
昨年10月に創立25周年を迎え、ますます勢いを増すゲーム開発会社、モノリスソフト。多くのゲームファンを唸らせる傑作を生み出す同社は今、Houdiniによるプロシージャルワークフローの基礎を固め、国内ではまだ珍しいOpenUSDの活用まで行なっているという。本稿では現場のコアメンバーにその経緯やR&Dの詳細、今後の戦略までを広く伺った。
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<1>モノリスソフトになぜHoudiniのプロシージャルが必要なのか
CGWORLD(以下、CGW):本日はモノリスソフトのビジュアル表現を支える職人的技法やチームワーク、そして現在力を注いでいらっしゃるHoudiniのプロシージャルワークフローについて、現場の中核を支える皆さんにお集まりいただきました。まずは皆さんの来歴と担当業務について伺います。
廣瀬氏:R&D部門でテクニカルアーティスト(以下、TA)をしている、在籍6年目の廣瀬です。業務ではHoudini周り、現在は主にプロシージャルマップ開発に携わっています。アーティストが作成したラフな地形にプロシージャルでディテールアップを施したり、LODやメッシュの自動作成、地形のボクセル化、ライトプローブの自動配置など、Houdiniを使った自動化の開発です。
秋月氏:マップデザイナー主任の秋月です。私は在籍7年目となります。直近のタイトルではNintendo Switch『ゼノブレイド3』(2022)のマップデザインを担当しました。通常業務としては、R&D部門やプログラマー、外部の協力会社との連携の窓口業務や環境整備が中心です。デザイナーの視点から、新しいプロジェクトの案件をどう形にできるかを、相談しながら進めていく業務もあります。
柴原氏:同じく7年目のプログラマー、柴原です。R&D部門ではなくプロジェクト側のプログラマーとして、デザイナー向けツールやアセットパイプライン開発、CI(Continuous Integration、継続的インテグレーション)ツールのJenkinsを使った自動化などに取り組んでいます。他のプログラマーとの間を取り持つような役割もあります。
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CGW:皆さん同じくらいの社歴ですが、前職もゲーム業界ですか?
廣瀬:もともとは映像業界でジェネラリストをしていましたが、徐々にCFX(キャラクターFX)やFXの仕事が専門になっていきました。そして、テレビシリーズや映画のフル3DCG作品でHoudniを触り始めたのをきっかけにTAに転向し、モノリスソフトからゲーム業界に入りました。
秋月:前職ではゲーム会社でマップデザイナーとして働いており、その経験を活かしてモノリスソフトに入社しました。
柴原:新卒でコンシューマーゲーム業界に入りましたが、ゲームタイトルの開発よりも開発環境の支援に興味がありました。そこでデザイナー向けのツール開発やアセットパイプラインの構築に携わっていました。
実はモノリスソフトに入社したきっかけは、2018年にボーンデジタルさんが開催した「Houdini 夜会 Special -福岡-」というイベントなんです。このイベントでUbisoftのテクニカルアーティストがHoudiniを活用した大規模な植生の自動配置システムを紹介していました。少人数でも効率的に実現できることを知り、「Houdiniはすごい」と興味をもったのです。そして、それができる環境があるモノリスソフトに入社を決めました。
CGW:そうなんですね! 開催して良かったです(笑)。冒頭からHoudiniのお話が出てきていますが、モノリスソフトでは現在、Houdiniのプロシージャル技術の導入を進めているそうですね。まずはその背景について教えてください。
秋月:導入の大きな理由は、ゲームで要求されるアセット物量の肥大化に対応するためです。特に当社のゲームタイトルは、広大かつ多彩なフィールド内の探索が特徴のひとつですから、その影響はとても大きいです。ひと昔前は1,000~2,000個を手作業で何とかしていたところ、現在では10万個レベルまで増えていて、手作業ではとても追いつきません。


