属人的な感覚や経験を、組織の知恵としてどう継承していくのか。各社の教育・研修の取り組みに迫る連載企画、第7回はダンデライオンアニメーションスタジオ(以下、DLAS)を取り上げる。後編では、“2D的ニュアンス”を重視したアニメーション教育や、メンター制度の見直し、さらに発信や言語化を通じたナレッジ共有に焦点を当てる。変化の激しい時代の中で、DLASが次世代へ何を残そうとしているのかを探る。
※本記事は月刊 『CGWORLD + digital video』vol.333(2026年5月号)掲載の「クリエイターの学びの現場 第7回 ダンデライオンアニメーションスタジオ」を再編集したものです。
ダンデライオンアニメーションスタジオ
2007年設立、練馬区のデジタルアニメスタジオ。スタッフ数約100名。劇場用長編、配信シリーズ、MV、ゲーム向け映像など幅広い案件を手がける。作画的ニュアンスを重視した表現力を強みとし、大型案件にも対応できる体制強化を進めている。
Webサイト:www.dlas.jp
2D的ニュアンスを、3Dでどう成立させるか。DLASが磨く“翻訳”の感覚
CGWORLD(以下、CGW):DLAS流のアニメーションの中で、特に重視していることは何でしょうか。
松井一樹氏(以下、松井):案件を問わず一貫して大切にしているのは、いわゆる“2D的ニュアンス”です。3Dの機能に依存するのではなく、「もし作画で描くとしたらどうなるか」を想像し、省略の美学や誇張のさじ加減を考慮しながら3Dに落とし込む。研修でも、そこまで踏み込んで共有したいと考えています。
例えば2024年公開の短編映画『あめだま』では、写実的な質感のキャラクターを扱いましたが、決まった形状のブレンドシェイプだけに頼っていては、心情の深い部分までは表現できなかった。絵コンテに込められたニュアンスを、どう3Dの顔に反映させるか。映像に生命を宿すためには、アナログ的な感性が必要でした。
▲アニメーションユニットリーダー・松井一樹氏
CGW:リアル寄りの作品でも、2D的な思考が有効なんですね。
松井:2Dアニメがもっている「嘘のつき方」や「省略の構造」を理解していないと、リアルな質感のキャラクターでもどこか空虚に見えてしまいます。「絵が描けるかどうか」ではなく、「その理屈を理解しているかどうか」が重要なので、研修には2Dイラストのポーズを3Dで再現したり、作画監督の修正指示を3Dに落とし込んだりする課題を組み込んでいます。
「2Dの嘘」を3Dで成立させる翻訳作業は簡単ではありませんが、だからこそ面白い。研修という“失敗できる場”で、その難しさと手応えを体感してもらいたいんです。
DLAS流 アニメーション調整のTIPSと口パクの仕様 (※いずれも研修資料からの抜粋)
ショット内で優先すべき要素や調整時の指針、口パクのルールなどを明文化し、感覚に頼りがちな判断基準を共通言語化している。新人研修でも参照される重要ドキュメントだ。
西谷浩人氏(以下、西谷):社内では、そうした考え方をWikiやナレッジベースに整理しています。プロジェクト単位で得た知見も蓄積し、「どうつくるか」だけでなく「なぜそうするのか」まで共有するしくみを整えています。
▲映像制作室 室長・西谷浩人氏
松井:自分で描いて動きの気持ち良さを理解できれば理想的ですが、必須条件ではありません。大事なのは、「描いたらこうなるはず」という想像力をもち、それを3Dで再構築できる“目と手”を育てることです。
CGW:メンター制度自体も見直しているそうですね。
松井:以前はほぼ“当事者にお任せ”でしたが、新人の日報をユニット内で共有し、必要に応じてフォローする体制に移行しました。新人の状況把握だけでなく、「教え方が適切か」を確認する意味もあります。育成を個人の善意に委ねるのではなく、組織として支えるしくみに変えていこうと考えています。
西川和宏氏(以下、西川):3ヶ月の研修はあくまで初動です。その後2〜3年かけて、複数のプロジェクトを経験しながら独り立ちしていく。ただ、最初に共通言語をもっているかどうかで、その後の伸び方は大きく変わります。何が身に付いていないのか、自分がどのフェーズにいるのかを自覚できること自体が重要なんです。
▲代表取締役・西川和宏氏
CGW:新人研修のねらいは、単なるスキルの底上げではないんですね。
松井:そうですね。表面的な操作やテクニックは、環境が変われば陳腐化するかもしれない。でも「どう見るか」、「どう構成するか」という思考の基礎は残る。私たちが重視しているのは、ツール依存ではない判断力を育てることです。口パクひとつとっても、全ての音を拾うのではなく、どこを省略するのかという判断が重要です。そこには必ず意図がある。その意図を説明できるアニメーターになってほしいんです。
西谷:最初に松井が言った「属人化を減らす」というのは、個性を消すことではありません。むしろ逆で、共通の土台をもった上で、それぞれがどう個性を発揮するか。そうなって初めて、チームでつくる強みが発揮できる。メンターにとっても、教えることは自分の思考を整理する機会になりますから、新人だけでなく中堅の成長にもつながっています。
CGW:メンターの任命には、在籍年数などの基準はあるのでしょうか。
松井:明確な基準は設けていません。リード経験がないメンバーにメンターを任せることもありますし、現場を2~3年経験した段階で、その人の成長を期待してあえて任せる場合もあります。もちろん負担にならないようフォローはしますが、「教える立場に立つ」ことで見えてくる景色があるんです。案件やセクションによって変動しますが、リードになると、平均5人前後、多いときは10人以上を見ることもあります。外注管理まで担うケースもあるので、その役割は単なるショット管理に留まりません。
西谷:リードにならないと、現場でディレクション経験を積む機会はなかなかありません。その前段階としてメンターを経験することは大きいと思います。新人育成であると同時に、メンター側にとってもディレクションの練習になる。そういう意味でも、このしくみは一方向の教育ではないんです。
松井:今年の4月から、まずはやってみて、毎年見直しながらブラッシュアップしていく予定です。研修も固定化すると、また属人化と同じ問題を抱えてしまう。しくみそのものも、更新し続ける前提で設計しています。
西川:ヘルスケアの施策と同じで、これも長く走り続けるための土台づくりです。短距離走のための即効薬ではない。DLASを支える基準を、次世代にどう渡していくか。その挑戦に、本腰を入れ始めたという感覚ですね。
個人の経験や感覚を、組織の知恵へ。発信と言語化による土台づくり
CGW:DLASでは、社内外での発信機会も積極的に設けていると伺いました。
西谷:例えばBACKBONEさん主催の「リグナイト」に登壇した際は、私が概要説明を担当し、第2部では若手にプレゼンしてもらう形式を採りました。テクニカル職は、モデラーやアニメーターといった各職種の橋渡しをする中間職的な立場にあります。だからこそ、折衝力や説明力が非常に重要です。「言われたからやる」ではなく、「なぜそうするのか」、「どう実現するのか」を自分の言葉で提案できる力を磨く必要があると感じています。
CGW:社外での登壇が、その訓練にもなる?
西谷:ええ。実際、最初の頃はスライド制作に手こずり、BACKBONEさんからも様々な助言をいただきました。前提知識が共有されていない相手に専門的な内容をどう伝えるか、その難しさを痛感しました。ただ、回数を重ねるうちに「伝わるスライドとは何か」を考えられるようになり、社内での説明や交渉にも変化が出てきました。内気なスタッフが多いので、半ば強制的にでも発信の場を設けることは意味があると思っています。
西川:出たがりタイプは少ないですね(笑)。ただ、だからこそ機会をつくり、他者に伝える力を鍛える必要があるんです。
松井:アニメーションユニットでも、案件終了後の総括会をプレゼン形式に変更しました。リードが施策や反省点を整理して共有する。単なるふり返りではなく、知見を言語化し、組織の資産に変える場にしています。
西谷:異業種から転職してきた制作向けに、「モデリングとは何か」、「パブリッシュとは何か」といった基礎概念を解説する資料も整えました。パブリッシュ周りは特にローカルルールが多く、他社経験者でも戸惑いやすい。パイプラインが高度化・厳密化している今、用語の共通認識は欠かせません。
社内外の技術共有会や、社内研修用資料の抜粋
▲「第14回リグナイト」(2025年12月開催)で使用した登壇資料の一部
▲『あめだま』終了後に制作された、アニメーションの技術共有資料の抜粋
▲新人の制作向けに用意された、パブリッシュのながれを解説する資料の抜粋
案件事例から運用ルールまで、多様なナレッジをスライド化し、判断基準や注意点を可視化することで、個人の知見を再利用可能なかたちに変換している。
松井:暗黙知だったものを文面化し、ナレッジベースを強化する取り組みも進めています。年々ワークフローが複雑化しているので、知識の共有と底上げを常に意識しています。
CGW:言語化は、新人だけでなく中堅にも良い影響を与えそうですね。
松井:中堅になると失敗が減り、考えなくても回せるようになる。その状態は安定でもありますが、同時に成長の停滞でもあります。
西谷:手癖でやってしまう状態ですね。プレゼンの機会は嫌がられますが(笑)、自分の技術や判断を整理し直す契機になる。失敗しないと伸びない、という面もあります。
松井:今後は、ディレクションの在り方も変わっていくと思います。従来の絵コンテ中心の形式だけではなく、CG出身ディレクターが多様なVコンテのフォーマットを生み出す時代になるでしょう。社内でも形式は多様化していますし、業界全体がまだ過渡期です。標準が定まっていないからこそ、知識を吸収し、自分のスタイルを構築できる余地がある。
西谷:AIの登場で、その傾向は強まるでしょう。ツールは簡単につくれる時代になる一方で、AIの出力を理解し、適切に指示・修正できるディレクション能力が問われる。「何となく」で通用する時代は終わると思います。
西川:だからこそ、私たちは“土台”に投資しているのです。ヘルスケアも、研修も、発信の場づくりも、全ては長く走り続けるための基礎づくりです。個人の経験や感覚を、組織の知恵へと変えていく。その積み重ねが、変化の激しい時代を乗り越える力になると信じています。
INFORMATION
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.333(2026年5月号)
特集:CGインディーズ仕事術
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2026年4月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota