“誰も見たことがなかったビジュアル”を追求する、若き俊英・西山将貴監督の長編デビュー作。学生時代からの盟友であり、本作のVFXを一手に引き受けたCao Moji氏との妥協なき画づくりの舞台裏に迫る。
7月31日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷 ほか全国順次公開
シエラ璃砂/奥野みゆ/平澤瑠菜
監督・脚本・編集:西⼭将貴/プロデューサー:坂本 篤/撮影監督:山本周平/照明:⿃内宏⼆/録⾳ :三⾨優介/特殊造形:快歩/音楽:堀本 陸/VFX:Cao Moji
製作:Test 8 Pictures/配給・宣伝:ギークピクチュアズ
invisiblehalf-movie.com
高校生の頃から育んできた、フィルムメーカーとしての絆
西山将貴監督の長編デビュー作『インビジブルハーフ』。ミックスルーツをもつ高校生・高橋エレナ(シエラ璃砂)は、その見た目や名前で「外国人」扱いを受け続けるうち、いつしか他人に心を開くことをやめていた。そんなある日、スマホに触れているときだけ見える透明な怪物が彼女の前に現れるという、正体不明の恐怖との対峙を描いた青春ホラーだ。
西山監督が本作の企画に取り組み始めたのは2019年だった。「当時、僕は19歳でした。完成したのはつい最近のことで、実に6年もの年月を費やしました」。
西山監督の信条は「言葉にするとバカバカしい表現を、リアルに描くことで見たことがない斬新な表現が生まれる」というもの。本作では“スマホ越しにしか見えない透明な怪物”という、字面だけならB級ホラーを思わせる設定を、『岸辺露伴』シリーズで知られる撮影監督 山本周平氏を中心とするチームがシネマティックに撮影していった。
そして、西山監督のアイデアを具現化する上で要となるのが、VFXアーティストのCao Moji氏だ。本業では白組所属のVFXアーティストとして本名の佐藤昭一郎で活動しているが、本作には個人クリエイターCao Mojiとして関わった。
「全てのVFXを1人で担当しました。平日は白組の業務を行いながら、休日を中心に本作のVFXワークを行いました。プリプロから参加していたので作業期間は4年に達します。西山監督が『完成した』と思えるまで、ふたりでブラッシュアップを重ねられました」。
そんなふたりの出会いは高校生時代に遡る。「当時、宇宙人が出てくるSFものをつくりたいと思っていたところ、彼がSNSに投稿した宇宙もののCGアニメーションが目に留まり、DMを送ったのがきっかけです。それ以来、自主制作から商業作品まで、僕の全作品のVFXに参加してくれています。彼は映像表現の良し悪しにいつも正直で、もし僕の提案に問題があれば“いやダサいっすね”などと平気で言ってくる。確かなセンスとVFXスキルを兼ね備えているので、お互いに気兼ねなく良い画をつくり込んでいける大切なパートナーです」(西山監督)。
<1>プリプロ&オンセット(撮影現場での対応)
インディーズだからこそ、綿密なプランニングを徹底する
透明な怪物のデザインは、西山監督によるラフコンセプトをベースに、特殊造形を担当した快歩氏がブラッシュアップするかたちで進められた。
「快歩さんには『見えない視線の怪物』というコンセプトで怪物のデザインを描いていただきました。目指したのは、透明人間という古典的なイメージをもつ怪物を、現代的な物語の中で成立させることです」(西山監督)。
包帯で覆われたシルエットは、SNS上の匿名アカウントから着想されたモチーフだ。さらに視線をテーマとする本作の特性をふまえ、怪物の目は針で縫い止められたデザインに落とし込まれている。VFXで怪物を表現するCao Moji氏も、ロングコートの裾や垂れ下がる包帯といった揺れもののシミュレーション作業を見据え、実装視点からの提案を重ねていった。
本作の脚本が完成したのは2021年。撮影は2023年3月下旬から約2週間にわたって行われた。西山監督の出身地という地の利を活かして、約9割のシーンの撮影が愛媛県松山市で実施された。カメラはRED Dragon 6Kを使用し、Zeiss「Super Speed」シリーズのシネマレンズと組み合わせることで、インディーズ規模という条件下でシネマルックを追求している。
「撮影部と照明部にはシネマルックにこだわってもらう一方で、カメラワークは基本的にFIXとトラックアップ/バックに絞り込みました。アングルを絞ることで、限られた時間の中でも照明をしっかりつくり込み、リッチな画に仕上げるねらいです。単調な印象にならないよう、絵コンテとプリビズでカット割りを綿密に設計することにも気を配りました」(西山監督)。
カメラワークを絞りつつも映画的な画づくりを追求した好例が、タイトルバックのシーンだ。VFXが介在しないシーンながら、教室の窓から外の様子を不安そうに見続けるエレナとクラスメートたちの姿を、ゆっくりとしたズームアップで捉える長尺カットとなっている。そのため、クランクインの半年ほど前からCao Moji氏と共にプリビズを作成し、綿密にプランを練ったという。多くのシーンを対象にカメラのズームイン/アウトのタイミングを設計した上で、カメラと演者たちの位置関係を俯瞰図にまとめた資料を作成し、本番に臨んだ。
「現役の学生さんなどエキストラの方々にも参加していただいているため、撮影現場で即興的に画づくりを行うのではなく、事前にできる限り“このアングルで、このタイミングで、こう動いてもらう”といった演出を決め込んでおくことを心がけました」(西山監督)。
怪物のデザイン
▲ 快歩氏によるクリーチャーデザイン。「包帯を纏った実体のない怪物の原点は、SNSの初期アイコンからのイメージです。SNSで人々が攻撃し合う世界が恐ろしいなと思ったのが、この怪物を考え始めたきっかけでした」(西山監督)
ストーリーボード
▲ 西山監督が作成したタイトルバックのストーリーボードの例。(左図)タイトルバック/(右図)冒頭シーン
撮影現場の様子
プリビズによる綿密なカメラワークの設計〜タイトルバック〜
<2>BTS:夜の浜辺/猫歌の家
実写とCGの緻密な組み合わせで 透明な存在を描き出す
エレナが親友の山本アカリ(奥野みゆ)に透明な怪物の存在を証明しようと、夜の浜辺に怪物をおびき寄せるシーンは、特に難度が高かったそうだ。
「夜の野外シーンの撮影は、ろくなもんじゃありませんね(苦笑)。照明の難度が高い上に、撮影中に潮位も変わっていくため、ポスプロで各カットのつながりをできるだけ自然に見せるための調整に多くの工数が必要でした」(西山監督)。
砂浜に怪物の足跡だけが現れる表現では、まず足跡のない状態と、スタッフが砂浜を歩いた足跡入りの状態をそれぞれ撮影。それらを素材に足跡部分のマスクを切り出し、ふわっと現れるアニメーションを加えた上で、Blenderで生成した砂のパーティクルが舞い上がる動きを重ねている。さらに足の裏に砂がついて動いていく細かな表現も、怪物の頭身で作成した透明な人物モデルを動かして再現した。
「派手ではありませんが、透明人間が歩くことで足跡が形作られる様子をVFXで上手く表現できたと思っています」(Cao Moji氏)。
浜辺シーン最大の見せ場が、エレナがスマートフォンのイヤホンケーブルに首を絞められて宙吊りになるカットだ。撮影は、箱馬の上に乗ったエレナを正面から固定アングルで撮るところから始まった。光源のない海辺の暗さを利用し、エレナの背後を黒バックとして処理。物干し竿状のポールを天井に渡してイヤホンを垂らし、首から下はプラクティカルに見せた上で、リフトアップする演出と首より上のイヤホンケーブルはCGに置き換えて仕上げている。
波の満ち引きも、Blenderによる流体シミュレーションで表現。プリプロ時には東京湾沿いの海浜公園でリファレンス撮影を行い、波が引いた後の砂の質感や夜の海面の見え方のシミュレーションテストも入念に重ねたという。
エレナとアカリが、亡くなった同級生の伊藤猫歌(にゃん)(平澤瑠菜)が暮らしていた家に侵入するシーンでも、丁寧なVFXワークが施された。
「部屋の奥に倒れている死体の周りを飛ぶハエなどを、彼がVFXで追加してくれました。実は当初は入れる予定がなかったのですが、『長期間放置された死体なんだから、ハエやゴキブリを加えたい』と言って勝手に足してくれました。こうした積極的な画づくりにも助けられています」(西山監督)。
