世界を惹きつけるデザインは、ブランドと観客の関係をどう再定義するのか ──Bito Keng-Ming Liu(劉耕名)特別インタビュー <Pixel × Pixel 2026特集>
ニューヨークで約10年にわたりキャリアを築いたKeng-Ming Liu氏(劉耕名)は、2013年に台湾へ帰国し、デザインスタジオ「Bito」を設立した。以来、金馬奨(Golden Horse Awards)のメインビジュアルや、多くの日本人も足を運んだ大阪・関西万博の「TECH WORLD」パビリオンなど、国家や文化の象徴となる大規模なプロジェクトを次々と手掛け、高い評価を獲得してきた。
文化を背負うデザインで観客との新たな絆を築いてきたBitoは今、AI・知覚・夢の領域を探求するクリエイティブ・ラボ「Bitween」を立ち上げ、さらなる表現の境界線へと挑んでいる。
本インタビューでは、Bitoが歩んできたデザインの軌跡と「ブランドと観客の関係性の再定義」に迫るとともに、AI時代における新たな探求、そしてカンファレンス「PIXEL × PIXEL 2026」での登壇における見どころについて語ってもらった。
Event Information
| イベント名 | Pixel × Pixel 2026 |
| 開催日時 | 2026年10月17日(土)12:00 OPEN |
| 会場 | 寺田倉庫 D Hall / WHAT CAFE(東京都品川区) |
| 主催 | 株式会社SIGNIF / CGWORLD |
| チケット | 入場料:11,000円 Peatixにて販売中 |
| おもな登壇者 |
Cristina Pasquale(illo) Keng-Ming Liu(Bito) Golden Wolf Get It Studio EJ Hassenfratz 他 |
ニューヨークからの帰国、そしてBito設立の転機
ーーニューヨークで約10年キャリアを積んだ後、2013年に台湾へ戻りBitoを設立されました。改めて振り返って、独立して自分のスタジオを立ち上げようと決めた、本当の転機は何だったのでしょうか。
Keng-Ming Liu氏(以下、Liu):2003年、私が初めてニューヨークに渡ったのは、SVA(スクール・オブ・ビジュアルアーツ)でMFAを取得するためで、専攻はコンピュータアート、中でもアニメーションを中心に学んでいました。ちょうどWeb1.0バブルが弾けた直後で、6番街沿いには倒産したドットコム企業が残していった、天井の高いレンガ造りのロフトが立ち並んでいました。そこへ新しいクリエイティブの熱気が一気に流れ込み、モーションデザインスタジオが次々と生まれていったのです。私はまさにその只中に居合わせ、世界最初期のモーショングラフィックスの担い手たちのひとりとして、ニューヨークでキャリアをスタートさせました。
グラフィックデザインが「動き出した」まさにその時代で、何もかもが可能に思えました。グラフィックデザインがコンセプト・構成・フォルム・タイポグラフィ・配色を大切にするのに対し、モーションデザインはそこにタイムラインが加わることで、ストーリーテリングやトランジションの滑らかさ、人の目を輝かせるあらゆるアニメーション表現が問われるようになる。私たちはテレビ局のチャンネルブランディング、映画のタイトルシーケンス、ミュージックビデオ、スーパーボウルのCM、タイムズスクエアのスクリーンに映るコンテンツまで、動くものすべてに全力を注ぎ、まったく新しい「動く体験」をつくろうとしていました。
私はそうした働き方が大好きでした。仕切りのない大きなロフトで、みんながオープンに、実験的に、そして時に静かに競い合いながら働いている。あらゆるバックグラウンドを持つ才能あふれる人たちが、毎日そこに集まってくる。決まったルールなどほとんどないのに、部屋の中には確かなエネルギーが満ちていました。
そんなある冬、N線の車内で窓の外に降る大雪を眺めていたとき、ふいに耳の奥で台湾の夏の蝉の声が聴こえた気がしたんです。その瞬間、「そろそろ帰る時期だ」と悟りました。
頭の中では、ある声がずっと響いていました。「このすばらしい働き方を、この生まれたばかりの新しい産業を、故郷に持ち帰りたい」と。
大阪・関西万博TECH WORLDパビリオンに込めた思い
ーー日本の読者の中には、Liuさんがディレクションを手がけた大阪・関西万博TECH WORLDパビリオンを実際に訪れた方も多いと思います。来場者に最も持ち帰ってほしかった感覚、あるいは考えとは何だったのでしょうか。
Liu:大学時代、私は昆虫学を専攻していて、その頃は台湾の原生林の奥深くでフィールドワークをしながら過ごす時間が多くありました。ずっと、台湾の雲霧林帯が持つ美しさ、その豊かな生物多様性を世界の目に届けたいと思っていたんです。そこで今回のプロジェクトでは、昆虫学科の後輩でもある国立台湾博物館の生物多様性研究者を専門アドバイザーとして招き、台湾在来の動植物約50種を新たに描き起こし、木の形をした円柱スクリーンに投影しました。それを560本のフラットなロボットアームと12チャンネルのサラウンド音響と組み合わせることで、一体一体が木の中から目覚めていくように見せています。
Liu氏インスタグラムより
聖なる木を見上げるという行為は、実はとても自然な人間の営みです。千年を生きる巨木の下に立ち、時の流れをただ見上げ、わずかでも神聖さを感じ、何をするでもなくただ癒やされる、そうした感覚を、体を通して強く感じてほしいと思っていました。
この展示自体がひとつの比喩になっています。台湾の先住民族のひとつ、ルカイ族に伝わる「月に触れた木」タイワンヒノキの伝説を借りて、嵐を越えた先にある強さ、変容というテーマを語っています。来場者に持ち帰ってほしかったのは「テクノロジーってすごい」という驚きではなく、この島そのものへの感覚です。多様性が織り重なり、自然とテクノロジーが並び立ち、嵐をくぐり抜けてなお上へと伸び続けている、そんな台湾の姿を感じてもらえたらと思っていました。
映画賞のデザインならではの難しさ
ーー金馬奨のデザインディレクターを3年連続で務め、その仕事でBitoはD&AD Yellow Pencilを2年連続受賞しています。映画賞の式典をデザインすることは、一般的なブランドプロジェクトと何が違うのでしょうか。
Liu:金馬奨のビジュアルアイデンティティは、ある意味ですでに中華圏のグラフィックデザイン史における伝説のひとつになっています。この仕事を初めて引き受けたとき、正直かなり緊張しました。
私たちが手がけているのは、単なる一枚のポスターではありません。映画祭全体が伝えたい世界観を、外側へと広げていくブランドビジュアルシステムそのものです。映画祭本体、フォーラム、さまざまな記念グッズや印刷物、そして授賞式のステージからテレビ放送に至るまで、あらゆるサイズ、あらゆる媒体、観客とのすべての接点において、一貫性を保たなければなりません。
同時に、スタイルは革新的でありながら、映画製作者たちの主役の座を奪ってはいけない。私たちの役目は彼らを称えることであり、彼らを覆い隠すことではないからです。このバランスを取ることは本当に難しいのですが、だからこそこの仕事のいちばん貴重な部分でもあります。2年にわたるタイポグラフィの刷新と、2度のYellow Pencil受賞を経て、私たちは節目となる第60回にたどり着きました。そこで私たちは、金馬奨をゼロから見直し、これから先も長く支え続けられるシステムを構築する、リブランディングという選択をしました。このプロジェクトに関わったチーム全員が、強い使命感を持って取り組んでいました。
規模を問わず変わらないもの
ーー国家パビリオンから映画賞の式典、商業ブランディングまで、規模も観客もまったく異なるプロジェクトを手がけてきました。プロセスの中で、規模に関係なく絶対に変わらないものはありますか。
Liu:私のクリエイティブの核にあるのは「Design Feeling(デザイン・フィーリング)」です。
プロジェクトの規模がどれだけ大きくても、観客がどんな人たちであっても、私が最初に自分に問いかけるのは常に同じ問いです。「観客はどんな感情を持ち帰るのか。その瞬間は記憶に残るのか」。テクノロジーも、フォルムも、メディアも、すべてはその感情に奉仕するための道具にすぎません。この順序は決して逆にはできない。それが、国家パビリオンであろうと、30秒のブランドフィルムであろうと、台湾観光のロゴであろうと、絶対に変わらないことです。
Bitweenが今夢中になっている答えの出ていないテーマ
ーー人間とAI、光と影、知覚と夢 そうしたテーマを探るエクスペリエンスデザイン部門「Bitween」を最近立ち上げられました。今、そこで最も夢中になっているテーマは何でしょうか。
Liu:今いちばん頭から離れないテーマは、「動き」がもうスマホの画面の中だけのものではなくなってきている、ということです。かつてSF映画が描いていた世界が、ひとつまたひとつと現実になっている。それはもう空想ではありません。
インタラクティビティの領域には、モーションデザインがまだ手を伸ばしきれていない可能性がたくさん眠っています。映像を、ただ眺めるだけの表面から、こちらの気配を感じ取り、応答してくれる本物の「メディアテクチャー」に変えていくにはどうすればいいのか。それに、テクノロジーを繁体字のデザインに組み込んでいくことにも、まだ誰も手をつけていない領域が広がっています。
これからは、身の回りのあらゆるものが動き、あらゆるものが私たちの注意を奪い合う時代になります。
だからこそ「どう動かすか」は、これからの時代を象徴するセンスのひとつになっていくはずです。私はそれを「抑制」と呼んでいます。今、動くべきか、じっとしているべきか、そのタイミングを見極める感覚のことです。これが、今の私を一番惹きつけている、まだ答えを出せずにいるテーマでもあります。
AIはツールか、協働者か
ーーすべてのデザイナーが今まさに向き合っているAI。Bitweenの仕事の中で、AIをツールとして扱っていますか、それとも協働者として、あるいはまだ定義の途中にあるものとして捉えていますか。
Liu:正直に言うと、今のところあまり使っていません。単なるツールとして扱うだけでは、私たちが求めているクオリティにはまだ届かないんです。
Bitweenの中で、AIが登場するのは主に実験やプロトタイピングの段階です。ツールと協働者のちょうど中間にあるような存在として、早く失敗し、素早く道筋を探るのを手伝ってくれる。ただ、「これは使える、これは使えない」を最終的に判断するのは、やはり人間の仕事です。
講演の見どころ ―― 過去の仕事か、Bitweenの未来か
ーーネタバレにならない範囲で伺いたいのですが、Pixel x Pixel 2026での講演は、TECH WORLDや金馬奨といったこれまでの仕事に重きを置くのでしょうか。それとも、Bitweenがこれから向かう方向についてでしょうか。
Liu:これまで公の場で見せたことのない制作プロセスを、かなり多く公開するつもりです。スケッチ、実験、失敗した試み、そして手仕事そのもの。AIの時代において、こうした「不完全なもの」こそが、最も価値のある人間らしさの形だと思っています。
それに加えて、自分自身の創作方法論と、Bitweenがこれから探ろうとしていることについても話します。過去の仕事はその方法論の「証拠」であり、Bitweenは「問い」そのものです。TECH WORLDや金馬奨、台湾観光ブランディングといったプロジェクトから、この方法論がどのように育ってきたのか、そして今どこに立っているのか。その道のりを、一歩ずつ皆さんにお見せしたいと思っています。
日本で会ってみたい人
ーーPixel x Pixel 2026で来日される間、日本のクリエイティブ/デザインシーンで特に会ってみたい人、見てみたいものはありますか。
Liu:今回は本当にワクワクしています。普段はInstagramでフォローしているだけの、いわばデザイン界のレジェンドたちが、大勢直接会場に来るわけですから。
その中でも特に気になっているのがI.CEBERGです。彼らは「モンスター」というコンセプトを使って、恐れと憧れ、醜さと可愛さが同時に存在するような、名付けがたい感情を語っています。それはBitweenが目指していることにとても近い。どちらか一方を選ぶのではなく、デジタルとアナログの間、人工と有機の間――その「あいだ(between)」の空間そのものを描くということです。
日本のモーションデザインには、まだ完全には解き放たれていない爆発的な影響力があると思っています。それこそが、今回の来日で私が最も楽しみにしていることです。日本のクリエイターたちが「Design in Motion(動きの中のデザイン)」をどう考えているのか、この目で確かめてみたいと思っています。
TEXT&EDIT_持田 睦子 / Mutsuko Mochida