CGW:10万個ですか。それは深刻ですね。
秋月:はい。従来のやり方ではコストやスケジュールの面で限界がありました。そこで、配置処理をプロシージャルに置き換えて自動化することで、開発リソースを本来のゲームづくりに集中させられるようにしました。Houdiniの基礎研究は以前から進めていましたが、『ゼノブレイド3』で初めて、一部のアセット配置システムとして実践投入することができました。
廣瀬:Houdiniの柔軟性も導入の背景のひとつです。当社タイトルでは、単純なハイトフィールドでは表現しきれない特殊な地形が多く存在しますが、そういうフィールドに対してもHoudiniはプロシージャルで良い結果を出せますから。
CGW:他にもVAT(Vertex Animation Texture)を使った群衆表現にも挑戦したそうですね。
廣瀬:『ゼノブレイド3』のカットシーンに出てくる群衆がそうです。Houdiniによるプロシージャルな手法で移動を計算し、その動きをVATで出力して再生しています。

<2>プロシージャルで実現した高度な自動化
CGW:プロシージャル技術の導入で具体的にどういった部分が効率化できましたか?
秋月:まずはシンプルに物量をカバーできました。細かいアセットの配置工数をかなり圧縮できています。それと、ゲームならではのコリジョンのベース処理にも活かされています。コリジョンはゲーム調整における“最後の要”ですから、手作業による最終調整は欠かせません。そこで、まず70%までをプロシージャルで自動生成して、最後の30%だけを手作業で調整することで、かなりの工数圧縮に繋がりました。
CGW:それは大きなメリットですね。
秋月:はい。これらの工数を圧縮すればするほど、ゲーム性やビジュアル面にリソースを割くことができますから、結果としてHoudiniがゲームの作品価値を高めることに貢献しているのです。
廣瀬:浸食のシミュレーションや地形の内外判定などでもある程度の精度を出せますし、LODの自動生成、マテリアルをひとつにまとめるためのテクスチャの集約などにも役立っています。
柴原:プログラマーとしては、プロシージャル導入の結果、デザイナーとTAがプログラマーを挟まずに新しい取り組みを進められるようになった点も、大きなメリットだと感じています。
CGW:従来はプログラマーが間に入らないと成立しなかったのですね。
柴原:はい。従来の自動生成ツール開発では、プログラマーとデザイナーを長時間拘束するのが一般的でした。でも現在はHoudiniのプロシージャルで土台がしっかりしていますから、TAとデザイナーが直接調整できます。そのぶんプログラマーは別の環境改善に取り組めますから、選択肢が増えて良いことずくめです。
秋月:その効果として、テクニカルに強いデザイナーの活躍の場ができました。これも良い変化ですね。
CGW:現在も自動生成のR&Dを進めていると伺いましたが、どのようなものでしょうか。
廣瀬:街並みの自動生成ツールを研究開発中です。デザイナーの作業はグレーのボックスを配置するだけで、ボタンを押せば建物が自動生成できます。モジュールの配置で家を構築しており、各モジュールの高さとボックスの高さから適切な階数を自動計算してモジュールを並べてくれます。屋根などもモジュールベースで組まれていて、ゲームに最適なデータとして出力されるようになっています。


CGW:驚きました。大きさに合わせて壁や窓などのパーツを自動で組み上げて家をつくるのですね。屋根も単純な形ではないのに、干渉しないように配置されていて、とても自然です。
廣瀬:モジュールの並びは正規表現でパターンを指定できるようになっています。干渉については、屋根にレイを飛ばして位置を検知することで、最適な位置に配置できるようになっています。
CGW:こちらの画像はどういった処理をしているものでしょうか。
廣瀬:これはHoudini上のラフなメッシュに対して、レベルデザインに影響しない範囲でデフォームをかける処理をしているものです。アーティストがつくった平坦な地面のメッシュの崖際を持ち上げて、より自然に繋がるようにしたり、ノイズのような起伏を入れることができます。アーティストが配置しているアセットの周辺は高さを変更しない設計になっています。


CGW:こちらは道のメッシュを加工するシステムでしょうか。
廣瀬:入力された道の太さのメッシュから自動的に中心線のパスカードを構築して、道の幅の自動計算、交差点へのメッシュとパスの生成、それらをベースにした車輪跡や足跡のデカールの貼り付けなどができるものです。


CGW:分岐部分に交差する轍まで残っているのが面白いですね。しかも、ちょっとねじれていて自然です。こちらは浸食の自動生成ですか?
廣瀬:はい。事前に侵食のシミュレーションを行なったマスクに対して、マスクの種類を見て自動的に適応するものを配置するシステムです。レベルデザインに影響するものはデザイナーが配置済みで、影響しないものをHoudiniで自動配置しています。


CGW:とても自然な仕上がりですが、現実の自然現象を参照しているのですか?
廣瀬:ベースの処理はある程度自然現象に合わせてつくっています。同時に、デザインの余地を残す柔軟性ももたせてあります。
秋月:画づくりとして必要な“アーティストによる人為的なアレンジ”が、プロシージャルの中で実現できるようになっています。そこも重要なところです。
柴原:このシステムの開発では、画としての成果はもちろんですが、デザイナーがプロシージャルをどう活用するかを考える経験を積めたことが、大きなメリットになったのでは?
秋月:そうですね。プロシージャルを実践で導入するのは思った以上にハードルが高かったです。今回、イテレーションをくり返すことでプロシージャルを上手く使えるようになったという経験は、とても大きな糧になりました。
<3>中間フォーマットとしてUSDを導入
CGW:御社はまだ日本のゲーム業界では導入が進んでいないOpenUSD(Universal Scene Description、以下、USD)を採り入れたそうですね。
廣瀬:これまでは、マップのプロシージャルはHoudini Engine For Mayaを使って生成していました。でも直接Houdiniで作業できた方が効率的ですから、Houdiniにデータをもっていく方法を検討したところ、USDが挙がったのです。
柴原:マップのイテレーションを速くしたいという課題があって、USDはI/Oが速いらしい、というのがUSDを検証するきっかけになりました。
廣瀬:USDを導入した恩恵はとても大きいです。Mayaから出力したデータにコンポジションアークでHoudiniのプロシージャルの編集結果だけを乗せることができます。そのため、アーティストのMayaデータは維持しながら、Houdiniのプロシージャルの編集結果を乗せるというサイクルを、簡単に回すことができるのです。

CGW:アーティストフレンドリーなワークフローを実現できたと。
廣瀬:そうですね。Mayaから出力したメタデータをHoudiniに取り込む必要もありません。メッシュの編集情報や配置の編集情報だけをHoudiniから出力してコンポジションアークで構成し、最終的なステージを構築すれば良いのです。このおかげで、各アプリケーションでのデータの扱いがすごく楽になっています。
柴原:SolarisのおかげでHoudiniとUSDが繋ぎやすくなったので、中間データを必要としないシンプルかつ高速なワークフローになりました。
廣瀬:USDには他にも「PointInstancer」や「Instancing」というとても強力な機能があります。USDは、マップ内に大量のアセットを配置する当社の開発スタイルにも大きな恩恵を与えてくれています。
CGW:もうそこまで導入が進んでいるのですね。驚きました。
廣瀬:USDの導入でHoudini EngineからHoudini本体のワークフローに移行したながれで、HDA(Houdini Digital Asset)の活用も進めています。具体的には、汎用的な処理を汎用HDAのパッケージとしてまとめておき、プロジェクトに特化した処理のHDAが汎用HDAを参照する、という構造を基本にして開発を進めるというやり方です。
<4>Houdiniの使い手をさらに拡充し次のフェーズへ
CGW:Houdiniが開発ワークフローの核になっているのですね。モノリスソフトには、Houdiniを使えるデザイナーは多数在籍しているのでしょうか。
秋月:少しずつ増えてきていますが、まだまだ少なく、現在は人材を拡充するフェーズです。当社は今、Houdiniによるワークフローの土台ができて、Houdiniを使える人材が活躍できる場所になったと言えます。
廣瀬:その土台も許容量のある土台です。ゲーム開発は時間との戦いですから、初期のイテレーションなどで大ざっぱなメッシュを大ざっぱに配置しても、プロシージャルがきちんと動作する設計になっています。メッシュ同士が交差していてもちゃんと動きますし、アセットを地形にめり込ませて配置しても、配置物の外側にだけ自動配置が行われます。
秋月:デザイナーが直接Houdiniで編集できるワークフローが整ったことで、自分の手でイメージ通りのシーンを描けるようになった効果は大きいですね。

廣瀬:今後の構想もいろいろとあります。先ほど紹介した、開発中の街並み生成システムもそのひとつで、早くゲームタイトルに乗せられるようにしたいのですが、それにはHoudiniの経験者がもっと必要です。
CGW:今回はどういった人材の採用を考えていますか?
廣瀬:Houdiniを使い慣れているシニアまたはリーダークラスの経験がある方に合流いただけるとありがたいですね。テクニカル特化タイプでも、アートとして幅広くHoudiniを使いこなせるタイプでも、どちらでも大丈夫です。HoudiniとMayaが使えて、Pythonもある程度書け、さらにPythonのUSDライブラリの利用経験があるとより良いです。TAについては、映像業界から転身される方も、当社でその知識を活かせます。
秋月:当社は今、開発規模が大きくなって、技術は研究開発から実践のフェーズに移っています。そのため、大きな規模の開発を回すリーダーシップを発揮できる方が特に活躍できると思います。
柴原:アート寄りのディレクションができる人とTAでタッグを組んで開発を進める必要があるので、その経験がある方が増えるとありがたいですね。スキル面では、言語化能力と技術的な知識の両方が求められます。
そして、「自分はこれが好きです! これがやりたいです!」という情熱があって、部署を問わず多数の関係者と話を重ね、アイデアを着地させられる方。着地までのプロセスにやりがいを感じられる人は、特に当社にフィットしていると思います。
<5>部署の垣根を越えたコミュニケーション体質が特長
CGW:今回はR&D部門と、プロジェクトに所属するデザイナーとプログラマーということで組織や職種がちがいますが、普段のコミュニケーションはどのように取っていますか?
廣瀬:そうですね。R&Dの役目は、組織を横断して開発力向上や効率化を図るというものですので、各現場と密にやり取りをすることを心がけています。
秋月:確かに「廣瀬さん、そういえばプロジェクト内の人ではなかったな」とたまに思い出すぐらい(笑)、組織の壁は感じないですね。同じ目標に向かってゲームを良くしていくということで、普段から連絡を取り合っています。
柴原:私は開発環境をつくる立場ですから、デザイナーやTAがどういったことをやりたいのかを言語化してもらうためのお手伝いというか、ポイントを押さえて拾うようなやり方でコミュニケーションをしています。
秋月:開発課題へのアプローチについてはこの数年間、試行錯誤を重ねました。その中で上手くいくことが多かったのが、デザイナーの発想からゴールを決めて、それをどうやって達成するかTAに考えてもらうやり方でした。この方法は新しい技術も導入しやすいので、現在は基本になっています。
CGW:なるほど。コミュニケーションがスムーズだからこそ、TAにお任せできるのですね。
秋月:モノリスソフトの良いところは、すごくアバウトですが「キッチリしている」という部分。プロセスを踏んで合意形成をして、かたちに残して次のステップに進む、というやり方が浸透しています。
柴原:それと、当社はトップダウンではなくボトムアップの現場です。上長陣は、現場の自主性に任せて、できるだけ現場の意見を吸い上げる姿勢でいてくれています。今は個々の創意工夫をどれだけゲームに取り込めたかがゲームの品質に直結する時代です。当社はその点、上手くいっていると思います。

CGW:では最後に、今後の展望と挑戦したいことを教えてください。
秋月:これまでの当社の強みを発展させるのはもちろんですが、プロシージャルの技術で一段階上のフェーズに進んで、「モノリスソフトはひと皮むけたな」とお客様に思ってもらえるように、引き続き力を入れていきたいです。直近では、今回のプロシージャルの検証をゲームタイトルにしっかりと落とし込んでいきます。
廣瀬:基本的な下地はできつつあるので、もっと幅広く導入していきたいですね。人を増やして未着手の課題に手をつけたいですし、プロシージャル技術の積み重ねでより多くのことができるようにしていきたいです。
柴原:当社のゲームを遊んでくださるお客様に「そう来たか!」と喜んでもらえるような新しいチャレンジをどんどん走らせることができる“余裕”のある体制にしていきたいですね。今はまだ、プロシージャルならプロシージャルでかかりきりになってしまうことがあるので、余裕がある状態で新しいことや面白いことをたくさん実現していきたいと思っています。
CGW:次のモノリスソフトのゲームタイトルが待ち遠しいです。ありがとうございました。
TEXT_kagaya(ハリんち)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota