今回はサンフランシスコ・ベイエリアから、ゲームのエンバイロメント・アーティストとして活躍する小原氏にご登場いただいた。学生時代はピアノを学び、その後ニューヨークへ留学し、映像業界へ転身した軌跡について話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    小原ゆかり / Yukari Kohara(Environment Artist / Freelance)
    長野県出身。音楽の道を志し、ヤマハ音楽院でジャズピアノと作曲を学ぶが、卒業後に一般企業へ就職。その後キャリアを見つめ直し、2013年に単身渡米。New York Film Academyで3DCGを学び、卒業後に映像業界で背景アーティストとしてキャリアをスタート。スーパーボウルのCMやNetflix作品を始め、VR、建築ビジュアライゼーションなど幅広い分野でキャリアを築く。キャリアアップのためニューヨークからシカゴ、さらにサンフランシスコへと拠点を移しながら、ゲーム『フォートナイト』やVRゲーム『Larcenauts』に携わる。2021年からは、KRAFTONのグループ会社であるStriking Distance Studiosにて、AAAホラーゲーム『The Callisto Protocol ―カリストプロトコル』の環境制作・ワールドビルディングに従事。現在は、育児のためキャリアブレイク中

    「自分の人生を変えられるのは自分しかいない」スーツケース1つでアメリカへ

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。

    子供の頃から音楽が好きで、将来はヤマハの音楽講師になりたいと思っていました。ヤマハ音楽院でジャズピアノと作曲を学び、毎日ピアノ漬けの学生生活を送っていました。

    しかし進路を考える中で、音楽だけで生計を立てていく難しさや自分の実力不足を痛感し、大きな挫折を経験しました。そんな時、支えてくれたのが両親でした。進路に迷った時も、挑戦したいことができた時も、いつも私を信じて背中を押してくれました。2人の支えがあったからこそ、失敗を恐れず新しい環境へ挑戦し続け、今の自分があるのだと感じています。

    卒業後は物流会社で事務職として働きましたが、職場環境は厳しく、人生で最も苦しい時期を過ごしました。「このままで良いのだろうか」と悩む中で、「自分の人生を変えられるのは自分しかいない」と気づき、新しい環境で可能性を試すため、留学することを決意しました。

    昼は事務、夜は飲食店、週末はピアノ講師として働きながら、渡米資金を貯めました。その経験があったからこそ、今はどんな環境に身を置いても、学べる機会があること、そして私自身が深く尊敬でき、同時に私の意見や価値も尊重してくれる仲間と働けることに、とても感謝しています。 

    ――留学された時の話をお聞かせください。

    2013年、スーツケース1つで、英語も話せないままニューヨークに渡りました。最初は語学学校に通いながら、自分が本当にやりたい仕事を模索していました。その中で、海外でキャリアを築くには専門スキルが必要だと感じ、友人の話をきっかけに3DCGの世界を知りました。

    さらに、あるエンバイロメント・アーティストがつくった映像を観て、「こんな世界を自分もつくりたい」と強く思うことがありました。そうして自分に才能があるかどうか分からないまま、生活費を除いた貯金の全てを3DCGスクールに投資することにしました。毎日朝から夜まで必死に学び続けました。学生時代に音楽の道を諦め、日本での厳しい環境から離れた自分に、どこか「逃げたのではないか」という思いがあったからこそ、「今度こそ絶対にやり抜く」という覚悟がありました。

    私はどちらかというと、才能があるというより努力を積み重ねるタイプです。その地道に学び続ける姿勢を先生に評価していただき、卒業後にはインターンシップの機会を得ることができました。ふり返ると、遠回りに見えた経験全てが今の自分につながっていると感じます。どんな環境でも学び続け、挑戦し続ける姿勢が私の強みです。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    OPTを利用してフルタイムで働きながらも、空き時間は全て勉強とポートフォリオ制作に充てていました。また、ネットワーキングイベントがあれば1人で積極的に参加し、人の輪に飛び込んでいきました。応募条件を完全に満たしていないと感じていても、キャリアアップにつながるチャンスだと思えば、場所にとらわれず積極的に応募していました。

    海外での就職活動では、スキルやポートフォリオはもちろん重要ですが、それと同じくらい、タイミングを逃さない行動力が大切だと感じています。ポートフォリオが「完璧だ」と思える日は、一生来ないと思っています。だからこそ、不安があってもチャンスが来た時に行動することを大切にしていました。

    ▲シカゴのゲーム会社High Voltage Softwareの同僚とハロウィンパーティ

    ――エンバイロメント・アーティストというお仕事について、お聞かせください。

    エンバイロメント・アーティストとして最も魅力を感じているのは、背景を通してプレイヤーのゲーム体験をデザインできることです。背景は単なる景色ではなく、プレイヤーの感情や行動に大きな影響を与える重要な要素です。プレイヤーにどのような感情を抱いてもらいたいのか、どこへ視線を向けてもらいたいのかを考えながら世界をつくり上げていくことが、この仕事ならではの面白さだと感じています。

    例えばホラーゲームでは、「どうすればプレイヤーに孤独や恐怖を感じてもらえるか」、「どうすれば閉じ込められたような圧迫感を演出できるか」といったことをチーム全体で議論しながら制作します。色彩心理やホラー映画の演出も参考にし、ライティングや色使い、オブジェクトの配置などを工夫することで、背景から「その場所で何が起きたのか」を自然に感じ取ってもらえるよう意識しています。

    また、エンバイロメント・アーティストの仕事は、美しい背景をつくることだけではありません。プレイヤーが自然に進むべき方向へ視線を誘導し、違和感なく世界に没入できる空間を設計することも重要な役割です。

