今回はシンガポールからお届けしよう。Digital Matte Painter(英語圏ではDMPと略される)としてカナダのバンクーバーでキャリアを積み、昨年からシンガポールでフリーランスとして活躍中の安田 明日葉氏。カナダへの留学から現在に至るまでの海外就業への道のりについて、話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    安田 明日葉 / Asuha Yasuda(Digital Matte Painter & Set Extension Artist / Freelance)
    静岡県出身。高校卒業後、カナダ・バンクーバーに留学。ブリティッシュコロンビア大学にて美術史の学士号を取得。その後、Lostboys Studios(現・Campus VFX)で主にNukeを学ぶ。2013年 MPCバンクーバーでキャリアをスタート。その後、Sony Pictures Imageworks、Method Studios、CinesiteAtomic CartoonsWalt Disney Animation Studiosなどでキャリアを築く。2025年、バンクーバーからシンガポールに一時的に移住し、フリーランスDMPに。代表作『モアナと伝説の海2』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』 など

    留学から始まった、VFXアーティストへの道

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。

    子どもの頃は、VHS(家庭用アナログビデオカセット)でハリウッド映画やディズニー、ジブリ作品を観ていました。ハリウッド映画が好きだった父の影響で、家にはたくさん映画のVHSがあり、週末にはレンタルビデオを2・3本借りる、90年代らしい生活を送っていました。 

    『ジュラシック・パーク』、『ターミネーター2』など、当時は毎年のように新しいVFXの表現に出会い、その“魔法のような映像”に強く惹かれたことが、映画制作の世界に興味を持つきっかけになりました。

    小学校3年生から母に勧められて絵画教室に通い、恐竜図鑑の模写に夢中になりました。中学に入ると部活動のため、絵を描くことから離れましたが、高校の芸術コースで再び絵に打ち込み、静物デッサンに熱中しました。

    高校2年生の夏、カナダのカルガリーでホームステイを経験し、後に夫となるカナダ人男性と出会いました。このことがきっかけとなり「もっと英語を話せるようになりたい」と思い、帰国後は絵画をやめて独学で英語の勉強に集中。アルバイトで飛行機代を稼ぎ、長期休暇にはカルガリーを訪れる日々を送りました。 

    高校卒業後、カルガリーに語学留学しましたが、生活になじめず体重が10キロほど減る苦い経験もしました。最初の留学は順調とは言えず、帰国したために目標としていた学部に進めなかったことへの悔しさが強く残りました。その悔しさから、今度はバンクーバーへの留学に挑戦しました。バンクーバーの街には、到着した瞬間から強く惹かれるものがありました。

    学費を抑えるため、日本でTOEFLスコアを取得し、ESLを飛ばしてランガラ大学に入学。論文の書き方で苦戦しながらも基礎を学び直し、約1年半の編入コースを経てブリティッシュ・コロンビア大学(以下、UBC)に編入しました。

    UBCでは美術史を専攻し、絵画や建築などを多角的に分析する力を養いました。ゼミでは膨大な文献読解や論文執筆に追われ、毎週新しい分野の資料と格闘する日々を送りました。この経験は、後のキャリアにも活きています。そして在学中、婚約していたカナダ人男性の配偶者として永住権を取得しました。

    卒業後はギャップイヤー()として進路を模索する中、アパレル勤務やバンクーバー冬季オリンピック(2010)で日本選手団のアシスタントボランティアを経験しました。その後、離婚をきっかけに、ずっと憧れていた映画に関わる仕事を目指すようになりました。

    ※ギャップイヤー(Gap Year):卒業後にボランティアやインターンなどの自主的な経験を通して自己研鑽や将来の目標を見つける、欧米では一般的な習慣。

    もともと好きだった映画に関わる仕事をしたいと考え、当初は翻訳や特殊メイクなども検討していましたが、バンクーバーで発展し始めたVFX業界が現実的な選択肢と感じ、Lost Boys Studios(現 Campus VFX)でMayaやNukeを学びました。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    Lost Boys在学中からデモリールを送って就職活動を開始しました。卒業後約1ヵ月でMPCから面接の機会をいただき、バンクーバーで開催されるコンベンションSPARK FXでHead of Departmentと面接し、その数日後に採用されました。その後も契約を重ねながらキャリアを積んでいきました。

    DMPが所属するような小規模な部署では、人とのつながりが重要です。多くの場合、次の仕事は口コミや紹介で決まるため、日頃からチームとの信頼関係を築くことが大切だと思います。

    ▲自宅での作業風景

    海外で両立させた、キャリアと育児

    ――現在の勤務先はどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    現在は、約20年間拠点としていたバンクーバーを一時的に離れ、今の夫の母国であるシンガポールでフリーランスとして活動しています。出産後に大きなプロジェクトが続いたため、ペースを調整しつつ、無理のない範囲で仕事に取り組んでいます。バンクーバーと比較すると、シンガポールはVFX市場の規模が限られている側面もありますが、国境を越えてお仕事に携わらせていただける環境に、大変恵まれていると感じています。さらにその中で、VFXに隣接する分野についても視野を広げながら学びを深めています。

    ――最近参加された作品で、何か印象に残るエピソードはありますか?

    ある長編アニメーション作品にDMPとして参加したとき、アサインされたショットで「日本のアニメを参考に」と指示され、自分の好きな作品がリスペクトされることに喜びと責任を感じました。担当ショットではDMPの枠を超えてコンポジティングも担当し、多くの学びがありました。監督やアート部門と直接やり取りすることも多く、プレゼン力の重要性を実感しました。

    また別の映画の制作中は不妊治療との両立が必要で、体調やメンタル管理が大変でしたが、スーパーバイザーの理解に支えられ、仕事にも治療にも安心して取り組むことができました。出産後は息子を抱きながらオンラインミーティングに出席することもありましたが、温かくサポートしてもらえました。コロナ禍で人と会う機会が少ない中、仕事は「孤育て」を防ぐ支えにもなり、夫やベビーシッターさんと協力して仕事と育児を両立してきました。この間、多くの方に支えられたことに、心から感謝しています。 

    ――英会話のスキルはどのように習得されましたか?

    実家で映画を観る際、吹替ではなく英語音声と日本語字幕で観ていたことから英語に興味を持ち、「話せるようになりたい」と思っていました。中学生の頃はVHSを繰り返し観て、聞き取れたフレーズをメモし復唱する、いわゆるシャドーイングを実践していました。VHSには英語字幕がなかったことも、リスニング力を鍛える上で良かったと思います。

    高校時代は英語の辞書を読み込み、語彙力を強化しました。カナダの大学進学時にはTOEFL対策として過去問を繰り返し解き、UBCではひたすら英語の文献を読み、血と涙を流しながら論文を書いていました(笑)。こうして多くの英語論文を書く中で実践的な英語力を身につけられたと思います。

    一方で、仕事では多様なアクセントや表現に苦労することも多く、英語力の向上を実感しにくい面もあります。言語面のフィードバックは少ないため、メールやレビューで学んだ表現をメモするなど、意識的に学び続けています。しかし最近はチャットやメールでAIに頼ることも増えました。AIによる添削は書く場面では便利ですが、もちろん面談やレビューで自分が話す際には使えません。英語は環境だけで自然に伸びるものではなく、継続的な努力が必要だと感じています。 

    ――シンガポールでの生活ぶりはいかがでしょうか?

    シンガポールでの生活は、ありとあらゆる面で日本やバンクーバーとは異なりますが、まず特徴的なのが高温多湿の気候です。バンクーバーのカラッとした爽やかな夏とは対照的で、少し動くだけですぐに汗をかき、「さすが赤道直下の国だな」と実感します。一方で、バンクーバーのように雨が続く長い冬がないため、トロピカルな年末年始はとても新鮮に感じられます。また、英語も「シングリッシュ」と呼ばれる独特のアクセントや言い回しがあり、分からなかったり、うまく伝わらない場面も少なくありません。戸惑う瞬間もありますが、その点も含めて、この環境ならではの面白さを感じながら暮らしています。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    海外で働くにはネットワークが大切です。SNS、LinkedInでの発信が思わぬチャンスにつながることもあるかと思います。ビザの問題もありますが、スキルや英語力を楽しみながら磨くことが、チャンスに備える最良の方法かと思います。 

    海外での生活や仕事には孤独や不安がつきもので、周囲とのつながりが大きな支えになります。プロジェクト契約が中心というスタイルのVFX業界では不確実性もある一方、挑戦と失敗の経験は自分の成長とレジリエンス(回復力)を育みます。チャンスが巡ってきたとき、自分を信じ、前向きに挑戦してください

    ▲バンクーバーのDMP仲間とのランチ風景

    【ビザ取得のキーワード】
    ①静岡県の公立高校にて芸術コースを専攻。在学中は美術学校にも通い、主にデッサンを学ぶ
    ②高校卒業後、カナダ・カルガリーのマウントロイヤルカレッジにて語学留学
    ③一時帰国後、ギャップイヤーを経てカナダ・バンクーバーへ再度留学
    ④ブリティッシュコロンビア大学在学中に永住権を取得

    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada