自主制作はまず完成を目指すことが大事! 7年かけて怪獣映画を1人で作り上げた『地雷大怪獣イヴァラ-case of extra-』の挑戦〜Autodesk Day 2023(3)
2023年8月4日(金)、CGWORLDとオートデスクのオンラインフェス「Autodesk Day 2023」が開催された。全11のセッションでは、Maya、3ds Maxをはじめとするオートデスク製品の深掘りや、クリエイターによる制作事例のメイキング、学生CGトライアルの受賞者座談会など、幅広い内容をラインナップ。3DCG制作に役立つノウハウやアイデアを伝える1日となった。
本記事ではセッション「ひとりで作る自主制作怪獣映画〜7年にわたる試行錯誤と挑戦〜」の模様をレポートする。
イベント概要
Autodesk Day 2023
日時:2023年8月4日(金)
時間:11:00〜19:00
参加対象:3DCG制作に携わる方、これから目指す方など
参加費:無料 ※事前登録制
会場:オンライン配信
cgworld.jp/special/autodeskday2023/
3DCGディレクターが自主制作怪獣映画に挑戦
「ひとりで作る自主制作怪獣映画〜7年にわたる試行錯誤と挑戦〜」には、株式会社D・A・Gの3DCGディレクター・黒須祐基氏が登壇。企画立案から監督、脚本、編集、VFXまで、ほぼひとりで手がけた『地雷大怪獣イヴァラ-case of extra-』のメイキングに迫った。
『地雷大怪獣イヴァラ-case of extra-』は怪獣が出現した街に居合わせた女性の姿を追った7分14秒の自主制作映画である。黒須氏は本職では3DCGディレクターとしてゲームや映像制作に携わっているが、本作は仕事とは関係なく完全に趣味で制作した。
2022年11月末にYouTubeで公開し、約2週間で27万回再生を記録。舞台となった茨城県の「つくばショートムービーコンペティション2023」で佳作賞を受賞し、国内外の映画祭で上映されるなど話題を呼んだ。
『地雷大怪獣イヴァラ』の制作意図について、仕事で培った技術や知識を活かしてCGを取り入れた映画にチャレンジしたいという気持ちが大きかったとコメント。本業ではあまり関わらない実写合成の練習ができることや、予算やスケジュールにとらわれず納得のいく映像を作りたいという衝動にも背中を押されたという。そこで子どもの頃から大好きだった怪獣映画のジャンルに挑んだ。
メインツールは仕事でも使用しているMaya。個人で購入したMaya 2012を中心に、プラグインなどの関係でMaya 2020やMaya Indieも一部利用した。プラグインは破壊シミュレーションにPulldownitやnParticle、煙にFumeFXを使用。コンポジットはAfter Effects、カット編集、カラーグレーディング、音響編集はDaVinci Resolveを用いた。
最初にパイロット版を制作。そこからわかった問題点を踏まえて3つの軸を設定し、本編の制作に臨んだ。
本編の制作スケジュールは以下の通り。パイロット版と同じく期間は2〜3年を予定していたが、完成までに7年を要した。「やはりCGの物量が想像よりも多かったですね。制作中にやりたいことがどんどん膨らんでいったことも時間がかかった理由だと思います」(黒須氏)。
テーマ1:3DCGの怪獣を使用した実写合成
講演では制作にあたって掲げた5つの技術的なテーマを紹介。その目標をどのように解決していったのか、メイキング映像を交えて解き明かした。
1つめは「3DCGの怪獣を使用した実写合成」について、怪獣イヴァラの3Dモデルを取り上げた。デザインのコンセプトは「地中を掘り進むサメ」であり、手や背びれを大きくしたのがポイント。背びれが茨城県の形を模しているなどの遊び心も楽しい。
アニメーション用モデルはMayaを使用。レンダリング用モデルに関してはOLM OpenToolsのNoise Deformerで凹凸を加えた。質感はすべてPhotoshopで作成した。
怪獣のモデルは随時更新していったため、セットアップを何度もやり直さなければならなかった。そこでMelを用意して、スクリプトを走らせれば自動的に繋ぎ直せるようにした。ひとりでの作業となるため可能な限り効率化を図ることも重要になってくる。
アニメーションは全て手付けで、リアルな生物ではなく人が入って演じているような芝居を意識した。小学生のときはスーツアクターに憧れていた黒須氏は「やはりモンスターではなく怪獣にしたかったので、人間らしさは表現したかったです」とこだわりを語る。
テーマ2:デジタルアクターの導入
2つめのテーマは「デジタルアクターの導入」だ。怪獣映画といえば慌てふためいて逃げる群衆は欠かせない。自主制作でありながらデジタルアクターを組み込んだ作例を紹介しよう。
デジタルアクターのベースモデルにはAdobe Fuseを利用。Mayaで質感を加えているが遠景のショットで使うことが前提で、完成映像では被写界深度をつけてボカすことが決まっていたため、そこまで作り込む必要はなかった。
モデルを15人程度制作したこともあり、セットアップを効率的に進めるためにMixamoを使用した。Mixamoはモデルを読み込み、顎、手首、肘、膝、股間のポイントを指定するだけで、ボーンやスキニングを自動で設定してくれるツールだ。
これによって1体あたり2〜3分でウェイト設定ができるようになり、それらをMayaのHumanIKでセットアップしてアニメーションをつけた。
アニメーションはMayaのコンテンツブラウザに収録されたサンプルデータをベースにした。走りモーションだけでも複数のバリエーションがあったため大いに役立ったそうだ。
女性のモデルに関しては、髪の毛やスカートをノンリニアデフォーマのベンドやウェーブで歪ませることで、動いているように見せた。
黒須氏は「最初はシミュレーションも考えましたが、設定も調整も大変になります。遠景で見せるだけなので、動きの差でそれっぽく見えるのではないかと思って、このような手法を使いました」と効率化のための工夫を話す。なおこのテクニックは会社の先輩に教わったもので、ほかにも仕事から得た経験や知見が多数活かされているという。
完成映像では、画面手前の実写の女性と画面奥のデジタルアクターの群衆を違和感なく馴染ませることができた。「自主制作ではエキストラを何十人も集めたり、道路を封鎖して撮影したりすることはできません。そこはCGならではの利点を使って、怪獣映画らしい画面を作るのに役立てたのではないかと思います」(黒須氏)。
テーマ3:グリーンバックを使用した素材撮影と合成
3つめは「グリーンバックを使用した素材撮影と合成」。パイロット版ではマスク抜きが大変だったという経験から、本編ではグリーンバックを使用した。本作では役者が走るシーンが多くて動きも大きくなることから、広い場所で撮影した方が望ましい。そこで公民館を予約して簡易スタジオとして利用することにした。
テーマ4:破壊表現・エフェクト制作
4つめは「破壊表現・エフェクト制作」について。煙はパイロット版ではMaya Fluidを使用したが、本編では仕事でも使っていたFumeFXに変更。シミュレーションの設定がやりやすく、完成に近い見え方を容易に作れることが導入の決め手となった。
基本的にはオブジェクトソースを利用し、長尺でシミュレーションをかけてレンダリングをした。ただ素材集では煙の上面が途切れているものが多く、遠景のショットでは煙全体を見せたかったため、必要に応じて自ら作成している。煙の位置や風の吹き方、重力などを変えて5〜6種類を用意した。
建物の破壊表現は、大きく壊れる箇所はPulldownit、ガラスや石などの破片はnParticleを使用。建物の形状に関しては自分で撮影した写真をベースとしている。
さらにCGWORLDに掲載されたステルスワークスの米岡 馨氏の記事から、「建物をワッフル構造にして壊す」という『シン・ゴジラ』で使われたアイデアを取り入れるなど、特撮映画らしい壊れ方を追求した。
テーマ5:カメラトラッキングの練習
最後のテーマは「カメラトラッキングの練習」だ。手持ちカメラで撮影した主観映像への合成に挑戦した。本作の冒頭のショットは、臨場感や迫力を演出する意図から、手持ちカメラを使って主人公の目線からの映像を表現。そのショットの前半と後半で異なる手法を採用した。
クルマが転がってくる前半部に関しては、MatchMoverやBlender、After Effectsの3Dカメラトラッカーなど、いろいろと試したものの上手くいかず、最終的にはMayaで1コマずつ手付けをしてカメラワークを合わせることに。クルマは手付けとシミュレーションを併用し、気持ちの良いタイミングで画面内に入ってくるようにアニメーションをつけた。
怪獣を見上げる後半部は、After Effectsの3Dカメラトラッカーを使って綺麗にトラッキングすることができた。Mayaではカメラを完全にFIXにした状態で、歩いてくる怪獣をレンダリング。そしてAfter Effectsでカメラワークをつけている。
そのため前半のように力技に頼ることはなかったが、画面の手前に道路標識や街路樹などがあるため合成は難航した。そこで怪獣が煙の中から出てくるようにすれば処理が簡単になり、特撮映画としての迫力も生まれるという一石二鳥のアイデアを思い付くなどの試行錯誤があった。
なお司会を務めたCGWORLDの池田大樹は、このショットが大のお気に入り。「クルマが吹っ飛んでくるスピード感と、怪獣のイヴァラがゆっくりと歩いてくる対比が面白いですよね。ものすごく迫力があります」と絶賛した。
自主制作を完成させるために必要なこと
最後に黒須氏は、7年間に及んだ作業を振り返っての反省点として、「作業の管理が甘かったこと」を挙げる。必要な作業や検証しなければいけない要素が想定よりも非常に多くなってしまったという。
ただしスピードアップのため作業のひとつひとつに締切を設けると、せっかくの自主制作映画なのに義務感が生まれて、モチベーションが下がってしまうというジレンマがあった。そこでカットごとに完璧に仕上げるのではなく、全体的にラフに進めながら少しずつ底上げしていくという方法に。それが適度な息抜きにも繋がり、着実に完成へ近付けることができたという。
黒須氏は「自主制作は制約がないため、やればやるほど気になることが出てきてしまって終わりがありません。まずは完成を目指すことが大事だと、7年をかけてやっとわかりました」と笑顔を見せる。さらに仕事でのテクニックの蓄積が自主制作で発揮でき、自主制作でチャレンジしたことが仕事で実践できるなど、好循環が生まれることも醍醐味のひとつだと語ってセッションを締めくくった。
TEXT_高橋克則 / Katsunori Takahashi
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)