    ゲーム制作で特に苦労したのは、複数のプラットフォームに対応するため、最適化を考慮しながら背景やアセットを計画的に制作していくことでした。VRタイトル『Larcenauts』ではMeta QuestシリーズとPC VR、『The Callisto Protocol ―カリストプロトコル』ではPlayStation 4・PlayStation 5、Xbox One・Xbox Series X/S、Windows(PC)向けに開発が行われました。

    それぞれ性能やメモリ、描画能力が異なるため、同じ背景データやアセットをそのまま使用することはできず、各プラットフォームに合わせた設計が必要になります。特にVRでは、プレイヤーがオブジェクトを間近で見たり、自由に視点を動かしたりするため、通常のゲーム以上に安定したフレームレートが求められます。

    また、ゲーム開発では完成形が見えてくる終盤に大規模な最適化フェーズが設けられることも少なくありません。背景全体を見直し、ビジュアルクオリティを維持しながら処理負荷を下げるための調整を繰り返し、必要に応じて背景の表現そのものを見直すこともありました。

    プレイヤーが背景を意識することは少ないかもしれませんが、快適に遊べるか、違和感なく世界へ没入できるかは、エンバイロメント・アーティストの仕事が大きく関わっています。その責任の大きさとやりがいを日々感じていました。現在は1歳の子供を育てながら第2子を妊娠中ということもあり、キャリアブレイク中です。ただ、キャリアが止まっている感覚はなく、育児の合間に新しいスキルの習得とポートフォリオ制作を続けています。

    母親になった今でも、ものづくりへの情熱は変わっていません。挑戦を恐れず学び続けながら、これからも素晴らしいチームと共に、人々の記憶に残る世界を創っていきたいと思っています。

    ▲ニューヨークの建築ビジュアライゼーション部門Schüco Virtual Construction Labでの作業風景

    ――英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    特別な勉強法というより、とにかく日本語に頼れない環境に身を置いたことが大きかったです。留学中は、日本人同士で固まりがちな環境の中でも、なるべく他の国の学生や現地の友人と過ごすよう心がけていました。就職後も日本人が1人もいない会社で働き、毎日英語で生活することで、少しずつ身についていったと思います。

    一方で、私の英語は日本語アクセントが強く、相手に一度で伝わるかどうかが長年の悩みでした。アメリカのチームでのディスカッションはテンポが速いため、自分の英語が聞き取ってもらえなかったら、議論のながれを止めてしまうのではないかという不安から、積極的に発言できない場面もありました。

    現在は育児によるキャリアブレイクを機に、発音を基礎から学び直しています。発音記号1つひとつの音を学び、その音を録音してネイティブ講師に提出し、フィードバックを受けながら練習を続けています。その経験を通して、英語は話すことが何より大切ですが、相手に伝わりやすい英語を話すためには、発音や文法などの基礎を地道に積み重ねることも大切なのだと改めて感じています。

    ――サンフランシスコ・ベイエリアでの生活ぶりは、いかがでしょうか?

    サンフランシスコ・ベイエリアは自然が多く、週末は愛犬を連れて出かけることが多いです。ベイエリアは犬にもフレンドリーで、レストランのテラス席やカフェ、大型ショッピングモールなど、犬と一緒に過ごせる場所がたくさんあります。また、私が暮らしてきたニューヨークやシカゴ、そしてベイエリアでは、日本食に困ることはほとんどありませんでした。日系スーパーでは季節の食材まで手に入り、秋にはさんまの塩焼きや松茸ご飯を楽しんだり、冬は家でもつ鍋をしたりと、日本らしい食生活を楽しめます。少し郊外へ行くと日系スーパーはありませんが、韓国系や中国系スーパーでも必要な食材が意外と揃い、最近ではオンラインで日本食材を取り寄せることもできます。

    GDCの時期には毎年、以前の同僚たちとバーベキューを楽しむのが恒例です。世界中からゲーム業界のクリエイターが集まるため、新しい出会いもあれば、久しぶりの再会もあります。また、世界的な作品を手がける第一線の日本人クリエイターとも会社の垣根を越えて気軽に食事をしたり、技術やキャリアについて話したりする機会があり、人との距離の近さはこの地域で暮らしていて特に魅力を感じるところです。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    海外の映像・ゲーム業界は非常にシビアで、成果を出せなければレイオフされることも珍しくありません。そんな環境の中で、私が大切にしているのは、目の前の仕事に誠実に向き合い、信頼を積み重ねることです。時間が経っても「また一緒に働こう」と連絡をくれる元同僚や上司の存在は、今では仕事仲間を超えて、生涯大切にしたい友人でもあります。

    ふり返ると、私のキャリアは決して一直線ではありませんでした。音楽から始まり、英語も話せない状態で海外に渡り、ゼロから3DCGを学び、少しずつキャリアを築いてきました。特別な才能があったというより、「努力を続けること」、「チャンスが来たら怖くても飛び込むこと」を大切にしてきた結果、今のキャリアにつながっていると感じています。

    もし海外で働きたいなら、完璧な準備を待つより、まず一歩踏み出してみてほしいです。私自身、英語も話せないままスーツケース1つで渡米しましたが、その一歩が人生を大きく変えました。最初から自信がなくても、行動し続けることで、少しずつ道は開けていくと信じています。

    ▲作業中の小原氏

    【ビザ取得のキーワード】
    ①ヤマハ音楽院ジャズピアノ科を卒業後、物流会社に勤務
    ②F-1ビザを取得し、ニューヨークへ留学
    ③New York Film Academy 3D Animation科を卒業後、OPTを利用し、インターンシップやフリーランスを通して実務経験を積む
    ④グリーンカードを取得しアメリカでキャリアを継続

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。専攻分野によっては1年以上の就労が認められるケースもあるので、留学先の学校に確認してみると良い

    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

    ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada