こんにちは。プロ向けのデッサンスクール、トライトーン・アートラボの成冨ミヲリです。第1回では「デッサンとは何なのか?」というテーマで、「絵の勉強というよりは、ものづくりの基礎としてデッサンをやってみるといいですよ」という話をしました。さて、第2回では早速デッサンをやってみましょう......と言いたいところですが、今回は人が描いている様子を後から見学させてもらうという、滅多にない経験をしてみたいと思います。
成冨ミヲリ
アートディレクター・プランナー
ゲーム会社、コンテンツ制作会社を経て、有限会社トライトーンを設立。富士急ハイランドや商業施設の企画デザイン、集英社のCMやドキュメンタリーTV番組におけるCG制作、アニメDVDの監督など幅広く活動。そのほか、デッサン技法書の執筆、音楽・小説などの制作もしている。著書に『絵はすぐに上手くならない:デッサン・トレーニングの思考法』(2015/彩流社)がある。
専門学校のイラストレーション科に通う、Aさんのデッサンを見学
今回は下のモチーフを描いていただくことにしました。
協力いただいたのは、東洋美術学校という専門学校のイラストレーション科(2年制)に通う、1年生のAさん。デッサンの経験が少しあるとのことでしたが、どの程度描ける方かわからなかったため、やや難易度が高いモチーフを用意してみました。Aさんが4時間近くかけてどんな風に描き進めていったのか、一緒に見てみましょう。
Step01:場所を決め、形をとり始める
まずは座る場所を決めます。今回はこちらで指定した場所に座っていただきましたが、本来は「絵になる」場所、描きやすい場所、描きたい場所はないかを探します。初心者の場合は、何が難しいかわからないため、どの場所から描いたらいいかまったく判断できないことがあります。描きたいものがよく見えて、紙に収まりやすい場所を探すといいでしょう。
形をとりはじめたAさんは、線で描き進めています。第1回で紹介した3パターンの描き方の中にもあった、輪郭線で形をとる描き方ですね。初心者の場合はこのように線で描いていくのが楽だと思います。
Step02:自分が過去に描いた線を修正する
デッサンにおいて「修正する」という作業はとても重要です。自分が描いたものを壊すことに慣れるまでは嫌な作業ですが、「直したほうがよりよくなる」のです。せっかく描いたのにもったいないと思わず、自分が過去に描いたものを抵抗なく修正できるようになると、成長が早まります。これはデッサン以外でも同じですね。
そして、自分で自分の絵の狂いが発見できるようになることが最終的な目標です。自分の目がよくなり観察力が付くと、自分の絵を自力で直せるようになります。絵が上手い人は、形をとるのが上手いのではなく、自分の絵を自力で修正できるから上手いのです。
Step03:陰影だけではなく、存在を描き込む
輪郭線を描き終わると、塗り絵のように線の内側を塗ってしまいがちです。しかし実際には、輪郭線というものは存在しません。また塗るという作業もちょっと変ですね。「塗る」のではなく「描き込む」と考えましょう。そうしないと、今回のような立方体の上部などは「白いので塗らなくていい」となってしまいます。でも面はあるわけですから、色は白く見せつつも「存在を描く」という作業が必要なのです。
線で形をとった方は、このあたりで、線を丁寧に描いてもあまり意味がなかったことに気が付きます。描き込んでいくと線は消えていき、形も曖昧になっていくので、また修正します。その後も、描き込んでは修正するという作業を繰り返していきます。
Step04:床面で、量感と空間を表現する
量感という言葉があります。重さや存在感など、「量」を感じさせることを指す言葉です。一方で、空間という言葉もあります。こちらは、ものとものの間にある距離感、空気感を指す言葉です。この2つを表現するのに欠かせないのが床面です。
「モチーフを描きなさい」と言われると、ものだけを描いて床は真っ白なままという場合がありますが、実際に存在するものは床に影を落とします。そして床を描くことで、ばらばらに存在しているものが繋がっていきます。キャラクターだけが描かれていて、背景が真っ白なイラストはなんだか物足りないですよね。デッサンでも、それらがどんな風に置かれているのか、絵を見る人にちゃんと伝わるように描きます。
Step05:情報を省略し、質感を表現する
質感を表現する上で重要なのが「省略」です。例えばガラス、タオル地、綿などの複雑な質感は、描いても描いても終わらないですね。すべてを描けないのであれば、必要と思う情報だけをピックアップして描く必要があります。
手も触れずにそれが「ガラスだ」「ステンレスだ」とわかるのはなぜでしょう。何分も眺めてやっと「あれ、ガラスかな?」と思うわけではなく、一瞬で見分けられますよね。ということは、私たちはほんのわずかな情報で、それらの材質を見分けているのです。「その情報とは何か?」を考えながら描いてみます。
このように、デッサンは見たものをそのまま描くのではなく、見たものから「必要な情報だけ」を抽出して描くことで、リアルに見せているのです。この情報を減らしていくとデフォルメされたイラストやマンガになっていきます。
「人が苦労してデフォルメしたイラスト」だけを模写しても、実物から情報を整頓してイラストに落とし込む能力は手に入りません。その部分だけは自分で練習するしかないのです。
Step06:完成後のふり返り
完成したら遠くから見て、自分の作業をふり返ります。デッサンにおいては、絵が完璧である必要はありません。そこから何がわかったか、次はどうすればいいかが、自分で把握できればいいのです。
今回のAさんの絵は繊細な仕上がりで、重ねられた線の色味がとてもきれいです。一方、全体的にエネルギー不足も感じました。もっともっと主張していいと思います。これはAさんだけではなく、絵を始めたばかりの人に多く見られる傾向です。
絵を描くということはスポーツなどとちがって、あまりエネルギーを使わないと思う方もいるかもしれません。でも、デッサンはかなり肉体的な作業で、腕や肩、腰なども使います。全身を使って描くことで、安定した線を生み出す身体がつくられます。そのために、もっと必死に鉛筆を握ってほしいと思います。
好きなイラストを描いているとき、好きなゲームをしているとき、遊びに行ったとき、美味しいものを食べているとき、なんでもいいので、力いっぱいエネルギーを出し切る経験をしていないと、ここぞというときにエネルギーの放出の仕方がわかりません。力を出し切らないと器が広がらないのです。
たかがデッサンですが、描くときには必死になって描き切ってください。描き終わった後の講評のときに、「あんなに頑張ったのになんでこんな絵なの!」とがっかりするくらいでちょうどいいと思います。
TEXT&ARTWORK_成冨ミヲリ
制作協力_東洋美術学校
EDIT_尾形美幸(CGWORLD)