「情報を全部描き込んだのに、なぜか見づらい画面になった!」
描く人、絵作りをしている人なら、一度は経験があると思います。実はこの悩み、200年前の江戸の絵師たちがとっくに答えを出しています
この記事は、映像・ゲーム・アニメの制作現場に生かせる「絵の見方」の話です♪
この記事で取り上げる作品例に、浮世絵と新版画がたびたび登場することには理由があります。版画は芸術作品である前に、色数も工程も納期も縛られた商業印刷物でした。制約だらけの現場で「いかに少なく描いて、いかに多く伝えるか」を突き詰めた絵。それって、私たちクリエーターが毎日やっていることそのものですよね!

版画は、鑑賞する楽しみ以外に「技法」が学べます。

今回注目するのは「抜け(余白)」
描かないことで視線を操る技術です。余白をどう使いこなしていたのか、このあと順番に見ていきましょう!!! 

記事の目次

    著者について

    赤井紀文(あかいのりみ)
    VFX映像ではデジタルマットペインター、アニメ映像では美術背景設定画とコンセプトアートを担当。油画を描いていた経験から、アートと映像制作現場の両方の知見を持つ。
    https://linktr.ee/norizen

    作品実績一覧
    作品名 ジャンル プロダクション 担当作業
    2026 青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない アニメ・映画 Clover Works 美術背景設定画
    2026 遥かな町へ VFX・映画 Spade&Co. Digital Matte Painter
    2026 火喰鳥 羽州ぼろ鳶組 / TV アニメ・TV シナジーSP 美術背景設定画
    2025 決戦80年 八月の声を運ぶ男 / NHK公式ドラマ VFX・ドラマ NHK Digital Matte Painter
    2024 魔王2099 / TV アニメ・TV J.C.STAFF Concept Art, 美術背景設定画
    2023 首 / 映画 VFX・映画 Spade&Co. Digital Matte Painter
    2022 ラーゲリーより愛を込めて / 映画 VFX・映画 Spade&Co. Digital Matte Painter
    2022 KAPPEI / 映画 VFX・映画 Spade&Co. Digital Matte Painter
    2020 Netflix全裸監督2 / Netflix VFX・ドラマ Spade&Co. Digital Matte Painter
    2015 Apple Seed α / 映画 アニメ・映画 SOLA DIGITAL ARTS Compositor
    2013 映画キャプテンハーロック / 映画 アニメ・映画 MARZA Art Designer
     

    日本画の「抜け」余白が描く、視覚の呼吸(スゥーハーァーーー)

    描かない表現の力!
    どこを描き込むかより、どこを描かないかを決めるほうが、ずっと難しいんですよね。。。
    「抜け」とは、余った隙間ではなく「表現」なんです。

    西洋画や海外のアニメーションには「ネガティブスペース」という考え方があります。主役を引き立てるための空間、隙間のことです。ディテール描画と余白の形で動きを表現し、物語を感じやすくし、力強く視線誘導していきます。

    ジャン=バティスト・カミーユ・コロー「ヴィル=ダヴレー」1867

    Jean-Baptiste-Camille Corot Ville-d'Avray
    Courtesy of the National Gallery of Art, Washington. 
    ジュール・デュプレ「嵐の前に逃げる吠え声」1870∼1875年

    Jules Dupré Barks Fleeing Before the Storm
    Courtesy of the Art Institute of Chicago.

    一方、日本では美しい時間を切り取る。

    例えば、新版画の巨匠・吉田博の『帆船』。空には雲ひとつ描かれていません。西洋画でいう隙間というよりもポッカリ空いた空間にみえます。けれど、描かれなかった余白が「水面にゆれる光」や「空気の湿り気」を雄弁に語りかけてきます。

    見る人の視線は一点に縛られず、視点の視座を上げ、俯瞰視させることで画面全体へ視界が広がっていくように誘導しています。

    吉田博「帆船  朝 」(「瀬戸内海集」より) 1937

    Yoshida , Hiroshi, Vent calme 1937 
    Courtesy of the Musée Cernuschi, musée des Arts de l’Asie de la Ville de Paris

    「抜け」には、四つの型がある!!!!

    日本版画の名作を、みていくと「抜け」の技法はだいたい四つに分けられることが見えてきます。

    ①「空抜け(そらぬけ)」

    葛飾北斎 「冨嶽三十六景 江戸日本橋」 1831~1834 
    Katsushika Hokusai,  Nihonbashi in Edo, from the series Thirty-six Views of Mount Fuji
    Courtesy of the Metropolitan Museum of Art, New York.  

    一番ポピュラーな「抜け」といえば、やっぱりこれ!!!「空抜け」じゃないでしょうか?!空にあえて太陽や雲を描かず、グラデーションだけで空の奥行きを表現する手法です。

    たったそれだけ?と思うかもしれません。でもこの「描かない空」、想像以上に強力ですよ♪

    絵の中に何も描かれていない空があると、視線は情報の詰まった場所から、すーっと無い方へ逃がされていきます。描き込みで引っぱるのではなく、描かないことで引き込む。これが「マイナスの引力」です。この引力が生まれると絵全体に奥行きがうまれて、絵全体の情報が自然に目のなかに入ってきます。

    試しに「空抜け」が有る写真と無い写真を見比べてみてください。

    上の写真は太陽が主役すぎて、視線がそこで止まってしまい、船などの要素が見えづらくなっています。いっぽう下の写真は、太陽の位置よりずっと奥まで視線を妨げるものがありません。あえて主役を不在にすることで、船をはじめ手前の要素がすっと目に入り、風景全体をたのしむ絵づくりがされています。
    (補足:水面の太陽Reflectionを消し切ってないのは上画と比較するためですすす)

    このように空に太陽やディテールの多い雲が存在すると、視線はそこにぐっと引き寄せられて、画面のなかに留まりつづけます。主役を強く見せたいときには、これはこれで正解です!

    ところが空の要素を抜くだけで、視線に逃げ道ができ、画面がふっと呼吸をはじめる。同じ風景も、別の画になってしまいます。

    簡単に!且つ、強力に!これほどコスパのいい技はありません。効果絶大ですね♪♪

    ②「海面抜け(かいめんぬけ)」

    歌川 広重 「丸清版・隷書東海道五十三次」より(宮・七里の渡し 熱田鳥居 寝覚の里)1842–1857年
    Utagawa Hiroshige, Miya: Shichiri Ferry Crossing, Gate to the Atsuta Shrine, and Nezame Village —No. 42, from the series “Fifty-three Stations of the Tokaido,” also known as the Reisho Tokaido , 
    Courtesy of the Art Institute of Chicago.

    手前の波はちゃんと形があるのに、奥へ行くほど描写を省いて、グラデーションへと溶かしていく。そうやって奥行きが生まれると、見る人の目は水平線の彼方へ誘われていっちゃいますねー♪

    ③「山抜け(やまぬけ)」

    歌川 広重 「丸清版・隷書東海道五十三次」より(金谷・金谷坂 かなや駅 大井川) 1847/52

    Utagawa Hiroshige, Kanaya: Kanaya Slope and Oi River —No. 25, from the series “Fifty-three Stations of the Tokaido,” also known as the Reisho Tokaido

    Courtesy of the Art Institute of Chicago.

    あんなに巨大な山でさえ、あえて細部を描き込まない!手前にあるのにグラデーションだけ。描き込みがされている部分との対比で山のスケールが際立つ、麓をゆく旅人の小ささや、その旅の物語まで浮かびあがってきます。歌川広重の『東海道五十三次』なんかが、まさに好例です!!

    ④「道抜け(みちぬけ)」

    歌川 広重 「丸清版・隷書東海道五十三次」より(三島) 1842–1857 
    Utagawa Hiroshige, Mishima—No. 12, from the series “Fifty-three Stations of the Tokaido,” also known as the Reisho Tokaido 

    地面の凹凸も、転がる石ころも描かず、道をただの余白にしてしまう。すると、視線は道そのものよりも、その先にある宿場や、人々の暮らしへと、自然に運ばれていく「流れ」を作り出し、絵全体の街並みとその土地の日常を伝える力が宿ります!

    「雲」は、目の休憩所だった!

    葛飾北斎「冨嶽三十六景 相州箱根湖水 」1830~1832 年
    Katsushika Hokusai,  The Lake at Hakone in Sagami Province, from the series Thirty-six Views of Mount Fuji
    Courtesy of The Metropolitan Museum of Art, New York. 

    もうひとつ、見逃せないのが⑤「雲抜け」

    情報が詰まった画面のなかに、あえて何も描かない雲の帯を差し込む。この「余白」の役割は、もっと能動的です。見る人の目を、わざと!休ませてあげる。そんな効果があります。

    雲は空ほど奥行きには貢献しない。画面全体をゆっくり見て回りたいときに、公園のベンチみたいな?雲のベンチに座ってゆっくり景色を堪能できる大切なスポットになってますね!

    (もちろん絵巻物だと、場面が切り替わるトランジション効果など、ほかにもいろんな使い道があるんですが、ここではあくまで「抜け」としての使い方に注目しています。)

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    次回注目するのは「インパクトのある構図」について!
    インパクトのある絵のカラクリを解説!対角線を意識した絵作りは、観る人へ物語と動きを感じやすくします♪ 力強い画作りに取り込んじゃってください。