2016年、森江康太氏がトランジスタ・スタジオから独立し、立ち上げたMORIE Inc.(以下、MORIE)は、2026年に設立10周年を迎えた。これまでCGWORLDでは、同社が手がけたヨルシカの一連のMV作品をはじめ、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』のタイトルバック、NHKスペシャル『恐竜超世界』など、数々の作品を取り上げてきた。 ジャンルや表現手法は異なりながらも、そのいずれにも確かな「MORIEらしさ」が息づいている。
本記事では、その中でも特にヨルシカのMV『春泥棒』、『火星人』、『千鳥』の制作を振り返りながら、同社が10年間にわたって大切にしてきた作品づくりの姿勢と、その根底にある思想を紐解いていく。
SNSよりも、目の前の「いい仕事」。MORIEが築いてきた10年を振り返る
MORIE Inc./代表取締役、映像監督、CGアニメーター
2005年CGアニメーターとしてキャリアをスタート。トランジスタ・スタジオでの10年間の活動を経て、2016年に自身が代表を務めるMORIE Inc.を立ち上げる。これまで手掛けた主な監督作品は、ヨルシカ MV「ノーチラス」「春泥棒」「千鳥」「火星人」、GReeeeN MV「星影のエール」、NHK連続テレビ小説「ひよっこ」タイトルバックなど。
CGアニメーションスーパーバイザーとして、Pokemon × Ed Sheeran Collaboration Music Video "Celestial"、日清カップヌードルCM「HUNGRY DAYS ワンピース頂上騎馬戦篇」、映画ドラえもん 「のび太の新恐竜」、NHKスペシャル「恐竜超世界」などに関わる。
CGW(以下、CGWORLD):MORIEは2026年に設立10周年を迎え、現在は11期目に入りました。まずは、この10年を振り返っていかがですか?
森江康太(以下、森江):創業時は8人でしたが、現在は20人弱の規模になりました。
スタッフのみんなをはじめ、クライアントや多くの方とのご縁に恵まれ、10年間、仕事を途切れさせずに続けてこられたことに、まずは感謝しています。経営面でも、ありがたいことに創業以来、赤字を出さずに続けてこられました。
CGW:創業以来、黒字を維持されているのはすごいことですね。どのように仕事を広げてきたのでしょうか?
森江:リピートで声をかけていただくことが多かったんです。納期を守る、クオリティを担保する、連絡には早く返信する。
そうした当たり前の「いい仕事」を積み重ねることが、SNSで自分たちを宣伝する以上に、ダイレクトに響く営業になると考えています。
仕事を受ける際には、組織を維持できる利益があるか、その相手と一緒に仕事をしたいと思えるか、プロジェクト自体が面白いか、といったことも考えます。
ただ、最後は人とのつながりですね。僕は「癒着」って呼んでるんですけど(笑)。「この人に頼まれたら断れない」と思えるような信頼関係を大切にしてきました。
CGW:なるほど。MORIEが手がける作品には、どれも森江さんらしさを感じますが、その背景には、クライアントやアーティストとの信頼関係から、森江さん自身の解釈や提案を深く作品へ反映できているのかもしれませんね。今日は、そのあたりも紐解いていければと思います。
n-bunaの物語を、MORIEの映像へ。『春泥棒』に込めた独自の解釈
CGW:MORIEを語る上で欠かせないのが、ヨルシカとの一連のMV作品ですよね。もともと、 どういった経緯でお仕事が始まったんですか?
森江:実は、ヨルシカのn-buna(ナブナ)君が僕のことを知ってくれたきっかけは、トランジスタ・スタジオ時代に手がけた作品でした。HIDETAKE TAKAYAMAさんの『Express feat. Silla (múm)』(2012)のMVを観て、「この人に頼みたい」と思って『ノーチラス』(2019)の相談をいただいたんですよ。
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CGW:元々、森江さんがHIDETAKE TAKAYAMAさんをめちゃくちゃ好きで、ライブを見に行っていたことがきっかけでMVの仕事につながった話とも近いものを感じます。
森江:こうした縁はつながっていきますよね。当時は、自分が良いと思うものを必死に作っていただけですが、n-buna君のような表現者に作品を見つけてもらい、声をかけてもらえたことは、自分にとっても大きな出来事でしたね。
CGW:そこから継続的な協働が始まります。ヨルシカの抒情的で文学性のある楽曲の世界を、MORIEが短編映画のような映像へと昇華してきたように感じます。
特に思い入れのある作品から紹介できればと思うのですが、いかがでしょう?
森江:やはり『春泥棒』ですね。ヨルシカとの関係が深まっていく中で、n-buna君の物語を自分なりに解釈し、それをMORIEのスタッフや外部のクリエイターと一緒に、映像として最後までつくり込めた作品です。
CGW:本作は再生数も1.3億回を超えて、国内だけでなく海外からも注目を集めていますね。
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森江: ありがとうございます。演出のアイデアを出すのに時間がかかりましたが、実際の制作はスタジオ総出で約2ヶ月というタイトなスケジュールで一気に作り上げました。
今振り返っても「よくつくったな」と思える一本になりました。 コンテの段階で、ボーカルのsuisさんが「出来上がるのが怖い」と言ってたというのをn-buna君から聞きました。
CGW: それはどういう意味ですか?
森江: 普段、suisさんはMVの内容に口を出すことはないのですが、この時ばかりは「すごいものができてしまうのではないか」というニュアンスでそう言ってくれたみたいです。
CGW: 映像のストーリーについても、独自の解釈を加えられたとお聞きしました。
森江: アルバムの物語では「亡くなった妻との思い出を語る夫」の話なのですが、MVではあえて「亡くなった奥さん側の目線」という設定にしました。幽霊となった彼女が、かつて夫と過ごした場所を彷徨い、ループしているという解釈です。
CGW: だから1番と2番で同じ場所を巡っているのですね。
クライマックスで見上げた桜からぐるっとカメラが回転して、大きな桜が立ち現れるカットも、非常に印象的です。
森江: あのアイデアは、デスクで「どうしよう」と悩みながら、ふっと椅子にもたれかかって上をゆっくり見上げた瞬間にそれがカメラワークみたいに見えて閃いたんです。それ以外の部分は、正直どうやって作ったか覚えていないくらい必死でした(笑)。
CGW: 劇中に登場する犬のルックも非常に柔らかい質感で可愛かったですよね。
森江: 犬には実際にXGenで毛を生やしているのですが、普通にレンダリングするとCG特有のジャギジャギした質感になって、セルシェーディングに馴染まないんです。
CGW: それをどう解決したのでしょうか。
森江: 社外の協力者で、僕が「天才」と呼んでいる方が、オリジナルのシェーダーを開発してくれました。高畠和哉さんという方なのですが。3D的なライティング計算は維持しつつ、見た目はアニメらしい綺麗な境界線が出るという、まさに魔法のような手法で実現しました。高畠さんにはいつも無理言って、ヨルシカ作品を何かしら手伝って頂いてます。
CGW: ところで、ヨルシカのMVを観ていて感じるのですが、毎回テイストが全く違っていますよね。制作時のコミュニケーションはどのようになされているのでしょうか。
森江: 実は、ヨルシカに関しては具体的なオーダーがないことが多いんですよ。音楽ファイルがピッと送られてくるだけで、あとはほぼ”おまかせ”。『春泥棒』の際も、n-buna君からの唯一の指示は「桜がブワーってなってるといいな」だけでした(笑)
CGW:それだけ森江さんの感性を信頼しているということですね。
森江: 面白いのが、僕たちがつくった映像の解釈を、n-buna君が後から小説へ取り入れるという逆転現象も起きていることです。例えば『葬送のフリーレン』のテーマ曲『晴る』(2024)のMVでの戦争をモチーフにしたシリアスな描写を、彼はアルバム『二人称』の小説の方に入れてくれたりしています。
CGW:映像が楽曲の世界を広げるだけでなく、その解釈が再びn-bunaさんの創作へ返っていくのは面白いですね。
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『火星人』と『千鳥』。異なるアプローチで応えた『二人称』の世界
CGW:続いて最新アルバム「二人称」についてもお話を聞かせてください。収録された「火星人」(2025)と「千鳥」(2026)は、それぞれ全く違う顔を見せる楽曲です。
森江: これらは生まれた背景も映像のアプローチもまったく違うんです。
まず、ロトスコープを採用した「火星人」。これは、このプロジェクトが始まる前、n-buna君が別の会社に制作のオファーを出していたんですが、2回ほど断られてしまったそうです。
スケジュールや諸々の都合により火星人のMV制作が2度目の白紙になり、もう自分で描くしかないと初めてのペンを握って出来たのが冒頭のバットで火星を殴るアニメーション(の原型)で、その勢いのまま一日描き続けた結果、翌日には全体の映像コンテが出来ました。やり場のない怒りとフラストレーションに… pic.twitter.com/uU3ikcbzWG
— ヨルシカ(n-buna、suis) / Official (@nbuna_staff) May 9, 2025
その感情をぶつけるように、一晩で自ら書き上げた絵コンテが原案になっています。その後「コンテを書いたので、これをアニメーションにするのを手伝ってほしい」と相談を持ちかけてもらいました。普段はほとんど具体的な指示をしてこないn-buna君が、あそこまでこだわってコンテを制作したのは、後にも先にもあの時だけです。
CGW:あのバットで殴りかかる冒頭は本当にリアリティがありましたが、そんな背景が...
森江: 彼がやりたい演出がかなり具体的だったので、僕は現場寄りの技術監督のような立ち位置で関わりました。
線のよれ具合、影の有り無し、FPSやレイアウト、作画チームとの細かいやり取りなどのレギュレーションは、僕らの方で決めていきました。CGと絡む部分は、MayaはもちろんBlenderやHoudiniも採用して、AIによるマスク抜きなども組み合わせながら、僕らにとっても新しいことにトライしながら作成しました。
CGW: 全編ロトスコープとなると制作の現場もなかなか大変だったのではないでしょうか?
森江:そうですね、ひとつひとつの動きにこだわりがあったので、撮影にかなり時間がかかりました。本来なら夕方には終わる予定だったんですが全然終わらなくて、夜中の2時過ぎまでかかりました。
しかも、撮影日の翌日は僕の40歳の誕生日だったんです。24時をまわった瞬間、n-buna君がiPhoneのピアノアプリを立ち上げて、その場で「ハッピーバースデー」を弾いてくれました。深夜の撮影現場で聴くハッピーバースデーというのもなかなかない経験で、今でも忘れられない思い出になっています(笑)。
CGW:同じアルバムの中でも「千鳥」(2026)は、また全然違う印象を受けます。かなりn-buna氏の内面に迫る映像ですよね。
森江: そうなんです。「火星人」がn-buna君自身の衝動的な思いから生まれた作品だとしたら、「千鳥」は真逆で、じっくりと解釈を重ねて作り込んだ作品なんです。『二人称』は、同名のデジタルアルバムと連動して展開された書簡型小説で、実際の封筒と手紙を一通ずつ開きながら読み進める、非常にユニークな作品です。
森江: この書簡型小説『二人称』は講談社から発売されていて、いわゆる一般的な本の体裁ではないんです。外箱の中に32通の封筒と約170枚の手紙が収められていて、読者が実際に封を開けながら物語を読み進めていきます。
物語は中学生の「僕」と「先生」という人物との手紙の文通の形で進んでいくのですが、実際の便箋がそのまま封筒に入って収録されているんです。彼が書いた歌詞に対して「先生」が添削をしていき、そのやり取りの中で「僕」の歌詞が成長していくプロセスが描かれています。
CGW: すごいこだわりですね。
森江: 驚いたのが、n-buna君が書いた原稿を実際に講談社の編集担当にお願いして、原稿を徹底的に添削してもらっていました。
CGW: つまり「二人称」がリアルで行われていたというわけですね。
森江: はい。僕はその赤ペンが入った生データを見せてもらったのですが、次元が高すぎて震えました。担当者は基本的には添削に徹しているのですが、稀に「名言」「感動」といった本音の感嘆が赤ペンで記されている瞬間があるんです。
音楽家でありながら、プロの編集者を唸らせる物語を書き上げるn-buna君の底知れない才能と、それに応える編集者のプロの意地。この両者の熱量がぶつかり合って文章がアップデートされていく様子を見て、クリエイターの凄みに震えました。
CGW: プロ中のプロ同士による、一切の妥協がないやり取りですね。その体験が、森江さんの映像制作にも影響を与えたのでしょうか。
森江: これほどの熱量で物語を紡いでいるアーティストがいる。ならば、映像を作る僕らも、その熱量に絶対に負けてはいけない。毎回作品を手がける時は、この凄まじいクリエイティブへのこだわりを思い出し、制作に臨んでいます。
実はこの曲、当初は2025年内の公開を予定していたんですが、結局コンテが固まったのが10月末、そこから2ヶ月かけてうっすら形になっていって、公開したのは2026年3月。
アルバムの発売日に合わせる形で、当初の予定から3ヶ月ほどずれ込んでしまったんです。歌詞を何度も読み返して、小説の該当パートと照らし合わせながら、どのシーンをどう見せるべきかをずっと考えていましたね。
CGW:MVにもこだわりが詰まっているのを感じました。特にダンスのシーンが印象的でした。草が飛んでいるシーンも観ていてすごく気持ちよかったです。
森江: 僕はリズム感の表現には結構こだわる性質ですね。ダンスは、ダンサーのyurinasia(ユリナジア)さんのモーションキャプチャをベースにしつつ、手付けアニメーションとのハイブリッドで調整しました。
