「制作進行概論」は、東洋美術学校 クリエイティブデザイン科 高度グラフィックアート専攻でCGを教えるフレイムの北田能士氏が企画した連続講義だ。第1回では、東映アニメーションの野口光一氏と、ポリゴン・ピクチュアズの塩田周三氏が、プロデューサーの仕事について語り合った。以降で紹介する第2回では、ステルスワークスの米岡 馨氏を招き、同社の制作進行術を解説してもらった。

※本記事は、『CGWORLD Entry』vol.18 (2017年5月発行号)掲載の「制作進行概論~プロジェクトの開始から終了まで~ 第2回」を再編集したものです。

記事の目次

    米岡 馨氏(代表) ステルスワークス

    2002〜2011年にかけて、アニマ(旧笹原組)、アニマロイド、デジタル・メディア・ラボ、オムニバス・ジャパン、オキシボットなど、複数の国内プロダクションでCG制作に携わる。2011年、エフェクトアーティストとして、PIXOMONDOのベルリンスタジオへ移籍。2012年、ScanlineVFXのバンクーバースタジオへ移籍。両社で学んだハリウッドクオリティのエフェクト制作を日本で実現するため、帰国を決意。2014年、帰国。2015年、エフェクト専門プロダクションのステルスワークスを設立。
    vimeo.com/user2859947

    ステルスワークス

    米岡氏が代表を務めるエフェクト専門プロダクション。立ち上げから2年の若い会社にも関わらず、『evangelion : Another Impact(Confidential)』(2016)、『シン・ゴジラ』(2016)など、著名タイトルにおけるヒーローショット(作品の見せ場となるショット)のエフェクトを数多く手がけている。

    vimeo.com/stealthworks

    北田能士氏(取締役) 株式会社フレイム 株式会社冬寂

    デジタルハリウッドにて1年間CGを学ぶ。2003年、大林 謙氏(代表取締役)と共にフレイムを起業。CM、映画、Web、ゲームなど、様々な媒体のCG・映像制作に携わる。2013年には自身が代表取締役を務める株式会社冬寂を設立。デジタルハリウッド、東洋美術学校ではCGの講師も務めている。
    www.flame-design.co.jp
    www.w-m.co.jp

    そのタイトルと、どういうポジションで関われるか

    北田能士氏(以降、北田):ステルスワークスのお名前は、ここ1~2年よく耳にしてきました。会社の若さに対して、仕事の派手さが絶対に釣り合っていないので、どんな会社なのか気になっていたのです。

    米岡 馨氏(以降、米岡):自分は2002~2011年まで日本でCG制作に携わった後、PIXOMONDO(ドイツのベルリンスタジオ)とScanlineVFX(カナダのバンクーバースタジオ)でTVシリーズやハリウッド映画のエフェクトを制作していました。

    北田:そんな方が、どうして日本に帰って来られたのでしょう?

    米岡:最初のうちは、著名タイトルの制作に参加できるだけで嬉しくなりますよね。自分も初めてハリウッド映画に関われたときは、とても嬉しかったのです。でも、実はそこは喜ぶところじゃなかった。そのタイトルと、どういうポジションで関われるかが非常に重要だったのです。

    北田:重要ですね。

    ▲本講義は、2017年3月23日、東洋美術学校にて実施された

    米岡:自分はよく「裁量がどれだけあるか」という言い方をします。ハリウッドは非常に分業体制が進んでいるのに加え、ヒーローショットに深く関わるためには、スーパーバイザーとの英語での密なコミュニケーションが必要です。ハリウッドと日本とでは、自分のもてる裁量が格段にちがいました。例えば、『evangelion : Another Impact(Confidential)』の場合には、自分がR&Dの一環でつくった怪獣がビルを壊すデモリールを見た荒牧伸志監督が「こういう表現ができるなら、こんな演出にしてみよう」とおっしゃって、一部の演出を変えてくださったのです。

    ▲ScanlineVFXを退社した後、米岡氏が制作した怪獣がビルを破壊するエフェクトのR&D(研究開発)映像。「ScanlineVFXのような高いパフォーマンスの設備がなくても、ワークフローを知っていれば、近いクオリティのエフェクトを制作できる。そう信じて、帰国前の一定期間、R&Dに注力しました」(米岡氏)

    ▲『evangelion : Another Impact(Confidential)』でステルスワークスが手がけたエフェクトを紹介するデモリール。先に紹介したR&D映像の破壊エフェクトをベースにした表現がなされている © khara inc. | © nihon animator mihonichi LLP.

