唯一無二の映像を生み出し続ける紀里谷 和明監督が、“最後の作品”と銘打って送り出す長編映画。監督の情熱を支えた画づくりの裏側に迫る。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 298(2023年6月号)からの転載となります。

    粘り強くつくりきった紀里谷監督の「最後の作品」

    『CASSHERN』(2004)、『GOEMON』(2009)、『ラスト・ナイツ』(2015)といった長編映画や数々のMVで、唯一無二の映像表現を世に送り出してきた紀里谷 和明監督。氏の最新作で“最後の作品”とされる『世界の終わりから』が全国にて劇場公開中だ。

    『世界の終わりから』
    全国公開中
    原作・脚本・監督:紀里谷和明
    sekainoowarikara-movie.jp
    ©2023 KIRIYA PICTURES

    天涯孤独となった女子高生ハナが夢と現実を行き来し、「残り2週間で終わる世界」と対峙しながら世界を救うというドラマ。本作はハナ役の伊東 蒼氏が学生であるため、本人の夏休み中に撮影を終わらせられるよう、過密スケジュールが組まれた。また、編集と音響について、複数工程を同時並行で進めたため、フィニッシュワークと相互にやり取りを重ねる必要が出た。

    そこで、音と映像が完全にシンクロするような可変のフローを組み、非常にタイトなスケジュールの中で作品を仕上げていったという。

    渡邉雅志VFXスーパーバイザー

    ポリゴンマジック

    本作のVFXを手がけているのはポリゴンマジック。2022年の短編作品『MIRRORLIAR FILMS Season2 The Little Star』での仕事を評価され、相談を受けた。

    撮影は2022年7月からで公開までわずか10ヶ月足らず。打診の時点でCGやVFXにかけられる時間が少ないことがわかっていた。「お話をいただいて、正直3日ほど悩みました。ただ、紀里谷監督の熱い想いと作品内容に共感して、一緒に挑む決断をしました」とVFXスーパーバイザーの渡邉雅志氏は語る。

    鈴置 将VFX プロデューサー

    ウェストアクトン

    CG・VFXチームはポリゴンマジックとウェストアクトンの両社で構成され、CGスタッフが3名、VFXスタッフが9名ほど参加した。ワークフローとしては、ポリゴンマジックがひな形やフローを固め、ウェストアクトンが量産するというながれに落ち着いた。

    渡邉氏は本作の制作について、こうふり返る。「監督が抱くイメージを汲みながら、やりすぎないように表現しました。監督が細かくこだわった部分は、こちらも最後まで粘って作業していく感じで、編集やグレーディングチームとも連携して、最後まで勢いを失わず駆け抜けました」。

    <1>終わりゆく世界を描くCGワーク

    監督のこだわりを3DCGで余すところなく描く

    本作は過去・現代・未来とシーンが移り変わるが、どの時間軸においても3DCGによる表現が活用されている。まずは映画冒頭、戦国時代の草むらで息絶え絶えに呼吸をしている鳥のワンショット。Mayaでモデリングされたこの鳥は、世界観を表すという重要な役回りを担った。

    VFXプロデューサーの鈴置 将氏は「鳥が悶えるアニメーションをどう表現すればいいのか悩みました。単に苦しそうな様子を描くのではなく、生と死のせめぎあいを感じるような、雰囲気のあるショットにしようと力を入れました」とふり返る。

    場所を現代に移し、クライマックスシーンで空から降り注ぐ「飛翔体」。隕石なのかミサイルなのか、その謎が明かされることなく世界を終わらせるこの物体も3DCGによる。

    なお、本作はピクチャーロック(=オールラッシュ。映像制作フロー上、次のプロセスに進むために、尺や色味などの映像要素を変更しないこと)もギリギリまで粘って進めた。カラーグレーディングも本編集作業と並行して行うため、当該CG・VFXシーンの制作も合成結果を予測しながらLUTなしのまま作業を進めた。

    未来のシーンで登場するポッド(移動手段)も監督のこだわりが強いアイテムのひとつ。美術設定が上がってきてからの提案と議論が白熱し、「どうやって乗り込むのか?」、「蓋はどういうかたちで開くのが良いのか?」などの検討を重ね、最終的にシンプルなデザインに落ち着いた。

    動き方についてもトライ&エラーを重ねており、渡邉氏はその苦労をふり返る。

    「ポッドの消え方について、最初は光って消えるというエフェクトでしたが、ベタだということでボツになりました。最終的に、奥方向にスピードアップして消えていくという動きになりました。ここは特に監督のこだわりも強くて、熱い要望がありましたから、苦労した甲斐がありましたね。編集作業と同時並行だったことで、手探りな条件が入り乱れる状態。途中途中でのイメージのすり合わせをがんばってくれた鈴置さんにも感謝しています」。

    Mayaで制作した鳥のモデル

    映画冒頭のわずか1カットに登場するのみだが、作品の世界観を示す重要なシーンということもあり、しっかりとモデリングしてある。

    身悶える鳥のアニメーション

    この鳥は、モノクロームの色調で描かれる映画冒頭、戦国時代のシーンで最初に登場するキャラクターのひとつで、苛烈な世界観を象徴する役割を担う。

    モーションを担当したスタッフは「死に瀕している無力な生き物の苦しみを表現できるように心がけました。全てが絶望的な世界になったとき、最後の力を振り絞る姿を見てください。このカットを通して制作側の想いが伝わったら嬉しいです」と語る。

    飛翔体が空から降り注ぐシーンのブレイクダウン

    世界を終わらせる謎の飛翔体が空から降り注ぐシーンのブレイクダウン。

    「リアリティを重視して、降り注ぐ角度や燃え方、光り方を何度も調整しました。監督も特にこだわったところでしたから、リテイクも多かったです。脚本を読みながら、『このまま(のクオリティ)じゃ世界を終わらせられない!』と想像しながらつくり込みをしていきました」(渡邉氏)。

    実写プレート(RAW映像)
    • 飛翔体を乗せたところ
    • 「片野青果」ビルの屋根にかかっている飛翔体の一部をマスク処理でカット
    • 片野青果の看板文字を消し込み
    • 飛翔体にOptical Flaresによるレンズフレアを追加
    完成ショット

    ポッドの最終レンダリング画像

    当初の美術のイメージからブラッシュアップされ、シンプルなイメージに落ち着いた。

    ポッドが登場する砂漠のシーンのストーリーボード

    本シーンは都内某島でロケを行なったが、コロナ禍という状況から最少人数での撮影に制限されたため、CGチームはロケハンや撮影同行ができなかった。そのため、ポッドの反射やライティングといったルックやディテールは手探りで試行錯誤するしかなかったという。

    <2>現実世界に監督の想いを構築したVFX

    他チームと協働で練り上げた各種VFX

    過去から未来までの運命を記した、ストーリー上のキーとなるプロップ「書物」は、演者の指の芝居に合わせて文字が生き物のように動き変化していく。本作ではVFXに割り当てられる時間が少なかったことから、10パターン程度の可変のモーションを作成し、指でなぞった部分から置き換えていくように準備した。

    その他のVFX効果には血や炎、煙などがあるが、それらは基本的に実写素材をトラッキングして合成し、マスクを切っていくという地道な作業による。血については、「霧と液体の中間」というオーダーを実現するため試行錯誤したという。

    銃のマズルフラッシュ(発砲時に発生する閃光)については、VFXとしてはほぼ一発OKをもらったものの、効果音作業が並行していたことから、音のタイミングに合わせて細かく調整した。編集作業もギリギリまで調整を行なっていたため、全員が一丸となり最後までクオリティアップに挑んだかたちになったそうだ。

    本作の3DCG・VFXまわりで使用したツールはMayaとAfter Effects、そして内製ツール。なお、After Effectsについては、SapphireRed Giantといったプラグインを使用している。

    また本作では、クラウドベースのショットプレビューツールとして「Dropbox Replay」を利用。大容量の動画ファイルをクラウド上に保存し共有するだけでなく、バージョン管理やフレーム単位でのフィードバックもここで行なったという。

    コロナ禍における遠隔作業やHDDを介さないクラウドでのデータのやり取りというワークフローに、渡邉氏は手応えを感じた。

    「今回のプロジェクトで初めて導入してみたんです。まだUIは日本語化されていませんし、通知エラーなどの不具合もあります。それでも手軽に使えたことは確かです。クラウド越しに各スタッフが遠隔からアクセスして同時並行するようなプロジェクトには合っていると思いますね」(渡邉氏)。

    「Dropbox Replay」

    クラウドストレージのDropboxが提供する、動画制作プロジェクトの共有・管理ソリューション「Dropbox Replay」

    機能としては、コマ送りでのプレビュー、フレーム単位での動画へのコメント、フィードバック管理や差分といったバージョン管理、プロジェクトの進捗状況の確認。URLを共有するだけで、これらの作業をブラウザ越しに共同で行える。現在はまだベータ版だが、今後に期待できるサービスのひとつだ。

    チェック用ファイルの自動生成機能。ProResの映像データをアップロードするぐらいで良いなら、そのまま成果物としてデータをダウンロードできる。また、解像度を落としてダウンロードすることもできる
    タスクの進捗確認機能。「In Progress」、「Need review」、「Approved」といったステータスが一覧でき、並べ替えもできる
    フィードバックの様子。フレームを指定して書き込むことができ、ここからバージョン履歴を確認したり、遡ることもできる

    不思議な文字

    ストーリー上重要な書物のプロップには不思議な文字が描かれている。主人公が夢を見て語ることで文字が生き物のように変化し、未来も変わる。その文字の動きは独特で、ノイズのような歪みで文字が変化しつつ、変化の途中で別の文字にモーフィングするという、細かな表現である。

    「当初は書物のページ全体で文字が変化する設定でしたが、議論と試行錯誤を重ねた結果、生き物のように指に合わせて文字が動く表現に落ち着きました」(鈴置氏)。なお、映画冒頭で登場する洞窟の天井にもこの文字が貼り込まれている。実際に劇場でそのこだわりを確認してほしい。

    動く文字のVFX素材

    右下の文字が細胞分裂における染色体の分離のような動きを見せながら変化し、紙に定着している様子が見てとれる。

    CGWORLD 2023年6月号 vol.298

    特集:映画『THE FIRST SLAM DUNK』
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年5月10日
    価格:1,540 円(税込)

    詳細はこちら

    TEXT_峯沢琢也 / Takuya Minezawa
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada