これまで首都圏を中心に都市部への集積が続いてきた日本のCG業界だが、近年、地方行政における誘致活動の動きと相まって、新拠点を検討をするコンテンツ企業・クリエイターも増加中だ。本連載では、自分たちが好きな場所で働くクリエイターにフォーカスをあて、その暮らし方や業務スタイルを紹介する。

第6回は熊本発のアニメ制作会社火ノ国アニメーション」の眞鍋岳史氏と福原康仁氏、上野こずえ氏に取材し、熊本にスタジオを設立した理由から熊本独自の魅力、日々の暮らしまで、様々な観点から、熊本で働くということについて語っていただいた。

記事の目次

    3年間の賃料が無料!?熊本市がスタジオ誘致を加速させる理由。 <視察ツアー1月 開催決定>

    熊本でアニメーションスタジオをつくりたかった

    ――まずは、火ノ国アニメーションがどういった会社なのかお聞かせください。

    眞鍋岳史氏(以下、眞鍋):火ノ国アニメーションはまだ若い会社で、去年の8月に、熊本のクリエイターと8人で起ち上げた会社です。テレビアニメーションをつくりたいと思っているスタッフばかりだったので、熊本でテレビアニメにフォーカスしたスタジオをつくっていこうというところから始まっています。

    また、熊本は「火の国」と称されるのですが、熊本をアピールしたい思いと、わかりやすく「アニメーション」と入れることで地元にアニメーションの制作会社があるんだと若い人にも周知させて、将来の仕事先として目指してもらいたいという思いで「火ノ国アニメーション」という社名になりました。

    ――眞鍋さん個人としての自己紹介もお聞かせください。

    眞鍋:僕は20歳の時にゲーム、アニメ業界に入りました。当時入社したスタジオではゲームとアニメのCGの境界があまりなくて、両方のお仕事をしていました。23歳の時に、どうしても参加したい企画にお声掛けいただいたんです。しかし会社には反対されてしまい、思い切って会社を辞めて、その企画に参加しました。それがきっかけで、それ以来フリーランスでやってきました。その過程で、自分にはゲームよりもアニメの方が向いていると思い、アニメに絞ってやっていこうと決めました。

    ――フリーランスとなってからは、どこで働かれていたんでしょうか?

    眞鍋熊本の自宅とは別に、作業を行うスタジオを設けて仕事をしておりました。必要があれば、クライアント先に出向もするというスタンスでした。

    ――では、福原さん、上野さんの自己紹介もお聞かせください。

    福原康仁氏(以下、福原)僕は元々、熊本でCMなどの映像制作を専門とする会社に勤めていて、CMだけでなくPJMなど、多岐にわたる映像制作に携わりました。30代に入り、自分の仕事の方向性をもう少し絞りたいと考えるようになっていた頃、ちょうど眞鍋さんがスタジオ立ち上げの話をされていて、お声がけいただきました元々アニメ業界にも興味がありましたので、この機会に参加させていただくことを決めました。

    上野こずえ(以下、上野):私はもともと印刷会社でデザインの仕事をしていたのですが、まさか自分がアニメの世界で働くことになるとは思ってもいませんでした。まったくの未経験で飛び込んだアニメ業界ですが、今では毎日がとても充実しており、火ノ国アニメーションのみんなには本当に感謝しています。

    ――「火ノ国アニメーション」設立までの経緯を教えてください。

    眞鍋:フリーランスとして活動していた頃、熊本でスタジオをつくりたいという方から声を掛けていただいたんです。僕も40歳を過ぎたあたりで、フリーランスとして同じペースで働き続けるのは難しいんじゃないかと思い始めていたので、スタジオ設立に向けて熊本の仲間を集めました。僕は専門学校で講師もしておりますが、卒業生たちが県外に行かないと仕事がないという状況も見てきていたので、熊本にそういう子たちの受け皿をつくることができればという思いもありました。

    ――地元に残りたいが、就職先が関東圏にしかないというお話はよく耳にします。

    眞鍋:県外に就職が決まったあとに、親御さんの反対にあうという話もよく聞きますね。それで結局、熊本内の、CGとは全然違う職種を選ばざるを得なかったり……。僕たちが熊本のスタジオをつくってうまくやっていければ、他の会社さんたちも興味を示して会社も増えていくだろうし教育機関ともより密接に連携できるようになるのではないか、そうすれば僕たちの会社にもいい人材が入ってくるんじゃないか? そういったことを、長いスパンで考えてやってみようという思いで、「火ノ国アニメーション」を始めました。

    ――皆さんにお聞きします、熊本でCGを制作するメリットは何でしょうか?

    眞鍋:個人的なことで言うと、東京や福岡で仕事をしているときに一番きつかったのは、どこに行くのも電車を使わないといけない、ということだったんです。それが自分にとってかなりのストレスで、会社に寝泊まりするようにもなってしまいました。東京などに比べると熊本では車移動が多く、通勤のストレスもないんです。そこが一番のメリットかもしれないですね。

    福原:移動手段に関して言うと、僕は自転車移動ですね。熊本って都市部にぎゅっと機能が集まっているので、生活圏は自転車で移動できてしまうんです。だから東京で1駅2駅の距離は、自転車で移動しちゃってますね。ただ、逆に東京で電車を使うことに慣れているような人がこっちに来ると、不満は出ると思います。熊本は公共交通に関しては利便性が低いんですよ。

    上野:熊本市内からすぐに山や海に行ける距離にあるのがとても気に入っています。おにぎりとお茶を持ってふらっとドライブに出かけたり、きれいな川で夏に泳いだり釣りをしたり。自然が近く、触れる機会がたくさんあるので気分転換にもぴったりです。

    眞鍋:熊本は大都会と田舎の中間ぐらいの環境です。海が好きなら車やバスを使えばすぐ天草に出られますし、山が好きな人には大観峰や阿蘇山といった有名な山もあります。アウトドアが好きな人にとっては、熊本はすごく暮らしやすいかもしれないですね。

    また、熊本なら中心街でも東京など大きな都市に比べると家賃はだいぶ安くなると思うので、自宅の環境も良くなると思います。

    熊本での暮らし

    ――皆さんがリフレッシュしたいときに行く場所や、熊本でのおすすめのスポットがあれば教えてください。

    眞鍋:僕は海が好きな人間なので、天草の方にはしょっちゅう行きます。車で1時間かからないので、東京の釣り好きなクライアントと一緒に、ちょっと釣りを楽しんで帰って来る、ということもやっています。ちょっと前までは、本当にきついなと思った時は、普段自分が居る場所から離れたところに身を置きたいという思いがあって、スマホの電波が届かないような無人島とかに行ってました。それから旧女学校跡という、古い学校の跡地があるんですが、そこもタイムスリップしたような感覚になれて、すごく良かったです。

    旧女学校跡。カフェや雑貨屋など6軒の店が入っている

    福原僕は、週末に特に目的地を決めず自転車で散策するのが好きですね。仕事中はどうしてもモニターを見続ける時間が長くなりますので、熊本だと少し離れた場所に自然があるのでリフレッシュできます。

    上野私のおすすめは、阿蘇方面の景色です。広々とした風景を眺めていると時間がゆっくり流れているように感じられて、悩みも少し軽くなり、前向きになれる場所です。周辺には温泉やカフェもたくさんあって、のんびり過ごすにはぴったりです。

    阿蘇方面から熊本市内を見た写真

    ――熊本でおすすめのグルメはありますか?

    眞鍋:天草の本カワハギがおすすめです。肝がすごく美味しいんですよ。カワハギの肝って育ったところによって凄く味が変わると言われているんですが、僕は熊本のものが一番美味しいと思います。熊本は馬刺しも有名なんですが、僕は県外からのお客さんが来ると、本カワハギをお勧めしています。

    眞鍋:それから、僕は古い時代の雰囲気が好きなんですが、熊本には昭和からやっているような喫茶店が結構多いんです。ランチに行くとなったら、僕はそういう場所を選びますね。阿蘇に行く途中に「グリーンスポット」という、昔ながらの洋食屋さんがあるんですが、常連になるくらいよく通っています。

    熊本でCGクリエイターとして働くためには

    ――社員の方々は皆さん熊本に住まれているんですか?

    眞鍋そうですね、今在籍している社員はみんな熊本生まれです。県外の方が入社した際は行き交う熊本弁にびっくりするかもしれません(笑)。

    ――社員の方々の通勤方法はどうなっていますか?

    福原自転車、市電、車ですね。また、弊社では、リモートワークも採用していまして、4人くらいが会社に出勤して、残りのスタッフがリモート作業をする、といったかたちでローテーションを組んでいます。週に2、3日出勤して、残りの半分はリモートワークできるような環境です。会社としても、そんなに大きなスタジオが必要なくなるので、コストを抑えることができるというメリットがあります。もちろん毎日出勤することも可能です。

    社内の様子。クリスマスにはツリーを飾り、各々がお気に入りのフィギュアを並べて遊んだり楽しんでいる

    ――専門学校で講師もされているとのことですが、どちらで教えられているんでしょうか?

    眞鍋熊本電子ビジネス専門学校 デジタルクリエイター科 CGクリエイターコースで、アニメに関わるコンポジット撮影の技術を教えています。

    ――熊本の学生さんの印象を教えてください。

    眞鍋熊本に残って働きたいという学生さんが、多いですね。熊本に仕事があるのであれば、熊本で働きたいと。学生には、いま熊本にはこれだけCGをやっている会社があります、でもまだ、選択肢は少ないよね、という話もちゃんとしています。ただ、昔は今よりずっと少なかったですから。今は少しずつ誘致もされて、会社が増えてきています。

    ――採用に関しては、新卒・中途は関係なく行っていく予定でしょうか?

    眞鍋はい! 興味ある方、お気軽にお問い合わせください。一緒に火ノ国アニメーションを盛り上げていきましょう!

    ――求める人材像としてはどのような方でしょうか?

    眞鍋若い会社なので、会社と一緒に成長していく志のある方が良いですね。アニメが好きなスタッフが多いので、アニメーションというコンテンツが好きな方はすぐに馴染めると思います。アセットチームとショットチームと大きく分けてはいますが、少人数なのでお互いのチームで足りていないところは助け合って仕事を進めています。

    ――では最後に、熊本でCGクリエイターとして働くことにおいて、皆さんがアピールしたいポイントをお聞かせください。

    上野:知人に仕事の話をすると、「熊本にアニメ会社があるの?」と驚かれることが本当に多いです。最近は少しずつアニメ会社も増えてきていますが、まだまだ知られていないのが現状だと思います。

    でも、熊本には自然も美味しいものもたくさんあって、暮らしやすさの魅力がいっぱいあります。熊本が好きで、「ここでアニメの仕事がしたい」と思っている方がいるなら、ぜひ選択肢のひとつにしてほしいです。きっと新しい働き方を見つけられる場所だと思います。

    福原:自分はこの業界で10年働いているんですが、この10年の変化は凄く劇的でした。10年前は熊本には小さいスタジオしかなかったんですが、今ではリモートワークという働き方も一般的になり、働き方がかなり柔軟になりました。熊本に進出してきている企業さんも増えてきましたし、CGの仕事は熊本でも問題なくできるようになったと思います。もし東京の生活サイクルに馴染めない方であれば、熊本で働くということも選択肢に入れてもらっていいのではないかと思います。

    眞鍋:東京には東京のメリットがあります。イベントや情報交換の場が集中しているのは事実です。ただ、そういった点を除けば、熊本は東京よりも働きやすい環境だと考えています。

    今後は、その格差を埋めるために、お付き合いのある会社さまやCGWORLDさまにもご協力いただきながら、学生や現役クリエイターが直接交流ができるイベントを熊本でも開催してコミュニティづくりを進めていきたいですね。地域の学校や企業との協業を通じて、熊本のクリエイティブシーンをさらに盛り上げていければと考えています。

    ――ありがとうございました。

    TEXT_オムライス駆
    EDIT_中川裕介(CGWORLD)