野原で草が舞う表現については、若手アニメーターに手付けで一つ一つ配置・調整してもらうことでアニメーション、映像のリズム感を生み出せたかなと思います。
特に最後まで苦労したのは、主人公が纏っているマントの動きです。MayaのnClothを使ったのですが納品1週間前までうまくいかなくて、最後は僕自身が何日もシミュレーションを回してようやく完成させました。
デジタルの仕事は、完成した映像だけを見るとスマートに見えるかもしれません。でも実際の現場では、何度も試して、失敗して、手作業で直していくことの繰り返しです。そうやって泥臭く手を動かすことでしか生まれない説得力もまた、アーティストの熱量に応えるための一つの手段だと思っています。
CGW: 代表自らそこまで制作に入り込むのは珍しいですよね。
森江: まだちゃんとCGに触ってますよ(笑)。ただ、正直に言うと、全部自分でやることが必ずしも良いことばかりではないとも思っていて。
自分でレイアウトを組んでしまうと、どうしても自分の想定の範囲内、いわば予定調和のものになってしまうんですよね。スタッフに任せた時に生まれる「自分にはなかった表現」が驚きの部分だし、会社でやっていることの楽しさにつながりますよね。
特設サイトはこちら:https://www.buffalo.jp/contents/topics/special/cm-movie
『FREEDOM』で学んだ日本アニメの基礎理論が、世界に届くアニメーションの礎に
CGW:ここまでヨルシカのMV作品を振り返っていただきましたが、これらの作品をきっかけに、MORIEは国内だけでなく、海外のクリエイターからも、より一層注目を集めるようになった印象です。
森江:去年は、フランスからわざわざインターンに来てくれた学生もいましたからね。
CGW: インタビューでも、フランス人からするとアニメーションでMVをつくるというのはすごく珍しくて新鮮なんだと語ってくれました。
海外案件でいうと、エド・シーランとポケモンのコラボ楽曲『Celestial』(2022)のCGアニメーション制作にも参加されていました。どのような経緯で森江さんが指名されたのでしょうか?
© 2022 Pokémon. ©1995–2022 Nintendo/Creatures Inc./GAME FREAK inc. © 2022, Warner Music UK Limited. All rights reserved.
森江: ありがたいことに、企画段階でプロデューサーの川村元気さんが「どのCG会社が良いか」を数社に打診した際、「MORIEが良いと思う」と推薦があったらしいんです。同業者からそう言っていただけたのは、クリエイターとして本当に冥利に尽きます。
CGW: ロンドンでのロケにも帯同されたそうですね。
森江: はい、1週間ほど現地に行きました。現場は100人近いスタッフが動く大所帯でしたが、僕は児玉裕一監督のすぐ隣で、常に技術的な判断を下す役割を担いました。
CGW:具体的にはどのような作業をされていたのでしょうか。
森江: 実写の現場では、「ここから先はアニメになるから、実写として何を残し、どこにブルーバックを置くべきか」という即断即決が求められます。「ここは撮っておいてください」「ここはCGでやるので不要です」と行った感じでその場でジャッジしていきました。児玉監督から「“モリえもん”がいてくれたから、俺は演出に集中できて本当に楽だった」と言っていただけたのは、最高の褒め言葉でしたね。
CGW: 今回、イラストレーターの長場 雄さんのシンプルなラインをアニメーションにする上で、どのような狙いがあったのでしょうか。
森江: 長場さんの魅力的なイラストを活かしつつ、カートゥーン風のしなやかな動きの要素を取り入れながら、日本のアニメーション特有の「硬さ」や「外連味(ケレン味)」を残すというバランスを意識しました(※)。
CGW: 単に滑らかにするのではなく、日本アニメの文脈をあえて残したと。
森江: そうです。
僕はキャリアの初期に、森田修平さんが監督を務めた 「FREEDOM」というプロジェクトで、日本アニメの基礎理論を徹底的に叩き込まれました。
例えば、フレームレート(FPS)を24からあえて12に落とした際、「どこに気持ちよさが宿るのか」といったロジックです。これは日本アニメ独自の「テクニック」のようなもので、我流ではなく理論として習得しました
CGW: 感覚的な「なんとなく良い」ではなく、理論に基づいているからこそ再現性が高いわけですね。
森江: はい。それに加えて、プロとして最も大事なのは、映像の中にある「違和感」を言語化して排除する力です。視聴者が作品にすっと没入できるよう、「なぜおかしいのか」を突き詰め、論理的に修正する。この基礎体力があるからこそ、海外の方にも「質の高い日本のアニメブランド」として引っかかってもらえているのだと分析しています。
(※)このあたりのアニメーション技術については、森江氏の著作「ポーズ・モーション・アニメーション!」に詳しいので、興味ある方はぜひチェックしてもらいたい。https://www.borndigital.co.jp/book/21243/
トランジスタ・スタジオへの感謝 そして初の長編アニメーションプロジェクトがスタート
CGW: ここまでのインタビューでも大分うかがえたところではあるのですが、改めて、作品制作や会社運営において、大事にしていることについて伺えますか。
森江: 僕は「現場主義」というのを掲げてきました。実際に手を動かして物を作れる人間が一番リスペクトされるべきであるという考え方がベースになっています。先述の通り、この物を作るという資産(アセット)は、一朝一夕で身につくものではありません。20代、30代と手を動かしてきた積み重ねが、今の僕の、そしてMORIEの基礎体力になっています。
これもすべて、独立前にトランジスタ・スタジオで培った経験のおかげです。当時は突然独立して、迷惑をかけてしまったと思うのですが、トランジスタ・スタジオ時代がなければ今の僕と、MORIEは絶対にありません。
学生時代から育ててくださった宮下社長には今でも心から感謝しています。
一方で、現場第一主義は、僕自身がすべての仕事を抱えることではありません。『千鳥』でも話したように、スタッフに任せることで、自分には思いつかなかった表現が生まれる。その驚きこそ、会社でものをつくる面白さだと思っています。
CGW:森江さん自身が現場に立ちながらも、つくる人それぞれの力を引き出すことが、MORIEの現場第一主義なのですね。
森江:そうですね。そのためには、クリエイターが余計なストレスを抱えず、制作に集中できる環境をつくることも経営者の仕事です。僕は創業当初から「一番のクライアントは従業員である」と言ってきました(※)作品を良くするためにも、まずは現場で働く人が大切にされる会社でなければならないと思っています。
(※)森江氏は2026年5月、自身のSNSアカウントで「数字で知るMORIE Inc.」を公開した。MORIEがどのようなチームなのかを客観的に伝えるため、社員構成や待遇、定着率など、社内の実態を数字でまとめたものだ。公開された主な数字は、平均年齢32.2歳、平均年収557万2,333円(取締役を除く正社員)、平均勤続年数約6.1年。年間離職率は約4.0%で、過去10年間の離職者は6人にとどまる。
CGW:そして現在、MORIEとして初めてとなる長編アニメーションプロジェクトも始動しているそうですね。短編のMVやCMとは、制作のあり方も大きく変わるのではないでしょうか。
森江:まったく違うと思います。MVやCMは、ある意味では短距離走のようなもので、限られた期間に一気に集中してつくり上げることができます。一方、長編は長い距離を、チーム全員で走り続けなければなりません。
ひとりの力や勢いだけでは完成させられないので、スタッフそれぞれが判断し、自分の持ち場で力を発揮できる体制が必要になります。
CGW:森江さんがこれまで培ってきた、日本アニメの理論やキャラクターアニメーションの経験も、長編の中で結実しそうですね。
森江:長編は、これまでのMORIEが培ってきたものをすべて注ぎ込む挑戦になると思います。ただ、過去の集大成で終わらせるのではなく、そこからまた新しい表現を生み出したい。現場で手を動かすことをやめず、スタッフと一緒に会社も作品もつくりながら、次の10年は世界を本気で驚かせにいきたいですね。
TEXT_持田睦子
INTERVIEW・EDIT_池田大樹(CGWORLD)
PHOTO_宮島 健