も学費も半分で済ませるために編入学できる学校であることも私の中で重要でした)
  • 3位:日本人の卒業生が業界で活躍していること(出身国によってビザの状況も変わるので日本人の方の成功体験をとくに調べました)
  • 4位:現役のアニメーターから授業を受けられる(実際の現場のことを知りたかったので、この点もこだわっていました。特にAAUはピクサーやILMから近かったので最初から留学先候補の上位でした)
  • 5位:気候が悪くない(雨雪が酷い地域に住んだことがあり、気持ち的に元気が出ない経験があったので西海岸にけっこうこだわっていました笑)

そして、留学先を決めたらすぐに留学準備に入りました。働きながら週末はデジタルハリウッドへ通い、Mayaを学びました。ここで出会ったクラスメートや先生に大きな影響を受け、アートで食べていくことは実現可能なことなんだと感じることができました。デジハリで出会った皆さんにはとても感謝しています。おかげで、少しだけ残っていた迷いが払拭できたので良い準備期間となりました。もちろん社会人と学生二足のわらじは大変でしたが、目標が明確だったので辛いと感じたことはなかったです。


同僚と地球上最も過酷なイベントと言われるTough Madderに参加

次ページ:
<2>留学後、2度目のチャンスを掴みAppLovinに就職

その他の連載