    北田:僕も荒牧監督と仕事をした経験がありますが、非常に柔軟な方だと感じました。

    米岡:そうなんです。余談になりますが、デモリールは、自分が今まで何をやってきたのか、何をやれるのかを伝える証明書のようなものです。その後の人生を左右すると言っても過言ではないので、真剣につくることをお勧めします。

    チーム全体を相手としたネゴシエーションスキル

    北田:『シン・ゴジラ』でも、非常にヘビーなビル破壊を担当なさっていましたね。

    米岡:自分が関わった時点で、アニマティクスの制作は始まっていたものの、モデリングとアニメーションは未着手だったのです。エフェクト段階での無駄を極力省くためのデータ制作を徹底してくれるよう、関係者に依頼できたのは幸運でした。

    北田:破壊されることが前提のモデルデータ、物理演算に対応できる噓のないアニメーションデータがないと、エフェクトのシミュレーションは成立しませんからね。

    ▲『シン・ゴジラ』にて、ヤシオリ作戦によって破壊される高層ビルを制作中のFumeFX(エフェクト制作用プラグイン)の作業画面 ©2016 TOHO CO.,LTD.
    ▲コンクリート素材のみのレンダリング画像 ©2016 TOHO CO.,LTD.
    ▲FumeFXによる煙と爆発のレンダリング画像 ©2016 TOHO CO.,LTD.
    ▲完成映像 ©2016 TOHO CO.,LTD.

    米岡:全工程の中でも、エフェクトのヘビーさは桁がちがいます。シミュレーション1つに10時間かかる場合もあるし、1フレームのレンダリングに1時間以上かかる場合もある。そんなエフェクトの都合を他のスタッフに理解してもらうことも、エフェクトの仕事の一部だと考えています。

    北田:他工程からの援護射撃を受けやすいように、制作前にデータのつくり方の話ができると理想的ですね。

    米岡:そうです。だからエフェクトは、エフェクトのみに注力すればいいわけではなく、チーム全体を相手としたコミュニケーションスキル、ネゴシエーションスキルが必要になるのです。ハリウッド映画を何本も手がけているスーパーバイザーはその点が非常に優秀で、とにかくスタッフを褒めて、弱気な所は見せなかったですね。「プロジェクトは上手くいっている」という空気をつくることに長けていました。彼らの下で働いた経験が、今の仕事に役立っています。

    北田:すごくわかります。たとえ非常事態であっても、彼らは悟らせませんよね。

    米岡:スタッフが無駄に焦って空回りしても、いいことはないですからね。加えて、プロデューサーを味方に付け、エフェクトが仕事をしやすいように動いてもらうことも意識しています。より良いものをつくるという点では、チーム全員の意見は一致していると思います。そんな中でも、予算やスケジュールに対して最もシビアな感覚をもっているのはプロデューサーなのです。

    北田:プロデューサーから頼まれたら、誰でもイヤとは言いにくいですね。

    米岡:そう。例えばゴジラの場合には、複数の会社に破壊用のビルの制作を依頼していたのです。だから「各社さんが好きなようにバラバラのビルをつくったら、破壊用の仕組みもビルごとに設定する必要があります。そうなれば、エフェクトのコストは数倍になります」と説明しました。

    北田:数倍になると聞かされれば、「データを統一しなきゃ」と思いますよね。

    米岡:ビルの構成要素は、コンクリート、窓枠などの鉄、窓ガラス、何かしらの金属など、突き詰めていくと4~5個に大別できます。だから、その要素ごとにまとめて、内部の構造も統一してくれるよう依頼しました。そして1箇所でも不備のあるデータは、受取を拒否するという姿勢も徹底しました。

    ▲【左】複数のCGプロダクションによって制作された、高層ビルの破壊用CGモデル。ビルは各々ちがった形状をしているが、基本的な内部構造は統一されている/【右】ビル内部を厳密につくると、モデリングのコストもエフェクトのコストも高くなる。そのため、ビル内部はワッフルのようなシンプルな構造になっている ©2016 TOHO CO.,LTD.

    北田:1箇所でも問題があれば、他にもあるだろうと......。

    米岡:本来はエフェクトの担当ではないデータの修正に時間を取られるとスタッフが疲弊するので、そこは死守しました。ただし、常に自分たちの都合だけにフォーカスしていると「こいつには今後、頼みたくないなあ」と思われてしまう。それは機会損失です。だから、例えばディレクターから無理難題を言われても、開口一番「NO」と返すのは止めるよう心がけてもいます。

    北田:大事だと思います。

    米岡:誰しも断られていい気はしないので、いったんは受け止める。それから、無理な場合は理由を説明し、代わりのプランBを提案する。俯瞰的な視点や、相手の視点に立てれば、チーム全体にとってメリットのある解決策を提案できると思います。

    破壊エフェクトの制作時に考慮すべきこと

    本記事の補足として、講義内で米岡氏が紹介した、破壊エフェクトの制作時に考慮すべき5つのポイントを紹介する。

    Point01:破壊されることが前提のモデルかどうか

    ブーリアン演算(破壊エフェクトのための物理演算)を適用するためには、CGモデルが"閉じた箱"の状態になっていることが必須だ。例えば、穴が空いた壁、厚みのない窓ガラスの建物では、意図通りのエフェクトを表現できない。

    Point02:噓のないレイアウト、アニメーションかどうか

    スクリーンスペース(カメラに映っている領域)を見た限りでは問題がないように見えても、実際にはキャラクターが宙に浮いており足が地面に接地していない、あるいは1フレームでものすごい距離を移動しているといったレイアウトやアニメーションのシーンデータでは、意図通りのエフェクトを表現できない。例えば、キャラクターの足が地面に接地すると自動的に土埃が発生するようなデータを制作できないため、作業効率が落ちてしまう。

    Point03:可変スローの演出があるかどうか

    可変スローの演出とは、途中でスローになる、あるいはスピードアップするといった、時間軸を操作する演出のことだ。物理演算は、可変スローの演出が施されたデータとの相性が非常に悪い。可変スローの演出を適用したい場合は、通常時の24fps(1秒あたり24フレーム)ではなく、4倍スローであれば96fps、5倍スローであれば120fpsでアニメーションを付け、そのデータに対して物理演算を施した後、コンポジット工程で時間軸を調整するといった制作方法が望ましい。そのため、アニメーターに加え、コンポジターにも協力を依頼する必要がある。

    Point04:十分な予備動作(プリロール)があるかどうか

    土埃をたてながら走るキャラクターを表現したい場合、アニメーションの開始フレームが0フレーム目であれば、それ以前の位置からの土埃を立てられない。0フレーム目から既に土埃を立てておきたい場合は、それ以前のフレーム(マイナス値のフレーム)にもアニメーション(予備動作(プリロール))を設定し、そのアニメーションに対して物理演算を施す必要がある。エフェクト担当者が説明しなければ、アニメーターはその必要性に気付かない場合が多いため、予備動作(プリロール)の全くないデータを受けとることが多いという。

    Point05:正しいfpsかどうか

    前述した可変スローの演出を適用したい場合(Point03)と似ているが、スロー演出のシーンにおいて、ノーマルスピードの24fpsのシーンに対し見た目スローに見えるアニメーションを付けたデータが送られてくることも多い。エフェクトを必要としないシーンであれば問題はないが、エフェクトを設定する場合には、非常に高い確率でトラブルが発生する。こういったシーンは、4倍スローであれば96fps、5倍スローであれば120fpsへと設定を変更した上で、アニメーションを付けてもらう必要がある。

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    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充