なお本作は、当初のプロット段階では血や暴力描写を強めに盛り込んでいたが、最終的にはほぼ全てのグロテスクな描写を間接的に表現する方針へと転換している。
「日本のホラー表現特有の、“映像表現としては静的で綺麗に描かれているが、だからこそ不気味さや怖さが込められている”という画づくりにチャレンジしました」(西山監督)。それぞれのカットの細部にもぜひ注目してほしい。
夜の浜辺シーン<1>砂浜の足跡
▲ 完成したカット(左→右)
夜の浜辺シーン<2>フルCGによるアップカット
夜の浜辺シーン<3>イヤホンで首を絞められて宙に浮くエレナ
猫歌の家|死体に群がる虫
<3>BTS:透明な怪物との戦い
自分たちらしいつくり方で、より大規模な作品にも挑みたい
後半の怪物とのバトルシーンにも、繊細なVFXワークが随所に施されている。西山監督は脚本段階から「クライマックスの透明な怪物との戦いは20分ほどの長尺で描きたい」と強いこだわりをもっていたという。
「机や椅子が透明な怪物に動かされる表現では、対象となるオブジェクトを全て3DCGで再現しました。テグスで引っ張っても意思のある動きにはならないので、こちらも透明な怪物用のCGキャラクターを使って実際に投げさせたり、物理シミュレーションを組み合わせたりすることで、リアルな動きを追求しました」(Cao Moji氏)。
怪物が透明化する表現については、当初は3Dモデルベースの立体的な歪みを検討していたが、最終的には“心理的に見えている存在”という設定に寄せ、煙のようにふわっと消える方向へ切り替えた。
「怪物のデザインは『視線』が重要なコンセプトです。透明化の表現でも、体が先に消えていき、エッジと針で縫われた目だけが最後まで残るようにすることで、その印象を強調しました」(西山監督)。さらにエッジが消えていく際には、三原色の色収差が煙のように広がるニュアンスも加えられた。
教室の後に続く廊下のシーンには、反撃するエレナが怪物の頭部を狙ってバットを振り下ろすと、その空間に血が流れる表現が登場する。怪物の3DCGモデルを用い、頭部へのダメージをVFXで表現したものだ。
「シズル(血の質感)感には試行錯誤しました。殴られて血が流れ出したばかりの箇所と、包帯に染み込んで乾いた箇所の質感をつくり分ける必要がありました」(Cao Moji氏)。
またエレナと透明化した怪物の全身を捉えたカットでは、ダメージ表現の部位は小さくしか映らない。それでも怪物の挙動が伝わるよう、キャラクターアニメーションは意図的に大きめの動きに仕上げる工夫も凝らされた。
「怪物の動きに合わせてわずかにフォーカスが外れる処理を加えることで、その場に居合わせた誰かがスマホで撮っているような臨場感を高めています」(西山監督)。
「デビュー作は一生涯残るもの。だから西山監督が完成と言うまで待ちます」というプロデューサー陣の粋なはからいで、ポスプロには約3年が費やされた。
「ほぼ毎週末、彼の家を訪問してブラッシュアップを重ねました。ふたりで頭から見返して『もう直したいところはないよな』と確認しあった瞬間に完成しました」(西山監督)。
高校生の頃から約10年にわたり、様々な作品を通して培われてきた西山監督とCao Moji氏独自の制作スタイルは、まさに阿吽の呼吸だ。
「これからも彼と一緒につくっていくと思います。より大規模な作品にも、自分たちらしいつくり方でチャレンジしていきたいです」(西山監督)。
教室シーン<1>怪物の透明化エフェクト
教室シーン<2>3DCGで仕上げられた机と椅子
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▲ 教室で机や椅子が勝手に動く表現では、動きのリアリティと実写プレートとの馴染みの観点から多くの要素が3DCGで作成された。ロケ地の机(左)と3DCGモデル(右) -
▲ ネジや溶接痕なども細かくモデリングされている
▲ 透明な怪物が投げる机のアニメーションでは、物理シミュレーションで落下させるために机の中にあるノートや筆箱までCGで再現された
透明な怪物に対するダメージ表現
INTERVIEW & EDIT_NUMAKURA Arihito